第3話 黒騎士の動揺

「ああ、セイン。戻っていたのか」


 執務中にどこをほっつき歩いていたのか。

 戻ってきた部屋の主、マルク゠ノブレス゠ザールセンは、扉の前に佇む黒騎士団の長を見て大袈裟に驚く。


「先程着いたところだ」


 姫の身柄引き受けから戻り次第、報告に来るよう命じたことを、彼は忘れていたに違いない。


 これがザールセンの次期国王というのだから世も末だ、とセインが不敬の思想に至るのは、乳母子として生まれた時から一緒に育った旧知の仲だからだろう。


「で、クレオアの姫はどうだった?」

「……まだ分からない」

「ははーん。噂通りの美人だったと見た。どうせ我儘で醜悪な女だろうと嫌がってたわりに、大人しいもん」


 マルクはにやにやと軽薄な笑みを浮かべて見せる。セインは無性に腹が立ち、剣の柄に手をかけた。


「首を刎ねるぞ」

「反逆罪でお前も断頭台行きだ」


 王子は鼻で笑い、魔法で部屋の灯りをつけて執務机に腰を下ろす。


「道中、何か報告すべきようなことはあったか?」

「特にはないが、リゼリア゠ノイ゠クレオアについて、何か知っていることはあるか」


 セインはマルクの姉妹がそうであるように、姫とは高飛車で我儘で、可愛げがない存在だと思い込んでいた。


 ところが、クレオアの姫は礼儀正しく謙虚なうえ、触れたら壊れてしまいそうなほど儚く見えた。


 クレオアの王族の特徴とされる金髪碧眼でなければ替え玉を疑うほど、彼女はセインの想像とかけ離れている。


「うーん、身辺調査で分かっているのは箱入り娘ということくらいかな。彼女に関してはあまり情報がなくてね。――ああ、あと一つだけ。どうやら彼女には魔力がなく、魔法が使えないようだ」

「全く使えないのか?」

「恐らく」


 これにはセインも少々驚く。魔力量に個人差はあれど、魔法を全く使えない人間というのは珍しい。


「あちらの国の風習からして、国内で貰い手を見つけるのは難しかったのかもしれないね」


(厄介払いということか)


 セインは大方を把握した。ザールセンに同行する従者が一人もいないことからしても、彼女は自国で大切に扱われていなかったと推測できる。


「マルク、停戦の申し入れは受けるな?」

「勿論。こちらとしても無駄な戦争は避けたいし、贈られたのが魔力なしの姫だとしてもセインには何ら問題ないだろう」

「俺に不都合はないが、魔道具だらけの家をどうにかしなければならない」


 セインの邸宅は魔法が使えることを前提に作られている。使用人がいるとはいえ、自分一人で灯りもつけられないようではきっと困る。


「異国の地に一人で心細いはずだから、奥さんを大切にしてあげるんだよ。その様子なら心配なさそうだけど」


 マルクは愉しそうだ。


 女にも結婚にも興味がないと言っていた乳母子が、異国から迎えた妻を気にかけている様子が面白いのだろう。


「停戦合意が進んだからといって、クレオア王国に寝首をかかれないよう気をつけろ」

「心配せずともあらゆることを想定し、対策を打っているよ」


 呑気な王子に忠告をし、セインは邸宅へと向かう。


(怯えられなければ良いが)


 この国に、セインと結婚したがる女性はいない。血濡れの騎士団長の二つ名を持つ人間だからだ。

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