04-夢現とフリルの踊り




 カラン、と溶けた氷が硬い音を立てた。

日差しは高く、昇った太陽はほんのりとした夏の予感と共に強く照り付けてくる。

そんな日光を窓ガラスが程よく柔らかくし、室内に分散して届けていた。

店舗の自家製らしいクラフトコーラが、シュワシュワと炭酸の音を届けてくる。


「福重さん」

「……あぁ」


 陰鬱な声を漏らし、対面の忍者は目に隈を作ったまま面を上げた。

普段ビシッと決まっている茶色のスーツはどこかシワが寄っているように見え、その仕草も何処かものぐさで疲れている。

明らかに疲労感のうかがえる姿だが、しかし僕が同情を見せればそれは更なる疲弊となって彼にのしかかってくるだろう。

僕は責める言葉だけは使うまいと、静かに彼を見つめるだけにとどめた。


 いわゆる老舗の高級喫茶の、予約個室、という奴だろうか。

福重さんに連れられ、初めて見たそんな場所に連れられ辿り着き、そして飲み物と甘味を頼み、他愛のない話をして。

暫くして話題も尽き、互いに無言になった所。

僕が促すのに頷き、福重さんは重い溜息を洩らした。


「……川渡は、引き続き会談を希望する、とのことだった」


 先日、我が家にやってきた川渡との対話。

それは最終的に川渡の言葉に激高した皆のため破算となり、解散する形となった。

とは言え、結論は何も出ていない。

あの場に到達することの出来た川渡が得た後ろ盾は失われておらず、再び似たルートでこちらとの交渉を希望するのは分かっていた。

それでも、という一縷の望みをかけていたが、それでも回答は予想と違わなかったのであった。


「前は正直頭が回らなくて、確認していなかったんですが……。川渡の後ろ盾、具体的にどういった人達なんです?」

「……文部省が主だ。あと、国土安全保障庁や法務省の上層部が関わっていたか。

 警察にもある程度協力者がいるらしい」

「国土安全保障庁――ギルドの上も関わっているんですね……」


 政府の力で隠ぺいされたとは言え、政府にとって重要な人物の家族に性犯罪を犯した女だ。

元政府のエージェントとしての力があるとしても、大分無法な能力の持ち主としか言えない。

その行動力をもっと建設的なことに使ってほしい、と内心愚痴りつつ、向かう僕もまた溜息。

タンブラーから伸びるストローを口に、生姜を始めとしたスパイスの効いたコーラを口にする。

複雑な味に意識をやり、憂鬱な気分のいくらかを洗い流す。


「僕が深く関わったことのある省庁は、外務と国土安全保障庁ぐらいですね。

 一応科学術式省では何人かと名刺交換ぐらいはしていますが、カンファレンスに何回か招かれた程度で、コネはあっても貸しがあるほどでは……」

「国土安全保障庁は次長クラスに川渡が鼻薬をかがせているようでな。

 君の実力と貢献を誰よりも知っているはずなのに、元々"赤"関係で敵の多い省庁だ。

 とは言え、味方にできそうな人間があれば話は通しておくべきだろう」


 川渡が僕との対談について、どのような意図と説明していたのか分からない。

しかし多くの人々は、川渡が僕に娘の親権を求めに行ったとは思わなかったし、説明もされていなかったのだろう。

事実関係が広がり、以前より川渡の味方は減っている、と聞く。

まぁ、当然と言えば当然か。


「僕はリリを見捨てるつもりはないし、今のリリに、あの娘の秘密と事実を聞かせるつもりはありません。

 だから僕は、国外亡命する可能性はかなり低い。

 しかしそれは、外から見て明確に分かる事でもない訳で……。

 客観的に見て、僕が考え直して皇国を見捨てて国外に亡命、それも暴力的な手段で行う可能性は否定できない。

 行われてしまえば、それは皇国の誰一人にも止められない。

 仮に父さんが立ちはだかっても、正直勝てない相手では……ない」


 僕の位階は、161。

父さんの位階は、"赤外"判定の人類の敵に対する聖剣覚醒ができなければ132。

位階は10違えば2倍の実力差になると言われており、僕は父さんの8倍近い力がある……と、雑に言える。

万が一が起きてしまえば、世界を救った勇者が破れ、もう一人の世界を救った英雄が国外亡命という結果になってしまいかねない。

……自分で言っていてなんだけど、自らを「世界を救った英雄」なんて表現するのは、なんというかゲッソリするな……。


「川渡の味方をするリスクが、余りにも大きい。

 もちろん、川渡が何をしたかったかを覆い隠していた初回はまぁ分からなくもないです。

 しかし彼女の目的がサユキちゃんの認知だと分かった今も、味方が"少し減った"で済んでいるのは、何故でしょうか?」

「……彼女は、多くの人々の弱みを握っている。

 そして弱みを握った相手の操作が、抜群に上手い。

 ……私も、その一人だ」


 自嘲気味の福重さんの言葉に、僕は思わず視線をやった。

後悔と疲労に濡れた顔で、福重さんが告げる。


「私は、息子の件で川渡に脅されている」


 ……曰く。

福重さんの息子は、付き合っていた年下の異性と行為に至ったのち、合意の有無でトラブルになった。

それ自体は福重さんが示談に収める事に成功したのだが、心底ショックだったようで、息子さんの性機能に不能が見られるようになった。

その経緯を川渡に知られてしまい、週刊誌などにゴシップネタとして提供すると示唆されてしまっていたのだ。

そうなれば、ショックを受けて弱っている息子はどうなる事か。


 そこで法や正義に明確に反するような行いを要求されれば、福重さんとて断るつもりだったのだそうだ。

しかし川渡の要求は、あくまで中立の司会役として立ってほしいという内容。

一先ずは事を荒立てるつもりはなく引き受けた、という次第だったのだという。


「その矢先にあのイカれた要求を聞いて、カートゥーンよろしく目玉が飛び出るかと思ったが……」


 遠い目をする福重さん。

まぁそりゃそうだろうな、と思いつつも、それ以上に動揺してしまった僕もまた、遠い目をする。

いかに強くなっても、意味不明な方向から意味不明な事実を元に、おぞましい歎願を行われれば、メンタルに来てしまうものだ。

気分が悪くなってしまいそうになるのを、コーラをもう一口飲んでどうにか紛らわせる。


「まぁ何にせよ、私は中立以上に川渡に味方するような事はしない。

 要求があまりにもおぞましいので、正直可能な範囲で君の味方をするつもりだ」

「息子さんの、事は」

「確かに、弱っている今の息子がゴシップを擦られれば、致命的になるかもしれない。

 しかし親が息子のためにこんな外道行為の片棒を担いだという事実は、弱っているか否かに関わらず、社会的致命傷になりかねない。

 弱っている時の致命傷を避けるために、常時致命傷になりうる秘密を作り、それを信用ならない輩に受け渡す。

 そのような愚行をするつもりはないよ」


 なるほど、と頷き、一息つく。

妄信はできないが、とりあえずは福重さんが味方になってくれた、というのは嬉しい事実だ。


「……助かります。

 僕の味方で、経験豊富な味方というのが、居なくて……」


 一応思いつくのは下野間さんだが、流石に繊維研の部長クラスでしかない彼を政争に巻き込むのは気が引ける。

チセ……下野間さんの娘に、僕の過去を知られたくないという思いもそれを助長していた。

だからこの件で、僕の味方になってくれそうな経験豊富な人間というのは、福重さんしかいない。


「……龍門さんは、一体何をやってるんだ……?」


 思わず、と言った様子で福重さんが独り言ちた。

僕は視線を逸らし、机の上で組んだ指を強く握りしめる。


 父さんが僕への興味を大きく減らしたのは、僕が爆死したあの日からだった。

正確に言えば、死んで生き返って、別行動でアキラに惜敗し、そして目覚めてから。

姉妹の言によれば、敗北し気を失った僕と対面するまでは、僕に対する態度はこれまで通りだったという。

その間に何があったかと言われると、心当たりが多すぎて分からない、というのが本音だが。


 深呼吸。

頭を振り、頭の中から今は父さんの事を追い出す。

今は僕と、リリに関することが一番だ。

頭の中を整理し、続ける。


「落としどころは……。

 1.政府からの圧力で川渡の行動を静止させる。

 2.何らかの形で本当に国外亡命する。

 3.最悪、川渡の要求を一部飲む形になる。

 のいずれかと言ったところですか」

「1.と2.はある程度時間がかかる。

 遅延行為を働きながら、裏で省庁や海外に働きかけるという方針になるか」


 僕は外務省と海外の友人を通じて。

福重さんが国土安全保障庁――ギルドに対して、働きかけ。

そして最悪の場合を想定し、口の堅い弁護士を探し川渡の要求に関する精査が必要、とまとまる。


「その上で、疑問なんですが……。

 川渡は、本気でサユキちゃんの認知をさせるつもりでいると思いますか?」


 と問うと、難しい顔をして福重さんが腕組みした。

トントンと指で腕を叩き、小さく唸る。


「分からない、というのが正直なところだ。

 他の目的があるような気がするが、だとしても理解不能な要求はあまりにも味方を減らしすぎる。

 正気でその要求ができるとは思わない、という意味では要求の意図をたどる事すら無意味に思える」

「……まぁ、そうですか」


 川渡の人物像を、どうにか記憶から掘り出そうとするも、流石にかなり歯抜けで思い出せない。

僕の中では少年性愛趣味で強姦魔というイメージが強すぎて、他の思い出を完全に塗りつぶしているのだ。

あまり深く思い出すと何をされていたのかも想起してしまい、気分が悪くなるのも悪いところだ。

しかしそのイメージからすると、そして相対した感覚からすると、成人が近い僕への性愛はもう感じていないように思えるが。

ならば、一体何故。


 サユキちゃん……僕の血のつながった血縁上の娘の言動を思い出す。

母親が好きな、普通の娘であるように思えて。

彼女が母への愛を叫んだあと、川渡がリリに暴言を吐き、あの場が荒れて流れる事になって。

……それだけでは、いくらでも可能性は考えられるな。


「とりあえずは、川渡の意図についてはあまり可能性を狭めないまま、先ほどの通り動くとしましょうか」

「ああ。……何時か、こんな重い話なんてなしに、普通に上手い飯を奢らせてくれ」

「えぇ、楽しみに待っていますよ」


 互いに微笑みかけ、僕らは喫茶店を後にした。

会計で聞こえてきた金額に少し驚きつつ、銀行口座の金額を思い出す。

もう少し使って社会に還元しなければいけないのでは、と思いつつも、どうにも庶民感覚が抜けない僕だった。


 外は暖かかった。

陽は大分長くなり、午後四時ごろとなってもまだ空は真っ青で昇る太陽がキラキラと煌めいている。

春の陽気でいっぱいという感じで、訪れつつある初夏を感じさせる過ごしやすい季節だった。


 高級繁華街の片隅、福重さんと分かれ、僕は駅に向かって歩き出す。

話していた内容が内容だったので、どうしても心がささくれてしまっている。

少し街歩きをして落ち着けてから帰ろうとぶらついていると、ふと花屋が目に入った。

立ち止まって数秒、かつてミーシャのものだった、リリの部屋を思い出す。

花が活けてあったのだが、萎れ始めてしまっていたので、新しい花に変えようと考えていたのだ。


 店員に声をかけ、リリの好む桃色をメインにした花束を作ってもらう。

前回は桃色に白や薄めの赤を混ぜた赤系のトーンで纏めた花束だったので、今回は薄紫など他の色も少し混ぜてもらう。

毎回変わり映えしない贈り物というのも、少し退屈だ。

リリも様々な花を愛でられるほうが、きっと楽しいだろう。

あの娘には、もっと様々な体験をしてもらいたい。


 出来上がった花束を片手に、電車へ。

混みあう前の時間帯に最寄り駅まで辿り着き、帰路に。

特段知り合いと会う事もなく、何事もなく家に辿り着き。


「お帰りなさいです~……お花!?」

「ただいま。うん、お土産だよ」


 にゃにゃにゃ、と声を漏らすリリに、膝をつき、花束を手渡す。

美しい花束に、そして花束を渡されるという状況に興奮しているのだろう。

リリは頬を赤らめながらぎゅ、と花束を抱きしめると、細い声色で、告げる。


「ありがとう、ございます。

 ……うう、先制攻撃もらっちゃったです……」

「ふふふ、そう簡単に負けてはあげられないよ」


 何の戦いか不明だが、なんとなく乗ってあげて微笑んで見せる。

するとリリはただでさえ赤い頬をさらに耳まで赤くしながら、ててて、と可愛らしく小走りにこの場を走り去る。

ねえさまー、と叫びながらなので、多分二人に自慢しに行くのだろう。

手洗いうがいに荷物を自室に置いてきて、リビングに戻ると三人の視線が僕に集まった。


「いーなー、リリ。お姉ちゃんも花束欲しいなー」

「可愛い妹の分はないの?」

「二人とも、花瓶とか持ってないでしょ……。持て余しちゃうじゃないか」


 確かヒマリ姉には冒険者学校の卒業記念の時、ミドリには竜銀級歴代最年少合格の時に花束を渡したはずだ。

それで花瓶が自室にないから次からは要らない、と遠回しに言ってきたことを忘れたのだろうか?

ジト目で見つめると、視線を逸らしながらもプクプクと二人が頬を膨らませる。

近づいて二人の膨らんだ頬をぷにぷにと突いていると、リリが小さくつぶやいた。


「……私、だけ。えへへ」


 ぐりん、と二人が同時に首を動かし、視線をリリに。

ホラー染みた動きに、ヒッ、とリリが小さく悲鳴を漏らした。

僕も頬を突いていた指が軽く突き指してしまったので、ちょっと痛い。 

溜息、二人の頭にコツンを軽く拳をやる。


「こら、あんまり脅かさない」

「う、ごめんなさーい」

「反省。所でもう一回コツンってやってみて?」


 と、何とも言えないミドリのおねだりに、溜息をつきながらもう一度コツンとなる。

軽い衝撃と同時、ミドリの目が僅かに見開いた。

ふぅ、と、何処か湿度の高そうな溜息が漏れ出る。


「……なるほど、デリシャス……」

「良く分からないけど、ほどほどにしてね……」


 おふざけに付き合うのもそれぐらいにして、僕はコホンと溜息。

膝をつき、花束を抱きしめたままにしていたリリに手を差し伸べる。


「さ、リリ。花瓶のお花を入れ替えるの、手伝うよ」

「は、はい……」


 再び、リリの顔に赤みがさす。

常にない僅かな緊張が見られ、どうしたのかと首をかしげようと思ったが、それより早く差し出した手をリリが握った。

子供の、少し高い体温。

柔らかく小さい手。


 それから僕らは、花瓶の花を二人で入れ替えた。

その背にはカルガモの親子みたいにヒマリ姉とミドリがついてきて、僕らは何もせずにただただついてくる二人を指さし、暇だなぁとからかった。

古い萎びた花は処分し、新しい花の茎の長さを調整し花瓶に生ける。

前も説明した花の生け方を、僕自身の復習も兼ねて簡単に教えてやって。


「リリ、きちんとお世話します!」

「偉いね。……ヒマリ姉もミドリも、自分で世話できるなら、今度一緒に花瓶も含めて見に行こうか?」

「…………ゆ、ユキちゃんがやってくれるなら?」

「…………沈黙は金って言うし」


 やる気のない二人に、何となく先ほどの続きとして、頬を突いてやった。

くすぐったそうにする二人を微笑ましく思っていると、ふと、僕のシャツの裾が引かれた。

見るとリリが僕を見つめており、プクッと頬を膨らませてから、ん! と唸ってその頬を僕の方へと近づける。

爪を立てないよう気を付け、そっと指で突いてやると、プシュと音を立ててリリの口内の空気が抜けていった。


「お姉ちゃん達とお揃いが良かったのかな?」

「……まぁ、はい、です」


 恥ずかしそうに頬を赤らめながら、リリが視線を逸らした。

愛らしい仕草に胸がいっぱいになって、僕は思わず、微笑みを漏らす。

心の底から、この娘に幸せになってほしいと、そんな感情が溢れだした。


 リリは、生まれの壮絶さ、育ちの速度といったハンデ、周囲の視線を苦にせず、とても良い子に育った。

僕たち家族を尊敬してくれ、素直に物事を学び、とても可愛らしい娘に。

この娘に、健やかに育ってほしい。

心の底からそう思わせるような娘に育ったのだ。


 自然と僕は、リリに多くの物を渡したい、と思うようになってきた。

僕はその半生を戦いに捧げてきた人間だ。

ヒマリ姉やミドリに比べ、戦い以外の場で役に立つような経験や物は少ないけれど。

それでも、出来るだけのものをリリに分け与えたい、と。

そう思うと、自然僕はこんな事を口にしていた。


「今度、水族館に行かないかい?」

「!? デートですか!?」

「まぁ、そんなもんかな?」


 苦笑しつつ、目をキラキラと輝かせるリリに頷いた。

僕が感動した物、事を分け与えてやりたい。

そうでもなかったものでも、興味を持つなら試させてやりたいけれど、まずは。

そう思って、何時しか僕が心動かされた水族館を勧めてみたが、とても反応が良かった。

脳裏にナギの残影を浮かべつつも、心の中にしまったまま、リリに微笑みかけて見せる。


「えー、お姉ちゃんもユキちゃんに水族館エスコートしてもらいたい……」

「今なら誘えば可愛い妹もついてくるよ?」

「駄目です~。デートなのでリリと兄さまで二人きりです~」


 甘える姉妹に、リリは両手で大きくバッテンを作ってみせる。

理由は良く分からないが、まぁ二人の予定を作るぐらいなら何とかなるか。

頷く僕に、ヒマリ姉とミドリが、なんだか不機嫌そうに僕の両腕に抱き着いた。

それを見て、遅れまじとでも言わんばかりに、リリが僕の正面に抱き着いてくる。

僕のお腹に、グリグリと鼻をこすり付けるようにして、顔を押し付けるようにして。

三人の家族に強く抱きしめられて、思わず僕は、苦笑して見せた。


「なんだか、僕がモテモテになったみたいな気分だね」

「…………ユキちゃん」

「兄さんそれは……」

「兄さま……?」


 と、よく分からないが呆れたような様子をされつつ。

それでも僕は、幸せに満ち足りていた。

"ここ"がこの世で一番大切な場所だと、心の底から確信できていた。

これまでだってぐちゃぐちゃな内心になりつつも、それでも最後には手に取ってきた"ここ"だけれども。

今選択肢を与えられたのであれば、天秤の向こう側が何であっても、迷いなく僕は"ここ"を選択できるだろう。

そう確信できるほどに……僕は、幸せだった。




*



「兄さまはもうおねむですか?」

「うん、大丈夫。あんまり意識して気配を探ると逆に起こしちゃうから、気を付けてね」

「リリより早く寝ている兄さんを見ると、何かこう、浮きたつものがある……」


 性癖に正直な言葉を漏らすミドリに、苦笑しつつもリリは頷いた。

ユキオはいつも早寝早起きで、夜10時頃には寝て毎朝5時ごろに起きている。

体が資本であるが故に睡眠時間は確保しているし、なるべく成長ホルモンが出る時間を睡眠に当てるという合理主義の睡眠だ。

リリは最近はユキオより少し夜更かししてから寝ることが殆どで、リリよりユキオの方が早く睡眠しているという状況にある。

だからどうと考えた事はなかったのだが、言われてみると、ユキオがリリより早く寝ているというのは、何かドキドキする事柄のように思えるから不思議だ。


 この夜、リリの部屋で三人はパジャマパーティーとしていた。

ローテーブルに飲み物を入れて用意し、部屋の真ん中に敷かれたラグの上で腰を下ろす。

リリは自分でも少し子供っぽいパステルカラーのパジャマで、この中では一番ガーリーなパジャマだ。

ヒマリは半袖のスウェットにハーフパンツとラフな格好だが、高身長とスタイルの良さで、妙に色気がある。

ミドリはビッグサイズのTシャツ1枚しか来ていないように見える格好で、一応ホットパンツを履いているらしいが、一見下に何も着ていないように見える少し煽情的な恰好だ。


「なんて言うか、改めてリリはセクシーさで姉さまたちに全く対抗できていないです……」

「いや、今のリリがいきなりセクシーに走ったら、お姉ちゃんはビックリするよ……」

「今のパジャマもロリロリくて、いいねって感じ」


 言い終えるが早いか、ヒマリの肘がミドリの腹に入り、ぐええと悲鳴が漏れた。

何時もと同じ擬音だったが、少し本気度の高い悲鳴だったように思える。

リリは困り果てた顔で二人の顔を見比べたが、やがて頷き、見なかったことにしようと決めた。


 暫くは、他愛のない話で盛り上がった。

美味しかったケーキの話、楽しかった勉強について、面白い撮影現場の事、そしてユキオの事。

様々な話を経て、そして場が温まって。

よし、とリリは踏ん切りをつけ、その話題を口にした。


「姉さまたちに、少し相談があるのですが」

「何? 何でもお姉ちゃんに言ってみてね!」

「大体の事は応えられるお姉ちゃん力を見せる」

「二人とも、きっとモテモテですよね? 多分、恋愛経験豊富ですよね?」


 と恐る恐る問うと、ヒマリとミドリは視線を合わせて見せた。

数秒、ぎこちない動きでリリに視線を戻す。


「も……モテモテで困っちゃうぐらいだったナー」

「モテ力最大。パワーマックス」


 何とも言えない固い二人の声に、リリは思わずジト目を作った。

気まずげに視線を逸らすヒマリと、口笛を吹きながら肩を竦めるミドリ。

何とも言えない仕草をして見せる二人に、不安になりつつもリリは告げた。


「……リリは、兄さまの事が……好きです」


 ピタリと。

空気が固まった。


「兄さまと居ると、温かくて、安心できて……。

 でも最近それだけじゃあなくて、胸がドキドキするようになってきて。

 兄さまがリリの行いで嬉しそうにすると、なんだか私も嬉しくて、それだけで跳ねまわりたくなっちゃうぐらいで。

 兄さまと一緒に居られないと、なんだか少しづつ寂しくなってきて。

 兄さまが、他の女の人と一緒に居て楽しそうだと、なんだか不安になって、胸が苦しくなってきて」


 最初から、リリはユキオの事が好きだった。

この世で最も信頼できる人で、心の底から全てを預けられる信頼できる人だと思っていた。

けれどリリが大きくなるに連れて、その心根は変わってきた。


「最近、少しずつ増えてきましたけど……。

 兄さま、時々とても辛そうな顔で遠くを見つめている事があるんです。

 この前の川渡さんの時もそうでしたけど、それだけじゃあない。

 去年もそうでしたけど……春と、夏が近づくにつれて。

 鏡を見る時。

 メイドとか、ゴスロリとか、そういう服装の人とすれ違った時。

 ……調べて暴くようなつもりはなかったんですけど……。

 兄さまの映像は勉強という意味でも見ることがあったので、自然に」


 ユキオは、リリが生きるこの世界を守るために、多くの物を犠牲にしてきた。

その全てをリリが知っているという訳ではないが、接する人や情報を通じて、その断片はリリに伝わってきた。

犠牲の苦痛は決して無くなることはなく、今でもその残滓がふとしたことで反響して、戻って来てしまっているように見える。

だから。


「リリが、兄さまを守れる……なんて言うつもりはありません。

 守ろうとするには兄さまは余りにも強くて、兄さまに苦痛が襲い掛かってきた時、その苦痛をやっつけるのは……難しいです。

 だけど……兄さまが辛いとき、その苦痛を……一緒に、分かち合う事は、きっとできるから」


 疲れ果て、苦痛に打たれ震えるその手を握って。

抱きしめて、その涙が枯れるまで体温を分け与える事は。

きっとリリにも、できるのだから。


「これは……こういう気持ちは、きっと……。

 家族愛とかではなくて、恋なのかな、って。

 そう思うんですけど……その、姉さま?」


 語り終えて、リリは改めて二人の姉を見た。

ヒマリは、打ちのめされるように、その目に惨悔を浮かべていた。

ミドリは、痛みを堪えるかのように、その目に痛切さを浮かべていた。

え、と、想像とは異なる反応に、リリは呻いた。


「そう、だね……そう、だよ」

「リリは……凄いね」


 震える声。

目は泳ぎ、ヒマリは自らを抱きしめるようにし、ミドリはその両手を握りしめて。

予想していなかった何かに怯えるような言葉に、リリは思わず、目を閉じる。


"……二人は、兄さまの事、好きだと思うか?"


 躊躇うように、しかし脳裏に響く、アキラの声。

文脈から、その好きが家族としての好悪を示すものではないと、リリは悟った。

深呼吸。

目を見開く。


「……もしかして、姉さまたちも、兄さまの事……好き?」


 二人ともが、目を逸らした。

思い切って、リリは弾んだ声で言って見せる。


「良かったぁ。じゃあ兄さまと四人、みんなで一緒に、好きになり合えますね!」


 言葉こそ選んだが、それはリリの本心だった。

リリはユキオの事が好きで、恋し、或いは愛している。

ユキオが自分の事を見てくれないと思うと悲しくなるし、代わりに他の人を見ていると思うと胸の奥が少し痛む。

しかしその相手が、尊敬し、敬愛する姉たちであればどうだろう。

自分が幸せになるのと同じぐらい、姉たちがユキオを幸せにし、幸せにされるのが、尊く美しいものに思える。

その一員として自分が在れるのは、むしろ二人きりより嬉しいかもしれないぐらいだ。


 しかし。

姉妹は、リリの言葉に何も返さなかった。


「……」

「…………」


 沈黙。

誰も一言も喋らないまま、重苦しい空気がそこに横たわる。

どれ程の時間が経っただろう、不意にヒマリが、リリに視線を向けた。

疲れ果てた、少し青白い顔。


「……ごめんね」


 ヒマリは立ち上がり、ローテーブルの自分の飲み物を持って、その場を去ってゆく。

それを見届けてから、ミドリもまた、リリを見つめ小さくつぶやいた。


「……ん。……ん」


 何時ものミドリの甘えの仕草は、しかし何処か痛切で。

胸を引き裂かれたような表情のまま、ミドリもまたこの場を去ってゆく。


 リリは呆然としたまま、出てゆく二人を見送るほかないのであった。




*




「ぷぷぷぷぷ……」

「こら、汚いだろ……」


 呆れたアキラの言葉に、プイとリリは顔ごと視線を逸らした。

夢の中のティールーム、今日は少し暑いからか、細長いタンブラーにアイスティーが提供されていた。

そのアイスティーに刺さっていたストローでブクブクとやりながら、リリは不貞腐れていたのであった。


 対面のアキラは、言われてもストローでブクブクと泡立てるのを辞めないリリに、呆れ果てて肩を竦めた。

カランと氷が硬い音を鳴らすのを背景に、唇に指を沿わせながら、続ける。


「だから、言ったじゃあないか。

 あの姉妹に恋愛相談をするのは辞めておけって」

「……アキラは気付いていたんですか?

 姉さまたちが、兄さまに恋しているって」

「確信までは出来なかったから、断言まではしなかったけどね」

「むー……」


 文句を言いたいが、逆の状況であれば同じことをするだろうとリリも思う。

だから唸り声を上げるに留め、リリはジト目でアキラを睨んだ。

対しアキラは、肩を竦め、腕組みしてみせる。


「大抵の場合、好きな異性は自分だけの物にしたいものさ。

 多くの人には、独占欲ってものがあるものだ」

「いやぁ、今回はそれだけじゃない気もしますけど……」


 と言いつつも、リリは口を尖らせた。

アキラの目を、下から覗き込むようにして見上げる。


「でも、アキラも同じですか?」

「……私が?」

「アキラも、兄さまには自分だけを見てもらいたい?」


 ぽかん、とアキラが口を開けた。

パクパクと口を開け閉めし、震える手でリリの顔を指さす。


「な、な、ななな」

「な?」

「なんで?」

「なんでって?」


 首をかしげるリリに、アキラは薄っすらと涙を浮かべつつ、叫んだ。


「なんで分かったんだ!?」

「だってリリとの話、兄さまのお話ばかりですから……。100%ラブラブ大好きじゃないですか……」

「にゃああああ!!」

「猫になっちゃった……」


 頭を抱えるアキラを、目を丸くしてリリが見つめる。

バレバレだったのになぁ、と小さく呟き、それが聞こえたのだろうアキラが更に身もだえした。


「まぁその……なので、リリが兄さまの事好きだなぁって思った時には、既にアキラも兄さまの事好きなんだろうなぁ、とは思っていた訳で」

「ううう……な、なるほど?」

「だから、良かったなぁって」

「なる……ほど?」


 身を起こしたアキラは、訝し気にリリを見つめた。

リリはニコリと微笑みかけ、両手を胸に当てる。

自分が口にすることが、常道から外れているのは自覚している。

最も信じている姉妹に拒絶されるかもしれないという思いは、リリを少しだけ臆病にさせてしまうが。

それでも好きな人の事を想う胸の鼓動が、リリに少しだけ勇気を与えてくれた。


「私とアキラは……一つの体を共有する、双子です。

 だから私たちは、同じ人の事を好きになる事が……むしろ、望ましかった」

「……それは」

「だから、良かったなぁ、って。

 リリとアキラで、同じ人を好きになれて。

 その好きな人が、あんなにも素敵な兄さまで」


 真っ直ぐに見据えるリリの視線に、アキラは視線を揺らした。

そこに負の感情は、ある。

しかしそれは忌避ではなく他の何か。

そう捉えて、リリは、ゆっくりと問いかけた。


「アキラは、リリと、お姉ちゃんと一緒は……嫌?」

「……嫌じゃ……ない」


 アキラが耳まで赤くして呟くのに、リリは微笑み返した。

ゆっくりと、考えながら口を開く。


「リリは……幸運にも、この体に一人きりではなく、アキラと一緒に生きることが出来ています。

 それは寂しく思う暇もない、素敵な事です。

 その上で、更に同じ人を好きになれた事に、感謝までしています。

 だから……独占欲っていうのは、感覚として良く分からない、というのが本音です」

「……それは、その」

「なので! 兄さまを四人がかりで誘惑しましょう!」

「は?」


 目を見開くアキラに、フンスとリリは鼻息を漏らした。

アキラが反論を思いつく前にと、まくしたてる。


「リリと、アキラと、ヒマリ姉さまに、ミドリ姉さま。

 四人がかりで、兄さまをメロメロにしてしまうのです!

 私は大好きなみんなとずーっと一緒でハッピー!

 兄さまは美女美少女より取り見取りでハッピー!

 みんなで、幸せになるのです!」

「えぇ……」


 と、呆れた様子を見せるアキラに、リリは腰に手を当て、胸を張る。

分かっている。

人は皆、リリと同じように同じ体を双子で共有などしていないし、だから愛する人には独占欲なるものを抱いている。

だから必ずしもリリと同じように、同じ人を愛することが幸せと感じるとは、限らない。

けれど。


「リリの想像する最強の未来は、皆でラブラブな未来!

 姉さまたち二人に無理強いは出来ませんが、しかしやる前から諦めるのも、やっぱり間違っているのです!

 だからね、だからね、アキラ」


「アキラは頑張って私の体も使えるようになって、リリだけじゃあなく、アキラも兄さまに告白するんです。

 リリだけじゃあなく、アキラだけじゃあなく、二人の言葉で。

 二人で……二人で!」


「リリと、もっと一緒に生きてください。

 一緒に愛して、一緒に愛して、一緒に愛されましょう!」


 リリは、その胸の熱を留める事をしなかった。

言葉に熱を込め、全身から迸る熱を遠慮なく吐き出していた。

興奮が溢れそうになるぐらいで、全身が大きくなったかのような気がするほどだった。

それだけの熱が、伝わったからなのか。

呆然としていたアキラの顔にも、優しさに満ち満ちた、朗らかな笑みが浮かび上がって。

薄っすらと、その目に涙を浮かべながら、告げた。


「そうだね。私たちは一緒に生きよう。

 二人でずっと、一緒に。

 ……約束だ」

「約束ですね!

 ゆーびきーりげんまん、嘘ついた~ら……」


 小指と小指が重なり合い、明るい調子で約束の唄が二人の、本来一つしかない口から歌われる。

熱に火照ったリリと、その熱に浮かされたアキラの二人。

同じ肉体を持つ二人の、実際に絡む事のないはずの小指同士が、夢の中で絡み合った。




*




 僕と、ヒマリ姉とミドリとの実力は大きく開いてしまった。

故に僕らの依頼遂行は別行動となることが殆どになり、自然休養日も別々となる事が増えた。

それでも、夜の時間は家族で過ごせる時間が多い。

僕は移動速度もあり日帰りの行動が殆どで、姉さんたちもたまに出張があるが基本夜には家に居る。

父さんは龍国への出張が多くこの所顔を見せないが、残る家族は頻繁に顔を合わせる事が出来ていた。


 だからその日も、僕らは皆家のリビングに揃っていた。

夕食を終え、順番に風呂に入ろうかと考えていた時。

不意にリリが、ピン、と天高く片手を伸ばしたのである。


「兄さま、リリは発言を求めます!」

「……どうぞ?」


 掌を差し向けると、リリはフンスと鼻息荒く、ダイニングチェアから立ち上がった。

同じくダイニングチェアに腰かけていたヒマリ姉とミドリの、その手を取る。


「姉さま、こちらに」

「……何が始まるのかな?」

「……ん?」


 首をかしげる二人を連れ、ソファでゆったりとしていた僕のところに。

丁度、僕の真正面にリリが立ち、その左右隣に姉妹が並ぶ形となる。


「兄さま、どうですか?」

「……三人とも、今日も可愛いね?」

「そうです! 美少女です!」


 なんだか聞き覚えのある台詞に、チセの真似か何かかな? と首をかしげる。

くすぐったそうな表情を浮かべる姉妹を捨て置き、リリはふふんと胸を張った。


「兄さま、さぁ、今こそ姉さま方をハグするのです!」

「……どうぞ? こういう感じ?」

「もうちょっと情熱的に!」


 両手を広げると、リリが軽く押して二人をソファに腰かけさせる。

情熱的って言われてもな、と思いつつも、二人の肩を抱きしめた。

ヒマリ姉の、柔らかく暖かい肩。

ミドリの、細く繊細な肩。

左右で異なるそれを、そっと、しかし情熱的と言えるぐらいには力強く。


「あっ……」

「ん……」


 少し、熱の籠った吐息。

なんだか色気のある音に、リリの前だというのに何とも言えない気分になっていると。


「キラーン! すかさずリリは、お膝をいただくのです! ゲット!」

「おっとっと」


 リリがくるりと反転、お尻を向けてこちらにダイブしてくる。

上手い事膝で受け止め、そのまま左右の二人を抱きしめる力を強くすることで、間接的に姉妹の体でリリを抱きとめるような形になった。

ぴったりと、四人の体がくっつく。

春の夜寒とは言え、食後にこうもぴったりくっつくと、少しばかり暑いぐらいだ。

えへへ、とリリが微笑み、ぐりぐりと背中を僕に押し付けてきた。

そのまま、視線を左右に。


「兄さま、姉さま。リリはね、リリはね。

 ヒマリ姉さまの事、大好きです。

 背が高くて、スタイルも良くて、正に姉さま! って感じで大好き!

 アクティブで、拳ですっごい強くて、けれどお姫様みたいな人で、とっても素敵です!

 リリのお勉強の事も興味持ってくれて、いつも褒めてくれて、リリをとても可愛がってくれるんです!」

「うう……」


「ミドリ姉さまの事、大好きです。

 小っちゃくて、猫みたいに可愛らしくて、でもとってもクールなお姉さま!

 何でもできる天才で、怪我も病気も治せて、しかもセクシーで、とっても素敵!

 リリが一人で居ると、いつも一緒に遊んでくれて、リリを抱きしめてくれるんです!」

「にゃーん?」


「だから、リリはね、リリはね。

 皆で一緒に、兄さまとギューってしたいんです!

 二人きりじゃあなくて。

 皆で一緒に、分かち合いたいんです!」


 交互に褒め倒される二人は、顔を赤くし緩ませていた。

僕は、三人に僕の知らない所で何かがあって、そして今それが解消されたのでは、と何となく気づいた。

今思うと、今日は僕が朝早かったが、夕方帰宅してから三人が少しだけぎこちなかったように思える。


 リリは、グルリとその場で百八十度回転し、僕ごと左右の姉妹を抱きしめた。

応じて、ヒマリ姉にミドリも、僕ごとリリを抱きしめる。

先に、ヒマリ姉がその手を伸ばし、リリの頭を撫でた。


「もう……。私が悩んでたの、そこじゃあなかったけどさ。なんか、馬鹿らしくなってきちゃった」

「ええ!?」

「後で、お姉ちゃんの秘密の相談、聞いてね?」

「わ、分かりました! リリ、頑張ります!」


 ピンと背筋を張るリリの頭を最後に一撫でしてから、ヒマリ姉はその手をリリの腰にやり抱きしめた。

次いでミドリの手が、リリの頭を撫で始める。


「リリ、偉い偉い」

「なんか褒め方が適当です!?」

「……本当に、偉い。今日は私より、ずーっと偉いよ。本当に……偉い」

「……ミドリ姉さまも、いいこいいこしてあげます!」


 言ってリリは、自らを撫でるミドリの頭に手を伸ばした。

お互いにお互いの頭を撫で合う恰好。

数秒ほどその奇妙な姿勢を続け、にへら、と互いに緩んだ笑みを浮かべる。


「ずるーい、リリ、お姉ちゃんもナデナデして!」

「えへへ、ヒマリ姉さま偉い偉い」

「待って、リリ、私のナデナデが足りない。お姉ちゃんの事はもっと撫でるべき」

「え? な、なら二刀流ナデナデです!」


 と、ヒマリ姉に強請られた挙句、リリはその両手を姉妹に伸ばし、二人の頭を撫で始める。

何時しかミドリの手はリリの頭から離れ、ヒマリ姉とミドリ、二人の手がリリの腰をしっかりと抱きしめる形となって。

……何と言うか。

僕の膝の上と左右でイチャイチャされている訳だけど、置いてけぼりになったような気分で。


「リリ、モテモテだなぁ」


 と呟いてしまうと、三人からジトっとした視線が突き刺さった。

発言した事が悪いのか、内容が悪いのか、何とも言えずに視線を泳がせると、はぁ、と溜息が三重奏。


「仕方ないですねー」

「うんうん、お姉ちゃんが許すよ」

「妹的には許さないので、謝罪のハグを徴収中」


 ぎゅ、と僕を抱きしめる三人の力が強くなって。

暑いぐらいの温度のはずなのに、どこか暖かさが心地良くて。


 ああ、幸せだなぁ、とふと思う。

こんな風に"ここ"のみんなで抱きしめ合って、お互いに好き合って。

笑顔でじゃれあって、くっついて。


 こんな幸せが、長く続きますように。

そしてもっともっと、幸せになりますように。

そんな風に祈らずにはいられない、幸せで一杯の日々で……。


 "ここ"のためなら、僕はなんでもできる。

改めて僕は、そう確信して見せるのであった。



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