ex01-ワールドツアー非英雄譚・前




『この飛行機は、ただいまよりおよそ20分で〇〇空港に着陸する予定でございます。

 ただいまの時刻は午後3時30分、天気は晴れ、気温は……』


 午睡が、アナウンスに遮られる。

瞬き、大きくリクライニングさせていた椅子から腰を上げた。

手元の端末を操作して元の椅子に戻し、腰かけたまま体をストレッチする。


「生まれて初めての飛行機を、ファーストクラスで体験するとは思わなかったな……」


 悲しい事に僕の飛行機のイメージは、漫画に出てくるエコノミークラスの光景のみである。

席が半個室になっていてビックリしたし、大きなモニタが用意されていて目が飛び出てしまうほどだった。

未成年なのでワインは提供されなかったが、食事も豪勢で、腰が抜けるかと思う待遇だった。

一生、慣れることのできなさそうな待遇である。

凄い体験だった反面、少し気疲れする初体験フライトだった。

……"歩く旅客機"のフライトは、内心で体験から省くことにする。


 飛行機を降りて荷物を受け取って、ラウンジに辿り着く。

人種のるつぼと言われる州国だけあって様々な国の人間が溢れる中、ひと際目立つ、深い位階の持ち主が目に入る。

ふわふわの赤毛を腰まで伸ばした、長身の女性。

サングラスにプリントTシャツ、ミニスカートと夏らしいファッションで、僕めがけ元気そうに手を振ってくる。


「やぁ、ユキオくん! 州国にようこそ! 八か月ぶりかい、元気にしてたかな!?」

「あー、お久しぶり、です?」


 戦場を横切って横顔を一方的に見たのは、出会ったうちに入るのだろうか?

昨年末の旧魔王はびこる地獄の戦場を思い出しつつ、何となくきまり悪くなりながらこちらも手を振り返す。

アリシア・ハリントン、州国の星の英雄は、快活そうに微笑んで見せた。


 ……僕が赤子を引き取り、二階堂リリ(莉々)と名付けてから、はや半年と少し。

およそ三~四歳児ぐらいになった"妹"の世話に忙しかった僕に、あの時参加した各国から是非招待したいという連絡が届いたのである。

政府との調整ののち前向きにとなった僕は、18歳となったこの夏、世界各国を巡る事になったのだ。


 最初の訪問は、州国。

人魔大戦でも最後まで残り抵抗していた数少ない国家の一つ。

多数の臨時政府を抱え今一まとまりのない連合国、首都に大きな傷を負った皇国に比べ、比較的軽傷で大戦を切り抜けた事で、経済的には世界最大の国家となっている。

元々多くの人種の集っていた国だが、大戦時に破綻した国家からの難民が押し寄せ、各国の文化などもかなり入り混じったと聞く。


「おや、勉強はしてきたんだね」

「教科書に乗っているような事ぐらいですよ。国から出たのは初めてですし、そもそも飛行機に乗ったのも初めてでしたから」


 流石に隠せまいと白状しつつ、アリシアさんとスタッフの後をついて空港から出て車へ。

スタッフ二人が運転席と助手席へ、僕とアリシアさんは後部座席につく。

真夏の日差しに汗をにじませながら、車内のクーラーの風に少しホッとする。


「州国の夏はどうだい? 皇国の夏も凄まじいと聞くけど……」

「湿気が少ない分マシかと思いましたが、日差しはこちらのほうが強い気もしますね。悲しいことに、甲乙つけがたいものです」

「ふむふむ、さて、まずはホテルに向かおうか」


 黒塗りの高級車が、道路を行く。

流れゆく光景を見て最初に思ったのは、海外って本当に電柱がないんだな、という事だった。

そんな風に想いながらぼんやりと辺りを眺めつつ、ん、と声をかけようとしてから戸惑う。

微笑んで、アリシアさん。


「どうしたんだい、ユキオくん。何でも言ってくれたまえ! お姉さんが力になるぞ!」

「いえ、この先に渋滞ができそうなんですが……土地勘がないので、どのルートがいいか分からないんですよね」

「ん?」

「大体2キロぐらい先ですかね? 車に乗っているだろう気配が集まって固まってるので、まぁそういう事なんでしょう」

「2キロ先……? 待ってくれ、気配って一般人のだよね?」

「無意識のうちでも、それぐらいの距離ならまぁ。……妹もかなりの距離を無意識で探知できますし、苦手な姉も、2キロぐらいなら」


 感知できる生命の動き一つ一つを常に追っている訳ではないが、無意識に問題になりそうな動きをしていると気づくことができる、と言った感じだろうか。

と話していて気づいたが、そういえばアリシア・ハリントンは身体強化特化の固有持ちだった。

気配探知は苦手なのかと視線をやると、完全に固まっていた。

助手席のスタッフがナビや携帯端末を駆使して調べ、本当だ、と漏らす。


「……凄いね、君だけじゃなくヒマリくんもミドリくんも!」


 微笑み返すに留めつつ、そういえばこの手の技能は結構希少だったんだと意識を立て直す。

家族全員できることだし、コトコも割と得意だったので、忘れていた。

不必要なところで警戒心を煽ってしまったか、と内心反省しつつ車に揺られる事にする。


 そのままホテルに辿り着いて、豪奢な一流ホテルの佇まいに腰が引け、次に用意されたスイートルームのでかさに呆然としてしまった。

リビングルームに寝室が二つ付いていて、簡易キッチンまでついている。

ここ、下手したら普通の戸建てよりでかくない?

一人でここ使ってどうするの?


「スケールがでかい……って言いたいですが、そういや皇国内でもあまり大きなホテルを使った事はなかったですね……」

「……今や君は、世界的に有名な英雄なんだ。もうちょっとお金を使うことに慣れていいと思うよ?」

「精進します…」


 昨年の春頃までは金級でいっぱいいっぱいだったし、それから後は大きな仕事で遠征する事は殆どなかった。

大事件から大怪我の連続で、今年も新しく出来た"妹"の世話をしつつなので首都圏の仕事が多かったので、泊まりも少なかったのである。

フェイパオ染みた高速移動が出来るようになってしまったので、関東県内ぐらいなら基本日帰りで仕事ができたし。

とは言え、そういった背景を知っているからこそ、アリシアさんは"これから"に向けた話の仕方に抑えたのだろうが。


「さて、私はこっちの寝室を貰おうか!」

「はい……はい?」


 首をかしげているうちに、アリシアさんは片方の寝室に入り、ベッドに向かって突撃していってしまった。

頭の中が疑問符で一杯になり固まった僕に、ベッドにゴロンと寝ころんだアリシアさんが告げる。


「どうしたんだいユキオくん。ちょっと中途半端な時間だし、夕食前に荷解きを済ませてしまった方がいいと思うよ」

「いや……はい、そうなんでしょうけど……」


 傾げた首が戻らなくなりそうな心地のまま、振りむいて僕の使う寝室を見る。

ドアには鍵がついており、ちらりと振り返ると、アリシアさんの使うドアもきちんと鍵がかけられるようにはなっていた。

こういうものなのだろうか? 州国の価値観は。

何とも言えない気分で、背負ってきたバックパックを寝室に下ろす。

早速荷物に手を付け、その日の夕食に供え準備をするのであった。




*




 翌々日。

僕はアリシアさんと二人で、スイートルームのリビングでソファに腰かけていた。

兎角ここのリビングルーム、でかい。

我が二階堂家のリビングルームが20畳ぐらいだったと思うが、それに匹敵する大きさだ。

併設された簡易キッチンで入れたコーヒーは香しく、アリシアさんはその香り高さにうっとりしているようだった。

僕は炭酸飲料が好きなのだが、流石に旅行先でホストの前でゲップはしづらい。

泣く泣くオレンジジュースをチビチビと口にしていた。


「……ふぅ」


 昨日の気疲れが、まだ体に残っているかのようだ。

柔らかく、しかし適度に硬く体をサポートしながら支えてくれるソファに、体を預ける。

そのまま視線の先、巨大なテレビが映し出すニュース番組に意識を集中する。


『昨夜、我が国を訪れた世界的英雄、ユキオ・二階堂が〇〇大統領との食事会に参加しました。

 食事会は終始和やかに進み……』


 ニュースで放映されているのは、僕と大統領との食事会である。

広い部屋、六人掛けのテーブルの互いに真ん中に腰かけた僕は、カチコチになりながら歓談らしきものを行っている。


「正直、何を話したのか覚えていないですね……。緊張して」

「ふふふ、私から見れば立派に話せていたよ?」

「まぁ、友好であるという儀式とポーズを取れれば良いんでしょうけど、中々神経に来ましたね……」

「……フフフ」


 まぁ当然だが、大統領が僕に私人として興味を持ってこの食事会を計画した訳ではないのは分かる。

僕は現状、世界でも二人しか生存していない、単独で国家を滅ぼしうる力の持ち主とされている。

扱いとしてはおおよそ、自走する戦略爆弾みたいなものだろう。

その僕の理性がどの程度あるかは確かめておきたいし、僕の怒りの琴線は把握しておきたい。

そしてその自走戦力爆弾ユキオが、大統領と友好的であるというポーズ。

それは州国国民の安心を買い、また次の選挙でも役立つという事だろうか。


 それを言うと、皇国国内での僕の扱いは少し軽い。

皇国の総理大臣とは何度か表彰式の時に出会い、その後の立食パーティーなどで会話することもあったが……。

一度目は、ミーシャを殺害してすぐ。

二度目は、アキラに敗北して、そしてそれが糊塗されたまま勝利の表彰を成された、今年の年始。

どちらも地の底まで精神が沈み込んでいる時なので、正直全く友好を示せた気はしない。

まぁ付き合いの長い父さんが居るのだから、急を要して僕と政治的な距離を縮める必要はないということか。


 それにしても日を跨いでなお疲れが残り、糖分が恋しい。

チビチビとオレンジジュースを飲んでいると、うん、と何か頷き始めるアリシアさん。


「ユキオくん、観光に行こう!」

「……観光ですか」


 オウム返しに言うと、うむ、と威勢良くうなずいて見せる。


「折角我らが州国に来てくれたんだ、もっと君にはこの国を好きになってほしい!

 なのでまずは観光だ!

 セントラルパークに自由の女神像、ジャズクラブだって行ってみよう!

 レストランも良いが、本場のハンバーガーもどうだい? 皇国のちっこい奴とは全然違うよ!」


 と。

ニコリと快活に微笑みながら、そっと僕の手を掴む。

そこにはビジネスの香りはなく、純粋に自国を好きになってほしいという感情があるように思えた。

だから応じたい気持ちと、疲れ果てた頭の重さとが、一瞬天秤に乗る。

ヒマリ姉にミドリ、そしてリリへの土産話ぐらいは手に入れてもよいか。

家族の事が頭に過り、僕は頷いた。

こちらも笑顔で微笑んで見せ、立ち上がる。


「分かりました、行きましょう。

 デートコースはお任せしても?」

「お姉さんに、任せなさい!」


 張った胸を叩くアリシアさんに連れられ、僕はそのまま観光地を回ってゆく。


「ここが世界の広場さ! ミュージカルの劇場だってある……人込み苦手かい、ちょっと顔色悪いね、すまない…」

「セントラルパーク、素晴らしい公園だろう? ほら、あっちには動物園なんかもあるんだ。ゆっくり歩いてこう!」

「へえ、ユキオくんはハンバーガー好きなのかい? 本場のハンバーガー、いいだろ~」

「ジャズクラブは初めてかい? フフフ、お姉さんが手取り足取り教えてあげよう!」


 と。

ぐるりと市内の観光地を回って、一通り遊んでいると、すぐに時間は経って夕方になる。

今回は他の国へハシゴしての長期出張となるので、州国への滞在も二泊三日で終わりとなる予定だ。

という事で、名残惜しいがアリシアさんとスタッフとで連れ添い、再び空港にやってくる。


「まだまだ州国の楽しさはい~っぱいあるんだけど、紹介しきれなかったなぁ。

 またいつでも遊びに来てね!」

「こちらこそ、滞在中楽しかったですよ。色々忙しいですけど、またいつか!」


 と、まぁ。

僕の滞在一国目、州国はこんな感じで、比較的健全に終わったのである。

年上の赤髪美女と同じスイートルームで過ごす事になったことが、健全のうちに入るのならば、だったが。




*




「ですわ!」


 シャノン・アッシャーの一言目はそれだった。

翻訳とかそういう訳ではなく、本当に音としてのDESUWAだった。

思わず首をかしげて、隣の執事に視線をやるが、ニコリと微笑むだけで言葉はない。

周りに佇むメイド達に視線をやるが、皆微笑みながらこちらを見やるだけで、特段口を開く事はない。

とりあえずは気にしないでおこうと、僕は曖昧な笑みで返した。


 ここは、連合国の首都にある、アッシャー家の邸宅。

高さは兎も角、広さに置いては先の州国のホテルに匹敵するような豪邸に腰が引けつつ案内された先、初対面でそれである。

この先コミュニケーションを取れるのだろうかと不安になる。

シャノンが自信に満ちた笑みを見せているのが、安心するのやら、不安が増すのやら、微妙なところだ。


 金髪青眼ボブヘアの、ドレス姿の少女。

自信満々、キラキラとした笑みで常に胸を張っていそうな、輝く少女。

自負と自信に満ちたその笑みは、ベクトルこそ違うものの、どこかチセや姉さんを思い出させた。

髪と目の色がたまたま似ているのも、その印象に拍車をかける。


「始めまして、私、シャノン・アッシャーと申しますの」

「こちらこそ、始めまして。二階堂ユキオ……ユキオ・二階堂と申します」


 と、手を差し出されたのでこちらも握り返す。

白く滑らかそうな見た目と異なり、触れると硬く、戦う者の手である事が分かる。

親近感を覚えつ手を離そうとすると、向こうの手が離れない。

短かったかなとそのまま軽い力で握っているが、シャノンの手はその力を減じないままだ。


「……あの、シャノン?」

「……これが、英雄の手……」


 じっと僕の手を見つめつつ、ぎゅっと握り続けるシャノン。

困って周りに視線をやるが、執事もメイドらも微笑ましそうに見るだけで反応してくれない。

どうしたものかと僕が立ち尽くす事数分、ハッと気づいたシャノンが弾かれるように手を離す。

コホンと咳払い、バッと大きく両手を広げてみせた。


「ユキオさま、皇国人は奇妙にメイドが好きだと聞きましたので……」

「え?」


 カッ、と靴音を立て、周りに佇んでいたメイドたちが一斉に一歩進む。

その数はチラリと見て十五人という所、よく考えると20台半ばぐらいまでの若い女性ばかりだ。

シャノンの年齢に合わせていたのかと思っていたが、直前の台詞を合わせると若干意味合いが変わる。


 そしてミーシャの所為で感覚がマヒしていたが、普通使用人の恰好でフレンチメイド服はおかしいのではなかろうか。

少なくともここ、連合国では伝統的にもっと露出の少ないロングスカート姿が好まれていたはずである。

肘先に膝下の肌を露出して胸元も大きく開ける服装は、どちらかというとミーシャが趣味とし、皇国のメイドカフェで見そうな姿だ。

なんとなくこちらも一歩引いてしまい、腰が引けてしまう。


「我が家の若いメイド、皆を集めましたわ!」


 シャノンが指をパチンと鳴らすのに合わせ、一斉にメイド達が飛び出し、抱き着いてくる。

柔らかく暖かい物が、全身を包む。

もう誰の何処がどの場所を包んでいるのか分からないが、布地が当たる所より素肌がぺったりと当たる部分が多い気さえするのは気のせいだろうか。

両手は複数人の指にからめとられて、どこかの柔らかな肉に包まれる。

首元にはメイドの鼻が押し付けられるようにピッタリと吸い付く。

足元にはひざ下と腿に、少なくとも一人ずつのメイドがくっついているのが分かる。

一応、デリケートな部分だけは触れないようにしているようだが、それでも膝近くの太ももまではピッタリと肉に包まれる感覚があった。


 それ自体は嬉し恥ずかしというものなのだが、主の言葉を邪魔しないためだろう、無言で抱き着いてくるのがなんだか怖い。

豪奢な毛足の深い絨毯の部屋、屋敷の主である少女の前、無数の無言のメイドに抱きしめられメイドまみれになる僕。

なんだか冷静になってしまい、客観的に滅茶苦茶シュールな光景だな、というのが僕の感想だった。


 抱きしめられて十秒ほど、全員無言の謎空間を終えて、僕の視線を遮る形で抱きしめていたメイドが少しずれる。

開けた視界で、ふふんと何故か自慢げに微笑むシャノンと目が合う。


「どうですか、我が家の自慢のメイドたちは。

 私もたまに夜寝る時にハグしてもらっていますのよ!」

「そうですか……」

「柔らかくて暖かくて、ふわふわなのですわ!」

「そうですか……」


 これでいいのか? と抱き着いているメイドに視線をやるが、皆ゆったりとした微笑みを浮かべているだけで反応がない。

佇む執事に視線をやるが、あちらもうんうんと頷きながら関心しているようで、この状況を受け入れているようだった。

言葉の通じない海外旅行に来た気分だった。

いや、今まさに海外旅行中ではあるけれど。


 視線をシャノンに戻すと、コホンと一つ咳払い。


「……その。ユキオさまに、一つお願いがあるのですが」

「……何でしょうか」


 急にしおらしくなったシャノンに、思わずこちらも慎重になる。

するとシャノンは勢いよく体を半身に、右手の人差し指をピンと伸ばして僕を指し示した。


「勝負ですわ!」


 ……なんて?




*




 翌日。

よく整備された土のグラウンドに、ぐるりと高く設置されたほど高い観覧席。

防御結界を十分に張られた観覧席からは、下を見れば競技場を直接、視線を上げればズームされた映像を見る事ができるようになっている。

その中でも一段と豪奢に飾られた所には、先ほど僕が挨拶をした女王陛下ら、連合国の皇族が腰かけていた。


「天覧試合じゃあないか……」

「ですわ!」


 僕の愚痴を聞き流し、シャノンは観覧席へと手を振っていた。

野太い声に黄色い声が両方響き渡り、彼女が男女両方に人気のある英雄なのだと実感させる。

観覧席は、所謂民衆ではなく、軍人や貴族、そして皇国でいう冒険者に相当する者たちが集っていた。

要は、民衆全てに今回の勝負とやらが広がらないよう、かつ僕の力量を評価可能な人員を集めたという事なのだろう。

僕には今一区別がつかないが、恐らくは連合国に在住する他の欧州国家の臨時政府も人間は少ないか、居ないのだろう。

ならばこれは娯楽というより、むしろ政治的なやり取りに近いものと取るべきか。


『さて、東、こちらは昨年末のあの大戦で世界のために戦った英雄、ユキオ・二階堂!

 若干18歳でその位階はあの勇者、龍門・二階堂にすら匹敵するほどの力を見せている!

 賢者相手に見せた戦いで疑似地球においてその圧倒的力を見せているが、現実の地球ではどうか!?』


 割とエンタメ的な実況だった。

あれ? と直前までの予想を裏切られて首をかしげるが、実況は待ってくれない。


『西、我が国最強の英雄、シャノン・アッシャー!

 対するユキオと同い年の18歳、赤き竜と勇者の聖剣を受け継ぐ若き英雄!

 大戦では旧魔王たるあの白き竜と戦い、見事奴を打ち取りました!』


 一瞬眉を顰めるシャノンだったが、それでも朗らかに微笑み手を振る。

口元が、小さく蠢く。


「……あのクソハゲ竜には、皆がいて辛うじて、でしたが……」


 口悪いな、この娘……。

わざわざ指摘するまでもあるまいと内心に封じていると、彼女が燐とした表情でこちらへと向き直った。

青く輝く視線が、僕をじっと見つめる。


「私は……もっと強く、ならねばなりません。

 少しばかり、その胸を貸していただきますわ」

「構わないよ、君の力も、少しばかり気になっていた所だ」


 シャノンが、その腰の聖剣を抜く。

仄かに青く輝く、遥か昔の旧勇者・アーサーから受け継がれた聖剣をその手に持って。

過去の人類に保証された正しさを、正しさの代理人を詐称する血統が引きずり出す。

彼女の血に宿る先祖返りの力が、僅かながら聖剣に秘められた力を解放したのだ。


 僕が対し、糸剣を作り出す。

父さんの聖剣を模して作りだした、聖剣の偽物。

聖剣のレプリカでも発することのできない、聖剣の青白い輝きすらも模した、本物の、聖剣の偽物。

正しさを詐称する、保証された正しさに立ち向かうために作られた、僕だけの聖剣。


「綺麗……ですわ」

「…………」


 二つの聖剣ではない聖剣が放つ輝きは、僕の糸剣が放つ光の方が強かった。

秘めているその力そのものも、また。

瞼を閉じ、深呼吸。

シャノンが目を見開き、静謐な表情で僕を見つめた。


「私は、この国を背負う戦士です。

 この場に集った人々、ばかりではなく民草全てを背負う、国家最強の戦士。

 だからこそ私は……もっと強くならねばならない」

「……なら、その覚悟は剣で語るといい」


 出会ってから、僅か丸一日。

世評はある程度聞いていたし、昨年末の戦場での活躍も、後から映像記録を見て確認はしている。

それでもまだ言葉だけで彼女を心から信じるには、時間が足りない。

これが戦場の目前であれば割り切って任せる事もあるが、切羽詰まっている訳でもない政治半分の競技場であればまた話は別だ。


 剣を構える。

腰を落とし、彼女の攻めを見るために少し剣を前に。

対し彼女は、膝を撓ませ、剣を深く体に引き寄せて。


『……試合開始ィッ!』

「がぁぁぁぁっ!!」


 竜が、目覚める。

白く滑らかな肌に、赤い鱗が浮かぶ。

四肢の肘から先は深紅の竜と化し、捻じ曲がった一対の角が生え、その瞳の瞳孔が縦に割れた金色に染まる。

固有術式・"赫の竜鱗者"の赤竜化は、瞬きより早く完了してみせた。


 弾かれるように、彼女が飛び出す。

その手の旧聖剣は、僕の持つ糸剣より少し短く、より取り回しの良さを重視した形。

袈裟に迫るそれを、しかし僕の加速した脳髄は容易くとらえていた。

柔らかく、糸剣を使う。

旧聖剣に込められた膂力のベクトルを変えつつ殺し、払いのける。


「……!?」


 何が起きたのか分からない、という顔の彼女の懐に潜り込み、膝を腹部に叩き込む。

硬い感触。

なるほど、赤竜化は四肢だけではないということか。

ごほ、と血の混じった唾を垂らしつつ、シャノンは大きく後方に飛び着地、再び剣を構える。

信じられないという顔を一瞬しつつも切り替え、闘志に満ちた顔でこちらを睨むシャノン。


 一手目、剣戟を予想外の方法で往なされて驚きつつも、最低限抵抗はしてみせ、その手から一瞬で旧聖剣を奪うことはできなかった。

応手、叩き込んだ膝も直前で後方に下がっており、腹部もどうにか赤竜の鱗で防御し最小限の被害で距離を取り冷静になろうとしている。

完全にやり込められつつも、その闘志は失われる事なくその瞳に宿っていた。

現時点では中々か、と内心で評価。


「次は、こちらから行こうか」

「……!!」


 足元のレールを使った高速移動。

音速に倍する速度で、かつレールを前方十センチ程度までしか作らない超速生成による、ほぼ軌道を読めないそれ。

予めタイミングを教えてあげたお陰で辛うじて反応できたシャノンは、僕の大上段の剣を受けることに成功する。

全身をバネのように使って衝撃を殺し、そのままベクトルを横にずらしつつ体を半回転、僕の上段を受けきってみせた。

僕の体は泳ぎ、シャノンの体はそれ以上に大きく体勢を崩し。


「がぁぁっ!!」


 竜の咆哮。

音波兵器と化したそれが至近で炸裂する。

音波は空気中での減衰が大きいので、けん制ではなく近距離で隙を作るのに使うのは良い選択肢だ。

けれど残念ながら、衝撃波による三半規管への攻撃は、半年前にフェイパオに食らって対策済みだ。

耳朶の奥に潜ませている糸が、過剰な波を察知し吸収。

減衰した音と衝撃だけがその奥に届き、攻撃を無効化する。


 僕はそのまま床近くから切り上げ、シャノンの脇下を狙い剣戟を放つ。

当たったと思った攻撃が効いていない光景を見たシャノンは目をも開くも、そのままむしろ前進。

間合いを殺しつつ、その拳を僕の脇腹に叩き込もうとする。


 まぁ、それでは当たらない訳だが。

僕は体の表面近くに複数展開していた糸罠を発動。

空間の疑似支点に貼られた透明な糸の布地に引っかかり、彼女の拳は僕まで届かずにその場に留まった。

なっ、と小さく言葉を漏らす彼女に、こちらも一歩踏み込みつつ、肘をこめかみに叩き込む。


「かはっ……!」


 目を明滅させながら背後に一歩よろめくシャノンに、僕は次いで掌底をその腹部に叩き込んだ。

軽い手ごたえ、辛うじて足を浮かせたと判断。

そのまま一気に腕を伸ばし切り、彼女を遠くへと吹っ飛ばす。

地面を二回、三回とバウンドし、転がってゆく。


 それでもシャノンは震えつつ立ち上がるが、その口からは血の混じった涎が垂れていた。

クソ、と呟きつつ、涎を拭い僕を睨んで見せた。

明らかに劣勢、しかし目は負けておらず、交戦の意志は続いている。

僕は思わず微笑みながら、口を開いた。


「竜爪ではなく拳なのは、ちょっと赤点かな。

 僕の固有が"運命の糸"なのだと、君は知っていただろうに」

「……えら、そうに!」

「君は、竜だ。

 ……いや、そこじゃないか。

 君の今のボトルネックは、聖剣になっているのか」


 彼女はどうも、自身の赤竜化に制限をかけているように見える。

それは最初は赤竜化への不慣れさや人間としての動きの習慣によるものだと思っていたが、どうにも違うようだった。

彼女の持つ旧聖剣は今一力を引き出し切れておらず、全力で竜化した彼女が剣を振るえば、剣が損傷してしまう可能性があるだろう。

かと言って聖剣の損傷覚悟で力を発揮してしまうと、聖剣の力によるブーストが減った分、総合的に力が弱くなってしまう可能性さえある。


 僕の言葉に、シャノンは目を見開き、震えながら頭を振る。


「ち、違いますわ! 私は……!」

「……そうだね、聖剣の力を引き出せれば問題ない部分ではあるね。

 今剣を合わせて、分かった。

 君に足りないのは聖剣の力の引き出し方。

 ……もっと言えば、聖剣への理解かな」

「……へ?」


 目を天にするシャノンに、僕は微笑んで見せた。

状況に流されてシャノン相手に勝負を受けることになってしまったが、ここで僕はシャノンに教導のような事をする義理はないはずだった。

適当な勝負をしつついい感じにシャノンを圧倒し、僕自身の力を見せつけて帰国すればそれで問題ない筈だった。

けれど僕は、思ったよりこの面白お嬢様が気に入ってしまったらしい。

中々のガッツで、渡せるものがあれば、少しばかり渡してみたくなったのだ。


「聖剣は、人類存続のための貢献度を測る事ができる。

 つまり聖剣は他者の運命を参照し、その内容によって発揮する力を変えることができる。

 ……聖剣は、運命の力に対する干渉力を持つんだ」


 言いつつ僕は、糸剣を片手に左手を振るい、僕自身の生来持っていたその固有を解放する。

"運命の糸"。

青白く輝く糸が、滝のように僕の手から流れ出し、空間を占めてゆく。

運命転変のような切り札の技ほどではなくとも、その微量に発揮する、運命の力に触れられるように。


「折角の場だ。

 ……運命の力、体感してみると良いよ」

「ほげぇええ何ですのそれ!?」


 あんまりな悲鳴に苦笑しつつ、僕は糸の量を増やしていく。

1トン、10トン、100トン、1000トン。

アキラとの決戦から半年、僕の能力はまだ伸びているが、余裕をもって精密に操れるのは、当時全霊で絞り出したこの質量が限界だ。

運命の糸、それは疑似的な質量を持った疑似物質であり、それを深く感じとることは運命という力への感覚を養う事になるだろう。

1000トンも発生させたうえで、それと命がけに感じるように戦えばある程度は覚えられるに違いない。


 その密度は、アキラと戦った時よりも高い。

高さ20メートルほどに抑えられた1000トンもの質量が、空気を揺らす。

糸巨人が、青白い輝きとともに拳を握りしめていた。

僕は彼女が話しやすいよう、巨人の肩に乗ったうえでニコリと微笑んでみせる。


「え、ちょ、え? 感じ取ってって、私今からこれと戦いますの!?

 どう考えてもあの旧魔王より強いコレと!?」

「うん、頑張れ!」

「脳みそにクソでも詰まってますの!?」


 返事に笑顔を浮かべ、僕はゆっくりと巨人を動かし始めた。

流石に超音速のラッシュは防げないだろうと、軽いジャブから。

それは1000トンの超質量から繰り出される、時速数百キロのパンチ。

既に全霊で探知系の術式を飛ばしていたのだろう、引き付ける余裕もなくシャノンが跳躍し、回避する。


 激突。

轟音。


 あまりの揺れにシャノンはそのまま膝をつき、青い顔をして先ほどまで自分が立っていた場所に視線をやった。

そこには、クレーターが出来ていた。

整備された土のグラウンドは、まるで爆発物でも投げ込まれたかのように抉れ、数メートルに渡るひび割れが出来ていた。

絶句してから、ギギギ、と錆びついた動きでこちらに目をやるシャノン。


「大丈夫、見ての通り結界を僕の方でも強化したから、外に影響はないよ。

 もちろん地面の下にも補強を入れているから、地盤も大丈夫だ。

 そのせいで、全力の糸巨人を見せられないのは残念だけど……」

「レディにそんなクソでかいものブチ込もうとするなんて、非常識すぎませんこと!?」

「君が魅力的過ぎて、少しばかり羽目を外してしまったのさ。

 さ、もっと第六感を使って感じ取らないと、危ないよ?」

「こ、このクソサイコパスがぁ~!」

「招いた賓客に初対面で勝負を要求するのも、中々だと思うんだけどなぁ」


 絶叫するシャノンに、肩を竦める。

涙目で指さしてくる彼女には悪いが、巨人を動かし攻撃を始める。


 拳。拳。拳。たまにキック。また拳。

ゆっくりと軽く振るっていたそれを、徐々にスピードを上げてゆく。

振るわれる拳が20を超えた頃、シャノンは汗と埃まみれになりつつも、しかしまだ一打も貰わずに避け続けていた。


「さて、次の速度は音速超えだ。サービスに空撃ちを一度見せてあげよう」


 と、虚空に一発拳を振るう。

パァァン、とソニックブームをまき散らす拳に、しかし疲れ果てたシャノンは絶句してばかりで反応が返ってこない。

おかしいな、潜ませた糸越しに回復術式を気付かれない程度に流しているので、言うほど体力の消耗はないはずだが。


「……音速、超えますの? この質量で?」

「超えるね。アキラの戦いの映像、見たんじゃないの?」

「見ましたけど……見ましたけど……!」


 良く分からないが振り絞るような声を漏らしつつ、シャノンが口をへの字に結ぶ。

アキラとの決戦ではこれ以上の質量の土糸巨人で、超音速のラッシュを放っていた筈だが。

勿論操る質量が少ない今の状態の方が、高速で動かす負担は少ない。


「さ、まずは一発、試しに避けてみよう!」

「いやちょっと待ってくださいましそんなの避けられる訳ない死ぬ死んじゃう!」


 一息に叫ぶシャノンに、しかし僕は超音速の糸巨人の拳を放った。

同時、小声で呟く。


「――運命転変」


 他社の運命を転変させられるようになったのは、つい最近か。

かなり格下相手でなければ、大幅な干渉は難しいが。

僕と今のシャノンぐらいの差があれば、それも容易い。


 僕は目を閉じる事すらなく、その視界が消滅することを感覚した。

世界は白黒のモノクロの世界と化し、それを僕は五感以外で感じ取っていた。

呼吸はなく、脳髄を走る電気信号は停止した、時間のない空間。

魂と運命だけが流れゆくその空間で、僕は存在しない自分自身の手で、その可能性をつかみ取る。


 直後、轟音。

競技場の半ば以上が圧壊、地面がグチャグチャに耕されながら、荒れ狂い。

同時に金属音。

僕が構えた糸剣が、翼を生やし巨人の肩に乗った僕にまで辿り着いた、シャノンの旧聖剣と打ち合っていた。


「……やって、やりましたわよ!」

「うん。聖剣の輝きがさっきまでと大きく違う」


 言いつつ糸剣を振り払い、シャノンを叩き落す。

空中で羽ばたき姿勢を直しながら、無事着地。

そのままシャノンは、先ほどまでよりも輝きを増した聖剣を、その手に掲げる。

拳のラッシュが続き大音声で聞こえなかった観客席からも、どよめきの声があがった。


 僕は巨人の肩から降り、役目を終えた糸巨人を消し去った。

そのまま糸剣を構え、シャノンを真っ直ぐに見据える。


「さて、そこまでの力を引き出せるようになったのならば、君の聖剣は竜の力で握りしめても問題はない。

 全霊の竜で暴れまわっても、問題ないんだよ?」

「……乙女の衣の中を、手探るのは……少々無粋でしてよ!」


 赤い翼が、更にサイズを増す。

鱗の生えた肘膝から先が更に大きくなり、爪が炎を帯びながら伸びてゆく。

尾が生え、全身が大きくなってみせる。

聖剣を増した膂力で握りしめ、竜の牙をむき出しにした笑みでギラリとした笑みを浮かべて見せた。

全長2メートル近くまで成長したその姿では、刀身1メートルに満たない旧聖剣は短剣のようなサイズだ。


 静寂は、一瞬。

撓んだ体を打ち出すかのように、シャノンは超速度で間合いを潰していた。

剛力で打ち出される旧聖剣の一撃を、糸剣が柔らかく受け止め逸らす。

舌打ち、シャノンは翼による空中後退で僕から距離を取り、油断なく僕を見つめていた。


「君の持つ旧聖剣の力は、まだまだそんなもんじゃあない。

 いや、その姿ですら窮屈なのだと、どこかで理解しているはずだ。

 違うかい?」

「貴方を! 一発! ぶちのめしてから考えますわ!」


 言いつつも、シャノンの旧聖剣が宿す光の量が増える。

それは、爬虫類の脱皮に似ていた。

旧聖剣のその表面にヒビが入り、砕ける。

そのまま剣の外観が留めていた光そのものが、その量を増す。

その輝きが落ち着くと、そこには2メートル近くまで刀身を伸ばし、その柄も太く作り直された、新しい旧聖剣の姿があった。


「……これは」

「全力で赤竜化した君の四肢にあったサイズに、大きくなったんだ。

 使い手に合わせてね。

 ……サイズ調節も、多分今の君ならできるんじゃないかな?」


 僕の言葉に、シャノンが半信半疑で聖剣に込める力を変える。

その場で聖剣はサイズを上下させてみせ、元々のサイズから赤竜と化したシャノンが持つのに相応しいサイズまで調整してみせた。

位階は10ほど上がり、ほぼ2倍近い出力に。

巨大化によりリーチが広がり、牙に爪に翼、竜の力をいかんなく発揮できるようになり、固有の力の幅が広がった。

中々の成果だと一人頷きつつ、さて、と手を伸ばす。


「そろそろ強まった力を試してみたい所だろう?

 きちんと受け止めてあげるから、挑んでくるといい」

「……吠え面かきましたわね。その余裕、ギャン泣きするぐらい後悔させてやりますわ!」


 負けん気を強め叫びつつ、シャノンはその手の旧聖剣を構え、僕に立ち向かう。

僕もまた糸剣を構えて、この気持ちのいい、聖剣の偽物を携える同輩のような娘を迎え撃つのであった。




*




『これは凄まじい! 位階の計測術式は既に95を示している!

 が、頑張れシャノン! 我らが英雄!』

「…………うぅ」


 モニタ越しに、昨日の競技場の映像が流れる。

それを三人掛けのソファの両端にかけつつ、僕とシャノンは鑑賞していた。

隣……メイドまみれになっている僕の隣と言って良いかは疑問だが、まぁソファの反対側に掛けたシャノンは、真っ赤になった顔を手で押さえつつ、その指の隙間からモニタを覗いているようだった。


 昨日の覚醒したシャノンとの戦いは、終始僕の優勢だった。

まぁそりゃ、本気を出したら一瞬で終わってしまうぐらいには力の差があったので。

なので僕は終始手加減したままシャノンの全力を受け止める戦いをしており、一気に増えた力量を使いこなせるようになっていくシャノンの相手役を勤めたのである。

画面の中、口がどんどん悪くなっていくシャノンに、僕は剣を振るい時には糸罠を使い、彼女の力を引き出してゆく。

シャノンの力の運用に、良い時はキチンと、悪い時はきちんと咎めた対応をしながら戦いが進んでゆく。


「も、もう許してください……」

「うーん、口が悪かったことについて恥ずかしがってるのかい? それとも他?

 きちんと力をつける事が出来たんだから、決して恥ずかしがることではないような……」


 と、そこでシャノンが勢いよく立ち上がった。

真っ赤な顔で、下ろした両手を震わせながら、涙目になって叫ぶ。


「途中から! 私、ノーパンでしたわ!」


 ……なんて?

口に出しかけた言葉を飲み込み、そういえばと思い出す。

赤竜化したシャノンは、尻尾が生えていた。

人間が竜化した時にどこから尻尾が生えるかなんて意識していなかったが、もしかして普通サイズのパンツだと、生えてきた尻尾に引っかかってしまうのかもしれない。

なるほどなぁと納得しつつ、思考が現実に舞い戻る。


「……そっかぁ」


 遠い目で、僕は呟いた。

剣呑な視線が体にまとわりつくメイドたちから刺さる。

でも他に、どう反応すれば良かったのだろうか?

縋るような視線を気配を消して佇む執事にやるが、そっと視線を逸らされる。

このやり取りの後で映像を見ることはできず、かと言って真っ赤になったままであろうシャノンを見つめる気にもなれない。

周りのメイドからは冷たい視線が集まっており、殆どどこを見てもその視線から逃れることができない。

自然、僕は天井を眺めながら小さくため息をついた。


 僕のワールドツアーの前半部分は、衆人環視のもとでノーパンにされたと、同い年の美少女に真っ赤な顔で糾弾される所で終わることになる。

それも何故か、美女美少女のメイドに塗れてソファに掛けた、ある種退廃的な恰好のままで。

あまりにも意味不明な状況に、僕はもう一つ、深い溜息をつくのであった。



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