07-性醜説・陥落血系醜悪絵図

最後のシーン、頑張ってR-15の範疇に収めた(はず)。

江戸川乱歩が年齢制限ないんだからこれも大丈夫やろガハハ!

インモラル、R-15、残酷な描写注意です。

直接的な描写は避けているので、その点はご安心ください。



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 一面の草原、僕は独り薬師寺アキラと相対していた。

自然に囲まれた疑似地球の山にほど近い平原、ねっとりとした笑みを浮かべる男に糸剣を構え、走り出す。


 糸剣の青白い軌跡を残しながら、疾走する。

しかし距離を詰めるより早く、地面が揺れた。

何事かと慌て走り辞め体勢を整えると同時、アキラはすっと宙に浮かび両手を広げる。

重力の汎用術式の、応用か。


「……この疑似地球は、1から私が作った。

 1から、全て。魂の汎用術式を得た私が、全てだ。

 ……この自然、全てが私と心得るといい!」


 グッ、とアキラがその手を握りしめた。

同時、空に凄まじい勢いで雲がかかる。

ポツポツと雨が降り始め、囂々と風が出てきた。


「……まさか、クソっ!」


 悪態をつきながら、ありったけの糸を張り巡らせる。

僕を地面に張り付け、同時に僕自身を守る鎧として大量の糸を纏う。

遅れ、それが始まった。


 雨粒が徐々に、大きくなっていった。

気づけば爪ほどの大きさとなった巨大な雨粒が勢いよく降り注ぎ、更には風の強さが一気に増してゆく。

凄まじい速度となった雨粒が、横殴りに叩きつけてくる。

雷が鳴り響き、轟音とともに光り輝き視界を奪ってくる。

そして、風。

圧倒的な暴風。


 まず、草の根本が耐え切れずに抜け、浮き上がった。

岩が飛んだ。

木が地面から抜けた。

森が、禿げ上がった。

湖の中身が、吹き上がって枯渇した。

ドゴッ、と轟音。

見れば近場にあった丘か山が、雨で抉れたせいか折れて、空中に浮かび上がり飛んで行っている。


「く、そぉおおぉっ!」


 叫ぶ声すらもが、囂々と響く風音に掻き消えてゆく。

嵐。

大自然のもっとも原始的な暴力の一つの、その極致が、僕を襲っていた。

人間一人など、容易く捩じ切ってミンチにできる圧力が吹き荒れる。


 僕の弱点の一つは、用いる事のできる質量が低いという事だった。

僕の運命の糸は、細やかな操作が可能な分高い演算能力を必要とする。

ただ単に糸を出すだけではなく、操ろうとすると、使える総質量が減るのだ。

それでも数トンぐらいは操れるのだが、位階に比してかなり操れる質量は低い。

それを僕は鋭さと速度、精度に戦術で補ってきた訳だが、フィールドごと質量勝負にされてしまえば劣勢は否めない。


 僕を括り付けるこの地面も、もう持たない。

地面が剥がれ浮き上がり始めたのを見て、僕は咄嗟に糸剣を引き伸ばし糸槍に変換。

一呼吸、張り巡らせた糸から感じる風の動きを読む。

そのまま大きく体を逸らし、空中に浮きあがりながらそれを放つ。


「あたれぇぇっ!」


 それは、フェイパオの見様見真似の投げ槍だった。

強化された身体能力で無理やりに投げられた糸槍は、圧縮されその質量は1トン近く。

超音速で駆ける質量は、事前の演算に沿って空を駆け、衝撃波で嵐を貫きながらアキラの頭蓋に激突。

その上あごから先を、消し飛ばす。

あまりにあっけない勝利に目を見開くが、それも束の間だった。


『……ふふ、先ほども言っただろう? 私は魂の術式を持って、1からこの疑似地球を作った。

 私自身の魂の欠片を混ぜながらね。

 今の私を殺したいのであれば、この疑似地球ごと滅ぼさねば不可能だ』

「……嘘、だろ」


 言われてみれば、この大地全てからアキラの気配を感じる。

どうやって勝てば、と思わず目を踊らせるも、その間に僕は空中に吹きあげられてしまった。

全身を滅茶苦茶な方向に引きずりまわす風が、僕をバラバラにしようと迫ってくる。

対し僕は、二層構造になった青白い糸の結界を発動。

自身に対し球形に複雑な形状に糸を張り巡らせる。

細やかなレールや溝で風の方向を制御、飛んでくる風をいなしつつも辺りを見まわして。


「……山かよ!」


 思わず叫びながら、僕は掌を宙に差し出した。

青白い光、圧縮された高重量の糸槍が生成。

そのまま空中で体を振り絞り、フェイパオの見様見真似を今一度、飛んでくる山に向かい糸槍を投擲した。

轟音と共に、山が砕け幾つかの塊に別れる。


 続け球状の糸結界の操作で上手く風に乗り、また伸ばした糸で砕けた山の塊同士を動かし、その隙間を抜ける。

囂々と風切り音を響かせながら飛んで行く山の塊の質量感に、戦々恐々とした。

そうやってやり過ごした直後に、チリ、と直感。

咄嗟にまだ近場にあった山の塊に糸を伸ばす。


 稲光。

轟音。

遅れて、僕は自身に目だったダメージがないことに、ほっと溜息をつく。


「結界、二層構造にしておいて良かった……」


 外側の結界が雷を受け、そのまま近場の巨大な山の塊にアースのように雷を逃したのである。

雷がゴロゴロなっている時点で嫌な予感がして、念のため結界を二重構造にしていたのだ。

と、一息ついた瞬間に、今度は視界の遠く、それを見つけた。


「あれは……水、いや、海……なのか?」


 それは、嵐が海から巻き上げたのであろう水の塊だった。

直径十キロ以上はあるだろう、一万トン超の塊が、こちらに向けて飛んでくる。

山と違って砕いてその隙間を抜ける事が難しい、流体である水の塊がだ。


 だが、流体ならそれはそれで何とかなる。

今風をいなしているのと同様、水の中に糸を突っ込んで流れを制御しようとした、その瞬間である。

パタリと、嵐が止まった。


「……へ?」


 思わずカートゥーンよろしく、パタパタと、足を泳がせてしまった。

そのまま僕は、上空数百メートルから重力に引かれて落下。

咄嗟にハンググライダーを糸で編もうとして、影が差したことに気づく。

上空を見れば、先の水塊が移動し、僕の直上に辿り着いていた。

まさかと思うと同時、水塊が重量に引かれ、僕を押しつぶそうと落下してくる。


「……くそっ!」


 悪態をつきつつ、編みかけていたハンググライダーを破棄。

続き辺りを見回すが、糸を引っ掛けられそうな木々や岩、山はない。

先ほどの嵐で巻き上げられてしまったのだ。

仕方なしに斜めに地面に糸を伸ばし、僕自身を引き寄せ落下速度を早める。

そのまま糸でレールを編み、靴裏の糸車輪を引っ掛け何時かと同じ高速移動。

辛うじて落ち行く水塊の直下から逃げ切るが、今度は落ちた水塊が陸上の津波となって襲い掛かる。


 障害物のない平面、襲い来る高さ十数メートルの津波から逃げる。

次々にレールを編みながらの逃避行はなんとか速度で勝り、どうにか逃げきれそうだと思った、その瞬間だった。

光、轟音。

意識が一瞬落ちて、気づけば僕は地面に投げ出されていた。

晴天の落雷で一瞬意識が落ち、その間に先のレールを編み上げる事が出来ずに落ちてしまったのである。

それに気づくのが速いか、追い付いてきた津波に僕は飲まれた。


「がぼ、ぼ……」


 津波の衝撃で、水の中僕はグルグルと振り回された。

高速回転する水中で、上下の感覚すらなくなりながら引っ張られる。

それでもなんとか、辺りに微弱な感知糸を伸ばす。

四方八方に伸ばした糸が地面を感知したのは、何故か二方向。

何が、と疑問に思うが早いか、僕は津波から弾き飛ばされ、空中に躍り出る。

回転しながら放り出された僕は、滅茶苦茶になった三半規管を回復しながらその光景を見た。


「……が、け?」


 否、そこは巨大な地割れの中心だった。

数十メートルはあろうかという巨大な地割れ、僕はその真ん中あたりの位置で落ち続けていたのだ。

それも、随分と落下してしまったらしく、見える地上はかなり遠くにある。

僕は慌て崖の両脇に向け糸を伸ばし、ハンモックのようなクッションを生成。

一度落ち着いて飲んでしまった水を吐き、なんとか呼吸を整える。

人心地がついた所で、轟音とともに世界が揺れる。


「今度は、何だ!?」


 思わず叫ぶと同時、僕の立つハンモックが撓み揺れて、足を滑らせ踏み外してしまった。

遅れ、地響きを立てながら動く崖の両側、地割れが閉じていこうとしている事に気づく。

慌て空中の疑似支点を使ってトランポリンを生成。

落下の勢いを反利用して、空中に飛び出して……。

同時、陽が陰る。


「しまっ……」


 落下してくる、新しい水塊。

このまま突っ込めば質量で叩き落されるし、横に逃げれば地割れからの脱出が間に合わない。

相手が水塊なので当然、破壊することは不可能に近い。

刹那の躊躇、空中にレールと靴裏の車輪を作り出し、駆け抜ける。

ゼロからの加速なので、金属系の物質を模倣して編み込み、汎用電磁術式による電磁力を加速に使う。


 風切り音とともに、空中を駆ける。

しかしそれでも、元々速度があった先ほどとは違い、稼げる距離が足りない。

水塊の端が、僕を押しつぶす。

レールがへし折れ、電磁力が水に伝わり加速が消える。

視界の端、狭まる地割れはもう十メートルを切っていた。


「くそぉ!」


 絶叫と共に、はるか遠い地上を見やる。

地上までは目測で数百メートル以上、地割れが僕を挟んで潰すまでの十秒程度、空中の何もない地点から飛び上がるのは絶望的な距離だ。

"場所は皇国の皇都西の山中さ。"

思い返すは、先だったアキラの言葉。

先ほどの空中から見た光景から逆算、それが正しいことを確認し、糸を三方向に放つ。

二つは崖の両側、一つは地の底へと。

限界ギリギリの質量の操作になるだろうが、背に腹は代えられない。


 崖の両側に伸ばした糸は、そのまま極太の柱を形どり、つっかえ棒の形で地割れを留めようとする。

とは言え、流石に如何に強靭に作り上げた糸とは言え、大地そのものの動きを止めるには力不足だ。

時間稼ぎはさほど長くできないだろうし、何より。


「……そりゃ、妨害してくるよなぁ……」


 今度は、先ほどの嵐で巻き上げられた筈の森に岩、丘、山が僕めがけて落下してくる。

つっかえ棒で止めつつ崖にレールを作り昇ろうとしていたら、つっかえ棒がこれらで壊されてしまっていただろう。

僕はつっかえ棒の上、平らに作った部分に陣取り大量の糸を生み出し空中に疑似支点を使って配置してゆく。

外縁部には切断の細い糸、巨大すぎる質量を切断して分断。

幾度かの切断を経て目減りした質量を、糸布で形作られた無数のレールが捌き、つっかえ棒を守らせたまま地割れの中に落としてゆく。


 轟音を立てて落ちてゆく、物騒な質量の雨達。

第一弾を捌き切った所で、僕は下方に伸ばした糸が目的の物に辿り着いた事に気づく。

そのまま伸ばした糸を捩じり、ドリルのように穴を大きく。

遅れ伸ばした糸が焼き切れていくのを感じながら、すぐさま自身に防護の糸服を最大限分厚く作り出した。

複数の空気の層を作った、最大限の断熱服。

それを作り上げるのと、殆ど同時だった。


 爆音。

勢いよく吹きあげる真っ赤なそれが、爆発的に僕を押し上げる。

全身を焼けつくような痛みが襲うのに耐えつつ、十分な高度を取ったところで防護服を解除。

その糸でハンググライダーを生成、空中で自己治癒をしつつ辺りを見回す。


 僕が呼び出したのは、地の底のマグマだった。

ここは皇都西の山中、ということで割と程近くに皇都最大の活火山がある。

とすれば、地下にはマグマ溜まりがあり、十以上キロあるだろう地割れの底を掘り進めば辿り着けるだろうと踏んだのだ。

流石にマグマの分布までは知らないので割と賭けだったのだが、どうにかなったようだ。

なにせここは地球ではなく1/10スケールの疑似地球、とは言え本物と寸分違わずとは誰も言っていないのだから。


 マグマは、地割れの中を焼きつくしながら溢れ出ていた。

アキラはどうにか地割れを閉じた上で、地に穴を開けてマグマを分散させているようだった。

地面やら嵐やら海やらを自在に操っていたが、マグマは操れないのだろうか?

一つ心に留めておきつつ、掌を開け閉めする。


「……しかし、これは」


 僕が大量の質量を操れないのは、演算力の不足が原因だった。

そしてこれまでの慣れで不足したままだと思い込み、大量の質量を操ることはあまりしていなかった。

しかし先ほど、巨大なつっかえ棒とマントルまで貫く糸ドリルを作って操作したが、想定していたような負荷は感じなかったのだ。


 先のフェイパオ戦が脳裏をよぎる。

僕の脳髄の一部は、運命の糸で置き換えられ組まれている。

それはつまり、物理的な素材置換により、タンパク質製の脳髄を超える演算力を手に入れていた、とでも言うのだろうか。


 右手を、握りしめる。

全身から、一気に糸を噴出する。

無数の青白く輝く糸が広がり、空を侵食する。


『……これは……』


 アキラの呟きを無視、限界が近づくのを感じて糸の生成を停止する。

"それ"は、輝く糸で編まれた、編みぐるみだった。

全長100メートル以上、シンプルなその造形は、僕が直感的に操りやすいように人型ベースだ。

僕はその胸部の中に、いわば操縦席を作り出してそこに座っている。

ドシン、と音を立てて巨人が地面に降り立つ。

粘土で作られたのっぺり人形と言った様相のそれの、掌を開け閉めして見せる。

総質量は、1000トン近いか。


『確かにサイズは大きくなったが……それだけで、疑似地球に勝てると思うのかな?』


 ポツポツと、洗い流された後だった地面に、無数の芽が出る。

瞬くまに木となり、それらは樹海となって押し寄せてきた。

視界の360度を埋め尽くす、高さ百メートルにほど近い無数の大樹たち。

密度を圧倒的に増した物量が僕に迫る。


 対し僕は、糸巨人の手に糸大剣を生成。

大きく体を捩じって背面にまで剣を溜め、踏み込みと共に回転しながら振るう。

横薙ぎの回転切り。

ぱん、と破裂音。

容易く音の壁を越えた剣戟が数十キロに渡り大樹を切断、更には衝撃波が切断面をぐちゃぐちゃにしながら駆けてゆく。

同時、足裏から地中に侵食していた糸が、木々の根に絡みながら火炎の汎用術式を放つ。

根元から燃え盛る木々が、次々に燃えてゆく。


『ふむ、生身より速いな……では、質量を大きくしてみるか』


 ぽつり、と再びの雨。

燃え盛る木々が不自然なほどの速度で消火し、更には再び巨大に成長し始める。

舌打ち、糸大剣で次々に切り刻むも、樹木の成長の方が早い。

全長千メートルを超える無数の樹々は、ついに糸大剣の一撃でさえ切断できないほどの強度に達する。

突き刺さった糸大剣を解き無数の糸を大樹の中に入りこませ、内側から切り刻み滅ぼした。

ほんの数秒で一本の大樹を打ち砕くが、その数秒でまた樹々が増えており、イタチごっこどころかこちらが劣勢だ。


 ついに大樹たちが、糸巨人の足を捉えた。

巻き付く樹木に生成した剣を突き立て斬りはらうが、その合間にもう片足に樹木が巻き付いている。

気づけば凄まじい質量が糸巨人を拘束し、締め上げていた。


『……おお、君を拘束して締め上げていると思うと……少し……』

「黙れ、死ね!」


 思わず叫びつつ、用意していた脱出口から僕自身を射出。

樹々の合間を縫って空中へ、先と同じ電磁加速レールを作成し、一気に距離を取る。

数秒で十キロほど距離を取った辺りで解除、糸避雷針を作り飛んできた雷を回避。

続け空中で、再び糸巨人を生成。

二度目は先より高速にでき、地面に辿り着く前に生成を終え、巨人の膝をついて着地する。


 深呼吸。

単純に糸で編み上げた巨人では、アキラの最大物量に対抗できない。

ならば、糸を骨組みに、他の物質を操るしかない。

できるか、という疑問を投げ捨て、やらねば勝てない、と歯噛みしながら拳を地に叩きつけた。


 地面が、吸われた。

ベコリ、と音を立てて僕の足元を中心に地面が凹んでいく。

代わりに糸巨人はその表面に地面を固めてそのサイズを大きくしてゆく。


『……ほう』


 追い付いてきた大樹が絡みついてくるのを、力づくで引きちぎる。

空いている拳を薙ぎ払うと、それだけで周りの大樹が掻き消えた。

遅れ衝撃波が轟音を立て、砕け散った樹木が空を舞う。


「まだ……まだだ!」


 ボコリと音を立てて、地面が次々に吸われてゆく。

凄まじい勢いで巨人はサイズを大きくし、山をも飲み込み、その果ての大地まで吸いつくす。

自然に生えた木々を食らいつくし圧縮し、自身の質量にしていく。


『これは……どこまで大きくなるというのだ!?』

「ぐ……がぁぁあぁっ!」


 過負荷の激痛が、全身を襲う。

臓腑の激痛、口から血塊が飛び出る。

耳から目から爪から、最早全身のありとあらゆる場所から血が零れ、それでも僕は巨人の質量取り込みを止めなかった。


 やがて巨大化が止まり、全身を土色で染めた糸巨人が、地面に置いた拳を離して立ち上がった。

巨人は既に、全長数千メートルを超えていた。

吸い殺された地面たちが凹み、海水を呼び込み沈んでいく。


『……1/10スケールとは言え、関東あたりを丸ごと吸い上げたのか……。

 400万トン近いぞ、正気なのか!?

 ……いや、魂の術式の補助なのか!』

「……わざわざ、あんたが教えてくれたからな。

 この疑似地球は魂の汎用術式との親和性が高く作られている。

 そしてあんたの位階は僕の倍ぐらいで、何十倍も離れている訳じゃあない。

 しかし魂の汎用術式を使えば、疑似地球ほどの質量をある程度操れるのだと。

 糸巨人との併用はかなり厳しいが……"運命の糸"だけでは足りない所は、彼女が補ってくれる」


 右目が、ミーシャの魂が、"魂の奏者"の持ち主が、ゴロゴロと違和感と共に主張する。

もちろん、これが魂の汎用術式を使われていない本来の地球であれば、十分の一の質量も吸えれば上出来というところだろう。

それでも大規模な国家を一人で滅ぼせるほどの力ではあるのだが。


 土糸巨人が、ぶんと拳を振るう。

容易く音速の数倍に到達した、数百万トンの拳が、地面に激突。

地面を叩き割り、凄まじい塵が舞い散る。

帯状に散ってゆく塵を見ながら、次の拳を構える。


『させるか!』


 と、降っていた雨が強さを増し、すぐさま嵐となって僕を包む。

ゲホリと血塊混じりの溜息、僕はそのまま巨人を立ち上がらせ、ぐるりと回転。

超重量・超音速の一回転が、衝撃波をまき散らす。

すると起こり始めていた竜巻が、空に浮かぶ暗雲ごと掻き消える。


『……は? 何をした?』

「……竜巻と、反回転にクルッと回ったら、消えた……んだよ」

『気が狂ってるのか!?』


 叫ぶアキラを尻目に、僕はそのまま地面を数発殴り、元々山があったあたりにそれを発見する。

赤く輝く、炎の泥。

先ほどはアキラが御しきれていなかった、こちらで制御権を完全に奪える物質。

流体となって蠢くマグマに、僕は巨人の両手を漬けた。

その拳の先に、マグマが吸い込まれ灼熱の拳と化していく。


 一瞬、目をつむる。

一分程度しか土糸巨人状態は維持していないはずだが、既に僕も意識が危うい。

魂の術式の回復も、土糸巨人を維持している間は発動する余裕がないため、限界を引き延ばす事すらままならない。

これがラストアタックと心に決め、赤く光る土糸巨人の拳を握りしめる。


「この疑似地球そのものがお前の味方だというなら……。

 この惑星ごと、お前を殺してやるだけの話だ!」


 殴る。

殴る、殴る、殴る、殴る。

音速の数倍以上で叩き込まれる、灼熱の400万トンの拳のラッシュ。

それは赤い残光を残しながら、地面を叩き割り、海水を跳ね上げながら、地殻を叩き割りマントルを突き進む。

跳ね上げられた粉塵が空を覆い、分厚い雲を形成し、雨水を食らいつくし嵐すらも届かなくなる。

世界は急激に気温を上昇させ、疑似地球そのものが灼熱の大地と化し始めた。

あらゆる植物が枯れ果て始め、アキラが作った疑似生命体系が崩れてゆく。

やがて拳が一段と硬いものに当たった。

疑似地球のコア、恐らくは本来の地球における外殻に当たるものに辿り着いたのだ。


『……そこまでだ!』


 同時、空が割れた。

分厚い雲がパックリと割れ、その中心には吸い込まれるような点と、それに流れ込んでゆく点が見えた。

轟音を立てながら、その点はあらゆるものを吸い込んでゆく。

まるで全てを吸いつくすようなその黒点は、自然にそれを想起させた。


「……ぶ、ブラックホール!?」

『重力術式の極致……私が、宇宙崩壊術式を発動させる事ができることは、知っていたはずだろう!?

 自身が居る疑似宇宙で発動させるのは初めてだが……、疑似宇宙を滅ぼすことができる事は、確認済みだ!』


 その引力は、光の速度を超える。

光すらも閉じ込められて脱出できない、極限の重力。

それを宇宙に存在する通常のブラックホールの規模を超えて生成できるのであれば、それは確かに宇宙すらも滅ぼせるのかもしれない。


 それでも先に疑似地球を滅ぼして見せれば、と拳を振るおうとするも、上手くいかない。

ふわりと足元が浮いてしまい、安定せずに宙に浮きあがってしまった。

掘ってきたマントルに掴まるが、長くは持たないのも明白だった。


「アキラ、あんた自分ごと死ぬ気か!?」

『……そうか、これは無理心中ということになるのか。

 ある意味血の繋がりからくるものと言えるか……?』

「独りで死ね!」


 叫ぶが、ブツブツとこちらの話を聞かないアキラの説得はできそうにない。

舌打ちしつつ、リソースの確保のため糸巨人を解除。

剥がれ行く吸収していた地面たちが、宙のブラックホールへと吸い込まれてゆく。

それを尻目に僕は空中に吸い込まれつつも、最低限自身の肉体を魂の術式で治療。

続け様に目を閉じ、集中する。


「運命、転変」


 空中を舞いながら僕は、閉じた目の外側が、見えないはずの世界がモノクロになったのを感じた。

全てが漆黒に包まれ、物の輪郭が薄っすらと白く描かれた世界。

その中心で僕は、引力に連れ去られる途中、上空にて静止していた。

呼吸すらも停止したそれは、まるで時間が止まったかのような瞬間。

五感全てがその機能を停止してゆき、僕はそのむき出しの意識だけの存在となってゆく。


 モノを考える脳の機能すら失った僕は、意識という存在ただそれだけとなった。

それでも事前に魂に焼き付けてある、運命転変の目的だけは忘れていない。

手のようなそうでもないような何かを、伸ばす、ような動作をする。

僕はその"可能性"をつかみ取る。


 一気に、意識が現実に舞い戻る。

滅びかけた疑似地球にブラックホール、分厚い雲が割れながら飛び交い、海が天に逆流し、惑星が砕けてゆく光景。

消耗が息を荒くし、酷使した脳が発熱し、しかしそれでも、と僕は術式を回す。


『それは……!』

「……重力の、汎用術式、だ」


 その極致、ブラックホール術式を前に僕は、重力の汎用術式をコピーに成功する"可能性"をつかみ取っていた。

無論数十年使い続けた薬師寺アキラの練度には遠く及ばないが、重力吹き荒れるブラックホールへの道でさえ生命と魂を維持する程度の制御はどうにかできる。

そして。


「運命、転変……!」


 二連続の、運命転変。

白黒の光景、痛みも苦痛も沈めて超えてゆき、意識を静かに。

割れそうな頭痛とともにその"可能性"をつかみ取る。

ゴポリと血反吐を漏らしながら、朦朧とする意識を保ちつつ叫ぶ。


「僕は独り、ブラックホールを通り抜け、ホワイトホールから脱出する……!

 死ぬのは、お前独りだ!」

『な……!?』


 アキラの悲鳴を耳にしながらも、僕の意識がゆっくりと閉じてゆく。

ブラックホールに近づき、超重力が時間すらも歪曲してゆくのを、薄っすらと感じる。

続けすっと体から浮き上がるような感覚とともに、僕の意識は闇に落ちていった。




*




 旧魔王軍東部前線基地の、門前。

復活し続ける旧魔王を相手に戦いつつも、連合軍らは大画面で流されるユキオとアキラの決戦を見ていた。

特に余力ある龍門は、画面を見ながら内心溜息をついていた。


「やはり、私では聖剣の覚醒なしではやや劣勢と言ったところか」


 疑似地球を支配しその自然全てを操るアキラの力は、剣士としての力がベースとなる龍門と相性が悪い。

それでも全力の聖剣で光波を連発すれば削り切れる可能性はあるが、劣勢と言って過言ではないだろう。

ユキオのように、限界を超えれば大質量を操れるという訳ではない以上、切り札を切らねば勝機は薄い。


「いや……待て……ちょっと酷くない?」

「……無念に、すぎる……」


 とは、その場に四肢を切断され、達磨となった旧魔王らの言葉である。

蘇生し続けるのであれば、死なないギリギリで拘束したうえで監視すればよい。

単純と言えば単純な作戦は圧倒的力量差によって、龍門はそれを成し遂げていた。

隙あれば自決して全快復活をしようとする相手を、行動阻害や回復で押しとどめつつ、その場から聖剣の光波で他の旧魔王にけん制を入れているのである。

隣ではミドリが立ち位置に気を取られずに味方に援護を入れており、その為か他の戦場でも大分優位に戦況を勧められている。


『僕は独り、ブラックホールを通り抜け、ホワイトホールから脱出する……!

 死ぬのは、お前独りだ!』


 叫びながら、画面の中でユキオがブラックホールへと吸い込まれてゆく。

それに応じて、画面が二分割。

片方の画面では疑似宇宙もろともブラックホールにすり潰されて消えてゆく疑似地球=アキラが映され、もう片方の画面では基地最深部の画面が映し出されていた。

基地の最深部、最初にユキオとアキラが相対していた広い部屋に、白い光が生み出される。

画面全体が白く発光したかと思うと、それが収まった時、部屋の入り口付近に満身創痍のユキオが倒れていた。


『う……』


 目覚めたユキオは、まずは魂の術式による再生術式を使用。

およそ最低限の動きができる程度に回復したところで、ふらつきながらゆっくりと立ち上がる。

カーキグリーンのジャケットと紺色のジーンズは、その半ば以上が黒血に染まり元の色が分からないほどになっていた。

その顔面も血の跡塗れで、灰色の髪は自身の血で固まり束となっている。


「……アキラが、死んだのか? そうか、ならば!?」


 それを確認してすぐ、アキラは倒れた魔王の影の、首を切り飛ばした。

十数秒、先ほどまでと同じ時間が経過しても、復活がない。

続けミーシャの影も同様。

そして茨木童子に剣を向け――「い、いやじゃあっ!?」「待て、我を盾に……」――羅刹王が盾にされたので、先にそちらの首を切断。

続け茨木童子の首も落とし、改めて時間経過を確認。

通信術式を起動し、全軍に通達する。


『薬師寺アキラの、魂の無限復活術式が切れた! 四体を殺害してから二十秒以上経つが、復活の様子がない!』


 叫びつつ、龍門はミドリを伴い聖剣を手に走り出す。

対しミドリは、並走しつつも鬼気迫る龍門の姿を見て、首を傾げた。


「兄さんが勝ったのなら、急いで合流したいけど……。

 その、焦るほど?」

「アキラの放送の術式はまだ続いている。

 そしてアキラは魂の汎用術式を会得している。

 ……事前準備が完璧なら、復活の可能性は十分にあるだろう」

「……い、急がないと!?」


 ようやく顔色を変えるミドリの鈍さに舌打ちしつつも、苛立ちを抑え龍門は聖剣を手に残る旧魔王らへと向かう。

放映される大画面は、何時しか画面分割がなくなり一つとなっていた。

そこでは広間の奥、隠し扉が開き、そこから復活した薬師寺アキラが姿を表す所だった。




*




 広間の奥、開いた隠し扉から、煙が漏れ出てくる。

それらを背に、薬師寺アキラは微笑みながら広間へと現れた。

陶酔したような、今にも飛んで行ってしまいそうな笑み。

それはこの場と似つかわしくなく、凄絶なほどの違和感を感じる表情だ。

その血肉は傷一つない新しいもので、赤子のように奇妙に肌艶が良い。

そしてそれらは、僕を含め誰でも見て取れるだろう。

何故なら。


「……なんで全裸なんだよっ!? いや、成長促進式のクローンの一種なんだろうが、着替えぐらい用意できるだろ!?」

「あぁ、済まない。少し解放感に酔ってしまっていたようだ。

 恥じらいというものを忘れてはならなかったね」

「頼むから、早く、死んでくれ……!」


 絞り出すように叫びつつ、手に糸剣を作り出す。

コンディションは最悪。

無理やり重力の汎用術式を会得した関係で頭痛が激しく、僕自身の魂が疲弊していることが分かる。

傷も治り切っておらず、辛うじて戦闘行動が可能な程度。

魂の術式による回復は、呼び水とするための僕自身のエネルギーが不足している。

一応使う事自体は可能だが、あと一度だけ使えそうな運命転変の使いどころを考えると、事実上大幅な回復はもう不可能と考えた方が良いだろう。

省エネで使える小規模な回復術式をかけるだけで済ませる。


 パチンとアキラが指をはじくと、どこからか転移して現れたいつもの服装が彼を包んだ。

その顔には普段の丸眼鏡が置かれ、中指でクイッとメガネを上げて見せた。

余裕そうな仕草だが、その身に宿る力が激減しているのは見て取れる。

アキラとて、消耗はしている。

問題なのは、どう考えても僕の消費の方が激しい事だが。


「必ず、物量という絶望は超えてくると、信じていた」


 どこか演説ぶったアキラの言葉。

僕は少しでも自身の回復をしたく、耳を傾ける姿勢を取る。


「だから見ての通り、超えてきたときの準備はしたうえで戦いに挑んだ。

 ステージを整え、最大限の準備をし、君を僕のフィールドで迎え撃つ形にした。

 君の切り札……運命転変を、より負荷の高い使い道で切らせた。

 ……君の強さはちょっと予想外だったがね。

 私は君の脳を破壊したかっただけで、強化したかった訳ではないのだが……」

「父さんならいざ知らず、ぼく如きに大層な準備だな」


 フッと微笑み、アキラは僕を見つめた。

微笑ましそうに僕を見る、暖かい視線。

それを持ちながら僕を嬲る事ができることが、信じられないような暖かさ。


「あぁ、いい。本当にいい。私は、君の……ファンなんだ」

「だって君は、私よりも、勇者よりも格上だ」

「私たちは4人で一度世界を救ったが、君はたった一人で二回も世界を救ったんだ。完全に格上に決まってるだろう? それを舐めてかかるなんて、馬鹿のやることだ」

「まぁ、魔王は魔王で私や君よりも強い恐ろしい相手だったが……それでも、君を侮る気なんて一切ない」

「全身全霊、この二十年のすべてのリソースを、君に使わせてもらったよ」


 それは、明らかに僕への愛情と親愛の込められた言葉だった。

ふと、僕は一瞬父さんが僕へ向ける視線と、それを比べてしまう。

ミーシャを殺した後の記者会を終えて、父さんはまるで僕に怯えているかのような目で見てきて。

アキラと再開した直後の父さんとの会話、父さんは僕を信じられないものを見る目で見てきて。

少なくとも、父さんよりもアキラは、僕の事を好んでいる。

僕にとって望ましい方向性かどうかはさておき、その事実だけは認めても良いのでは、と、錯覚のように思ってしまった。

頭を振り、アキラを睨みつける。


「もう一度言おう、私は、君を愛しているよ、ユキオ」

「覚えておいてほしい」

「私の……初恋なんだ」


 アキラは、その目尻に涙を輝かせた。

先ほどまでその目に渦巻いていた粘着質な欲望は、今その目からは掻き消えていた。

まるで心の底から僕の事を慮っているかのような目に、動揺してしまう。


「だが、私は……自分で思っているよりも、汚い男だった。

 利他の愛を貫き続ける事ができない、情けない男だった。

 だからこれから……私は君に、迷惑をかけてしまうよ」


 しかしそれは、ほんの一瞬の錯覚だった。

気づけばアキラのその目は、またもやあの粘着質な光が宿り、僕を舐めまわすような目で見つめていた。

瞑目、小さく呼吸。

戸惑いを捨てて目を見開き、殺意を全身に込めてアキラを睨みつける。


「今のところ、迷惑以外の何もかけられた覚えはない。今からアンタを……殺してやる」

「ふふ、これが親の心子知らずという奴か! テンションが上がるなぁ!」


 歪んだ笑みを浮かべながら、アキラは片手に拳銃型の魔銃杖を、もう片手に短剣を手に構えた。

僕もまた低コスト型の回復術式を止め、全リソースを戦闘につぎ込み駆けだす。

消耗しきった僕とアキラの、第二回戦が始まった。


 パンパンと、軽い音と共に、魔銃杖の先から黒い球体が放たれる。

それは、光を吸い込む重力の奔流だった。

直径1メートルはあるそれは弾速こそ遅いものの、触れた床や壁、全てを破壊しつくしながら進んでゆく。


「これが賢者の代名詞、黒重弾か!」


 薬師寺アキラが生まれて初めて作り出した汎用術式は、その実兄の固有重力術式を汎用化したもの。

それはアキラが使うことにより、兄の固有術式を遥かに超える殺傷能力と汎用性を得た。

球体の範囲内の物質が持つ重力を崩壊させ、強制的に原子分解するその汎用術式は、原理上同じ重力術式以外で防御は不可能。

弾速こそ遅いものの、普通の拳銃のようなスピードで連発してくるのだから、冗談のような強さだ。

避けるしかなく、僕は距離を取ったまま広間を駆ける。


 数発避けた所で、ドクンと心臓が高鳴る。

密かに辺りに張り巡らせていた索敵用の糸が、一気に消えてなくなったのだ。

同時、目の前が真っ黒に染まる。

眼前を埋め尽くすような、大量の黒重弾。


「……時間術式!」

「正解、一時停止とスキップの賜物さ」


 "時間の総舵手"、アキラの固有術式における一時停止の応用で自身と拳銃だけ対象外として黒重弾を連発。

その後時間スキップで僕に意識させることなく、発射した大量の黒重弾が僕の間近に来たところで正常な時間に戻したのだろう。

舌打ち、糸のレールと車輪で一気に後退してからの横移動。

そうやって避けたところに、追加の黒重弾が更に迫る。

僕は宙にレールを浮かせそれを回避、けん制の糸槍を放ちながらアキラへと向かう。


「……ふふふ、その程度ではね」


 とアキラは手に持つ短剣に、黒い重力波を纏わせ一振り、二振り。

糸槍を叩き切りつつ、黒重弾の手を緩めずにこちらへと放ってくる。

舌打ちつつ、僕は糸レールを床に向けた。

床板を突き破りながら、僕は階下に侵入。

階下から、複数に分けたレールを次々に床を突き破らせ上階に侵入させる。


「それで錯乱してみせたつもりかい?」


 呟きながらアキラは跳躍。

寸前まで居た場所を貫き立ち上がるレールと、そこから現れる人影に背を向けて。


「本物は、こちらだ!」


 レールに関係なく床を破壊して飛び出た僕に、その魔銃杖を向ける。

アキラの背側、レールと共に出てきた人型の糸の囮を無視し、彼は明確に僕の本体を見抜いて見せていた。


 それは恐らく"時間の総舵手"の「戻りスキップ」の真骨頂。

自身は記憶を保持したまま、世界中の時間を最大十数秒程度巻き戻せるという悪夢のような術式である。

記憶保持の対象は自分自身だけが限界なのが玉に瑕ということだが、それでも不意打ちをほぼ無効化可能な恐るべき技だ。

この「戻りスキップ」、何処か僕の運命転変と似ている効果なのが、本当に嫌になる。

けれどだからこそ、僕には対抗策が思いついていた。


 僕は、事前に決めていた。

アキラが僕の囮にハマり僕自身に気づいていないようであれば、僕は罠を使わず、戻りスキップをされる前提でただ攻撃する。

アキラが僕の囮に気づき僕本体に攻撃を向けるようであれば、アキラが戻りスキップを使用済みである前提で。

……僕の運命転変同様に、アキラが「戻りスキップ」を同一タイミングで連発できないだろうという、予測に命を賭して。

だから、恐らく戻る前の時間軸では発動しなかった、アキラの背にある囮の糸が解け、拳のようにアキラの手を叩く。

大きく外れた銃口が、明後日の方向に黒重弾を放つ。


「ぐっ……!」


 姿勢の崩れたアキラの前、僕は獣のような低い姿勢から糸剣を振るっていた。

跳躍、アキラは僕の薙ぎ払いを回避しつつ、空中で魔銃杖の銃口を僕に向ける。

引き金。

同時、僕は咆哮した。


「がぁぁあぁっ!」


 絶叫と共に発動した重力の汎用術式が、黒重弾を無効化。

慣れない術式の負荷で鼻血に目血に耳血を垂れ流しながら、奥歯を割りそうなぐらいの力を込めて噛みしめる。

今にも崩れ落ちそうな痛みを捨て置き、全霊を込めて糸剣を振るう。

目を見開くアキラの首に、その切っ先が触れる瞬間。


「運命……転変!」


 最後の運命転変を、切る。


 原始的な呪いの一つに、丑の刻参りというモノがある。

それは対象の髪の毛など体の一部を含めた藁人形を、対象と見立てて釘を打つ事で、対象にその釘を打ち付けた部位に、傷や病を発生させられるというものだ。


 ――長谷部ナギは、その斬首結界の発動時、自らの首を切断するジェスチャーを入れていた。

それはただの雰囲気ではなく、その結界の効果を強化するための手段だ。

これもまたその呪いの延長線上にあるもので、結界内に存在する自らを除く、全てのヒトガタの首を切断する呪いの一種でもあった。

つまるところ、ナギは祝福の他呪いの汎用術式のプロでもあり。

僕の左目に今輝く青い魂が、僕の運命転変による呪いの成功可能性を、後押ししてくれるという事でもある。


 青白く輝く、その糸剣を降りぬく。

目の前の薬師寺アキラ本体に、ダメージはない。

しかしその目は見開き、苦虫を噛みつぶしたような表情で首を押さえつつ、僕から距離を取った。


「……先んじて、私のクローンを……全滅させたというのか!?」

「これで……魂の行先はなくなった。

 予め用意した動線が無ければ……、アンタが死んだとき復活するのは、この場所だ。

 あんたの魂を、僕が殺すのが最適解だが……。

 それが出来なくても、父さんがここに辿り着けば、アンタを殺して、終わりだ」


 何度復活できようと、復活場所が予測できているのであれば見張っていればよいだけで、そう怖くはない。

こちらに準備時間が設けられるのであれば、尚更だ。

何なら復活直後に僕が魂の汎用術式込みで殺せば、それだけで終わりである。


 余裕をなくすアキラだが、困ったことに僕も余裕が残っていない。

最後の運命転変、発動できたのは良いが想定よりリソースを消耗してしまった。

全身から脂汗をかきつつ、糸剣を構える手すら最早震えている。

完全に肩で息をしてしまっているし、次にまた黒重弾を連発されてしまえば、普通に避けきれずに死んでしまうだろう。


 しかしアキラは、魔銃杖を見て、舌打ちしながらそれをホルスターに仕舞った。

代わりとばかりに残る短剣を逆手に持ち、両手を前に突き出すような独特の構えを取る。

黒重弾の消費が大きいとは聞かないので、重力術式での相殺が、魔銃杖に悪影響をもたらしたのだろうか。

運が向いてきたと思いつつ、僕はなるべく不敵に思えるような笑みを浮かべ、糸剣を構える。


 既に時間の感覚は殆どないが、突入時の残り時間は、約24時間。

アキラが馬鹿正直に残り時間を宣告していたとは限らないが、確か外部から確認した宇宙崩壊術式の完成予想時間も、ほぼ同様だった筈。

とすれば、僕にとって時間制限は無いに等しい。

対しアキラは、父さんが僕の援軍に来る可能性を考えると、早めに決着をつけたいはずだ。


「どうしたんだ……かかってこないのか? 僕はこのまま援軍を待っていても一向にかまわないけど」

「……攻める余力が無いだけなのに、強がって」


 静かに責めるような口調に、僕は笑みを浮かべながら構えを維持する。

余力がないのはお互い様だ、ここからは泥仕合みたいにしかならないだろう。

アキラが、地を蹴り放った。


 間合いの一歩手前、アキラが短剣を振るう。

短剣が纏う重力波のオーラが伸び、僕の喉へと向かった。

対し僕は、糸剣の刀身を伸長。

短剣の刀身に横から当て、その切っ先を跳ね上げる。


 踏み込み、糸剣を手放し解きつつ正拳を放つ。

体勢を崩していたはずのアキラは、しかしその勢いに逆らわず半身になりつつ僕の拳をはじいて回避。

そのまま一歩下がりつつ、短剣を持っていた右手を差し出し……否、その手に短剣はなく、拳。

頭蓋を狙うフックのようなパンチ。

咄嗟に手の甲で打ち払うが、いつの間にか左手に移動していた短剣が再び重力波を帯びながらその刀身を伸ばしてくる。


「……ぐっ!」


 こちらも変幻自在の糸剣で対抗したいところだが、ガス欠でその余力もない。

スウェーを通り越して、そのまま後ろに倒れる勢いで回避。

バク宙の要領で跳ね上げた蹴り脚を、しかしアキラは冷静に引いて回避……できない。

床についた手を伝い伸びた糸が、その足に引っかかり邪魔していたのである。

短剣を持つ手を正確に捉え、その短剣を蹴り飛ばす。

大きく飛んで行く短剣、それを尻目にアキラは半歩下がり、構えを取る。

僕もまた、息を乱しつつ構えを。

……不味い、視界がゆがみ始めている。


「……シィッ!」


 そんな僕の事を慮るようなことなく、アキラの拳が僕に迫る。

殆ど直感で防御、しかしその精度の低さに感づかれた。

次の瞬間、腿に衝撃。

ローキックを当てられたのだ。

崩れ落ちそうになった瞬間襟を取られ、足を刈られる。

一瞬の浮遊感、咄嗟に頭蓋の恒常防御を厚くすると同時、コンクリに後頭部から体を叩きつけられる。

激痛に、視界が明滅する。


「が、ああぁっ!」


 苦し紛れの拳、しかし届かない。

視界には、靴。

咄嗟に頭蓋を守るが、腹部に蹴りが突き刺さる。


「ごっ……」


 血塊を吐きながらも、咄嗟の受け身で体ごと回転しつつ距離を取り、立ち上がろうとして失敗、膝をつく。

だが追撃が来ない。

殆ど直感で、咄嗟に糸針を生成、射出。

ぼんやりとした視界、短剣を取りに行こうとしたのを阻止されたアキラが苦い顔でこちらを見つめていた。


「……まだ、だ……」


 ふらつきながら、今度こそ立ち上がることに成功する。

しかしながら、肋骨が折れたのか、呼吸するごとに激痛が走る。

そもそも視界が安定せず、"運命の糸"も発動する余力は僅かだけだ。

当然のように回復系の術式も同様だ。

手足が震え構えすら満足に取れない。

だからせめて、不敵な笑みを浮かべてアキラを睨みつける事しかできなかった。


 だがそれでも、アキラは一瞬、動きを止めた。

何がと観察するが、どこか焦りを浮かべこちらに向かってくる。


 間合いに入るが早いか、ストレートパンチ。

けん制なしの拳に驚きつつも、往なして踏み込みつつ、アキラの顔面に頭突きを叩き込む。


「が……っ!」


 メガネを叩き割りつつのそれに、短い悲鳴とともに一歩、二歩とアキラが下がった。

鼻血を垂れ流しつつ、顔面を抑え、その視界を自ら閉ざしてしまう。

その間に小さく呼吸、激痛に堪えつつ右手に意識を集中する。

残る力を絞り出して、短い糸剣を作成。

半ば倒れ込むような勢いで、体重をかけて糸短剣を突き出す。


「う……!」


 胸のほぼ中央、左右の肺の間あたり、肋骨の付き間を縫って。

確かな感触。

糸短剣が、アキラの心臓を貫いた。


「…………っ!?」


 声にならない悲鳴。

遅れ、アキラの肘が僕の頭蓋に叩き込まれ、ぐらりと意識が揺れる。

あと、少し。

糸短剣を消すだけでは治療術式が間に合いかねない、捩じって空気を入れ込み、血を吐き出させなければアキラは死なないだろう。

全身全霊を込めて糸短剣を捩じろうとするも、まるで力が入らない。

姿勢を変え体重を込めようとするのと、頭蓋に二度目の衝撃が来るのとは、殆ど同時だった。


「が、は……」


 意識が、完全に崩れ落ちてゆく。

それでも糸短剣を捩じろうと、意識が落ちるその瞬間まで全霊を賭したが……。

その結果を見る事もできず、僕の意識はそのまま落ちていった。




*




「こっちで合ってるの!?」

「合ってる、いいから進もう!」


 ヒマリの大声に、珍しくミドリも大声を返す。

自身も相手も苛立っている事を感じ、ヒマリは舌打ちした。

チラリと隣と、龍門も険しい顔をしながら姉妹の事を半ば無視して走っている。


 旧魔王らが白き竜のみを残す事になり、先んじて三人が進みユキオの救援に向かうこととした。

途中のゴーレムたちを切り捨てながら基地へと進み、ユキオが入ったと思われる裏口経由で基地に入り、彼の足跡をたどっている所だ。

途中、フェイパオの首から上と左腕を見つけたが、それに足を止めることなく三人は走り続ける。


 放映映像は、ユキオとアキラの決着が近づくにつれ乱れ、最後にはどちらが勝ったのか分からないような状況で途切れてしまっていた。

映像が乱れてしまったが故に、はっきり言ってどちらが勝者となったのかは正直分からない。

ヒマリの目でも、五分五分と言ったところか。

どちらが勝ったにせよアキラはほぼ死が確定している状況だったが、ユキオの生死だけは気がかりだ。

なにせアキラは、ユキオと同じく魂の汎用術式を会得している。

ユキオを殺害可能な、数少ない存在なのだから。


 もっとも索敵系に優れたミドリの誘導を元に、最低限の警戒を残したまま走り続ける事10分と少し。

一段と大きな両開きの扉が、少し開いたままになっているのが目に入る。


「開けるよ!」

「了解」


 ミドリが短く告げつつ捕縛、攻撃の術式を複数待機させるのを確認し、ヒマリはドアを壊す勢いで中に突入して。

そして。

姉妹と龍門とは、その光景を見た。


 コンクリの床、黒血で染まった赤黒い色の上、その三人……否、四人は居た。

壊れた照明が、時折点滅しながらその光を、まるでスポットライトのようにそこにだけ投げかけていた。

寒々しい寒冷地、刺すように冷たい空気は、何故かそこだけ澱み、どこか滑った感触を伝えている。

むせかえるほどの血と脂と死と腐肉の臭い、そして僅かな性臭とがそこには漂っていた。


 背を縦に伸ばしているのは、ただ一人。

薬師寺アキラは目を見開き苦悶の表情を浮かべたまま、死亡していた。

心臓あたりの切傷が、恐らく致命傷。

ズボンとパンツは半ばまで下ろされ、萎びた股間が空気に投げ出されていた。


 その膝には、ユキオが倒れていた。

頭をカチ割られたユキオは薄桃色の脳髄を露出しており、そこからは周囲との温度差による湯気が立ち上っていた。

まるで、食卓に上がりナイフとフォークと突き立てられる事を待っている、熱々の料理であるかのように。

時折その体は痙攣しており、彼がまだ生きている事を指し示していた。


 フェイパオの死体と思わしきものは、全裸でユキオの足元に倒れていた。

当然先ほど見かけた頭蓋と左肩以降はそこになく、首から下と、右腕が残っているのみだ。

その腹部は、内側から破裂したかのように破壊されていた。

ただ一つ、子宮と思わしきものだけが形を残しており、そこに残った胎盤から、へその緒が繋がり伸びていた。


 ――四人目は、赤子だった。


 それはへその緒が繋がったままの、赤子だった。

まるでフェイパオの胎と食い破って出てきたとでも言わんばかりに血だらけで、ユキオの股間あたりで蠢いていた。

否、とヒマリは気づく。

ユキオの下半身は、露出していた。

赤子は小さくうめき声のような物を漏らしつつ、何かをちゅぱちゅぱと音を立てて吸っていた。

それは……。

ヒマリは頭を振り、その先を理解することを拒んだ。

代わりに赤子自身に、今一度視点を合わせた。


 赤子は、成長していた。

目に見えるような速度だった。

ヒマリが突入して硬直しながら場を確認するこの十秒程度、その間にも体が数センチは伸びており、ムクムクと大きくなりつつある。

恐らく新生児からこのサイズになるまで、数分程度だろうと予測がつくぐらいの急成長。

その口にするものの栄養でここまで大きくなったのだと、言わんばかりに。


 ヒマリらの気配に気づいたようで、ちゅぽりと、どこか淫靡な音とともに赤子がそれから口を離した。

くるりと、こちらを向く。

あう、と笑みらしい、言葉にもならない庇護欲をそそる声。

口元から白い物を零しながら、赤子が愛らしい笑みを浮かべた。


「…………あ」


 ヒマリは、全身が理性の制御から外れた事を理解し。

隣のミドリと、全く同じ行動に出た。

それは喉が枯れ果て、裂けて血が迸るほどの。


 ――絶叫。



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