ex01-ナギの技名ノート
「キミ、技名がないのかい!?」
キーン、と高鳴る耳に、僕は白目をむきそうだった。
目前のナギは、信じられないものを見る目で僕を見つめている。
わなわなと震え、両手で行儀よく口元を抑えていた。
こんな風に咄嗟に美しい所作ができるのを見ると、ご両親に大切に育てられたのだな、となんだかほほえましくなる。
まぁ彼女のご両親がすでに亡くなっているという話を思い出すと、何とも言えない気分になるが。
「馬鹿な……冒険者は技名を叫んで攻撃するものじゃなかったのか……!?」
「そうする人も居るけど、どっちかというと少数派かなぁ」
なんとなく城ケ峰ソウタを思い出した。
僕にとって戦力相性の悪い相手というのもあるが、模擬戦で負け越しているのが嫌な相手である。
アイツも技名は叫ぶものだと思っている節があり、模擬戦の度に耳が痛くなる奴だ。
個人的に嫌いな相手を思い出すが、とはいえ、技名を言う事に利益がない訳ではない。
「個人レベルだとそんなに居ないけど、大きなパーティーを作っている集団だとそこそこ見るかな。
秩序隊とか、軍とか、連携重視の集団だと、これから何をしますって味方に宣言するのは重要だから。
あとは発声で力を増すってタイプの人も居るけど……。
僕はそんなに大群で戦う事が多くないし、別に声を出しても力が入る訳じゃないからね」
僕が参加した最大規模の戦いでも、精々百人規模での対魔物戦だ。
大規模破壊攻撃をするメンバーは攻撃内容を発声して知らせていたが、僕は罠作成と支援に徹していたので、技を発声するような事はなかった。
「違う、そうじゃないんだ……技は叫ぶものなんだ……」
と、そんな風に記憶にある限りの過去を伝えていると、ナギが崩れ落ちプルプルと震えた手を伸ばしていた。
はぁ、と首をかしげながら手を取ると、ぎゅ、と僕の手を強く握りしめる。
何故か肩で息をしながら、俯き気味のまま視線だけ僕へ。
ギラついた目で、ギロリと僕をにらみつけてくる。
「キミを分からせてやる……絶対にだ……!」
「まぁ、うん、暇だし付き合うよ」
「その手の動画が二人で見られる場所……カラオケとかか……?」
と、携帯端末に掛かり切りになってしまった彼女に、肩を竦める。
まぁ、僕も赤井にやられた傷が癒えきっていない状況だ。
外出許可は出ているが、完治までは運動禁止と言われているので、暇な事この上ない。
彼女の謎のこだわりに付き合うのもやぶさかではなかった。
と、そんな事で何時もの待ち合わせの公園を出て、十分ほど。
繁華街のカラオケボックスに突入し、繋いだ携帯端末の映像が大画面に移される。
完全にお客様と化した僕の前で、ナギがふんふんと鼻歌を歌いながら動画サービスから番組を選んでいた。
「ふんふん、特撮系……ニチアサならこっちも……いやユキオ相手なら変化球の方がいいかな……」
「ナギ、特撮とか好きなんだね。少し意外だったかも?」
ピタリ、とナギが手を止めた。
背を向けたまま、平たい声が返ってくる。
「……現実にはないものを、見せてくれるからね。
正義が……勝つとは限らなくとも、必ず正義は貫かれる。
ヒトには正しさが存在するのだと、信じさせてくれる」
「うん。そういう意味では僕も、勇者物語はやはり好きかな。
今代に限らず、以前の代の勇者たちの話も」
千年以上前から存在する"勇者の剣"は次々に受け継がれていく固有術式である。
担い手である勇者が死ぬとどこかへと消えてしまい、次の担い手である勇者が困難に陥った時に覚醒すると言われている。
実際、父さんが勇者に覚醒したのは、四死天との最初の決戦の時だったという。
それまではいわゆる無固有、現人類では1割ぐらいしかいない固有術式を持たない人間だった。
固有を持たないままに剣を鍛え続け、後の妻である聖女を守るために人魔大戦での前線で戦い続けた英雄が、ついに勇者の剣を手にする。
そのシーンは歌劇やドラマにもなっており、僕もそれらは何度か見に行った。
演じられる当人である父さんは微妙な顔をしているが、それこそ正義の存在を信じさせるに足るシーンだった。
ナギが大きく息を吸い、吐いた。
クルリと見返る。
纏められた髪の代わりとばかりに、スカートがふわりと翻る。
下ろされた髪の毛の間から、僕の目をじっと見つめる。
青い宝石のような目が、キラリと光を反射し、輝いた。
「キミは……いや、そうだとしても。ボクにはキミに、布教の義務が出来たという事だ!」
「はぁ」
「さて、まずは気軽に見れる、1本で終わる映画からとしよう!」
「なんか再生時間、200分近くあるけど……気軽?」
「ふふ、さぁ楽しもうじゃないか!」
「まぁ、いいけどさ……」
*
「うん、面白かったね」
「そうだよね! この世に、正義などないと信じる主人公が、それでも信じるモノが、アツくって……!
それに技、技名! とても格好いいだろう!?」
「うん。変身台詞もかなり良かったね」
決着の時技名言ってなかったじゃん、とか、割と巻き添えで一般人バタバタ死んでたけど正義かな、とかは口に出さない。
僕の前を歩きながら、踊るようにはしゃぐナギを、思わず慈愛の目で眺める。
最近多いスカート姿でくるくると回ると、その裾がふわりと浮き上がるのがとても可愛らしくて素敵だ。
さて、しばし歩いて僕らは再び公園に。
ストンとベンチに腰掛ける彼女の前で、僕はそっと宙に掌を差し出す。
「さて、一応おさらい。
基本的に公共の場での攻撃術式の使用は制限されているけれど、攻撃性のないものにはさして大きな制限がないのが実情だ。
まぁ、人に向けるとかは別だけど、高いところにあるものを取るとか、遅刻しそうだから速度強化とかは、一応禁止はされていない。
公序良俗に反しない限りは、って奴だね」
「うんうん、だからユキオの術式、見せてくれ!」
何時になくテンションの高いナギに、苦笑しつつ告げる。
「僕は糸使い。基本的には糸を張って妨害や補助をしつつ、こんな風に武器を自分でも作っていて……」
空中に、青白い糸が出現する。
それは瞬く間に編み込まれてゆき、僕の脳内にあるイメージを、意図して少し曖昧にした形を作る。
全長1メートル程度の、青白く光る剣。
「僕はただ、糸剣とこれを呼んでいる」
「なるほど……中々そのままな名前だね」
「分かりやすさ重視と言ってくれ」
ふむふむと頷きながら、何やらノートを開き書き込み始めるナギ。
近づいて覗き混もうとすると、サッと紙面を隠されてしまう。
「これは下書きだから秘密! 後で決まったら教えてあげるけど、それまではダメだよ!」
「そっか、ごめんごめん。じゃあ次の技かな?」
と、僕はいくつかの基本技を見せてやる。
糸槍、糸罠、糸弾、糸布、糸による絞首。
とは言え僕の必殺剣につながるような一部の技は見せないままだし、糸槍も糸剣からの可変延長ではなく1からの生成で見せている。
別にナギに対しどうこうというよりは、習慣的に自分の手の内を明かさないようにしているだけというだけなのだが。
ナギは難しい顔をしながら、ノートへ書き込みつつ僕の基本技を眺めていた。
終えてパタンとノートを閉じ、一言。
「地味だなぁ……」
「酷い……」
割と本気で凹む僕に、いや、だってさぁ、とナギ。
「トリッキーで強そうなのは分かるよ?
見ててとんでもなく厄介そうだなって感じるし。
でもなんか、パッと見で地味だよやっぱり……。
やっぱボクが技名を考えないといけないな……」
「うん、まぁ、考える分にはいいけど……」
と、今一自分が技名を叫ぶ分には乗り気になれない僕に。
ナギは立ち上がって近づき、とん、と僕の胸元を人差し指でつく。
「何言ってるんだ、ユキオ。
キミもいずれはメディアとかで特集されるかもしれないし、そういう時に必殺技の一つぐらいは名前を付けていないと困るだろう?
人気とか出なかったら嫌だからね」
「いや、別にそういう訳じゃ……」
「ボクが! 嫌なんだ!」
グイ、グイ、と僕の胸元に捩じりこまれる人差し指。
唇を尖らせたナギに思わず視線を合わせていると、すぐにその頬が赤くなっていく。
遅れ、ナギは両手を下ろし俯くと、前に一歩、二歩。
そのままぽすん、と顎を僕の肩のあたりに当てた。
「……その、キミが、人気出なくて。まぁそれも当然か、みたいな寂しい顔してそうなのが」
「……そっか。じゃあ、頑張ろうかな」
「うん」
ぐ、とナギの頭が、僕の頭側へと傾く。
まず、耳と耳とが、触れ合う。
軟骨と軟骨がふれあい、少しだけ硬さを感じ、お互いに震えた。
続け、少しだけ距離を空け合って、今度は柔らかな頬同士が触れあった。
両手は二人とも下ろしたまま、抱きしめ合う形ではないままで。
ハグ未満のままの、無言の頬と頬だけの触れあい。
それは暫くの間、ほど近い夕焼けの時間まで続くのであった。
*
青白い照明が、白色とフローリングばかりの無機質な部屋を照らす。
夜の気温が少しだけ肌寒く、吸う空気が薄っすらと刺すような冷たさを孕んでいる。
無機質なメラミンの机の上、デスクライトの光がより、そのノートを浮かび上がらせている。
目を細め、改めて僕は目前のノートを観察した。
僕はそのノートの表紙をなぞった。
生成り色の生地張りのハードカバーノート、ファブリックの柔らかい肌触り。
小口はマーブル模様の青と水色で染色されており、どこか砂浜と海を思わせる配色だった。
その背表紙にはクジラのマークがあり、表紙にはそのクジラの解体図が描かれている。
どこか神秘的なイメージの、見覚えのあるノート。
水族館のデートでナギが買った、自分用のお土産。
開くと、表紙の重みでパタンと音が鳴る。
中にはブルーブラックのインクで書かれた文字がビッシリと並んでいる。
何故か技名の部分には、皇国語だけではなく、州国・連合語や連邦語、ついでに滅んだはずの国の言語っぽいモノまで書かれていた。
技名の由来の部分に、かつてあった帝国の言葉やら何やらと書かれている辺り、かなり本格的に調べて作られたのだと分かる。
「父さんには、感謝しないとな」
ナギの借りていたホテルの一室はそのままになっており、当然彼女の私物は一度押収された。
その中でも僕宛と思わしき一部のノートなどは、父さんが無理を言って引き取ってくれたのだという。
ナギの、遺品、ということになるのだろうか。
中にはナギが考えた技名とその由来、僕の使っていたどの技に相当するか、または未知の技用でどんな技に合いそうかが、書かれている。
由来は故事成語から地名に異国語、よくぞこんな所から拾ってくるのかというほどに細かい。
こういう設定マニアだったのかな、と知らなかったナギの側面に、新鮮な気持ちと、どこか寂しい気持ちとが入り混じる。
「ナギ、あんな事言いつつ自分は技名を叫ばないの、ズルいよなぁ」
まぁあの場面で技名を叫ばれていたら、僕がズッコケてピンチになっていた可能性があるので、助かったというべきかもしれないが。
自分の襟を正さず他人の襟をまず正そうとするような行為に、どちらかというと愛らしさを感じてしまう。
そんな自分が居る事に、自分がよりナギの事が好きだったのだと、改めて実感をする。
さて、僕は今少しだけ、メディアの取材を受ける確率が出ている。
何を隠そう、僕がこの前の事件を解決した、つまりナギを殺害したためである。
メディア側にその事実は知らされていないものの、事実をある程度推察はできているようだ。
今のところは父さんがシャットアウトしてくれているが、取材などが来る可能性ぐらいは考えておいたほうが良さそうだ。
つまるところ、僕はナギを殺した事でメディアの取材を受けることになり。
その殺したナギの望みで、メディアに向けて格好つけるため。
殺したナギの知恵を借りて、ナギを殺した技名を考えている所なのである。
「なんて、あべこべで。
なんて……ひどい」
僕は、今でも網膜に焼き付いた、ナギの遺体を思い出す。
僕は、自分がその遺体を解剖し、腑分けするところを想像した。
腑分けされた血肉を素材に、僕は武器を作り、マスコミに向けて無双をし始める訳だ。
まぁ、実際にナギの技名を採用するかどうかは置いておいて、彼女の遺したノートはきちんと読ませてもらうとしよう。
技名に日和っている自分にどこか苦笑しつつ、分厚く頑丈なページをめくり始める。
秋の夜長ならぬ、春の夜長。
自室の卓上、僕は殺した好きな人の遺体をピンセットで腑分けするようなその行為を、黙々と続けるのであった。
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