08-運命の日・残酷散華血虹日和




「嗚呼……」


 感嘆符が、ナギの口を突いて出る。

美しいモノが、そこに居た。

自らを殺す事を予告した聖剣を模した、青白く光る糸聖剣。

それを携えたユキオは、油断なくナギを見つめ観察している。


 傷は、深い。

完全に臓腑を抉った不意打ちであり、ナギが"血吸い鎌切"を扱えなければ、そのまま死んでいた可能性があるほどだ。

それに、ナギとて、今日初めて手にした他人の固有を自在に扱える訳ではない。

血を止め致命的な臓器の損傷を回復することぐらいはできたが、それでもかなりのダメージを負ってしまった事は間違いない。


 一瞬、ナギの脳裏に過去がよぎる。

ナギの心に真に火をつけたのは、あの日のユキオの告白だった。

ユキオの不自然なまでの家族愛は、無理をして自身の憎しみから目を背けようとしている、欺瞞にしか見えなかった。

しかしそれはまた、ナギ自身の欺瞞でもあった。

ナギも星衛を愛し、しかし憎んでもいた。

赤井を愛し、しかし憎んでもいた。

ユキオの内心を暴くことは、しかしそのまま、ナギ自身を暴く事にもつながっていたのだ。


 運命は全て残酷で、納得しろと強制してくるが、とても飲み込めないほどのものだ。

この世に、ナギが縋ろうとしていた正義などなかった。

このままナギが安穏に、ユキオを、ナギを殺そうとする社会に首を垂れて、助かろうとしたとして。

聖剣によって示された人類存続という絶対の正義の元、ナギは虐げられ、捻じ曲げられるだろう。

ユキオが今まさにそうされているように、ナギはすぐに押しつぶされ壊れ砕けてしまっただろう。

このままナギが家族を悼み、その正義を引き継ごうとしたとして。

これまでと同じように、家族は、大切な者たちは、必ず憎しみを内包し、ナギ自身をそぎ落としていく。

家族は、大切だった者たちは、必ずナギの背を打ち、裏切っていっただろう。

聖剣も家族も、全てがナギを滅亡へと誘おうとしているのだと、ナギは確信していた。


 こんな世界で、良い筈がない。

ユキオの告白を聴き、ナギは怒り、憎しみ、悲しみ、そして決意をした。

今の世界を成り立たせる根本を、破壊せねばならないのだと。


 ナギは確信とともに、第三の道を選んだ。

父である星衛をこの手にかけ。

ユキオの家族をこの手にかけ。

そして最後の目的として、聖剣を、絶対的に正しい物を、人類を生存に導いてきたものを否定するために。

第二の道と、似ているようで異なる道。

聖剣を正すべくではなく、聖剣を滅ぼすべく、人類に聖剣への不信を植え付けるべく、ナギは立ち上がり。


 そして、目の前の生き物が、覚醒した。


「首を落としても、死なない、生きた、人間……」


 それを見て、初めてナギは、自身の欲求を知った。

かつてナギは、生まれて初めての固有術式の発現で暴走し、自らの父母の首を落とした。

その暴走は星衛と赤井による教導により制御できるようになり、何の心配も要らないと太鼓判が押されたが。

自分でも、何の心配もしていないと、そう思っていたが。


「ユキオは、ボクが暴走しても、死なないヒト……」


 運命の人。

始めて見た時にも、初めてデートをした時も、苦しむユキオと互いの過去を告白した時も。

どの時だって陳腐と思いながら、それでもナギは、ユキオこそが自分の運命の人なのだと、確信を幾度も新たにしてきて。

そして今一度、改めて確信をした。


「キミに恋をして……本当に良かった。

 たとえ今日が、最後に出会う日になったとしても……」

「……それは、僕も、同じだ」


 示し合わせたように、二人は瞼を閉じ、そして同時に見開いた。


 次の瞬間、二人は地を蹴り直進。

瞬く間に糸聖剣と"血吸い鎌切"とが、甲高い音を立てて激突する。


「おぉおぉお!!」

「ああぁぁっ!!」


 咆哮とともに、力と力とがぶつかり合う。

力は、ナギが優勢。

身体能力そのものは圧倒的に上だが、初撃の傷を受けたナギは、既に万全ではない。


(いや……それだけじゃあない。

 ユキオの力、明らかに位階50そこそこじゃあない)


 まれに、精神的に抑圧されていた人間が抑圧から解放されると、覚醒と呼ばれる大きな位階上昇を引き起こす事がある。

自ら首を切断した疑似自決、欺瞞していた自らの憎悪の肯定、そして運命の人との殺し合い。

それらすべてがユキオの精神を大きく揺り動かし、抑圧されていた力が解放されているのだろう。

今のユキオに起きているのは、まさにそれだった。

1秒ごとに力が高まり、位階が上がっていく。


 それでも力の差は大きく、無理やりナギが押しきり剣をはじいた。

その反動を上手く使い、ユキオは半回転。

恐るべきことに空中で右手から左手に剣を渡し、そのまま超速度の突きがナギに迫る。

スウェーで避けつつ、無理に刀を振るうが、地を這うような姿勢のユキオに容易く避けられる。


(やっぱり、近接戦闘技術じゃ、ユキオがずっと上だ!)


 ナギが先天的・後天的に身に着けた力や装備は、ほとんどユキオに効果がない。

ナギの持つ強みは、固有の強制力と範囲拡大のほか、その隙を埋める祝福術式や矢避けの加護、広範囲系への防御結界などとなる。

近接戦闘はほとんど想定しておらず、最低限の動きを取得しただけ。

"血吸い鎌切"は本来の持ち主でない上、吸血能力は飽和状態で、使える能力は自己治療系がじわじわと使用できるぐらいだ。

そして。


「"血吸い鎌切"の太刀筋は……もう見切っている!」

「クッ……」


 ナギの近接戦闘は、師匠である赤井直伝である。

師と同じ武器を扱う以上、太刀筋は似たようなものになる。

ユキオは既に、赤井との死闘で勝利しており、全てとは言わずともその戦闘技術は経験済みだ。

力では切り札である"死神の狂貌"を発動した赤井にさえ勝るが、既知の、それもグレードダウンした技術をしか持たないナギでは、技術的な優位点はないに等しい。


 それでも、やはりユキオは、ナギには届かない。

完全に気を抜いていた先ほどと異なり、身体強化や防御系の術式が巡るナギの体は、ユキオの攻撃では貫くのも一苦労だ。

皮膚を割いて出血による体力低下を狙うような一撃は効果がなく、膂力は大きく異なり正面から打ち合えば確定敗北する。

今はナギがユキオの攻撃に慣れていないから劣勢なだけで、すぐに盛り返す、と思ったその瞬間。

光線。

矢避けの加護、ナギの体が硬直し、自動的に動く。


「な……!」


 ユキオが驚きに一瞬動きを鈍らせるものの、そのまま剣を振り下ろす。

慌てナギが刀で受けようとするも、間に合わない。

痛撃が、ナギの左肩を打つ。

ユキオ自身戸惑い力が入り切っていなかったのと、普段使いの体表防御結界が功を奏したのだろう、切傷はない。

が、芯まで響くような、肩の痛み。

鎖骨にヒビでも入ったかと、ナギは歯を噛みしめる。


『ユキちゃん! ミドリと私で、狙撃のフォローを入れる! 強制回避の隙を狙って!』

「ヒマリ姉! ……水鏡って事は、コトコか。了解!」


 見ればユキオの近くに、鏡のようなものが浮き会話していた。

恐らくは遠距離探査・通信系の能力か。

舌打ちつつ近づきユキオを盾にしようとするナギに、戸惑わずユキオは対応。

コンパクトな動きとなったナギを、大きく体を使った剣戟で襲う。

刀で受けるナギだが、全身を使ったユキオの剣戟に対し、最低限のコンパクトに体を使ったナギの剣では、使える筋力が大きく異なる。

加え先の鎖骨の傷も響き、ついに力負け。

受けた刀ごと体を大きく弾かれ、狙撃者にその身を晒す。

瞬間、襲い来る光の矢。


『置き打ち、成功』


 矢避けの加護が発動し、体が全自動で狙撃を回避。

するのはよいが、無防備に大きく動いた先には、ユキオが既に待ち構えている。

冷たい殺意に満ちた刃が、ナギの首を狙う。


「……ならッ!」


 ナギの胸から、光が溢れだした。

祝福系の攻撃術式が発動、広範囲に衝撃をバラまいたのである。

祝福術式は本来不死者を相手にするための術式であり、ある程度の衝撃波も放てるが、コストパフォーマンスが悪い。

咄嗟の一撃では、間合いを空ける程度の威力が限界だった。

ユキオの体が弾かれ切っ先は届かず、そのままユキオは衝撃の波に乗るままに距離を取る。

ナギはそれを尻目に大きく跳躍、隣の商業施設の壁を破壊し、高階層へと直接移動する。


「狙撃ができない閉所なら、どうだい!?」


 一瞬目を細め、遅れユキオも商業施設へとナギを追って飛び込んでゆく。

ユキオの見せる心地よささえ感じる冷たい殺意に、微笑みながらナギも、彼を待った。




*




 商業施設の中は、不気味な静けさに満ちていた。

恐らくオフィスルーム区画の廊下なのだろう、直接視界に倒れた首なし死体が見当たらない。

しかし血と脂の匂い、幾多のドア下からにじみ出る血が、その悲劇を物語っている。

虫にもきちんと効果があるのか、蠅やウジが見当たらないのが、違和感があるほどだ。

沈み切った光景の中、糸剣を手に僕はナギと切り結んでいた。


 ナギが踏み込み、床の糸を破壊しながら刀を袈裟に振るう。

僕はそれを防御しながら跳躍、糸でバランスを取りながら壁に両足を貼り付け、横薙ぎの……ナギから見れば縦の唐竹で攻撃。

常にない視界の攻撃に戸惑ったのだろう、精彩を欠いた防御だが、それすら僕の出力では貫けない。

見れば鎖骨の負傷もほとんど治っているようで、"血吸い鎌切"の再生能力は健在のようだ。

内心舌打ちつつ、剣側に掛けた体重をもとに体を引っこ抜くように動かし、更に天井に足を付ける。

既に天井に敷き詰めた糸で僕自身をつるし、バランスをとる事で天井に両足を付ける。


「嘘だろ!? 天井にくっついてる!?」


 頭上からの剣戟という慣れない角度に、しかしナギはあっさり適合。

防御したうえで、そのまま手元から祝福術式の紋章光を輝かせる。

舌打ち、大きく退避する僕の背の、天井を破壊。

微笑んで見せるナギだが、その背に続けて狙撃が、強制回避で僕への追撃は潰される。


「閉所に自分から誘ったのに、閉所を壊してどうするんだい……」

「うう、呆れないでくれよ……もっと踊ろう!」


 物騒なダンスの誘いとともに、大きく施設の奥へと踏み込むナギ。

純粋な身体能力では対抗しきれず、ナギを追う形で再度僕も、奥へと踏み込む。

だがしかし、と少し思索。

出力差がありすぎて、僕の遠距離攻撃ではダメージにすらならず、強制回避の誘発はできないが。


「……ミドリ。

 もう少し光線の、数が欲しい。

 数発なるべく近くに撃ってくれないか?

 施設のこっち側なら、大体"拾える"ように糸を配置したから、大丈夫」

『りょ。……あぁ、そういう事。いや、こわ……』


 遅れ数発叩き込まれる光の、着弾点にある糸を操作し、鏡面に仕上げる。

反射する光線の、その先の糸面も、更にその先の糸面も超速度で鏡面に仕上げ、数発の光線を引き連れる。

ミドリの光線は光の性質を持ちつつも、術式を経由して発動しているものだからか、実際の光ほどの速度はない。

音速の数倍程度であるからこそできる、普段ならば宴会芸程度の技だが。

相手が矢避けの加護持ちであるならば、致命の一撃と化す。


「ナギ。加護に引きずられて踊るのは、君一人だ……!」

「冗談だろ、何それ……!?」


 引き連れた光が、ナギを襲う。

糸面の鏡化に思考リソースを幾分食うが、それでも連続した自動回避行動を強制されるナギの比ではない。

身動きの取れないナギに、糸剣を携え迫る。


「……この、程度で!」


 絶叫とともに、ぐわん、と視界が揺れ動く。

天井、重力、入り口側に視界が傾き……いや、違う。

斬首結界を再発動されたのだ、と理解すると同時、生首が後ろを向いて落ちてしまったことに気づく。

舌打ち、糸の操作で首を回転させると同時、視界に入ったのは、僕の生首に追撃を仕掛けようというナギだった。

叩き込まれる剣戟を、後方退避で回避、肉体はナギを避けて自身の生首を目指して走る。

瞬間、ナギが反転、続け僕の肉体へと切りかかる。

辛うじて防御が間に合うが、上手く力が入らず、押し負けた。

肩に"血吸い鎌切"の切っ先が、突き刺さる。


「ぐっ……!」


 そのまま膂力で体を切り分けようとするナギに、体ごと横に回転させて回避。

本来は首がある所を刃が通るため不可能な動きだが、首が取れたままの僕であればなんら問題はない。

その隙に、僕の生首は、どうにか大回りしながら肉体に辿りついた。

再び仮縫いし、首を肉体を接合する。

復活した僕を、冷たい殺意に満ちた目で、ナギがじっと見つめた。


「視界だけじゃあ、ないね。

 首を長時間落とされると、いくらキミでも不味い訳か。

 そりゃあ肺とつながって無けりゃ新しい酸素は脳に行かないし、脳みそと繋がっていない肉体は操作が難しい、と」

「……まいったね、中々。ミドリ、また数本光線をくれ」

『りょ。妹遣いの荒い兄だ』


 続く光線を引き入れようとする前に、再びナギが目を見開き、斬首結界を発動させる。

今度は事前に予想していたため、とれた首をすぐに糸でつかみ、すぐさま再接合してみせた。

それでも隙は出来てしまい、この隙を狙われたら厳しいか。

僕にできる隙がどの程度か観察していたのだろう、幸いナギは、静かに僕を見つめているのみだった。


 そして、同時に轟音。

僕が拾い漏らした光線が、施設を破壊したのである。


「……流石のキミも、首を繋ぎなおしながら、光の反射計算まではできない訳か」

「……いや」


 斬首結界のタイミングが良かったことは、否定しないが。

それで何本かの光線を拾い漏らしてしまったのは、確かだが。

す、と入り口側から、3つの青白く光る毛玉が現れた。

ヒク、とナギの顔が引きつる。


「……ちょっと、ズルくないかい!? それ!?」

「君に言われるのは不服だなぁ」


 叫びつつ、ナギは再び斬首結界を発動。

再び生首を落とす僕に追撃しようとするが、叶わない。

青白く光る毛玉が、開く。

すると中からミドリの光線が発射され、ナギを強制回避に持ち込ませ、僕への追撃を停止させたのだ。


 毛玉は、内部の糸を鏡面化した、鏡地獄の光を閉じ込める機構だった。

光を反射させながら外から持ってくるのに思考リソースが必要なのは、次々と入反射角を計算し、光を引き連れながら戦う必要があるからだ。

このように予め、光線を閉じ込めて置ける機構を作れるのであれば、咄嗟に首を落とされて、落ちた思考力で光線を手放してしまうような事はない。

思考リソースが不要となる分、鏡面の維持や熱耐久の関係で、僕自身の術式リソースを使ってしまうが……。

どうしてか、今日は妙に調子が良い。

自分の位階が急激に上がっているかのようで、普段節約のため使えない手段を、使う事ができている。


「それ、でも!」


 叫びながら、再び発動する斬首結界。

僕の首が落ちると同時、隙を埋める祝福術式の衝撃が放たれる。

しかし僕は、既に自らの首を引いてはね上げながら、ナギに向けて駆けだしていた。

続けて放たれる、生首を狙った術式も、糸で自身の生首を引っ張って回避。

肉体側に生首をスポリとはめつつ、切りかかる。

近接戦闘の間合い、時間が圧縮されてゆく。


 袈裟の一撃。

上段に構えられた"血吸い鎌切"で、受け流される。

泳ぐ体をそのまま半身に、肩からのタックル。

耐えようとしたナギが、足元の糸罠にバランスを崩される。

体幹で受けきれず、体を浮かせるナギが、しかし僕に視線を向けた。

瞳が輝き、斬首結界の予兆。

咄嗟に毛玉の光線を放つのと、結界の発動は同時だった。


 僕の首が落ち、光線がナギの自動回避を誘発する。

僕が落ちる首を拾いながら切りかかるのが一瞬早く、しかしナギの防御の方がより速い。

間に合った"血吸い鎌切"が、手首を切り落とそうとしていた糸剣を撃ち落す。

次ぐ、打ちあがってくる死の刃。

しかし僕はむしろ踏み込み、姿勢を低く糸剣とともに跳ね上げるように切り上げた。

その背に隠していた、3つめの毛玉からの光線を細く放ちながら。

光線は、ナギの頭上から、頭蓋を狙って。

自動回避で姿勢を低くし、剣戟を強制中断されるナギ。

その無防備な脇下に、切り上げた糸剣が突き刺さる。

皮膚に恒常展開されている防御結界が留めるのを、認識しつつ。


「ぐっ!」

「おおおっ!」


 もう半歩踏み込み、全身の膂力で剣を捩じり上げる。

メキリと、ナギのアバラが悲鳴を上げた。

口から血を漏らしつつも、半歩踏み込み、ナギが掌底を打ちおろす。

僕の腹に突き刺さり、視界が明滅。

激痛が、臓腑の異常を訴える。

体が揺らぎ、剣先が落ちナギを自由にする。

次ぐナギの拳が見えたのと同時、僕は隠していた毛玉から、再度の光線を放った。


「なっ!?」


 存在しなかったはずの、4つ目の毛玉からの光線。

単に一度放った光線を毛玉で拾って再装填していただけだが、意表を突かれたナギが、顔面に迫る光線への強制回避を迫られる。


「おおぉぉぉ!!」


 絶叫とともに、その隙に糸剣を唐竹に叩き込む。

辛うじて頭頂を避けたナギの、肩に突き刺さった。

全霊を込めた一撃が、ついにナギの防御を突破。

肩に突き刺さり、血飛沫とともに鎖骨に到達する。


「ぐあぁあっ!?」


 絶叫する、ナギ。

そのまま再度体重を込め、彼女の体に切り込もうとした、その瞬間である。

どくん、と。

何かが蠢いた。


「……あ?」


 力が、抜けてゆく。

視界が揺れ、明滅する。

攻撃の気配、糸剣を手放し辛うじて両腕を交差。

そこに、ナギの強烈な蹴りが突き刺さる。

朦朧とする意識の中、力に逆らわず、そのまま吹き飛ばされて距離を取った。


 ゴホゴホと、血の混じった涎を吐き出す。

床に落ちたそれが、ジワジワと、動いていた。

動き出す方向の先を見ると、その先にはナギが、否、その手にある"血吸い鎌切"が。

吸血能力が、使えるようになったということか。

視界の端、ドア下から漏れる黒血は吸えていないあたり、新鮮な血でなければ吸えないようだが。


「……く、そ。まだだ……」


 呟きながら、運命の糸布を作成。

傷跡を包みこれ以上血を吸い取られないようにし、次いで再び糸の聖剣を作り出し、手に。

震えながら床に突き立てた糸剣を支えに、立ち上がる。

傷ついた内臓から漏れた血が逆流し、ゴホと咳き込む。

肩で息をしながら、口から垂れた血を拭い、ナギに視線をやった。


 見ればナギは、静かに"血吸い鎌切"を構えながら、集中しているようだった。

切傷を与えたはずの肩は、既に血の跡すら残っていない。

初撃の不意打ちだけは深いからかまだ傷跡が残っているようだがそれも薄くなっていた。

治癒の力が使われているのが、目に見えて分かる。

よく見ると、"血吸い鎌切"の臓物の量が、減っている。

先ほどまで刀身全体が臓物塗れだったのが、いつの間にか、地金の白銀の刀身が見えていた。


「傷を負って治癒を大きく使って……、満腹だった血が抜けたから、吸血できるようになった、とでも?」

「おなか一杯で食べられない、って言ってたみたいだよ。さっきまではね」


 微笑みながら、ナギは中段に構え、僕を待つ。

体は呼吸の様子すら分からない自然体で、肉体的にも精神的にも回復していることがうかがえた。

対し僕は肩で息をし、体のアチコチを糸布で覆わなければならない程度に負傷している。

謎の位階の高まりで術式のリソースこそ心配が要らないが、それでも肉体の損傷は馬鹿にならない。

間違いなく、不利。

しかしそれは、戦い始める前から分かっていた事だ。

小さく、細く、ゆっくりと呼吸。

再びナギへと、歩み始める。


 光線が、5つ。

降り注ぐそれが瞬く間にこの場に到達、5つの毛玉となってふわりと浮かび始めた。

距離が縮まり、一足一刀の手前、ナギの瞳の光が強まる。

斬首結界、しかしもう慣れた。

一瞬で首を縫い直し、停滞は僅か一呼吸。

目を見開くナギに、光線が襲い来る。


 自動回避、足元を狙われたナギは、背後に飛ぶ。

が、次に足を付けた床には、既に糸罠が仕掛けられていた。

足を拘束しようとするそれと同時に、二発目の光線がナギの頭蓋を狙う。

姿勢を低くする自動回避、体の動きが制限されたナギは、糸罠を回避できない。

そこで完全に僕が、近接戦闘の間合いに辿り着く。


 足元を狙う、下段。

舌打ち、ナギの刀が僕の剣を受ける。

膂力に差はあるが、姿勢故に力を入れきれず、その場に留まり刀で受ける姿勢のまま固まって。

ピシリ、と音。

引き足の左足を、グルリ、と捩じり、仕掛けを作動させる。

次の瞬間、床が砕けた。


「何っ!?」

「空中戦と、行こうか!」


 侵入したときから、僕は糸を床の底まで侵入させ、この建物の構造把握にも努めていた。

オフィス区画の下は商業施設の本体、吹き抜けの4階層となっており、建物の外周に沿うように道と店舗がある形。

ちょうどここは、吹き抜けのど真ん中だ。

足場を無くしたナギに対し、僕は両手を繰り、青白く光る糸の足場を無数に出現させる。

そのうち一つは、ナギの着地点。


「これ絶対罠だろ!?」


 顔を引きつらせながら、ナギは祝福術式の衝撃を発動、自分の体を吹っ飛ばす。

僕の足場を避けて、商業施設本来の足場に辿り着こうとしたのだ。

が、予想済みの動きに、毛玉の光線が射撃。

矢避けの自動回避が、物理法則を超えてナギを移動させ、光線の回避に成功させる。

しかし同時に、跳躍の距離が足りず、施設の足場にはたどり着けなくなった。

舌打ち、僕の用意した足場に辿り着くナギ。


 当然、足場そのものが蠢きだし、ナギを拘束しようとする。

同時、続く毛玉の光線がナギの頭蓋を狙い、自動回避で姿勢を下げさせる。

当然、足場に彼女自身を拘束する形として。

普段なら援護を待つか遠距離から削る形だが、残念ながらこの場は僕一人で、彼女相手に遠距離攻撃は効果がない。

同じ足場に追い付いた僕が、糸剣で突貫する。


「く、そ!」


 罵声とともに、ナギが怪力で全身に絡みつく糸を引きちぎりながら、"血吸い鎌切"を振るう。

それでも速度が十分早いのは驚異的だが、予備動作が分かりやすく読み筋だ。

肩口を狙う剣を、半身に体を回転させて回避しつつ、糸剣で撃ち落す。

すぐさま切り返そうとするナギだが、しかしその動作は許されなかった。

僕はそのまま糸剣を、糸床に叩きつける。

絡み合い編み上げられた糸剣が床と融合し、即興の障害物となる。

予想外の応力に、ナギが一瞬固まった。

その隙に僕は、新しい糸剣を唐竹に叩き込もうとする。


「う」


 ナギの全身が、撓んだようだった。

空間が圧縮されたかのような、威圧。


「わぁぁっ!」


 一閃。

僕より遅れて放たれたはずの剣戟が、先に僕の腹部に突き刺さる。

背骨で受けた感触、間の何が斬られたのか、想像を振り払いながら絶叫する。


「がぁあぁっ!」


 残る全力を込めて、糸剣を叩きつける。

が、剣筋がぶれるどころか、斜めに。

ナギの二の腕に突き刺さるが、骨で止まる感触。

力が入らず、糸剣を手放し膝をついてしまった。

明滅する視界、揺れる集中力。

背後で、鏡面を維持できなくなった毛玉が暴発した。

光線が施設内を焼いていくのを尻目に、どうにか、床に手を叩きつけた。


「まだ、だ……!」


 ふり絞る声とともに、糸床を解除する。

さ、と薄く背を走る温度。

見れば"血吸い鎌切"を振り切ったナギが、殺意の目で僕を見つめていた。

あと一瞬床の解除が遅ければ、背中を叩き割られていたかもしれない。


 階下は、ちょうどエスカレーターになっていた。

辛うじて、受け身らしき動きをする。

ギザギザの階段に叩きつけられ、痛みで呻きながら、糸布で傷を圧迫縫合しつつ位置を確認。

僕が上で、ナギが下。

下りのエスカレーターが、人感知により起動し始め、僕らを下に運び始める。

階下に目をやり、僕は舌打ちした。


 それは、無数の首無し死体だった。

親子連れ、カップル、老夫婦。

あらゆる年齢層の人間の首から下が倒れ、虚ろな眼下を向けた生首が転がっている。

それはまるで、生首の博覧会。

先ほどと言い今と言い、古い血はナギの"血吸い鎌切"では吸えないようだが、それでも吐き気のする光景だった。


「おおぉぉぉ!!」


 屍山血河を背負い、雄たけびとともにナギが、エスカレーターを駆け上がってくる。

ふらつきながら立ち上がり、どうにか糸剣を構えた。

狭いエスカレーター上、太刀筋は上半身狙いと見当がつく。

振るわれる刀を受け、鍔迫り合いになり、気づく。

先のナギの二の腕の傷が、治り切っていない。

辛うじて刀を握る事ぐらいはできるようだが、全快にはほど遠いだろう。

気づけば"血吸い鎌切"に浮き出ていた臓腑はすでに無くなり、ただの刀同然の姿と化していた。

吸った血を、使い果たしたのだ。


「いや……まだ、だぁ……!」


 半ば自分を奮い立たせるために、叫びながら万力を込めてナギを押し返そうとする。

が、片手が満足に使えないナギよりも、今の僕の膂力の方が、劣っていたらしい。

徐々に押し込まれ……一気に、糸剣を弾かれた。

体が泳ぎ、隙だらけになった僕の顔面を、横薙ぎの剣が襲う。

咄嗟に首を外して、糸で跳ね上げて回避。

目を見開くナギを蹴り飛ばし、階下に叩き落しつつ、首を回収、再度縫い合わせる。


 そのまま跳躍、勢いのままに再生産した糸剣を叩き下ろす。

階下に辿り着いていたナギは、咄嗟にか"血吸い鎌切"を両手で支え防御。

糸剣と邪刀とが、再び激突する。

瞬間、ピシリ、と音。

見れば"血吸い鎌切"に、ヒビが入っていた。

な、と驚きの声を漏らし、ナギの力が僅かに抜ける。

その隙に、残る全力を振り絞り、全力で糸剣を押し込む。


「終わり、だ……!」


 声を絞り出してみせる僕に、しかしナギは、絶叫してみせる。


「負けて……たまるかぁッ!!」


 瞬間、ナギの胸に光が集まった。

紋章光、祝福術式の発動準備。

無理やりエネルギーを叩き込んだのか、暴走に近い状態で。

咄嗟に防御姿勢を取るのと、光と衝撃とが走るのは、ほとんど同時だった。




*




『こちらヒマリ! ユキちゃん、大丈夫!?』

「あ、あ……」

『ミドリ。斬首結界が、いきなり15km近くまで拡大されて、避難中だった。

 どーにか全員避難には成功したんだけど……支援射撃の、射程が厳しい。

 威力はともかく、精度がキツイ』


 声。

敵の声と、もう一人の自分の、うめき声のようなモノ。

硬いコンクリが肌を擦る感覚。

曖昧だった意識が結実し、ナギは意識が戻ってゆくのを感じた。


 辺りは、瓦礫塗れだった。

天井は消失し、一面瓦礫だけで見えるものは何もない。

ただただ、押しつぶされた死体達の、血と脂が腐った臭いが立ち込めているのみだ。

嘘のように晴れた青い空が、ナギら二人を照らしていた。


 確か商業施設の二階で、追い詰められたナギは無理やり残る力のほとんどを、祝福術式と斬首結界に叩き込んだのだった。

限界を超えた力を籠めれば、本来攻撃用ではない祝福術式でも、大型施設を破壊するような威力を出せる。

コストパフォーマンスは最悪だったが、それでもなんとか狙撃を阻止しつつ戦況をリセットできた。


「あ、ぐ……くそ、そこ、か……」

「うう……まだ、死なないの、かい……」


 ユキオは、ふらつきながら、糸剣に縋るように、どうにか立ち上がっていた。

対しナギは、どうにか両足だけで、立ち上がる事ができる。

辛うじてダメージは、ユキオの方が大きいようだった。

ユキオの覚醒と言うべき位階の上昇は落ち着いており、ナギの肌感覚では70と少しぐらいか。

負傷に疲労と位階。

技巧の不利を鑑みても、ナギの有利だ。


 肩で息をしながら、ヒビの入った"血吸い鎌切"を構える。

僅かに遅れ、ユキオもまた、青白く光る糸剣、偽物の聖剣を構えた。

彼の体の震えが収まり、再び凄絶な殺意が凝縮されてゆく。

皮膚を刺すようなそれに、ナギは不敵に微笑んでみせた。


「ミドリ……ダメ元でいい、射撃をくれ。1発でいい、直接」

『……分かった。威力を保てる奴でいく』


 不利は承知の上だったのだろう、ユキオはミドリに援護を請うた。

ゆっくりと、構えを崩さないままジリジリとユキオが近づいてくる。

"血吸い鎌切"により回復の可能性があるナギにとって、時間は味方だ。

待ち構えているナギに、ユキオが仕掛ける構図となる。


 一足一刀の間合いの、寸前。

陽光の照らすユキオに、一瞬、ナギは見とれた。

灰色の髪や顔には、血飛沫と土煙に汚れ、所々赤黒い汚れが見える。

顔は幾線かの傷が残り、口元からは垂れた血の跡が残っていた。

元より痩せて見える儚げな顔を、凄惨な傷と精悍な表情とが、覆い隠していた。

満身創痍のその顔の中で、ただただその目だけが、煌めき、意志に満ちている。

黒曜石の黒い瞳は、瞳孔とその周りの差が分かりづらく、完全な鏡面の黒として、ナギのその顔を映してさえいた。


 嗚呼、と内心に感嘆符が漏れるほどに美しく。

この時この瞬間を、閉じ込めておきたいぐらいに魅力的で。

それでも、剣は止まらず殺意達はほとばしる。

間合いが、重なった。


 支援の光線、予想通り外れる。

割いていた意識の変動の、その隙を縫うようなユキオの上段の剣戟。

やはり技巧面で、間違いなくナギを超えた剣だった。

しかしやはり、どれほど早くユキオの剣が放たれようと、ナギの剣のほうが速く、先に辿り着く。

"血吸い鎌切"が、ユキオの脇下からその肉体に差し込まれた。

肉を切り裂き、切っ先が心臓に辿り着く。

悪鬼の血肉で形作られた刃が、ユキオの心臓を、叩き割った。

裂かれた心臓から鮮血が吹き出る、その瞬間。

血を吐きながらユキオが、大きく叫ぶ。


「……ここ、だぁッ!」


 運命、転変。

そんな声が、聞こえた気がした。


 世界がモノクロに染まった。

白黒の視界の中、ナギは、自分の剣戟が押し戻されてゆくのを感じた。

いや、否。

ユキオが吐き、心臓から飛び出た鮮血すらもが、戻ってゆく。

まるで逆再生の映像を見ているかのように。


 あ、とナギは気づいた。

これまで幾度か、ユキオは「まだだ」と言っていた。

「まだ倒れる訳にはいかない」のような諦めないための言葉だと思っていたし、実際その側面とてあったのかもしれない。

しかし、勘所は違った。

「まだ切り札を切る場面ではない」と自身に言い聞かせるための、自縄自縛の言葉だったのだ。


 "運命転変"。

調べて知ったユキオの固有名称は"運命の糸"。

仰々しい名前だとは思っていたが、それは名前負けしている訳ではなく。

本当に運命に干渉できるかのような、切り札があったのだ。

この後どうなるか分からないが、自分がユキオなら、先の光線をナギに命中させ、自動回避を強制してくるだろう。

それでも、とナギは自動回避後の剣戟を脳裏で組み立てる。


 そして光線の射撃前まで時間は戻り……、世界に色が付きなおす。

破砕音。

外れたはずのミドリの光線が、寸分違わず、ナギの足元を破壊した。

自動回避を想定していたナギの思考が、一瞬固まる。

姿勢が崩れ、大きく隙ができる。


「……シッ!」


 ユキオの吐気の音が、擦過音を響かせる。

姿勢が崩れたまま放ったナギの剣が、姿勢を低くしたユキオの頭上を、駆け抜けてゆく。

ナギの両足に、強い熱が走った。

感覚が消え、一瞬遅れて、平行感覚が消える。


「あ……」


 ナギの両足が、切断されていた。

続け、光線が突き刺さった足場が崩れ落ちる。

浮遊感。

崩れたコンクリブロックの一つに、ナギは背から叩きつけられた。

衝撃で、口から血が漏れる。


「おおおっ!」


 咆哮とともに、ユキオが後を追って跳躍してくる。

突きの構え、狙いは恐らく、喉元。

咄嗟にナギは、上半身の筋肉だけで剣を振るう。


 ギィン、と激突。

ユキオの糸剣は、ナギの残る全力の防御結界が。

ナギの咄嗟の刀は、ユキオの首に受けられる。

マウントポジションのまま、ユキオはそのまま結界に糸剣を突き混もうとし。

不味いとは思いつつも、このまま首を切り飛ばし肉体の操作を揺るがすほかに、対抗方法が思いつかない。

残る力を込めて刀を押し込もうとして。


「ユキ、オ……?」


 その顔を見て、ナギは思わず呟いた。

その顔は、あまりにも辛そうで、悲しそうだったから。


「理屈は……分かるんだ」


 今にも崩れ落ちそうな、細い声。

ポタリと、その目から涙が零れ落ちる。

直下のナギの頬に当たり、そしてまた、その頬を伝い涙が落ちてゆく。


「君が勇者を、父さんを殺すためには……不意打ちか、儀式魔法を封じた上での誘いこみしかない。

 不意打ちは気づいて回避される可能性を考えると、両方同時に行うのが丸いし、実際回避されてもいたんだろう。

 だから儀式魔法を封じるために政府を混乱させる必要があり、そのために政庁を効果範囲近くに含め避難させる必要があり、だから皇都の人口密集地でテロを行う必要があった。

 別に意味もなく残虐な訳じゃあなく……そうする必要があったからやったんだと、分かるんだ」


 先ほどまで冷たい殺意と戦意に満ちていた表情は、いつしか弱り切った、グシャグシャの泣き顔になっていた。

濡れた瞳が、じっとナギの目を、見つめる。


「でも、なぜ、こんなにも多くの人を殺したんだ!?」

「……だって、必要だったから」


 ユキオの言葉の、復唱になってしまうが。

何故こんな事を言うのか分からず、ナギは眉をひそめた。

その表情によほど驚いたのか、ユキオが目を見開いて見せる。


「何を当然なことを聞くんだ。

 ボクは、お父さんもお母さんも、この手で殺した女だ。

 大切な人をこの手にかけたボクが、それ以外の人を手にかけるのに、戸惑う訳がない。

 ユキオだって、少なくとも人を殺した事は、あるんだろう?」


 ユキオが、視線を揺らした。

息をのみ、遅れ、歯を噛みしめて目を伏せる。

え、とナギはつぶやいた。


「でも、おじさん、赤井おじさんは殺したんだろう!?

 キミのその手で、致命傷を……!」

「……正確には。僕の手で捕縛したうえでの、彼の、自決だった」

「じゃあ、ユキオは……」

「人を直接手にかけたことは……、ない」


 思い違い、だった。

ナギは無意識に、自分とユキオとを重ねてみていた。

だからこそ自分がした重大なことは、ユキオもすべてしたことがあると思い込んでいたのだ。

けれど、現実は。

ユキオは、ナギが思うよりもはるかに清廉で、可愛らしいぐらいで。


「ああ、じゃあ……一緒じゃなかったのかぁ」


 思わず漏れた言葉に、ユキオが再び、顔をゆがめた。

口を開き、言葉にならない言葉を漏らす。

ポタポタと涙をこぼし、そして。


「……ごめんなさい」


 グチャグチャの顔で謝りながら、ユキオはそれでも、両手に掛ける力は微塵も減じない。

糸剣の切っ先が、結界をゆっくりと貫き、ナギの喉元へと近づいてくる。


「ごめんなさい……」


 確かにユキオがナギと重なっていなかった事に、ショックを受けなかったと言えば嘘になる。

けれどそれでも、目の前のユキオがあまりにも申し訳なさそうに謝るので、絆されて許してしまいたくなった。

人を殺したことがなくて、ごめんなさい。

そんな謝り方をする彼が、愛おしくて仕方がなくて。


「ごめんなさい……」


 それに、今からユキオは、ナギと同じになる。

初めて手に掛ける人が、大切な人だったという、ナギと同じ人間に。

ナギはこれまでの一生、父母を不意に手にかけてしまったあの光景を、一度たりとも忘れる事はできなかった。

ならばきっと、ユキオは一生、ナギの事を覚えていてくれるだろう。

だからまぁ、仕方ないかと。

ナギは、微笑んで、最後の言葉を告げた。


「だいすき」




*




 結界が砕けナギの喉元を貫くのと、僕の首が落とされるのとは、ほとんど同時だった。

砕けた結界が、爆発するように衝撃を響かせる。

僕の生首と"血吸い鎌切"とが、空中に浮きあがった。

位置の差か重量の差か、僕の生首のほうが、より高くへと浮き上がってゆく。


 意識が圧縮され、時間が恐ろしくゆっくりと流れ始める。

グルグルと、視界が回転する。

僕の生首は空中で、ゆるやかに回転していた。

そんな僕の眼下で、ヒビの入っていた"血吸い鎌切"が砕けた。

それは刀の形を無くし、中に残っていた鮮血が、シャワーのように僕の肉体とナギへと降り注ぐ。


 陽の光は驚くほどに真っ直ぐに、その光景を照らし出していた。

両足を失い、首を偽物の聖剣に貫かれた、ゴシック服姿の少女。

その剣を持ち覆いかぶさる、首のない悪鬼のような、傷だらけの僕の肉体。

自らの血だけではなく、シャワーのように降り注いだ雨が、それらを重ねて赤く染めていて。


 そして、ああ。

血の雨は瞬く間に止んで、そこには血と脂を吸った、虹が出ていた。

地獄にかかっているとしか思えない、虹。

光のスペクトル。

聖剣が人類を選別する、光の種別の全て。

血と脂から生まれた、運命を指し示す色たちが、偽物の聖剣を含む僕らを飾り立てるかのように並んでいて。

それら全てが、曇り一つない嘘みたいな青空の元、キラキラと輝く太陽に照らされている。

この世のものとは思えないような、光景。


 ゆるやかに回る視界の中で、それを眺めながら。

僕はようやくナギをこの手で殺したのだと、実感が湧いてきて。

改めて涙をこぼしながら、ゆっくりと重力に引かれてゆく。


 意識が薄れてゆく。

最後に残る力で首を肉体に引き付け、縫合まで済ませてから、僕は意識を失った。




*




 それは、巨大な水鏡だった。

コトコは"水繰り暗渠"の技の一つとして、通信用の水鏡を生み出し、浮かすことができる。

水鏡は物理的な鏡と近い性質を持ち、大きく作れば人を乗せる事もできる。

とは言え、人が乗った状態ではコトコ一人ではゆっくりと動かすのが限界で、人材輸送には現実的とは言えない手段だ。

しかし最後尾の福重が噴射する風を推力として使うことで、10人を輸送する手段して利用する可能となっていた。


「あーもう、もっと早くできないの!? ユキちゃんを早く治療しなきゃ!」

「無茶言わないでくださいよ!? 強度保ちながら方向合わせるだけで、いっぱいいっぱいなんです!

 私、そもそも移動系の術式じゃないですからね!?」


 騒ぐコトコとヒマリを尻目に、龍門は自分を落ち着かせるので精一杯だった。

現在、ユキオとつながっていた水鏡の映像は切っている。

コトコがナビできるよう実物は残しているが、コトコのリソースを確保するためになるべく機能を切り上げているのだ。

悪い想像が出てくるのをどうにか押し込めながら、龍門は威圧感が出ないように自分を鎮める他ない。


 しばしの飛行を終え、水鏡が現地に辿り着く。

足場の安定した商業施設跡の外側で降りた。

瓦礫が重なる中、ひときわ大きいコンクリブロックの上、ナギの遺体とユキオは発見できた。


「ユキちゃん!」

「兄さん!」


 姉妹が、傷つき倒れたユキオに悲鳴を上げた。

糸布の圧迫と糸の裁縫は、ユキオが意識を失ったがために緩み始めていた。

腹からは紫色や濃血色の臓腑が色をのぞかせ、零れた血がコンクリを濡らしている。

傷が、深すぎる。

眉を顰める龍門の前、ミドリが急ぎ回復術式を展開。

滅菌、傷を縫合しなおしつつ止血、造血、続け検査系の術式を展開し、息をのんだ。


「息はあるし、怪我は、なんとか……でも、どう考えても血が足りない!

 造血術式は使っているけど……!

 父さん、輸血液の確保はできそう!?」

「……福重」

「難しいです。避難の混乱で出た怪我人も多いですし、救急車両も混乱しています。

 ギルドでも医療従事者や簡易な医療器具は用意しているはずですが、基本は造血術式で対応できる範囲までです。

 血液製剤まではどうか……。

 それに確か、彼の血液型は」

「A型のRh-……。いわゆる希少な血液型だ」

「恐らく、それだと……」


 福重が、目を伏せた。

ミドリが歯噛みし、震えながら叫ぶ。


「私が、この場で輸血してみせるけど……。

 この場に、血液型が合う人は、居る!?」


 全員が、ミドリとユキオから視線をそらした。

家族であるヒマリやミドリ、龍門も、ユキオの希少な血液型とは合わない。

他の面子も同様のようで、全員が顔を伏せていた。

ミドリが震え、蒼白な表情で叫ぶ。


「このままじゃ、兄さんが、兄さんが……!」

「ミドリ、ナギちゃんは?」

「……え?」


 ヒマリの言葉に、ミドリが目を瞬いた。

ヒマリは複雑な視線を、未だ糸剣が突き刺さったまま捨て置かれた、ナギの遺体に向ける。


「この場でナギちゃんの血液型だけは、分からないよね?

 検査してみて。

 ……死んだばかりなら、血液型が合えば輸血、できるかもしれないよね?」

「……う、うん。その、兄さんは動かせないから、姉さん、父さん、ナギさんを……動かして」


 頷き、龍門が近づき、糸剣に触れた。

偽物の、聖剣。

それは触れた本物の勇者を拒絶するかのように、そのまま解け、消えてゆく。

思わず硬直してしまう龍門であったが、すぐに気を取り直し、ヒマリとともにナギの遺体を動かした。

ユキオの真横に、ナギの遺体が横たえられる。

ミドリの掌から、紋章光が漏れ、小さな光の線と化した。

即興の注射器が、ナギの遺体に触れる。

数秒、乾いた声が、ミドリの口から漏れた。


「……あ、合ってる。A型、RH-……」


 誰からか、うめき声が漏れた。

頭を振り驚愕を追い出すと、ミドリが器具と術式を準備し、ナギの遺体に残る血液をユキオに輸血し始める。

ゆっくりと、ユキオの青白かった血色が、戻っていく。


「ああ、ユキちゃん……!」

「……予断は許さないけど、でも、回復傾向」


 ミドリの言葉に、龍門は胸をなでおろした。

険しかったユキオの顔は、幾分力が抜け、穏やかになったように見える。

ようやく龍門は、ユキオが自身を救ってくれたのだと、実感した。


 龍門は、切り札を切れば、ナギを殺害することができた。

それも恐らく、相打ちになる可能性すらなく一方的に。

しかし龍門の切り札は、一生に一度しか切ることができない。

その切り先は既に想定しており、いつか襲い来る宿敵を相手に切り札を切ると決めていた。

今日龍門が切り札を切っていれば、それは未来の龍門の、そして人類の敗北と結びついていただろう。

それはつまり、龍門が縋った、妻の、ヒカリの願いが途切れる事を意味する。

そういった意味では。

今日この日、ユキオは人類を、そして龍門を救ったと言っても、過言ではなかった。


「ありがとう、ユキオ」


 あらゆる意味で、龍門には決してできない行為だった。

仮にユキオの立場であれば、龍門は恐らく恋人に同調していた。

龍門は、亡き妻であるヒカリに依存している自分を自覚していた。

万が一にもないとは言え、ヒカリが蘇り、勇者の聖剣を滅ぼそうと甘言を弄したならば、龍門は容易く釣られていただろう。


 だからこそ、龍門には、できない。

運命の人と信じる相手と、殺し合う事が。

大切な家族を守るため、大切な人に剣を向ける事が。

姉妹はともかく、自分のような男を守るためにも、剣を持つ事が。


「ありがとう」


 "子供に超えられた先達として言うと、それはきっと、思っていたより早いぞ"。

星衛のセリフだったが、まさか言われた当日にそう感じるとは思っていなかった。

決して勝てないはずの力の差がある、愛する運命の人に立ち向かい、そして勝利した。

そのように言うには、あまりにも残酷で悲しい結末だったが、それでも。


「本当に……ありがとう」


 ゆっくりと。

治療を続けるミドリの邪魔にならないよう、そっと、龍門は掌をユキオの頭の上に置いた。

少しだけユキオの顔が、穏やかな笑みになったような、気がした。




*




 暖色の明かりが、リビングを照らしていた。

少しだけ、ダイニング側に残る食べ物の匂いが漂っている。

台所からは洗い物の音が、浴室からはシャワーの音が、僅かに聞こえてくる。

父さんは今日は仕事が忙しく、帰らないのだそうだ。

そんな何時もの三人掛けのソファの、真ん中の席。

まだ気怠い体を背もたれに預けながら、僕はボーッとテレビのニュース番組を眺めていた。


 死者150万人近くが出た最悪のテロは、終結した。

終息宣言こそ出されてはいるものの、"自由の剣"の残党によるものであったこと、有志の協力冒険者による打倒が成された事しか公式情報は発表されていない。

恐らく、父さんが僕に気を利かせて、手を回したのだろう。

とは言え、何も分からないでマスコミが済ませている訳ではない。

マスコミによる観測術式は冒険者のそれや軍用のものに解像度で劣るものの、それでも首謀者との闘いをおおざっぱには捉えられている。

何処から漏れたのか、勇者の息子がテロ首謀者を討ったのでは、と推察されていた。


『有志の冒険者たちには、感謝しないとなりませんね』

『国民の安心と納得のためにも、政府やギルドはもう少し情報を開示してみせるべきなのでは……』


 そんな風にコメンテーターが拳を振り上げているのに、溜息をつき、テレビを消した。

そのままだらん、とソファに体重を預けなおす。


 決着の日から、僕は入院していた。

ミドリにより治療された僕だったが、屋外での緊急治療が成された状態だったため、病院での経過観察も混みで入院が必要だったのだ。

とは言え、ミドリの応急処置が素晴らしかったのと、僕自身の回復力が非常に高かった事が合わさり、なぜかたった一週間で退院できた訳だが。

僕の回復力は高い方だったが、それでも死にかけの重症からこんなに早く回復できる理由は、一つしか思いつかない。


 掌を、明かりに透かして見る。

僅かに、血管が浮き出て見える。

ナギの血液が混ざっているという、その血が。


「……君が、世話を焼いてくれているのかな?」


 答えは、ない。

あってもそれは幻聴だろうと、僕の冷静な部分が囁くが、それでも時々虚空に問うてしまう。


「上がったよユキちゃん!」

「ん、ホカホカのカワイイ妹が登場した」

「うん、おかえり」


 と、ソファの両脇にラフな格好の姉妹が座り抱き着いてきた。

半袖スウェットにハーフパンツのヒマリ姉。

ビックTシャツ1枚しか着ていないように見える、ミドリ。

何時もの薄着の二人が、離さないとばかりに密着してくる。

人肌の安心、心配されて嬉しく、しかし疲弊した僕の苛立ちを二人にぶつけるような事だけはしたくなく、同時に少しだけ億劫で。

グチャグチャの気持ちを腹の底に押し込めて、二人に順番に、微笑みを見せる。

何気ない言葉を、口にする。


「お風呂上りでさっぱりした二人相手だと、ちょっと気になるんだけど……。

 僕、臭くないかい?

 ここのところ汗を拭うだけで、まだお風呂禁止だからさ」

「嗅いでいいの!?」

「兄さんを吸っていいと!?」


 なんだ、この反応。

思わず引きつりながら頷くと、ヒマリ姉が首筋に、ミドリが僕の胸元に鼻をこすり付けるようにしてみせた。

ヒマリ姉が僕の肩を掴み、抱きしめる。

ミドリが僕の腰を掴み、抱きしめる。

柔らかいものが、暖かいものが、僕を包む。

くんくんと、二人の動かす鼻が、僕の首と胸元をくすぐる。


「うへへ……お姉ちゃん独占のユキちゃんだぁ……」

「独占禁止法……違法兄さん摂取……」

「もうなんでもいいや……」


 そのままされるがままに、僕は力を抜いた。

まだ体が気怠く全快ではないというのに、しっかり股間は反応し、ファウルカップに阻まれて少し痛いのが悲しい。

入院中は見ずに済んでいた、性欲を抑えられない自分を、久しぶりに直視させられる。

消えてなくなりたいほどの寂しさが胸を打ち、それを紛らわせようと、少しだけ、二人を強く抱きしめ返した。

しばらくして、台所から戻ってきたミーシャと、目が合った。


「おや、ハーレム状態ですね。私も加わってみたほうが良いです?」

「……大丈夫、だよ」

「じゃあ、今度独り占めしちゃいますね」


 姉妹の反論が出そうなセリフだな、と思うが、反応がない。

視線をやる前に、ぽすんと膝に、ミドリの頭が落ちる。

見ればミドリも、首筋に抱き着いたままのヒマリ姉も、寝息を立てていた。


「二人とも、疲れてるのに今日は一番の自分でユキさんを迎えようと、頑張ってましたからね。

 なんやかんや、二人での仕事も多かったみたいなんで。

 皇都の冒険者も、かなり亡くなってしまったので……」

「それもそうか……。

 ちょっと規模が大きすぎて実感がなかったけど」


 それにしても、二人とも微妙なところに寝息をかけるのは勘弁してほしい。

思わず遠い目になる僕に、苦笑しつつミーシャが近づいてくる。


「まぁ、ユキさんは休んでいてください。

 私が一人ずつ、寝室に連れていくので」

「それじゃあ、お言葉に甘えるよ」


 ぽんぽんとミドリの背中を撫でてやると、僕を抱きしめる手が緩む。

そのままミーシャに渡してやり、続け僕はヒマリ姉の背をぽんぽんと撫でてやる。

んへへと寝言を漏らす姉に微笑んでやりながら、戻ってきたミーシャにヒマリ姉も渡す。

そのままソファに体を預けていると、降りてきたミーシャが声をかけてくる。


「ユキさんは大丈夫です? 眠くない?」

「ん……。久しぶりに家に戻って安心したからか、ちょっと眠いかな。

 ……ミーシャ、少し、我儘を言っていいかい?」

「何でしょう?」


 首をかしげるミーシャの、その銀髪が揺れる。

キラキラと煌めくそれが、いつの日かの、苦い思い出を思い起こさせる。

笑顔で断られた告白を、理解できるまで時間がかかって。

そして。


「部屋までの間だけでいいから……、一緒に来てくれるかい?」

「ふふ、ベッドに寝かしつけも付けてあげましょう」


 あの日と違い、手を伸ばし、手を掴まれる。

腰を上げ、ミーシャを手をつなぎながら、歩く。

階段は前後に後ろ手で手を伸ばしながら、二階について。

体温を感じながら、自室の扉を開く。


「歯磨きは、してましたっけ?」

「うん、もうあとは寝るだけ」

「じゃあ、お布団へどうぞ」


 眠気で頭が回らないまま、僕はベッドに寝転がった。

掛け布団を掴もうとすると、サッとミーシャが広げ、僕の上にかけてくれる。

ミーシャはそのまま電灯を消し、暗い部屋の中で、そっと呟いた。


「おやすみなさい」

「……おやすみ」


 ドアが開き、閉まる。

人の気配がなくなった暗い部屋で、僕は一人、暖かいベッドの中でじっとしている。

疲れと眠気があったのは間違いなく、すぐに眠れると踏んでいたのに、どうしてか、あと一歩の所で意識が落ち切らない。


『ユキオは……何が夢だい?』


 いつか聞いた、ナギの声が、聞こえたような気がした。

あの日僕は、こう告げた。

"ここ"に居ていいのだと、自分を信じるために。

"ここ"にいても寂しさを埋められるために、英雄になりたいと。

認められることが必要だと。

"みんな"に……、多くの人に、社会に、認められる事で寂しさを埋められるのだと、そう信じていた。


 僕は、ナギを殺し、英雄になったはずだった。

"ここ"を守るための副次的な効果だったが、それでも、多くの人を殺し、これからも殺すはずだった人を殺し、止めた。

けれど、どうしてだろうか、何も変わらない。

最高の父親と最高の姉に妹、メイド。

それでも寂しいと感じてしまうままで、変わらない。


「……僕の、夢は」


 ナギは、僕が家族を憎んでいるのだと言った。

そして自己欺瞞で目をそらし、自分の感情を誤魔化しているのだと。

僕は理屈ではない説得力でそれに納得し、けれど未だに、自分が家族をどう憎んでいるのか、測りかねていた。

姉妹やミーシャに性欲を感じることはあるが、それは僕がクズだというだけで、憎しみとの関係性はない。

そして少なくとも、同時に僕は、家族を愛している事もまた確かで。

だからこんなにも寂しくとも、僕はここを離れることなどできない。

心を掴まれている、なんて表現は、綺麗すぎるだろうか。

僕はこの家に、家族に、"ここ"に……、臓腑を掴まれ、引きずられていた。

それはきっと、誰の故意でさえもないのだろうけれど。


「家族を、"ここ"を守り続けて」


 それでも僕は、自分が間違っていると信じ、確信しながらも、決断をした。

運命の人よりも、怒りや憎悪よりも、"ここ"を優先することを。

英雄である家族を守るために、僕もまた英雄にならねばならない道であり。


「最後には、お父さんに殺されることです」


 そしてその道の果ては最初から決まっていた。

僕が英雄になれない事は、英雄の極致、勇者の聖剣が既に定めている。

僕の何よりも優先したはずの家族の、その力が定めている。

ナギがそうであったように、僕はいずれ、人類の存続に反旗を翻すのだろう。

ナギがそうであったように、僕はいずれ、聖剣に貫かれて死ぬのだろう。

偽物の聖剣の使い手が僕のほか居ない以上、それはきっと、父さんの使う、本物の聖剣によって。


 僕は絶対に、英雄になれない。

だからどんなに僕を記しても、英雄譚になりえない、非英雄譚。


 それがどうしてか、僕の内心を、とてつもなく安心させてくれる。

ナギと、運命の人と同じように、聖剣で殺される結末。

父に殺されるというその結末を確信し、自分の最初の夢が叶わないと確信したことが。

なぜかここ最近、僕の安眠の秘訣だった。

安堵に浸った意識が、ゆっくりと眠りに落ちてゆき。

僕はようやく、スヤスヤと眠りについた。




1章-残酷 了



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