最終試験『首領討伐戦』
第45話 一日目 七月三〇日 一ニ時〇七分(――:――:――)
『最終試験の内容は『
オレは九弦学園高校の体育館で、ゼノンから最終試験の内容を聞く。
『人間側の首領は
【黒のスマホ】のマップに二つの光点が示される。光点の一つがここ九弦学園高校であることから、これが首領の位置だろう。しかしビアンカが首領に指名されたことに、オレは疑問符が浮かべる。
とはいえビアンカを守り、敵側の虐殺蜂・クイーンなる存在を倒せばいいという単純な話だった。今回は制限時間が無いので、考える時間に余裕があった。
『なお、人間側に警告します。深森ビアンカの残り寿命は六八日と七時間です。ご留意ください』
「……………………は?」
ゼノンの言葉が頭に入ってこなかった。ビアンカの寿命が、残り六八日? 一体なにを言っているんだ?
体育館の片隅、氷像となった愛娘の傍らに立つビアンカを見る。ビアンカもまたオレを見ていた。
ビアンカの元へ歩く。小さい。こんなに小さかっただろうか? 長身であるはずの彼女がとても小さく見えた。
ビアンカは長袖を着て、深く帽子を被っている。茹だるような日本の夏は、外国人である彼女には辛いはずなのに。
袖から覗く手の甲には茶色い染みが浮かび、滑らかだった頬はカサつき、だぶついた深い皺ができていた。大輪の花のようだったその美貌は見る影も無く、枯れ木のように萎みきった老婆がそこにいた。これがあのビアンカなのか?
「どうして……どういう、ことだ……?」
オレの要領を得ない問いに、ビアンカが淡く微笑む。その微笑み方は姿形が変わっても、ビアンカらしさを失っていなかった。
「うそ……です……」
歯の一本も無い口で、彼女はゆっくりと声に出した。それすらも辛そうで、額に汗が滲んでいる。
「あとは私が引き取りましょう」
ビアンカを庇うように
「皆さんも聞いてください――」
賢治が、体育館の全員に語りかけるように話し出す。
【スキル・ブースト】は、ビアンカが歯と爪と髪を全てセノゾンに売り払って得たスキルだ。その効果は使用した対象の所有するスキル効果を一時間、二倍にするというもの。このスキルが無ければ第二次試験は勝利できなかっただろう。それほど重要なものだった。
だがビアンカは嘘をついていた。正確に言うならば、本当のことを話さなかった。【スキル・ブースト】の使用には、対価が必要なことを。
考えてみれば当たり前の事だ。たかが歯や爪や髪くらいでこれほどに強力なスキルを無制限に使えるわけが無かったのだ。この『試験』も、この世界そのものも、人に優しかったことなど無いのだから。
対価は使用者の寿命。ビアンカはそのせいで約六〇年分もの寿命を失った。今は九〇歳を超える老婆に等しい。
「お前、お前は知っていたのかっ!」
淡々とビアンカの状況を説明した賢治に怒りが湧き、オレはその襟首をねじ上げる。
「それが正しいと判断しました」
「ッッ!」
顔面を殴りつける。賢治の眼鏡が床の上を滑る。
正しい。確かに正しかった。賢治が秘密を喋っていれば、オレたちはあんな気軽に【スキル・ブースト】を使い虐殺蜂に挑めず、敗北していただろう。そこでオレたちは終わっていた。
けれどビアンカはどうなる? もしこの最終試験に勝ったとしてもビアンカは、その娘のアンジェリカはどうなるんだ?
「ダメ……」ビアンカにオレは腕を掴まれる。「わたし……たの、んだ…………」
息も絶え絶えにビアンカが言う。オレは固めた拳を解くしかなかった。
舌打ちする。分かってる。これはガキの八つ当たりだ。何にもできないバカなガキが喚いているだけだった。
「落ち着きましたか?」
賢治は眼鏡をかけようとする。が、レンズが割れているのに肩を竦めた。
コイツ、わざとオレに殴られたな。オレを鎮める為、わざと殴られたのだ。しかしそれが分かっていても、素直に謝る気にはなれなかった。
「まだお伝えしなければならないことがあります。万戸総合病院にて保護されていた被害者の卵が
万戸総合病院には、虐殺蜂の巣で内臓に卵を産み付けられた被害者たちが入院していた。助けることができなかった。
オレは暫くのあいだ目を瞑り、【黒のスマホ】の画面をタップした。
5514021(87.6%):247883(844.63%)
ディスプレイの最上部に表示された千葉県内の人口と虐殺蜂の総数。それが大幅に変化していた。
ここ数日確認してなかったが、前回は五七〇万人以上はいたはずなのに急減している。だがそれよりも減らしたはずの虐殺蜂の数が何倍にもなっているのはなぜなんだ?
「第二試験終了時には、人間は約五七三万。虐殺蜂は二万二〇〇〇ほどでしたが、最終試験開始と同時に二二万ほどの数値が人から虐殺蜂へと移行しました。おそらく、この数の卵が一斉に孵化したと考えるのが妥当でしょう」
「二二万…………」
とんでもない数だ。そんな規模の大群にビアンカの【スキル・ブースト】なしで戦わなければならないのか。
「待って」
言われてみれば、虐殺蜂の巣から助けたのはそのくらいだった。第二次試験の敵拠点は一〇で、掛けても四〇〇〇ほど。桁が違いすぎた。
「病院に引き取れたのは四二六人でした。巣にはそれ以上の人が取り残されていましたが、危険だったため救出を中断したのです。そして虐殺蜂の巣は、示された拠点の他に何十箇所もあったと推測すべきでしょう」
広い千葉の半分が奴らの領土だったのだ。巣がたった一〇箇所だけというのは考えが楽観的すぎか。
ゼノンの表示エラーという線も無くなり、言葉が出ない。
「これは……チャンスです」
「何?」
賢治が思わぬことを口にする。
「当真くん。ここ数日のうちに、
「カラス?」
オレはオウム返しに繰り返した。
「ここ数日で烏や鳩、猫や犬といった動物を見た人はいますか?」
体育館にいる全員に聞こえるように賢治は言うが、それぞれが同じような顔で記憶を探り、首を捻るばかりだ。
「見てねっスね」
「俺もです」
比較的外に出ている
「それらの動物は全て、虐殺蜂の餌となったと考えています」
「それがどうした?」
イライラする。結論を言え結論を。
「虐殺蜂は、かなりのカロリーを必要とするはずです。熊のような体格で飛行するわけですから。最初はそこら中にいる人間を捕食すれば良かった。しかし今は避難所などに隠れ、容易に狩ることができない。仕方無しに試験とは無関係な動物を餌とし、既に狩り尽くしてしまったのでしょう。そこに新たに、二二万の同胞が生まれる」
虐殺蜂の立場で人間のことを食料と見なす賢治に、オレは薄ら寒いものを覚える。
「奴らは飢えています。その飢えが限界に達した後に起こるのは……共喰いです」
「共喰い…………」
あまり想像したくない絵面だった。だが賢治の推測には一定の説得力があった。奴らは第一次試験で圧勝したが故に、増えすぎたのだ。
「もし虐殺蜂の全勢力、二四万が一気に攻めてきたら?」
オレは問う。この最終試験は首領討伐。首領に任命された者を殺せば勝利が確定する。オレたちに勝利報酬としてポイントが与えられるように、虐殺蜂にも食料問題を解決する何らかの報酬が与えられるだろう。ゼノンは明らかに、オレたちに積極的に争うよう仕向けていた。
「新たに孵化した二二万の虐殺蜂は幼虫――巨大な芋虫のようなもので、自ら餌を採る力はありません。なので成虫の数は二万二〇〇〇と変化なし。その数で虐殺蜂・クイーンの守りと幼虫の世話をせねばならない為、こちらに多くの戦力を割くことは難しいでしょう」
「幼虫なんか放っておけばいいじゃないか?」
人間だって育児放棄するんだ――と考えた瞬間、頭が痛んだ。虫が子殺しをしても何の不思議もない。
「ある種の蜂は、幼虫に昆虫などの餌を与え、成虫は幼虫の出すだ液を主な栄養源とします。虐殺蜂も同じだとすると、幼虫がいなければ成虫も生きてはいけません」
「よくできてるな」
互いに命を握り合っている。人間よりしっかりしているのでは、と感心してしまう。
「つまり、どうすればいい?」
オレはバカにも分かるよう説明を求める。
「……虐殺蜂が卵から孵化するのに一〇日かかったすると、幼虫から
「籠城……」
引きこもって守りに徹するということか。しかも二ヶ月……。
オレはビアンカを見る。彼女はゆっくりと微笑みながら頷いた。その残り寿命は六八日。計算上は足りていた。あくまでも計算上は。
ビアンカの覚悟が決まっているなら、代案を出せないオレに口を挟む権利は無かった。
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