第32話 ベルゴルド決戦

 「法皇猊下・・・上奏いたします。」

 嘗てない追い詰められた表情の大元帥チェルノブ、空軍元帥ヤドヴィートイ、陸軍元帥スカルピオーンの三名が法皇の前に跪いていた。

 「・・・申してみよ・・・。」

 口を開いたのはチェルノブだった。

 「はっ、この三年余りの戦いで、我が国の戦争継続能力は無くなりつつあります。このままでは、我々が敗北を喫してしまいます。」

 「・・・・・・・・・。」

 法皇はいつものように無言だったが、理由を問う目をしていた。

 「これまでの戦いの結果、資源、資金、人材、その全てが枯渇しつつあります。これらは無限ではありません。ですから、まだ枯渇しきっていない今こそ思い切った大戦略を採用する必要があります。」

 いつもとは異なり、チェルノブの顔は必至の形相だった。破滅を迎える前に何とかしなければ・・・その決意をチェルノブから汲み取った法皇は、怒りを抑えて尋ねた。

 「・・・具体的な方法は・・・?」

 「はっ!全土に残されたすべての兵力を一点に集中し、国境線を突破、その後共和国の首都ベルイーズの占領に向かいます。」

 チェルノブに代わって、スカルピオーンが説明する。

 「今であれば、まだ我が方の陸軍戦力の方が共和国を上回っております。しかし、このまま後半年、現状の作戦を継続しますと彼我の戦力は逆転します。今こそ決戦を決意するべき時かと・・・。」

 さらにヤドヴィートイが説明を引き継いだ。

 「セラフィエルが通用しなくなって以降は、空軍戦力の整備は戦闘機のみに傾注しました。空軍は地上支援に徹し、『天空の魔女』達を陸軍に近づけさせないよう全力を注ぎます。」

 最後に再びチェルノブが口を開いた。

 「法皇猊下!御裁可をお願いいたします!」

 「・・・許可する・・・。」

 それだけ言うと、法皇は三人に背を向け、黄金のモニュメントに向かって祈りを捧げ始めた。三人の元帥は、法皇の祈りの邪魔にならないよう、音を立てないようそっとその場を離れた。

こうして、現在法皇国が保有する兵力のほぼ全てがベルゴルド周辺に集められた。共和国も戦力の集中を急いだ。機は熟しつつあった。両国の命運をかけた決戦が間も無く始まろうとしていた。

                    ☆

 ベルゴルドを拠点として展開する法皇国軍は、戦車三万四千輛、装甲車六万一千輛、重砲五千門、総兵力二百万人と言う当時動員し得る全兵力を集結させていた。三年を越える戦いで、さすがの法皇国も疲弊していた。すでに兵八百五十万人を失い、戦車五万四千輛、装甲車九万七千輛、重砲二万四百門、航空機四万六千機を失っていた。しかし、法皇ラスプーチンは自らの勝利を信じて疑わなかった。我は神に守られている、負ける訳が無いと。

 四月十六日午前四時、砲兵部隊が一斉に砲撃を開始した。長きに渡る法皇国による侵略戦の最終章、ベルゴルド大戦車戦がついに開始された。共和国との国境線に最も近い都市ベルゴルドから北方の町クルスクまでの百二十kmにもおよぶ鶴翼陣を形成した法皇国陸軍は、一斉に国境線の要塞を攻撃、これを突破する大作戦だった。

 この進撃に対し、シャルロッテ指揮下の第一、第二、第三地上攻撃航空団は、全航空機四百八十機を持ってこれを迎え撃った。

 「我々が敵の戦車、装甲車、重砲を破壊すればするほど陸軍の防衛と反撃は容易くなる!長きに渡る戦いで、さしもの法皇国も多くの兵士、兵器を失い疲弊している。もう一押しだ!狂信者どもを駆逐し、共和国に平和をもたらすのだ!我に続け!」

 「「「おーっ!!!」」」

 搭乗員達は一斉に愛機に駆け寄り、辺りはエンジンの爆音に包まれた。四百八十機のカノーネンフォーゲルが順序よく滑走路に移動しては、次々と大空へ飛んでいった。

 「何これ!見渡す限り平原を戦車が覆っているじゃない!さすがにこれだけの戦車が一堂に会するのは初めて見るわ。」

 戦場に到着したシャルロッテは眼下の平原を見て唖然とした。二十メートルほどの幅を空けて戦車が横一列に並んで進撃している。各々の戦車の後ろには、四十メートルほどの車間距離を空けて次の列が、またその四十メートルほど後ろに次の列が、と言うように視界一面に戦車が行儀良く並びつつ前進していた。

 「全機!撃て!」

 四百八十機のカノーネンフォーゲルの三十七mm機関砲が一斉に火を噴いた。これまでシャルロッテが鍛えに鍛えた精鋭達である。全ての砲弾が、吸い込まれるかのように敵戦車の後部吸気口付近へと飛び、そして四百八十輛の戦車が一時にパッと燃え上がって停止した。戦車の群れの上を一旦通り抜けてからUターンしたカノーネンフォーゲルの群れは、今度は戦車の後方から追いかけるように襲いかかると、再び四百八十門の三十七mm機関砲が火を噴いた。結果、先ほど同様四百八十輛の戦車が一斉に燃え上がり停止した。

 これを十二回繰り返した後、シャルロッテ達は砲弾と燃料を補給するため、飛行場に帰還した。この時点で、すでに法皇国軍の戦車は三分の二に減じており、一方のシャルロッテ側には被害はほとんど無かった。

                   ☆

 補給を待つ間、例によってシャルロッテとエンゲルは温めたミルクを飲みながら寛いでいた。

 「早く!早く!」

 多くの搭乗員が整備兵を急かしていた。シャルロッテはゆらりと立ち上がり、彼らに歩み寄ると言った。

 「整備兵を急かすな。彼らは彼らで全力でやってくれている。失礼だぞ!」

 「しかし、司令。こうしてる間にも奴らが国境線を越えるんじゃないかと・・・。」

 「そうです。気が気ではありません。」

 「落ち着け。焦っても良いことは何もない。お前達も温かいミルクでも飲んで、まったりしろ。心を平穏に保つことこそ、命中率を上げ、生還率を上げる秘訣だぞ。」

 これを聞いて、搭乗員達は整備兵達に詫びを言い、シャルロッテ達とミルクを飲むことにした。椅子に座り、ミルクを美味しそうに飲むシャルロッテを見ている内に、搭乗兵達も落ち着いてきた。百戦錬磨、不死身の砲撃王シャルロッテのようになりたい。カノーネンフォーゲル乗りにとって、シャルロッテは目標であり、憧れの的、栄光のシンボルだった。その彼女が秘訣だと教えてくれたのだ。従わない訳にはいかない。しかし、カノーネンフォーゲルに乗っている時は鬼神のような彼女だが、こうしていると妙齢の美しい少女だ。そのことを思い出し、搭乗員達は思わず顔が赤らんでしまった。その様子を端から見ていたエンゲルは思わずクツクツと笑ってしまった。

 「何か面白いことでも?」

 「自覚がないの?シャル。皆、恥ずかしがっているわよ。」

 「誰しも経験が浅いと気が逸るものよ。私もそうだったもの。恥ずかしがることは無いわ。」

 「そこじゃ無いのよ!」

 エンゲルは再びクツクツと笑い、搭乗員達はますます赤くなっていった。

 やがて補給が終わったと整備兵が知らせに来た。それを聞くとシャルロッテの顔付きは一変し、いつもの鬼神に戻った。

 「さぁ!行くわよ、皆!」

                      ☆

 二度目の出撃は、先ほどとは異なり、法皇国軍からの反撃をかなり喰らうこととなった。対空戦闘に特化した四十mm機関砲搭載型中戦車が集まって、カノーネンフォーゲルに対し真っ向勝負を挑んできたのだ。

 「シャル!凄い対空砲火よ!」

 「奴らかなりのベテランね!曳光弾を使わないから、こちらにとってはどこを狙ってるのか分かり辛い。上昇すると撃ってこないし、下降すると撃って来る。実に見事だ!よし、私が囮になる!!私が突っ込んで敵が対空射撃を始めたら、各員、攻撃を対空火器に集中しろ!!」

 『『了解!!』』

 シャルロッテは、上昇と下降を巧みに繰り返し、撃墜を免れながら対空戦車群の上空を飛び回った。さすがに無傷と言う訳にはいかず、シャルロッテの機はあちこちに被弾したが、致命傷は受けていなかった。シャルロッテ機の動きに目を奪われている隙に乗じて、僚機が寄って集って砲撃し、敵は次々と炎上していった。

 「対空砲火潰しはうまくいったわね。これで四十輌を撃破したわ。次よ!!」

 「シャル!もの凄い大きいのがいるわ。ひょっとして、あれが噂のラスプーチン戦車!?」

 この度の作戦に、法皇国は戦況を覆すべく秘密兵器である重戦車『ラスプーチン』を投入していた。全長十m、重量四十六トン、主砲に四十六口径百二十二mm加濃砲を搭載し、前面装甲は百二十mm、八十八mm加農砲の直撃にも耐える怪物だった。

 「よし、次はあいつを殺る。行くぞ!!」

 「で、でも・・・噂では八十八mm弾を弾く化け物だって!!」

 「どうせ前面装甲のことでしょ!!上面は薄いはず。真上からぶっ放してやるわ!!」

 攻撃開始に必要な高度、七百三十メートルを求めてシャルロッテは機体を上昇させた。

 「食らえ化け物!!三十七mm徹甲弾よ!!」

 砲塔の天蓋に、まるで吸い込まれるように灼熱した赤い塊が向かって行った。次の瞬間、もの凄い爆発が起こり、巨大なラスプーチン戦車の砲塔が吹き飛んだ。

 ところが・・・。

 ドギャ!!

 鈍い音が足下で聞こえたかと思うと、シャルロッテは苦痛に顔を歪ませた。右足にまるで灼熱した鋼を当てられたようだった。

 「(私の右足が燃えている?!もしかして、私の脚が無くなった・・・!?)」

 痛みと言うよりも、それは身を炙られるような熱さだった。さすがのシャルロッテも苦痛で操縦が上手くできなくなったほどだ。

 「エンゲル、もう駄目・・・私の右足が無くなっちゃった・・・。」

 「馬鹿なこと言うんじゃない!!本当に足が吹っ飛んでたら話なんかできるはず無いじゃ無い!!そんなことより、機体と左翼が燃えている!!不時着しなさい!!四十mm弾を喰らったんだわ。」

 「(ああ、まずいな・・・。目の前が真っ暗で何も見えない・・・。)」

 「操縦桿を引け!!シャルぅぅぅぅ!!!!」

 「(そうだ、操縦桿!!)す、すまないエンゲル・・・なんとか不時着できそうな場所を・・・教えて・・・。」

 「前方は小山で地形は良くないけど、もうこのまま降りるほかはないわ!!操縦桿をもっと引いてシャル!!」

 「(何とか左足だけでラダーペダルを操作して・・・。翼が損傷してるからフラップは働かないだろうなぁ・・・。機首を上げて失速させ、機体をうまく落とすんだ……。)」

 機首が上がり、機体は急速にその速度を減じていた。満身創痍のカノーネンフォーゲルはお尻を地面に接してさらに速度を落とし、最後に機首をドスンと地面に叩き付けて停止した。

 「(あぁ・・・これで・・・これでもう休めるんだ・・・。)」

 「シャル!!シャル!!しっかりしなさい!!」

 エンゲルの自分を呼ぶ声が徐々に擦れていく。シャルロッテの意識は、ここでプツンと途切れた。


 

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