第20話 ハルキ防衛戦

 クバン湖沼地帯戦から半月ほどが過ぎた頃、シャルロッテは重大なニュースを受け取った。リヒト・クヴェックズィルバー大統領自らが、シャルロッテに対し赤瑞宝章を授与するというのである。

 「(大統領が自ら勲章を授与なさるということは、式典参加のために首都ベルイーズまで行かなければならないと言うことね。本当は前線を離れたくはないんだけど・・・。)」

 シャルロッテはやむなく乗りなれたWF97D1ではなく、手配された戦闘機SchwarzFalke(シュバルツファルケ)で首都ベルイーズへと出向いた。

 受勲式に呼ばれたのは、シャルロッテを含む十二名で、話をしてみると噂に聞いていた大武勲をあげた者があらかた揃っていた。敵機百五十機を葬った戦闘機パイロット、敵戦車百台を撃破した戦車兵長など、まるでおとぎ話の主人公のような面々だった。

 「皆さん、凄い功績ね。私なんかが皆さんの中に混ぜていただいているのが恥ずかしいわ・・・。」

 シャルロッテが思わず呟くと、「「えっ!?」」と、他の十一名が声を揃えて驚いた。

 「貴公は、ご自分がどれだけ人間離れしたことを成し遂げてきたのか、自覚されていないのか?」

 「えっ!?」

 今度は、シャルロッテが驚く番だった。自分は黙々と自分の役目を果たしてきただけと考えている彼女にとって、英雄達が思いの外自分を高く評価していることが意外だったのだ。

 「貴公はもっとご自分のことを誇って良いと思う。」

 口々に自分を褒める英雄達に対し、シャルロッテは顔を赤らめながら礼を言った。

 受勲式が始まった。クヴェックズィルバー大統領は、一人一人の胸に赤瑞宝章を付けながら声をかけていた。しばらくしてシャルロッテの番が回ってきた。

 「よくやったわ、ユンググラース大尉。あなたのような英雄が今の我が国には必要なのよ。これからもしっかり頑張ってね。」

 「あ、ありがとうございます閣下!!」

 「(閣下が自ら勲章を付けてくださるなんて……閣下は前線の兵士のことをしっかりと把握していらっしゃるのか・・・。有り難い・・・。)」

 「我々は、自由主義と民主主義を守るため、あの悪魔の教団に打ち克たねばなりません!我らの敗北は世界の終末なのよ。だから我らはいかなる犠牲を払っても、あの悪魔教祖に勝ち抜くのよ!!」

 勲章授与の後、大統領クヴェックズィルバーは、シャルロッテら十二名の受勲者に対して一時間余りも共和国の運命に関して演説を行った。シャルロッテらは、その言葉を感激しながら聴いたのだった。

                   ☆

 授賞式の後、シャルロッテはケルチに駐屯する原隊に復帰した。ただし以前と異なっていたのは、実験部隊だったカノーネンフォーゲル部隊が、第二急降下爆撃航空団に組み込まれて『第二急降下爆撃航空団対戦車中隊』という名称の新編中隊になったことだった。シャルロッテは、この新編中隊の指揮を取ることになった。

 「シャル!久しぶり!相変わらず元気そうで何より!」

 「マリー!貴女が、また私の背中を守ってくれるのね。これで安心して操縦できるわ。私が安心して背中を預けられるのは貴女だけだから。」

 原隊では、マリー・ヘンシェルがシャルロッテの帰りを待っていてくれた。爆撃手にとって、背後を気にしなくて良いと言うことは、精密な爆撃を行う上で無くてはならない条件だった。その点、マリーは百点満点の機銃手だった。

 部隊が増え、ケルチ飛行場が手狭になったことから、シャルロッテの部隊は十kmほど離れた場所に新たに建設された新飛行場に移動した。この周辺には、法皇国領内から出撃した爆撃機がしばしば夜間爆撃に現れた。しかし、この爆撃機は旧式の複葉機で、五十kg爆弾を六個ほどしか搭載できず、また、夜間ゆえに精密な投下は行えなかったので、飛行場並びにその付属施設に対しては、ほとんど被害らしい被害はなかった。むしろ共和国軍の睡眠を妨害するための嫌がらせに近いものだった。最初こそルーキー達がまんじりともできなかったが、毎晩のことですっかり慣れっこになってしまったシャルロッテ達ベテランは、爆撃の騒音の中でも平気で熟睡していた。

 寝不足で成果を減じていた新米達に対し、シャルロッテは次のように訓示した。

 「いい!私達パイロットにとって、眠って休息を取るのも任務のひとつよ!睡眠不足は爆撃屋にとっての一番の禁物なのだから!まずは、敵の爆撃中でも平気で熟睡できるよう努力しなさい!」

 「「(いや・・・そんな無茶な・・・。)」」

 最初は、戸惑っていた新米達だったが、やがて彼らも鼾をかいて寝るようになっていった。

                    ☆

  四月二十五日、法皇国軍は共和国の要塞の一点のみに戦力を集中して突破する作戦を発動した。戦車三千輌、航空機一千八百機が集められ、国境線に対し奇襲攻撃を掛けたのである。シャルロッテ達第四航空艦隊所属の五個急降下爆撃飛行隊は、法皇国軍を二つに分断し、一点集中できないようにするための猛爆撃を繰り広げた。ちなみに、カノーネンフォーゲルは秘密兵器であるため未だ秘匿されており、シャルロッテ達は通常のヴァンダーファルケで攻撃を続けていた。

 「マリー、変だと思わない?これだけの爆撃でも、敵をなかなか分断できないなんて。」

 「そうね・・・手応えが硬すぎるわね。」

 そこへ、伝令が入ってきた。

 「ユンググラース隊長、空軍本部から知らせが参りました。」

 「うむ、何と?」

 「はい、『情報局の調べによると今回の敵は、法皇直属の親衛軍六個軍団』だそうです。」

 「親衛軍だって!?」

 「おいおい・・・硬いはずだよ。最精鋭部隊じゃないか。」

 知らせを聞いて、一瞬でマリーは表情を曇らせた。それもそのはず、法皇直属の親衛軍と言えば、法皇国最強の部隊として知られていたからである。虎の子の最強部隊を6個軍団も派遣してきたと言うことは、法皇国は今度こそ国境線を突破するつもりなのだろう。果たしてこれまでのように侵攻を食い止めることができるだろうか・・・マリーはまるで暗い沼の底に沈んでいくかのような感覚に囚われたのである。

 「マリー、何を思い悩んでいるの?」

 自分とは対照的な、明るい声で聞かれたことにマリーは戸惑いを覚えた。

 「シャル、今の知らせを貴女も聞いたでしょ。敵は、遂に虎の子の最強部隊で挑んできたのよ!私達に奴らの侵攻を阻止できるかどうか・・・。」

 「何言ってるのよ、マリー。逆でしょ、逆!ここで敵の最強部隊を壊滅できれば、我々が優位に立つことになるわ。これはチャンスよ!何が何でもやっつけてやる!」

 と、そこへ青い顔をした別の伝令が駆け込んで来た。彼は衝撃的な情報をもたらしたのだった。

 「なんだって!!ハルキ方面の要塞線が突破された!?防衛隊は壊滅!?本当なのか?」

 思わずシャルロッテは素っ頓狂な声をあげてしまった。

 「はい!陸軍要塞部隊から正式に電文が入りました!」

 「ハルキか・・・我々が分断しようとしている方面よりも随分と南だな・・・。」

 マリーが唸りながら呟いた。

 「そもそも、親衛軍が囮として使われたのかも。」

 「そんな馬鹿な!最精鋭部隊だぞ!」

 「だからこそよ。まさか最精鋭部隊が囮だなんて、誰も思わないでしょ?」

 「うーむぅ・・・奴らにいっぱい喰わされたのか・・・。」

 しかし、考えている間は無かった。この瞬間にも法皇国は我らが領土を侵し続けているのだ。

 「よし!いくぞマリー!!狂信者共を祖国の地から押し返すんだ!!」

 「承知した!!すぐに行きましょう!!」

 シャルロッテは、直ちに対戦車中隊に出撃を命じた。

 「第二急降下爆撃航空団対戦車中隊各員に通達!!総員カノーネンフォーゲルに搭乗!敵戦車部隊を殲滅する!他の中隊はヴァンダーファルケで戦車部隊以外を攻撃せよ!」

 「「了解!!!」」

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