第13話 ゾイレ・クヴェックズィルバー

「お母様、お話があります。」

 大統領である母親リヒト・クヴェックズィルバーは多忙である。特に法皇国の侵攻が始まってからは執務室から出てくることは希で、一人娘のゾイレですら会うのは2週間ぶりだった。

 「なあに?改まって。」

 熱いココアを飲みながら、ようやく気の置けない娘と会話できたリヒトは上機嫌だった。しかし、娘の次の言葉に手に持っていたカップを思わず落としてしまった。

 「私、陸軍に志願します!」

 目を見開いて、我が娘をしばし見つめたリヒトは、絞り出すように声を出した。

 「何故、貴女が・・・?」

 ゾイレは、母を真っ直ぐに見つめながら、言葉を続けた。

 「今は一人でも多くの兵士が必要な時でしょう?私だけが、前線から遠く離れた安全な所でぬくぬくしている訳にはいかないわ。」

 「それは、そうだけど・・・」

 「お母様!私も祖国のために戦いたいの!」

 リヒトは、我が娘をしばらく無言で見つめていたが、やがて諦めたかのように答えた。

 「戦場は、甘い所ではないわ。いつ何時命を落とすかしれない・・・。それを承知で・・・覚悟の上で言ってるのね?」

 「当然です。お母様。」

 目を瞑り、しばしの沈黙の後、リヒトは言った。

 「ならば・・・祖国の為に・・・頑張ってきなさい。」

 「有り難うございます、お母様!」

 こうして、大統領の娘であるにも関わらず、ゾイレ・クヴェックズィルバーは戦いの場に赴くことになった。

                   ☆

 南部侵攻に失敗した法皇国は、本腰を入れて東部国境線の侵攻を始めていた。

 しかし、共和国も五年間惰眠を貪っていた訳ではなかった。法皇国が極東侵攻を失敗したとの報を受けて、参謀本部は近い将来、法皇国が東進してくるであろう事を予測し、国境線の要塞化を進めることを決定した。その結果、総延長五百kmの塹壕、ベトン製のトーチカ、対戦車杭、地雷原など、備えうるあらゆる防壁の構築を行ってきた。その甲斐あって、法皇国は総兵力三百万人、戦車三千五百輛、装甲車五千六百輛、重砲二千門という大兵力を動員しながらも、今だに国境線を抜けずにいた。

 法皇国海軍が壊滅した現在、シャルロッテ達急降下爆撃航空団がオデルサに駐屯する意味は無くなった。そのため、大攻勢を受けている東部戦線へと航空団は移動することになった。

 東部航空基地に到着したシャルロッテは、許可を得て、敵軍の様子を偵察するため愛機を上空に飛ばした。結果、敵法皇国への爆撃目標はいくらでもあることがわかった。戦車、自動車、橋梁、塹壕、装甲列車・・・。

 「これほどの武器が法皇国にはあるなんて・・・。」

 「よく、この軍団の侵攻を食い止めているものね。我が軍もなかなかやるじゃない。」

 「よし、部隊に戻って皆とミーティングよ!綿密に作戦を立てないと。適当に攻撃をしていると『焼け石に水』となりかねないわ。」

                 ☆

 ミーティングの結果、第一急降下爆撃航空団は道路や橋などの寸断、第二急降下爆撃航空団は鉄道関連施設の破壊、第三急降下爆撃航空団は食料や弾薬などの補給施設の破壊、と言うようにそれぞれの担当が決定された。

 シャルロッテの所属する第二航空団の担当は、鉄道並びにその関連施設だった。当時、大軍団の作戦遂行を支えているのは鉄道輸送による兵站だった。法皇国は、今回の共和国侵攻のために、国境線近くの町ベルゴルドとクルクスの両市を終点とする複数の路線を敷設していた。この兵站線を破壊し、敵の食料と弾薬を枯渇させることは、今後の作戦遂行にとって重要な鍵となろう。

 「最優先は鉄橋ね。複数の鉄橋を破壊すれば、修復に時間がかかるわ。」

 「次に石炭貯蔵施設、その次に水道施設の破壊ね。とにかく鉄道を使えなくすることね。」

 作戦は速やかに実行に移された。まずは近場のドン川に架かる鉄橋の橋脚を狙った。シャルロッテにとって、動かない目標は目を瞑っていても当てられる。訓練用の的よりも容易い相手だった。橋脚は、次々と轟音を立てて崩れ落ちていく。修復はほぼ不可能と言う状態になるまで叩くと、次は、街々に設けられた石炭貯蔵施設を目標に定めた。

 空から攻撃されるとは夢にも思っていなかったのだろう。この頃になってようやく敵は高射砲や機関砲の配備を始めていた。そこで航空団は、高射砲及び機関砲陣地を攻撃する部隊と石炭貯蔵庫を攻撃する部隊を分けることにした。また、敵空軍による迎撃も始まるものと覚悟しなければならないので、戦闘航空団も同行するよう手配された。

 このとき、シャルロッテは危険度の高い対空陣地への攻撃を志願した。

 「また、シャルは・・・どうして危ない方ばかり選択するのかしらね・・・。」

 マリーは深く溜め息をついた。

 「だって、誰かがやらなきゃいけない事でしょ。」

 当然と言った体でシャルロッテは答えた。

 「そんなこと言って・・・本当は貯蔵庫なんて退屈な目標を攻撃するのが嫌なだけなんでしょ。」

 「むむっ!!(何故バレたし!)」

 「ほら、ご覧なさい。顔に書いてあるわよ。一緒に行動する私の意見も聞いて欲しいものだわ。」

 「ごめんね・・・。」

 「いいわよ。いつもの事だし。・・・やる限りは、トップを目指すわよ!一番多くの陣地を吹き飛ばすわよ!」

 「当然!任して、マリー!」

 シャルロッテは胸を張って即答した。

 「(やれやれ・・・)」

 マリーは心の中で溜め息をついた。

                  ☆

 ドムドムドム

 辺り一面に低い砲声が響き渡る。空には黒煙の花が咲き乱れていく。急ごしらえながら、数だけは十分に配備された対空陣地から、無数とも言える砲・銃弾が打ち上がってくる。しかし、シャルロッテは巧みに高度を変えながら飛んでいるため、ダメージは受けていなかった。

 「さぁてと・・・順番に片付けますか。」

 ヴォロネジは、国境の街クルクスとベルゴロドに最も近い中核都市である。敵からの攻撃を想定して、ここから複数の路線がクルクスとベルゴロドに引かれていた。逆に言うと、首都からヴォロネジまでの路線は一本しかなく、ここを叩けば、実質的に鉄道を無力化できるのだった。

 路線上の鉄橋が全て破壊されてしまったため、クルクスとベルゴロドには高射砲や機関砲を輸送することができず、防空陣地は設置されていなかった。本来、クルクスとベルゴロドに輸送するはずだった砲が、ここヴォロネジに集積していたため、逆にヴォロネジの防空陣地は不必要なまでに充実してしまっていた。

 シャルロッテ達防空陣地担当班は、器用に高射砲弾の炸裂を避けながら、次々と陣地を破壊していった。とは、言うものの自分達の飛行場から、ここヴォロネジまでは二百六十km以上離れており、どう急いでも片道五十分はかかってしまう。戦闘時間、整備時間を含めると、一日に四回も出撃できればよいほうだった。歯がゆかったが、物理的な時間の問題はどうしようもなかったので、毎日コツコツと破壊を続けるしかなかった。

 第一、第三急降下爆撃航空団の戦果も順調だった。三週間も経つと、クルクスとベルゴロド周辺は元より、ヴォロネジとの間の道路、橋、各種貯蔵庫、補給施設などのめぼしい目標を破壊し尽くしたため、シャルロッテ達第二急降下爆撃航空団のヴォロネジ攻撃に合流してきた。

 ここに来て、法皇国空軍も本腰を入れ始めた。一千機を超える戦闘機がヴォロネジ近郊の飛行場に到着し、急降下爆撃航空団を迎え撃つようになった。世に言う「ヴォロネジ大航空戦」の幕開けである。

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