第54話 お正月
義行は、この世界に来てからやりたいことがあった。それは新年会だ。ただ、メイド達だけだといつもの食事なので、妖精達も呼んだのだった。
一月三日の食卓には、白米、干物、肉ポテ、アーシの煮物や葉の漬物、みそ汁、そしてサラダが並べられている。
「皆さん、今年もよろしくお願いします。カンパーイ」
「カンパーイ」
今日はワインも出した。ただ去年、産業廃棄物を作りだしてしまったので、その方には一杯だけと念を押してグラスに注いだ。
「だけど、こうして見ると、ここの食事も変わったっすよね」
「そうですね。パンとサラダとスープ、たまにお肉か魚だったものが、今やこれです」
「だけど、まだ国民全員に行き渡る量じゃないんだよな」
「でも、市場を見てると明らかに変わったっすよ。以前に増して活気があるっす」
「これも、魔王さまのお力の一端ですね」
「俺はなにもしてないよ。ちょっとだけ方向性を与えただけだ。皆の力があったからだよ」
照れくさくなった義行は、逃げるようにノノとシルムのところに向かった。
「なあノノ、シルム。今年の作付けなんだけど、希望はある?」
「ポテとタマネギは必須として、ドテ、トマト、そしてトウモロコシをどうするかですね」
「ドテはこの国で栽培されていたものだからいいとして、トウモロコシだな。これはぜひとも量産したい」
とは言ったものの、主食という点から、稲作を一番にしたいと義行は考えている。ただ、十メートル四方の田んぼで約六十キロの収穫なので、相当な枚数の田んぼと人手が必要になることと、加えて水の問題が出てくるのだ。
「魔王さま、アーシやニンジンは、秋にしか植えられないんですか?」
「基本的には秋だな」
「年に二回収穫できれば、かなりの量になるのに……」
「まあな。でも、アーシは連作に不向きなんだよ。まだニンジンの方が連作障害は出にくいはずだよ」
「ニンジンは一畝に二条蒔きで、株間も狭いですから量も見込めますし、冬の食糧として重宝しますわ」
「そうだな。連作障害の出にくいニンジンを入れて、ポテ、タマネギ、ドテにアーシを組み込む輪作と、トマトとトウモロコシの試験栽培とマニュアル作り。これで行くか」
今年の大まかな方針が決定した。
折角の新年会で仕事の話になるのが、義行やノノたちらしいところだ。
「あと、これはわかればだけど、聞いていいかな?」
「スリーサイズは教えませんわよ?」
「聞かんわ!」
「パンツの色も答えませんよ?」
「こっち来てから、白しか見てないわ!」
「えっ……、白以外があるんですか?」
「あっ、いや、なんでもない。白以外があっても面白いかなーと思って……」
「それで魔王さま、聞きたいことは何ですか?」
「一般的な国民の食事量ってどのくらいなの? 俺が三食食べてるのと同じくらいなの?」
「そうですね、ここはいろいろ実験もしてて、その収穫もありますから、質もよく量も多いですね」
「そうなの?」
「ええ、ポテが流通する前の食事が基本と考えていただければいいですわ」
(あの食事量でよくあのパワーが出るな……)
信じられなかった。まさか、光合成でもしてるのか? なんて馬鹿なことを考えてしまった義行だった。
「あと、いろんな仕事があると思うけど、一か月の収入ってどのくらいなんだろう?」
「仕事の内容にもよりますけど、平均すると月に金貨六、七枚でしょうか」
「それなら、今の畑の賃借料はそう高いわけでもないのか」
「しっかりと賃借料を支払っていれば、最終的には自分の土地になります。法外な金額とは言えませんわ」
「なるほど。で、これはノノやシルムの給料を聞くわけじゃないんだけど、城に勤める
「そんなことはありませんわ。ちゃんといただいてます。もちろん、国民の奉仕者という思いを持って皆が仕事をしてます」
「うん、それはどこでも同じだよな」
「どこでも?」
(『こっち来てから』には食いつかずに、『どこでも』に食いつくって、どういうことだよ……)
入れ替わって五年近くなってくると当初の設定を忘れ、何も考えずに口に出す義行だった。
「仕事の募集ってどうなの、多いの?」
「多くはありませんわ。年齢のいった人が辞めたとき募集する程度です」
「そうすると、わざわざ仕事を辞めてまで新しい仕事をするのは
「それはその人次第ですね。ただ、次の仕事に余程の魅力がなければ仕事を変えようとは思わないです」
「その魅力ってなんだろう?」
「難しいですわ。お金かもしれませんし、見せられたゴールかもしれませんし、日々の達成感かもしれませんし……」
「その辺は、日本と同じだな」
「でも、一人一人にアンケートしたわけじゃないですからね」
とはいえ、この先のことを考えていた義行にとっては、これはこれで貴重な情報だ。
「魔王さま、どうしてそんなことを……」
「改めて国民がどう考えて、どう行動するのか。どういう生活をして、なにを重要視しているのかを知りたくてね」
「今年の国の運営に必要なんですか?」
「いや、ちょっとね……。というより、俺、国を動かしてるなんてこれっぽっちも思ってないんだけどね」
そう言って義行は笑った。
細かいことはサイクリウスに聞けば教えてくれるだろうと思い、義行は話を切り上げて妖精たちのところに向かった。
「ノノ姉さま、『
「さあ? 私が魔王さまと初めて森に入ったときにも、そんなことを言っていたような……」
ノノとシルムがしっかりと疑問を持ったことを知らない義行は、妖精たちとの会話を楽しんでいた。
「魔王さま~、パンの味変えたの~」
「わかります? そのパンは、エリーさんと旦那さんが開発した、
「へえ~、米ってあの米~?」
「そうですよ。それを挽いて粉にするんです。するとパンに応用できるんです」
「私はこのパン好きよ~」
「嬉しいっす。これから少しずつ作っていくっすから、どうぞ
勧めても売上の足しにならない人に宣伝するマリーだった。
「そうだアリルさん、動物はどんな感じですか?」
「植生が大きく変わることは抑えられそうです。ただ、頭数は大きく減ってはいません」
「猟師が六名ですからね」
「でも、少しずつでいいんです。急激な変化は、動物にも植物にもストレスになりますから」
その後はヴェゼやアニーたちとも話をし、妖精たちも新年会を楽しんでくれていることを実感できた。
そうこうしていると夜も九時近くなってきたので、妖精たちのお土産を作ろうと台所に向かうとき、シトラさんが付いて来た。
「どうしたんですか?」
「魔王さまが料理してるところって、見たことないなと思って」
「今日は手の込んだことはやりませんよ。そうだ、シトラさんもやってみます?」
「何をすればいいのかしら?」
「このタマネギを輪切りしてください」
「マリーは、タルタルソースの準備をして」
二人が作業している間に義行はポテを短冊切りにし、フライドポテトの準備をしていった。
すると、横からエグエグとすすり泣く声が聞こえてきた。
「シトラさんが泣いてるっすよ」
「ちょっと、これなによ。涙が止まらないわよ」
「あぁ、切ったタマネギを鼻の穴に挿すと涙がでなくなりますよ」
義行はほんの冗談のつもりだったのだが、シトラさんは何も考えずに鼻に差し込んだ。
それを見た義行は、すぐさま台所から脱出した。が、相手が悪かった。あっけなく捕縛され、食堂に土下座させられたまま十二時過ぎまで説教をくらった。
他の妖精たちは、マリーが作ったお土産だけ持って早々に避難したようだ。
たしか、十時半ごろ一度、『魔王さま~、ナイスです~』って脳内通信が入ったっけな……。
見てないで助けてくださいよーと思う義行だった。
※翌朝の食堂にて
「いやー、昨日は参った」
「自業自得ですわ」
「まあ、ちょっとやり過ぎたっすね。はい、牛乳とパンケーキっす」
「いや、あれはタマネギの定番ネタなんだよ」
「魔王さま、そういうことではないと思います」
シルムにまで
次の更新予定
毎週 金曜日 17:33 予定は変更される可能性があります
これ魔王さまの仕事なの? 農神(みのりがみ)トール @toruminorigami
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