第53話 募集第三弾は大反対

 今朝は気持ちよく朝を迎えることができた。昨晩のうまい燻製とワインがよかったのだろう。ただ一点を除けばの話だが。


 そんな昨晩のことを考えながら、義行はいつものように食堂のドアを開けた。


「マリー、おは……。って、おい変死体があるぞ?」


 なんて思ったら、動いた。


「あっ、魔王さま。おはようっす。つついてみると面白いっすよ」

 そんなことを言われた義行は、背中をつついてみた。

「ウゲー、気持ちわるー」

 続けてほっぺたをぷにぷにしてみた。

「うぷっ……。吐きそー」


 そりゃ、あんな状態にになるまで飲めば仕方ないだろう。


「マリー、温めた牛乳二杯ちょうだい」


 若いころは義行もやんちゃしていた。そんな義行がよくお世話になった対処法だ。効くのかどうかは知らないが……。


「シトラさん、これゆっくり飲んでください。多少ですけど気持ち悪さが緩和されるはずです」

「うげー、頭痛ーい」


 義行は二日酔いではないが、お付き合いでホットミルクとふわふわパンで簡単な朝食とした。


 朝食後も横たわったままのシトラさんをいじくり倒し、業務開始十分前に振興部に向かった。

 今日は定例になってきた報告からだ。


「今年の冬はそこそこの収穫物があるな」

「そうですね。ポテはいつもどおりですけど、アーシとニンジンもできることわかりましたからね」


 そうなのだ。去年の試験栽培では全滅だったニンジンの種を今年蒔いていたのだ。今年は上手く発芽してくれて、マリアさんの畑でも収穫される。


「やはり、採取したばかりの種は発芽しないということですかね?」

「去年と今年の結果から導き出される答えは、そういうことだろうな」

「つまり、この一年の間で休眠を破る何かがあったということですね?」

「考えられるのは冬の低温かな……」


 今年の成果を話していると、エリーさんがやって来た。


「魔王さま、精米機と言うのを貸してもらえますか?」

「そうでした。肝心な道具の説明してませんでしたね。千歯扱せんばこきと精米機はレスター商会、籾摺機もみすりきはポーセレン商会で作ってもらえます」

「あら、道具があるんですね」

「完全注文生産になりますけどね。なので、それが完成するまでここの物を使ってください。ノノやマリーに言ってもらえばわかりますから」

「わかりました。自分でも持ってた方がいいんですよね?」

「麦と同じようできますけど、精米機は自前の物があった方がいいでしょうね。楽ですから」


 ノノにエリーさんを納屋まで案内してもらい、義行は募集第三弾について考えていった。


 昼食の為に食堂に行ったとき、廃棄物がまだ横になっていた。まあ自業自得だ。

 午後から、今年の醤油と味噌の仕込みについて相談だ。結局、昨年あれだけ宣伝しても生産希望者はいまだ現れていない。そのため、技術を忘れないように毎年うちでも作っておく必要があったのだ。


「今の在庫でどのくらい持つかな?」

「購入はまだ新しもの好きの主婦が中心ですから、今のままの小瓶で販売でいいと思います。ただ、来年まで持つかどうか」

「そうか……」

「味噌は大丈夫なんですど、醤油がギリギリですね」


 話し合いの結果、今年は醤油を多めに作ることになった。


「でも魔王さま、毎年こんなことを考えながらやっていくのも手間じゃないですか?」

 それは義行もわかっている。ただ、こればかりは作成方法をバラ撒くわけにはいかない。決して私利私欲ではない。

「こればかりはね……。国民の健康を守るのも我々の仕事だ。それに民間で事業化してもらって、雇用創出とかに使ってもらいたいんだよね」

「それはそうですね。それに、一年近くしっかり管理するのも個人じゃ難しいですわ」


 その後、台所でこうじの採取準備をしていたときだった。


「魔王さま、東の村の村長が来ておりますが、いかがなさいますか?」

「アーシの村の?」

「ええ、面会の予定は入れていないが、お会いしたいと」

「わかった、振興部に案内して」


 義行は一応着替えてから振興部に向かった。


「お待たせしました。四か月ぶりですかね。なにかありましたか?」

「魔王さま、急な面会で申し訳ありません。醤油と味噌の生産者は決まってしまいましたか?」

「いえ、今のところまだ……」

「東の村で一手に引き受けるわけにはいかんでしょうか?」


 意外な申し出に義行は思考が止まってしまった。

 とはいえ、「はい、どうぞ」簡単に言えるものでもない。


「条件等は理解できてますか?」

「はい。無収入期間ですが、幸い岩塩もまだ取れています。それに、街で野菜を売ればなんとかなります。すぐに困るということはありません」


 さらに話を聞くと、岩塩との物々交換で北東の村からもヤーロウ肉やドテが手に入るようだ。


「生産工場や熟成場所は、村から出ていった者たちの空き家があります。さしあたり、そこを改造して使おうと思います」


 岩塩が完全に枯渇こかつしていない今だからこそ、いいタイミングかもしれないと義行は考えた。


「東の村で大豆や小麦は育ててますか?」

「多くはありませんが、いくつかの農家で栽培しております」

「そうなると、麹と道具類ですね」

「その麹というのはどうやれば手に入るんでしょう」

「安心してください。麹はうちの農業指導員が作り方を指導します。毎年作る方法でもいいですし、乾燥させて保管しておく方法もあるでしょう。まずは、仕込み用の桶や蓋、おもし等々の準備です。先立つものに不安があるようでしたら、融資をさせてもらいます」

「そのあたりは村に戻って皆と話し合います。一週間以内には回答したいと」

「わかりました。待ってます」


 村全体で作ってもらえるなら来年の流通は安泰だ。義行はノノを呼び、麹造りのマニュアル作成をお願いした。


 この東の村の申し出に気をよくした義行は募集第三弾の構想を書き上げ、サイクリウスの元へ向かった。


「なあ、サイクリウス。これ、開拓地第三弾の募集案内なんだけど、どう思う?」


 ジッと募集案内を見つめたサイクリウスは「却下します」とだけ言い放った。


「はぁ? ちょっと待て。却下ってなんだよ」

 折角の案をにべもなく却下された義行は、サイクリウスに食ってかかった。

「魔王さま、わかりませんか? 可愛い女の子が、砂浜でたわむれるんです」

「そりゃ、『きゃっきゃ、うふふ』だ!」

「おわかりでしょう? 『却下します』と『きゃっきゃします』は似てるんです」

「似てねーよ!」

「ともかく、却下です」


 サイクリウスは却下の一点張りで、聞く耳すら持たない。

 プリプリしながら義行は振興部に戻り、ノノとシルムにも募集案内を見せてサイクリウスを罵った。


「魔王さま……、私でもこの案は却下します」

「シルム、お前もか?」

「いえ、私はキリマンジャロでお願いします。って言うのは冗談ですけど、却下です」

「シルム、却下ってなんだよ!」


 続けざまに却下された義行は、興奮気味に問いただす。


「魔王さま、よく考えてください。デーモンです」

「そりゃ、閣下だ!」

「そうです。『却下です』と『閣下です』は似てるんです」

「もういい! ノノ、お前はどう思う」

「そうですね……。私もきゃっきゃしますわ。あっ!」

「ヤーイ、『きゃっきゃ』って、そうじゃない! ノノまできゃっきゃきゃよ」

「って、魔王さまも言えてませんわよ」

「いいんだよ!」


 義行は頭に血が上り過ぎたのかなんなのか、逆に冷静になってきていた。


「別に、却下するなら却下でもいいんだよ。なんで誰も理由を言わないんだ?」

「では魔王さま。逆に、魔王さまはこの募集案内で人が来ると思われてますの?」

「えっ? だって、新しい食材が増えれば、豊かな生活が送れるし……」

「それは自分で作る必要がありますの?」

「い、いや。それは……」

「そうですわよね。ポテにしろ玉ねぎにしろ、市場に行けば売ってます。お金をだせば買えますわ」

「それは、そうだけど……。そう、食糧が大量に流通すれば、皆が喜んでくれる」

「確かにそれはありますが、人を喜ばせるのは農業だけではありませんわ」

「ううっ……」


 義行は募集要項の下書きをひっつかんで振興部を出ていった。といって、行くあてがあるわけでもない。


「ノノ姉様、ちょっと言い過ぎじゃ……」

「それじゃあ、シルムはあの募集案内で納得できますか?」

「……」


 振興部そんな会話がされているとき、義行は裏庭の小川の畔に座って下書きを読み返えしていた。


「米は絶対人気が出る。ヤーロウの飼育が始まればトウモロコシの量産も必要だ。人手がほしい」


 そう考えていると、夕方の搾乳さくにゅうを終えたマリーが牛舎から出てきた。今日はエリーさんもお付き合いしたようだ。


「魔王さま、そんなところで何してるっすか?」

「ああ、ことごとく却下された」


 義行はマリーに募集要項の下書きを見せた。


「……、これは俺っちでも却下するっすよ」

「マリーまで……」

「これじゃ、主任レベルで突き返されるっすよ」

「そんなに甘々な文書か? というか、王様が主任に負けるのか……」

「あっ、ゴメンっす。でも、第三弾の募集が悪いって言ってるわけじゃないっすよ」

「じゃあ、何が……」

「姉ちゃん、これを見てどう思うっすか?」


 エリーさんも募集案内に目を通していく。


「そうですね。これだと、掲示するだけ無駄です。紙とインクが勿体ないです。複写するノノちゃんやシルムちゃんの手間になるだけです。誰一人応募はありません」


 義行はドンピシャのクロスカウンターで膝から崩れ落ちる感触を味わった。


「うわっ、姉ちゃんもえぐるっすねー。魔王さまのライフはゼロっすよ」


 マリーにも、そしてエリーさんにも却下された。パン屋の娘たちにも負けた義行だった。


「あの魔王さま、ホントに何が問題かわかってないのですか?」

「だって食糧の増産は不可欠でしょう」

「それは私も否定しません。ですが魔王さま、今、城からの募集がなんて呼ばれてるか知ってますか?」

「いや、知らない」

「妖精の尻尾です」

「えっ、妖精に尻尾なんてないっすよ?」

「マリー、チャック!」

「えへへっ、お口チャック」


 エリーさんが変な目で俺たちを見ながら続ける。


「なんの暗号か知りませんが、城からの募集案内は、『尻尾があるのかないのか、そもそも、妖精自体がいるのかいないのか』、そんなよくわからないものと同じだと言われています」


 義行は返してもらった下書きを読みなおした。


「まあそうだよな。最低でも半年近く無収入。それに、必ず安定して収穫できる保証もない。無茶な冒険はできないか……」

「畑作で四年、稲作で三年の研究実績があるとはいえ怖いですよ。いざとなれば、魔王さまを捨てて、昔ながらの野菜を自分たちで栽培する方法もありますけど」

「そうなった者もいるがな……。じゃあ、エリーさんはなんで?」

「可能性です。米粉パンの。まあ最悪、私たちはパン屋に逃げられますから。でも、他の仕事をしていて、それを辞めてまで人生を賭けられるかというと……」

「……」

「夢を追うのは大事ですけど、夢だけではお腹は膨れません。身内から話を聞いてる私たちは信じられますが、一般人は先の保証もない募集には飛びつけません」

「確かに、ガデンバードさんはクリステインの関係者、マリアさんはノノ関係者、エリーさんはマリーの関係者」

「そして開拓地の半分以上は経験者ですよね?」

「そう考えたら、あの未経験者三名は、とんでもない猛者もさだったのか」


 青コーナーで灰になった義行だった。先走り過ぎたのだ。義行はそのまま自室に戻り、朝まで自室から出ることは無かった。

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