第51話 酪農とタルタルソース
九月中旬のある晴れた日、自家消費分のポテとタマネギ、併せてアーシの試験栽培を始めたことがノノから報告された。アーシは東の村でも栽培されていた物なので、義行も心配はしていない。この試験栽培は今後のことも考えて、データ収集と種の採取が目的だ。
それに続いて、シルムから報告があった。
「魔王さま、開拓地もポテとタマネギの播種が終わりました」
「何か問題はあった?」
「すべてを見ていたわけではありませんが、大きな問題はありませんでした」
「例の奴等は?」
「何人かは畑半分にポテを植えてました。どうやって種芋を入手したのかは知りませんが……」
今では、『例の奴等』で話が通じてしまうほどになっているが、城の委託契約を切った完全自由組の五人のことだ。
「ポテは市場でも買えるし、マニュアルも持ってるしな。マリアさんのところは?」
「うちは子どもたちが張り切ってやってました」
「来年あたり、ひとり振興部にほしいんだが、どうだろう?」
「そうですねー、三月までの仕事ぶりを見てからでしょうか」
シルムは笑いながらそう答えた。
そんな話をしていると、クリステインからガデンバードさんの来訪が告げられた。特に面会予定は入っていなかったはずだ。急ぎの仕事もないので、義行は振興部に来てもらうように伝えた。
待っていると、ガデンバードさんと、ニワトリの運動場で何度か目にした男女が入ってきた。
「魔王さま、ご無沙汰しております」
「ホント、お久しぶりですね。ちょくちょく開拓地には行ってるんですけど」
「最近は、私も工場かポーセレン商会のどちらかにいることが増えましたから」
たわいもない話をしながら様子を伺ってみたが、悪い話とかそういったものではなさそうだ。
「で、今日はどうされました?」
「はい、以前お話ししておりました、ウシについて相談です」
何か月か前にそんな話をしたことを義行は思い出した。
「開拓地に移って一年ほど経ちましたし、こいつも使えるようになったんで、ウシの飼育も始めようかと思いまして」
ガデンバードさんは、隣に座る男性の肩を叩いた。
「魔王さま。改めまして、ミルカウ・ガデンバードと申します。こちらは妻のヘーレーです」
そう、この二人は将来、養鶏業を継ぐと聞いていた三男さんとその奥さんだ。
「この一年、じっくり鍛えて来たんですが、意外と動物の扱いも上手いんでウシを数頭から始めようと思いまして」
「数頭と言いましても、最低でも雄雌一頭に仔ウシで三頭です。仮に、交代で妊娠させるなら、雌を二頭の計四頭になりますよ?」
「牛舎は六頭入れる大きさで準備できてます」
「乳しぼり、牛舎の清掃、飼料の準備、それに個体管理と業務が増えますけど、養鶏とのバランスは大丈夫ですか? マヨネーズ工場もありますよね……」
義行は酪農もできる限り民間に譲渡したいと思っている。なので、この申し出はありがたい。しかし、キャパオーバーで潰れられても困るのだ。
「実は、ポーセレン商会が食品部門を起ち上げます。それに合わせて、工場には商会から人を送り込むことになりそうなんです。私もしばらくは生産指導で残るでしょうが、その後は私と息子で畜産業に専念できます」
「なるほど。あのー、そうなると、孤児院の子供たちは?」
当初の約束が義行の頭を
「それは問題ございません。引き続き手伝いで来てもらいますし、工場が忙しいときはそちらにも入ってもらうそうです」
どうやら計画はかなり詰められているようだった。
「放牧場は、ニワトリと共有ですか?」
「はい、最初はそれでやってみて、狭いようでしたら土地を追加でお借りします」
「わかりました。では、明日にでも四頭ほどお譲りしましょう。ただ、四頭では食肉業はやっていけませんよ?」
「ええ、食肉業ではなくて……、あの、お嬢から聞いてますが、バターなるものがあるとか?」
「ああ、そちらですか」
畜産業拡大のために、裏でクリステインが糸を引いているんじゃ無かろうかと疑いを持ちたくなる義行だった。
「このバターを使うと、パンがさらにおいしく食べられるとか?」
「では、その作成レシピもお教えしましょう」
義行は受け入れ準備をするよう指示して、改めて明日の昼に放牧地へ来るように伝えた。
ガデンバードさん一行を見送った後、義行は放牧地に向かった。
「アニー、ちょっといいかい?」
フッと風が吹いてアニーが現れた。
「魔王さま どうかした?」
「ガデンバードさんのところに仔ウシを含め四頭譲渡するんだけど、どの子がいいかな?」
「親子離さなければ どの子も 大丈夫」
「どの仔が、どのお母さんなんだ?」
「あの仔は、あのお母さん。あっちの仔は、そっちのお母さん。その仔は、このお母さん」
アニーは、すらすらと親子鑑定をしていく。
義行は一旦待ってもらい、振興部に紙とペンを取りに戻り、ウシたちの目印になりそうな特徴を見つけながら記録していった。
それが終わった翌日の昼過ぎだ。西通用門に続く坂道を駆けあがってくる子どもたちがいた。
「今日はどうしたんだ?」
「ミルカウさんが、ウシを譲ってもらうから選んで欲しいって」
少し遅れて、ミルカウさんとへーレーさんがやって来た。
「基本的には私たちが面倒見るんですけど、手伝ってもらうこの子たちにも懐いてる子がいいかと思って」
子供たちは何度もこの放牧場に遊びに来ているので、ウシも警戒していない。ミルカウさんに対しても威嚇するようなウシもいなかった。
「魔王さま、この子がいいです」
二人の子が雄雌一頭づつ連れてきた。義行は、俺よりウシの扱い上手いんじゃないのかと思った。
その後、残りの二人が仔ウシと雌ウシを連れてきた。その仔ウシの特徴から、ちょうど連れてきた雌が母ウシだった。
「こっちの子は、ここに来たときは仔ウシで、一年と少し経ちます。冬になってから種付けしてあげるとちょうどいいでしょうね。後は、ミルカウさんたちとの相性ですけど……」
横に眼を向けると、ヘーレーさんがウシまみれになっていた。ヘーレーさんは物凄く楽しそうであるが、ミルカウさんは寂しそうな顔である。
そんな、楽しそうにウシを撫でるヘーレーさんを見ていると、夕方の乳しぼりのためにマリーが裏口から出てきた。
「あれ? ヘーレー姉ちゃんじゃないっすか」
「あら、マリーちゃん。久しぶりね」
「こんなとこでどうしたんすか?」
「魔王さまから、ウシを譲っていただいたのよ」
ヘーレーさんと気さくに会話するマリーだった。
「マリー、知り合いか?」
「姉ちゃんの友人で、よくうちに遊びに来てたっす」
「そうか、それならマリー、ヘーレーさんに搾乳の方法を教えてあげてくれないか?」
「いいっすよ。魔王さまが教えるとセクハラになるっすからねー」
ヘーレーさんとマリーは、キャッキャ言いながら一目散に牛舎に逃げていった。
その後、譲渡したウシはミルカウさんと子供たちの手で放牧場へ連れて行かれた。
そんなことがあった二日後のことだった。バターのレシピを持ってガデンバードさんの家を訪ねると、なぜかポーセレンさんがいた。何となく嫌な予感を覚える義行だ。
「ガデンバードさん、これバターのレシピです」
「ありがとうございます。早速作ってみます」
「難しいところはないと思います。疑問があればマリーに聞いてください」
そう話していると、ポーセレンさんが急に立ち上がった。
「魔王さま、お願いがございます」
やはりこうなるかと義行は思った。特定の農家に便宜を図るのも問題はあるが、商会となるとまたあらぬ噂が立つので断りたいところだ。
「なんでしょうか?」
「タルタルソースを教えていただけませんか?」
「タルタルソースですか……」
食糧問題の改善を考えれば教えるべきだが、義行は部屋にいたポーセレンさんを見たときから断ると決めていた。ただ、今日までの商会の働きを無視する訳にもいかない。
「ちなみに、材料はどうされます?」
「マヨネーズと卵があれば作れると聞いていますが?」
そこまでわかっているなら自分で研究できますよね? と思ったが、それは言わなかった。
「タルタルソースを作るには、タマネギも必要になります。タマネギは既に販売されてますから、なんらかの方法で入手してもらうにしても、卵の大部分をマヨネーズで使ってますよね? ゆで卵分はどうしますか? 他にも、キュウリの酢漬けなんかを刻んで入れたいところですね」
「えっ……、いや、倍の卵……ですか?、それに、他の材料も……」
商売人であるポーセレンさんだ。すぐに
「何があったんですか?」
「えぇ……、マヨネーズの売れ行きがいい今、次の商品をと考えているようです」
「飽きられる前に新製品の投入ですか……」
顧客が注目しているうちに新商品を出し、囲い込むのは商売の鉄則ともいえる。これには義行も納得できる。
「大旦那様も、チャンスを逃したくないのでしょうね」
「ただ、ここで下手に新たなことをすると、またあらぬ噂が……」
「そうなんですよね、ウシの譲渡にバターのレシピですから」
ぶっちゃけ、義行にとってウシの譲渡ははどうでもいい。最終的には民間でやってもらいたいので、他に希望があれば幾らでも譲渡するつもりだ。
しかし一番危険なのは、バターとタルタルソースが一つの商会から出ることの方だ。必ず、『なぜ、ポーセレン商会は毎回新しい素材を使った新商品を出せるんだ?』となる。そうなれば、城の関与が疑われるのは確実なのだ。
「申しわけないですけど、ガデンバードさんからやんわりと
「わかりました。ただ、私より適任の方がおります故、その方にお願いしましょう」
「でも、その情報が誰から伝わったかバレると、ガデンバードさんの立場が悪くなるんじゃ……」
「それでクビにされるようなら、さらに土地をお借りして農業も始めますよ。まあ、一番効果のあるやり方ですからご安心を」
そういってガデンバード家を後にした三日後の夕方である。
クリステインがプリプリしながら食堂に入ってきた。
「魔王さま、申し訳ございませんでした。きつく注意しておきましたのでご容赦願います」
(ああー、確かに、こりゃ一番堪えるわ)
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