第50話 妖精からの依頼

 北東の村と城下までの連絡道路が完成して十日ほど経った。例の噂はまだ残っているものの、どのくらい利用されているか確認しようと思っていたときだった。


「魔王さま。新道路が開通しましたので、明日の九時から北東の村に行っていただきます」

「はぁ? なんでだよ。面倒くさいじゃん。時間の無駄じゃん。意味ないじゃん。ノルウェージャンフォレストキャットじゃん」


 義行が言った最後の言葉の意味は理解できてないだろうが、サイクリウスのこめかみがピクピクしている。


「とは言っても、せっかくの開通ですし」

「開通ですしおすしってか?」


 今度はサイクリウスの頬がピクピクしている。もう一歩踏み込めそうな気はしたが、やばそうなので、義行はそこで止めることにした。


「往復で一時間半だぞ? そんな時間があるなら、畑耕したほうが数十倍有意義じゃないか」

「いや、例の噂を終息させるには、魔王さま自らが利用された方が……」

「あれれー、おかしいぞー。『いい物は必ず使われる』ですよね~、サイクリウスさ~ん」

 義行は、こういうことはしっかりと記憶しているなんとも言えない性格なのだ。

「……、わかりました。パレードは無しにしましょう」

「じゃあ、今後はそういうのは極力なしでよろしくー」


 サイクリウスはブツブツ言いながら引き上げていった。

 対面に座って聞いていたノノも苦笑いだ。


「パレードのなにが面白いんだか……」

「ふふっ、魔王さまが発案して、国民の為に作り上げた新道路だというのをアピールして国民を鼓舞したいんですわ」

「えー、俺が作ったわけじゃないぞ。その辺の道路だって名前も知らないおっさんが作ってんだし」

「魔王さま、それを言ったらお仕舞いですわ……」


 義行はこの手のイベントにまったく興味がなかった。今日行かなきゃ道路が逃げるというならしぶしぶ行くだろうが、今後数百年存在するのものに朝っぱらから出かけて行くことが全く理解できないのだ。


 義行は、さっと朝食を済ませて振興部に向かった。今、大規模開拓地の募集第三弾を構想中なのだ。


「なあ、ノノ、シルム。今、募集第三弾かけたら人来るかな?」

「内容次第ですわ」

 そんな話をしていると、振興部のドアがノックされた。

「はーい、開いてますよー」

「失礼します」


 これまで聞いたことがない、おしとやかで清楚な声が響き、静かにドアが開けられた。


「……。ノノ、シルム、天地がひっくり返るぞ。すぐに逃げられる準備しておけ。いや、城が爆発するかもしれへんぞ」

「ちょっと魔王さま。私がドアから入ったらこの国が滅亡するんですか!」


 ドアとノックして入って来たのはシトラさんだ。


「あっ、いや、だって今まで、『ちーっす』って好き勝手に来てた人が……。あっ、さては俺たちを騙そうとする偽物か!」

「怒りますよ。私だって礼儀はわきまえてます」

「えっ……、『遊びに来てください』って社交辞令を真に受けて、翌日から茶飲みに来る人が?」


 そんな会話を楽しんでいると、シトラさんの後ろから「クスッ」っと笑い声が聞こえた。


「ねぇ、こんな人だけどいいの?」

「本当、いいコンビですわね」

 そこに立っていたのは、エリルさんだった。

「あれ、エリルさん。新しい道でなにかありました?」

「私、アリルと申します。エリルは双子の妹です」

「ありゃー、だからか」


 義行がアリルさんとシトラさんをソファーに案内すると、ノノが紅茶を出してくれた。今日の紅茶は、以前とは違う店が作った茶葉だ。義行が作った茶葉に近い味を出してくれている。


「で、シトラさん。今日はどうしたんですか?」

「今日の私は付き添い。アリルが知恵を拝借したいそうよ」

「あら、魔王さまのおつむで大丈夫ですの?」

「魔王さまのは、じゃなくてってね」

「なんじゃそれ!」


 おむつならまだ何かが詰まっている可能性がある……。いや、これは俺の脳みそは『〇ソ』という比喩かもしれないと義行はいぶかった。


「まったく、この優秀な頭脳を捕まえて」

「あ、そんな話はどうでもいいわ。アリル、話しを進めましょう」

「もしもーし……」


 最近は皆、魔王の扱いが雑過ぎる。義行はビシッと言うべきか悩んでいると、アリルさんの相談が始まってしまった。


「魔王さま、私が管理してる山で野生動物が大繁殖してしまって、このままだと生態系に問題が出るかもしれません」

「でも、アリルさんは動物の担当じゃないんですよね?」

「はい。動物担当は別にいますが、それを持ってしても制御が追いつかないんです」


 動物たちが大量に繁殖する理由を義行が考えていると、「今年は好天に恵まれましたから」とアリルさんが答えを言ってくれた。


「なので、森の恵みが豊富だったのよ」

「シトラさんの山は影響ないんですか?」

「私のところは、もともと野生動物が少ないのよ。それはそれで、植物の管理が大変なんだけどね。あとは、アリルの山は動物担当が高齢ということで、なかなかね……」

「へー、妖精も高齢になると力が衰えるんですか」

「そうよ、これで私が十七歳ということがわかったでしょ!」

「あら、もうすぐ、ごじゅ……」

「アリル、チャック!」


 いつの間にかお口チャックが広まっている。

 ただ、微かに聞こえた『もうすぐ』の後がものすごく気になったが、義行は追求しないことにした。


「で、その大繁殖をなんとかしたいと?」

「はい。やみくもに駆除したのでは、それはそれで問題が出ますので……」

「では、山の広さ、どんな動物が現れるのか、またその推定頭数を教えてください」


 そこからは、アリルさんの説明とシトラさんの茶々を聞きつつ、ノノがそれをメモしていった。


「申しわけありませんが、一日ください。明日の昼過ぎにもう一度来ていただけますか?」

「わかりました」


 その後、サイクリウスやクリステインにも話を聞きながら対策を考えていった。


 そして翌日の昼過ぎ、再び振興部にメンバーが集まった。今日はクリステインも参加している。


「アリルさん。最初に言っておきますが、最終判断はアリルさんにお任せします」

「わかりました」

「まず、人の入山を許可してください。勿論、全域ではありません。我々も森に近い所には立ち入ってもらいたくありませんし、アリルさんもこれ以上はという範囲があるでしょう。まずは、南側の斜面だけで十分ではないかと思っています」


 少し待ってみたが、特にアリルさんから否定は無かったので義行は話を続けた。


「東の小山には人が入り、狩りや植物採取がされているとエリルさんから聞いています。これが実現できれば、我々は食糧の確保にも繋がります。アリルさん側は動物の頭数管理ができるかと」

「確かに、我々は厄介な北側を集中的に管理できます。ただ、狩りに来られた方々が、必ず約束を守ってくださいますか?」


 これについては、なにをもって証明すればよいのか義行もわからない。


「できる限りのことはします。ただ、聞き分けのよい国民だけではありませんから」

「では……」

「ですので、入山は許可制にします。乱獲するような輩がいれば、免許剥奪のペナルティーを与えます。また、不法な入山等であまりにも横暴な振る舞いをするような者には、裏の森のようにいたずらを仕掛けていただければ……」

「あぁ、シトラ姉様に聞きました。かなり楽しいようですね」

「ちょっとアリル。ちゃんと魔王さまの許可があるのよ」

「アリルさん、いかがでしょう?」


 義行は回答を待った。


「やってみましょう。やってみなければわかりません」

「ありがとうございます。早速手続きを開始したいと思います。でも、ここまで提案してなんですが、アニーに動物の管理を手伝ってもらえないんですか?」

 本当に今更な質問ではあるが、義行は一応聞いてみた。

「それがねー、妖精族にもいろいろしがらみがあるのよ。そこは察してちょうだい」

「聞かないことにします」


 翌日には、猟師の登録開始のため、街中の掲示板に募集案内が張り出された。

 さらに、山裾に近いところに解体場の建設も始まった一週間後のことだ。


「お疲れさん、登録状況はどうだ?」

「掲示を出して一週間経ちましたが、四名です」

「たった?」

「はい、掲示した翌日に四名来て、そこからぱったりと……」


 街のことならクリステインと思い話を聞いてみると、そもそも猟師の数自体が少ないとのことだ。


「収入が安定しないので、猟師として生計を立てるのが難しいですね」

「なるほどな。毎日、狩りに成功するわけではないもんな」

「代々、猟師として生活して来た者は、新しい狩場が使えるということで登録するでしょうけど、新規に猟師で生計を立てようという者は少ないかと思います」


 これはこれで、乱獲の問題はなくなりそうだが、繁殖を抑える方に相当時間がかかりそうだと義行は思った。

 

 振興部に戻ってどうしようか考えていると、廊下が騒がしくなった。


「魔王さま、私にも猟の仕方を教えてください」

「魔王さまは、猟の経験者だけを優遇するのか」


 義行もバカではない。今回は切り返しも準備している。


「いえいえ、許可はどなたにも出しますよ。それより、食肉加工業でも始められたらいかがですか? 山裾に解体場を建てています。現状、肉の流通は非常に少ない。それを加工して販売する。悪くないと思いますよ? 勿論、自前の工場を建てていただいても構いませんし、店を大きくするにはもってこいだと思いますが?」

「ありがとうございます。親に相談してきます」


 バカ息子二人は振興部を飛び出していった。

 服飾関係の店の息子がいくらほざいても、無理なものは無理だろう。義行は猟師村を作ろうかと思ったが、四人なら通ってもらうことにして様子を見ることにした。

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