第49話 トマトとトウモロコシ
魔王城の森失踪事件は、尾ひれ盛り盛りで絶賛拡散中だ。出所のわからない噂話ではなく、リアルな体験者がいることでより大きなインパクトを与えている。今や炎上レベルと言っていい。
「なぁ、サイクリウス。ちょっと行き過ぎじゃないか? 少しは否定しといた方が……」
「いえいえ、中途半端に消火して興味を持たれるより、行き着くところまで行った方がいいんですよ」
日本でもこういったことを見てきた義行からすると、サイクリウスのこの考えも理解できる。理解はできるんだが……。
「でもな、せっかく作った連絡道路が使われなくなったら……」
「しばらくは敬遠されるでしょうね」
「だろ? それだと意味がないぞ」
国民のことを思っての発言にも見えるが、実のところ義行自身がヤーロウ肉を手に入れにくくなるのを避けたいだけなのだ。
「大丈夫ですよ。森が不思議なだけで、連絡道路は安全で便利とわかれば必ず利用されます。それは断言します」
「そうなることを願うか」
起こってしまったことは仕方がない。義行は待つことにした。
だからといって、これで終わりではない。連絡道路を作った理由は、ヤーロウ肉の販売と飼育拡大だ。次なる作戦のために義行は、ノノとシルムを連れて森へ入った。
「魔王さま、今日の目的は?」
「二つ狙ってる作物があってな。一つはヤーロウ、いや、ヤーロウの飼育以外にも使える作物の確保だな。もちろん、俺たちも食べることができる」
「当てはありますの?」
「ない!」
そうなると、いつものあれだ。
空き地までやってきた義行は声を上げる。
「ヴェゼー、ちょっといいかい?」
「は~い、貴方のかわいいヴェゼちゃんで~す」
「あっ、チェンジでお願いします」
「ちょっ、それはないわよ。それは!」
この人、自分の管理する山ほったらかしてなにしてるんだろう、と義行はちょっと呆れてしまった。
「冗談ですよ。可愛い可愛いシトラさんを私が邪険に扱うわけないじゃないですかー」
「その棒読みのセリフはやめなさい。でも、ヴェゼは別件で出てるわよ」
「ありゃりゃ、♪そりゃ、どうしましょう」
「♪なら、こうしましょ」
「♪ああ、そうしましょ。 って、なにやらせるんですか!」
この人との会話は、必ずどこかで話が横道にそれてしまう義行なのだ。
「自分からやっておいてなに言ってんだか……。で、どうかしたの?」
「この森の中で、黄色い粒粒が詰まった実と、赤い実が生る植物はないかなーと思って。多分、この時期が収穫期のはずなんですけど」
「その赤い実って、緑色の小さい実がだんだん赤く大きくなるやつ?」
義行はニヤリとする。
「今から行く?」
さすが元管理者だ。義行は案内をお願いした。
果樹園から北に向かって歩き、しばらくして東に進路を取って、また北に。位置的には泉のさらに北東、ニンジンが自生していた場所の奥といったところだ。
「これでしょ?」
「こんなところに生えてたのか……。でも、ちょっと早かったかも」
見たところ、小ぶりでまだ緑色のものが多く、収穫にはベストのタイミングとは言い難い状態だ。
「魔王さま、どうしますか?」
「来年の実験分があればいいから、赤く、張りのある物をいくつか貰って帰ろう」
実験圃場だけだけなく、開拓地の農家にも育ててもらいたいので数が欲しかったが、こればかりは仕方がない。熟したものを中心に三十玉ほど収穫して帰った。
そして翌日は朝から種取り作業だ。ご存じのとおり、あのグニュっとした部分にある種を一つ一つ取り出していくのだ。義行は一つ一つほじくり出すのは面倒だと思い、口に入れてクニュクニュしてみたが、つるんと喉の奥に流れ込んでしまう。結局、グニュっとした部分だけを皿に移し、箸を使ってほじくりだす方法になった。
もちろん、種を取った後のトマトは義行たちが美味しくいただきました。
「マリー、これトマトソースの作り方。メモしておいたから後で研究してみて」
「了解っす」
「研究する部分は、味の調整だな。香りづけのハーブを探してほしい。使わなくてもできるならそれでいいから」
「頑張るっす」
そんな作業が一段落したとき、ヴェゼがやって来た。
「魔王さま おもしろいもの 見つけた。見に行く?」
「もしかして、この前シトラさんが別件とか言ってたやつか?」
「そう。もしかしたら 食べられる。かも?」
「食糧か! 行く行く。シルム準備しろ」
森探索の装備に着替え、義行たちはヴェゼに付いて行く。ヴェゼは食糧保存庫の前を通過し、途中で北に進路を取った。このまままっすぐ行けば、昔ウシが落下していた窪みに出るはずだが、途中で東に進路を取ってすぐだった。
「魔王さま あれ。馬のしっぽ いっぱい」
「ヴェゼ、でかした!」
「茶色い尻尾、白銀色の尻尾、本当に馬の尻尾みたいです」
義行は駆け寄って、一本一本確かめる。
「食べられる?」
「問題ない。トマトの種取りが終わったから聞きに行こうと思ってた野菜だ」
「魔王さま、これなんですか?」
「トウモロコシだ。茹でたり、焼いたり、粉にして使ったりと使い道が多いんだよ。家畜のエサにもできる。別に、食べさせないといけないわけではないんだけどね。ヴェゼ、ありがとう」
「味見 まってる」
「わかった。一番に味見してもらうよ」
義行はヒゲが茶褐色に変化したトウモロコシの皮を少し剥いでみた。
「魔王さま、何をしてるんですか? 早く収穫しましょうよ」
「まあ待て。このトウモロコシはな、このヒゲ、尻尾みたいな部分が茶褐色で本数が多い物にしっかり実が詰まってるんだ。そして食用に栽培するなら、下の方の実は間引いて、この一番上になってる実だけを大きくするんだよ」
「たった一本だけですか?」
義行も、これをネットで知ったときは驚いた。贅沢な作り方というより、農家の採算は合うのかという方でだが。
「ただ最近は、下の方の
選りすぐって三十五本ほど収穫ができた。ウキウキしながら屋敷に戻った義行は、裏庭でトウモロコシ三本の皮を剥いてアニーとスプリーを呼んだ。
「はーい、あなたのスプリーでーす」
義行は頭を抱えるしかなかった。
「あなたはシトラさんでしょ!」
「魔王さま 私 言った。この人 ダメな人」
「あ、あの私 おじゃまですか?」
後ろの方で小さくなっているスプリーからしぼんだ声が聞こえてきた。
「ああっスプリー、君はいいんだよ。約一名、悪乗りが過ぎる人がいるんだよ」
「私、人じゃないもーん」
のらりくらりと
「あら、これヴェゼがこの前見つけたやつじゃない」
「ええ、今日収穫してきました。なので、ヴェゼに一番最初に食べてもらおうと思って」
義行は三等分に切り分けて、植木鉢七輪で焼いていく。
辺りに香ばしい、いいにおいが漂い始めた。義行はシトラさんに火の番をお願いして、台所から醤油、簡易冷蔵庫からバターを取り出して戻った。
「もういいかな。醤油を塗って、これにバターを乗せて。はい、焼きトウモロコシ。熱いから気を付けてな」
ヴェゼたちがトウモロコシに齧り付いた。
「魔王さま これ おいしい!」
「お、どうやら、高評価のようだな。トウモロコシは連作障害が少ないらしいから、来年から大量に育てようと思う」
三本のトウモロコシは、妖精と匂いに釣られて出てきたメイドたちとであっという間に消えてしまった。
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