第48話 その2 近道 其の二

 妖精たちから近道作りの許可が出て、義行は工程表や図面を作り始めた。同時に、道路作業に必要な作業員の確保をサイクリウスに依頼した。ただ、場所が場所だけに、大部分を城の職員から集めるように指示するのは忘れなかった。


 工程表と図面が完成したのは、妖精たちと相談した四日後だ。


「ヴェゼー、ちょっといいかい?」


 ふわりとソファーにヴェゼが現れた。

 ちなみに、今日のおやつはフライドポテトだ。


「ヴェゼ、これが新しく作る近道なんだけど、どうだろう? できる限り張り出した小山の山裾を進むように設定してみた」

「この辺りは 大事なものない。大丈夫」

「それじゃあ、来週から工事に入ろうと思うんだけど、いいかな?」

「魔王さま ここ人いらない」

 ヴェゼは、工程表のある箇所を指さしてそう言った。

「どうして、道を作るんだぞ?」


 ヴェゼの言ってることはわかるが、その意図がわからない義行だった。


「もう魔王さま、なんで私たちがいると思ってるのよ」

 突然真後ろからシトラさんの声が聞こえた。

「ちょっと、ヴェゼみたいに風くらい起こしてくださいよ」

「いい加減慣れなさいよ。それはいいとして、ヴェゼが言うようにその作業に人はいらないわよ」

「えー……、まさか俺一人でやれっていうことですか?」


 超安全策を取るなら、身内だけでやるのが一番なのは義行もわかっている。


「だから、なんのためにがいるのよ」

「お菓子を消費するためでしょ?」

 シトラさんとヴェゼから同時にチョップをお見舞いされた。

「そんなの時間の無駄よ。転移させれば一発じゃない」

「……。あー!」


 そこまで言われて、やっとヴェゼの言った意味がわかった義行だ。


「柔軟なのかと思ったら、変なところで頭が固いんだから」

「そうか、そうすれば木を無駄にすることもないんだ」

「そうよ。それに、反対側の平原と道路が近くなる箇所に転移させれば、いい目隠しになるわ。ただ、街側と北東の村側を繋げるときは、『工事はしてましたよ』的な小細工は必要ね」


 これはこれでありがたい話だが、それ以降の工程を全て見直すこととなってしまった。


「二日後にまた相談したいので、午前中に来てもらっていいですか?」

「わかったわ」


 二人が部屋を出ると義行はまっすぐサイクリウスの執務室に行き、作業員の募集を中止してもらった。


 そこから二日かけてじっくりと工程を見直し、義行は自信満々に振興部に向かった。中から楽し気な声が聞こえてくる。既にシトラさんとヴェゼが来ているようだ。


「おはよう。これを最終工程表にしたいと思う」


 義行はテーブルに図面と工程表を広げた。今日はノノとシルムも一緒だ。


「まず、街と村側の出入口から五十メートルほどを残して、その間の木々を転移させる。この作業はシトラさんとヴェゼにお願いします」

「任せなさい」

「それが終わると、街、そして村側から木を伐採しながら道を接続する。双方から伐採してきて、道がそこまでできてたという体(てい)で作業させたいと思う」

「魔王さま、そんな小細工をする必要があるのですか?」


 ここまでの説明を静かに聞いていたシルムから質問が出た。


「シルムはシトラさんやヴェゼたちの力を知ってるから感じないだろうが、一般人からしたら非常識この上ないからな。変な噂は避けたいんだよ」

「そうね。なにもないところに木が一本出現しただけで大騒ぎになるくらいだし」

「そう。だから『反対側からも作業は進めていたんですよー』と思わせることが重要なんだ。どうせ途中の作業は誰も見てないんだし、広めたもん勝ちさ」


 それでもシルムは浮かない顔だ。


「シルム、ウソをつくのは悪いことよ。でもね、ウソでも押しとおした方が結果的にいいときもあるのよ」


 妖精たちの存在を信じてる国民が今どれだけいるかはわからない。シトラさん曰く、昔は交流があったらしいが、今このとき妖精たちが姿を隠しているのには理由があるのだ。だから義行は、妖精たちが自ら姿を見せるまでは可能な限り妖精たちの存在は隠しておきたいと思っている。


「それでシトラさん、ヴェゼ。この範囲の木を転移させるのに必要な期間は一週間でいいですか?」

「あらー、私たちの能力も甘く見られたものねー」


 シトラさんがねちっこく返してきた。


「そんなもの三十分よ」


 義行は、『またまたご冗談を』と笑い飛ばそうとしたが、シトラさんとヴェゼの表情を見て飲み込んだ。


「ナシとリンゴの木の転移で経験済みでしょうに。転移先がわかってれば、見えてる範囲を一気に転移できるわよ」

「……」

「そう。だから おやつたくさん」

「まかせろ! でも、また修正か……」


 木々の転移作業に七日ほど確保していたが、それも不要となった。六日分をカットして、その分は森への進入防止柵設置に充てることにした。


「転移は明日にでもやっておくわ。この幅で、予定の出入口から道路がギリギリ見えないところでやればいいんでしょ?」

「お願いします」


 方針が決まれば実行あるのみだ。


 すると翌日の始業前、「終わったよー」とシトラさんから呑気な報告をもらった。それを受け、義行はクリステインと北東の村に向かった。出入口となる箇所の伐採作業を依頼するためだ。

 村長に話をすると、「街への近道ができるなら喜んでお手伝いします」と快く了承がもらえた。


 そして二日後の今日、早朝から村人が集まりお祭り状態だ。


「では、伐採担当の方はお願いします。ほかの方は、伐採された木を運んでください。街に向かう道がそこまで来てますからすぐのはずです」


 義行は、反対側から道が作られてるアピールも忘れない。

 その日は村人総出ということもあり、昼過ぎにはシトラさんたちが作ってくれた道に接続できた。


「みなさん、ありがとうございました。明日ですけど、東の村への近道を宣伝するために残しておいた、街側と近道を接続する式典をしますので、時間があれば見に来て下さい」


 義行は、街側と繋がってないことを怪しまれないよう、敢えて式典の為に残しておいたのだということを強調した。


 そして翌日、一般の土木作業員を十数人と義行は、街側の入口にいた。工事現場には多くの国民も集まっている。本当はここまで盛大にやるつもりはなかったが、サイクリウスから、「城が国民のために奮闘しているということを示すためです」と言われ、事前に工事日程までリークしてこの日に臨んでいた。


 そしていま、義行は森の前に立って一人祈りを捧げ始めた。


「この国を守りし妖精にお願い奉る~。本日ここに北東の村との連絡道の開通及び通行の許可を与え給え~」


 ザっと突風が吹き、一枚の緑の葉が静かに舞い落ちてくる。義行はその葉を掴み、仰々ぎょうぎょうしく観客に宣言した。


「妖精からの許可を得ることができた。本日ここに、北東の村との連絡道路を繋げる!」


 これを合図に、作業員が伐採を始めた。伐採された木々は木工職人から譲渡依頼があり、切り倒したものからどんどん運び出されていった。

 こちらもわずか五十メートルほどのため、大きな問題もなく、昼前には無事繋げることができた。


 ひとまずの開通を見たその日の夜、義行は妖精たちを招いて夕食会を開いた。


「ねえねえ、今日の魔王さま見た?」

「あの大げさな演技。もう笑いをこらえるのが大変だったっすよ」

「落ちてきた葉っぱを掴んで、『ドヤ~ッ』ですわ」

「魔王さまノリノリで 面白かったです」

「もうやめて! 自分でもクソ恥ずかしかったんですから……」

 

 穴があったら入りたい義行だった。


「それで、この後の予定はどうなってるの?」

「明日から進入防止柵を作る作業ですね」

「それなら、私たちの作業はお仕舞いかしらね」

「いえ、もう一仕事あるかもしれません。主に、ヴェゼとアニーとスプリーに」


 シトラさんもわかっているくせに「あら、なにかあったかしら?」なんて聞いてくる。


「柵を設置中に、どっかのバカが森に入らないかなーと思ってます」

「ふふっ。あなたたち、そんなバカを見つけたらすぐ私にも連絡しなさい」

「わかった」

 

 一応、「程々にね」と釘を刺した義行だ。


 翌日から始まった防護柵の設置は、サイクリウスが一般の作業員も募集していた。そのため、民間人と城の職員混ぜこぜの体制になっている。


 その工事が始まって四日目のことだった。雇った民間作業員のうち三名が来なくなった。他の者に聞いてみたが、皆、理由は知らないようだ。義行は、『人件費が減って助かった』とさほど気にもせず作業を続けた。


 そんなこともすっかり忘れた翌々日、どうしてもフリッツさんと相談しなければならない案件があり、作業を抜けて店裏で打ち合わせをした後、作業に戻るために市場をぶらぶらしていたときだ。


「おい聞いたか、魔王の森で行方不明者が出たらしいぞ」

「いや、森からは出られたらしい。ただ、発見されたときは錯乱状態だったらしい」

「まさか、あの話を知らないってことはないわよね?」

「いや、最近の若いもんはわかんねーぞ」


 義行は急ぎ屋敷に戻り、皆を呼びだした。


「シトラさん、やりました?」

「あら、もうバレたの? でも、そんなに派手なことはしてないわよ」


 シトラさんはあっけらかんとしていた。


「ヴェゼ、なにしたんだ?」

「森の中 五時間 ぐるぐるさせた」

「スプリーは?」

「泉に来るたびに 泉に突き落としました」

「アニーは?」

「クマ呼んだ 蜂に追わせた カスミたちは大喜び」

「……。で、シトラさんは?」

「心外ね。私は最終的に、街側の出入口に誘導しただけよ」


 来週くらいに適当な話をでっちあげようと思っていた義行だったが、実体験してくれた者がいるなら信憑性しんぴょうせいも高まるかと思った。


「よかったじゃない、これで迂闊に森に入る者はいなくなるわよ」


 トラウマにならなきゃいいけど……。

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