第48話 その1 近道 其の一
東の村への出張は、お土産いっぱいの視察になった。ヤーロウはすぐにとはいかないが、アーシとドテはこの国で栽培できることが証明されている。この二つだけでも食糧問題の解決に貢献することだろう。ドテの研究は来年に回すとしても、この秋からアーシの栽培実験に取りかかる予定もたてた。
だが、この秋の話より前にやるべきことがあった。
「シトラさーん」
「はーい」
「って、ホントいつもどこにいるんですか?」
「いつもあなたの傍にいるわよ。ウフッ」
神出鬼没なシトラさんをソファーに案内し、義行は紅茶とパンケーキでもてなした。ただこのパンケーキ、うまく膨らんでくれないので、マリーが絶賛研究継続中である。
「この紅茶、ちょっと渋いわね」
パンケーキに指摘は入らなかったが、紅茶は指摘された。
「実は、いつも買ってる店とは違う店で購入したんですよ」
「なるほどね」
「茶葉を揉む加減や、酸化時間なんかで味が変わりますからね。どの店も同じにはなりません」
なんでも褒めてくれるので味音痴かと思っていたら、意外と鋭いんだなと義行は思った。
「まあ、揉むのは魔王さまの
「ちょっと、変な言い方しないでください!」
義行は飲んでた紅茶を少し噴き出してしまった。
「あら、なにを想像したのかしら。でもそうなると、魔王さまが全て作るのが一番ってことよね?」
「止めてください! 死んじゃいます」
牛乳と砂糖で味を調え、パンケーキをパクつきながら「今日はどんな用事?」とシトラさんが聞いてきた。
「妖精さんを紹介してほしいんです」
「あら、浮気?」
「違います!」
「私たちじゃ飽き足らないのね、ヒドイわ」
「だから、違いますって!」
こうなるだろうとは想像していた。ホントこの人はノリがよすぎる。
「それで、どこの妖精なの?」
「城の横から、南東方向に小山が大きく張り出してるじゃないですか。そこの妖精さんなんですけど」
「ああ、エリルね」
やはり管理者がいた。有難いことに、シトラさんの知り合いっぽい。
「でもあの子、そこにはほとんどいないわよ。森を抜けた先の右側、北に伸びる山にかかりっきりね」
「そうなんですね。そこも少し関係しそうなんでちょうどいいです」
「なにを
「ヴェゼたちにも関係する話なんですよ。エリルさんも含め集まってもらうことはできます?」
「明日の昼でいいかしら?」
「では十四時にこの部屋でお願いします」
義行は空いたカップと皿を持って台所に来たついでに、話を少しでも有利に進めるための
そして翌午前中に計画の再確認を済ませた義行は、十四時にソファーで皆の到着を待っていた。
「魔王さま、いいかしら」
「あらら……、ちゃんとドアから入って来るなんて珍しいですね」
軽めのジャブを打つ義行だった。
「ちょっと、変な言い方しないでよね。紹介するわ、エリルよ」
シトラさんの後ろに、ヴェゼのお姉さんといった感じの妖精さんが立っていた。
「初めまして、魔王です。今日は突然申しわけありません」
「いえいえ、お気になさらず。エリルと申します。シトラ姉さまから噂はいろいろと……」
噂? 義行は嫌な予感がした。
「なんでも、姉様だけでは飽き足らず、私まで
シトラさんからジャブが返ってくるだろうと思っていたら、別のカウンターパンチが飛んできた。
「そんなことしませんてばー!」
反論した瞬間、「魔王さま うるさーい!」と現れたヴェゼに怒られた。
「ヴェゼ、スマン。ちょっと興奮した。アニーとスプリーは?」
「もうすぐ 来る」
五分もしないうちにアニーとスプリーが一緒にやって来て、全員が揃ったところで話し合いが始まった。いきなり本題に入るのもあれかと思い、ちょっと気になったことを聞いてみた。
「エリルさん、『シトラ
「いえ、魔王城周辺の森や山の管理で、昔から家族ぐるみの付き合いがありますから。確か、歳は私より……」
「エ~リ~ル~」
義行とエリルさんは姿勢を正し、静かに二人でお口チャックのポーズを取った。
「それで魔王さま、今日は皆を集めてなんなの?」
「魔王城の森と東の小山の山裾に道を整備して、北東の村まで近道を作りたいんです」
そう言ってから、「ただ……」と義行は一旦間を取り、一番の懸念事項を伝えた。
「下手すると、森や山に侵入する馬鹿どもが出てくるだろうなと……」
義行も森や山を荒らされたくはない。妖精たちも困るだろうと思っての事前相談だったのだが、「私は構いませんよ」とエリルさんからあっさりと許可が下りた。
「そんな簡単にいいんですか?」
「ええ、東の小山は狩猟、山菜取り、他にも木材採取で人が入り込んでます。私は北側の山が忙しくて、人に入ってもらうことで調整してる感じですから」
「あの小山、いい狩場みたいよ」
「そうなんですね。でも、ヴェゼたちはどうなんだ。馬鹿どもに裏の森を荒らさるのは困るだろう? 俺もセキュリティという面で困……る……」
そこまで言って、義行はあることに気付いた。
「ちょっと待て。城の庭と一般居住地の間には柵がある。でもそれは森の手前で途切れてる。なんで誰も侵入しないんだ……」
その瞬間、妖精たちの表情が一変した。
「魔王さま、とうとう気づいてしまいましたね」
「魔王さま それを言ったら 消されます……」
義行は、『やらかしたか?』と思った。しかし、「ふふっ、冗談ですよ」とエリルさんに笑われた。
「もう、変な冗談はよしてくださいよー。でも、『どうぞ森側からご自由にお入りくださーい』って言ってるようなもんだよな。どう考えたって欠陥城だ」
「普通に考えればそうよね。あれは、もう八百年前の話になるかしらね」
「あらっ、シトラさんはそのころ現役で?」
ぎろりと向けられるシトラさんの目から逃げるように義行は明後日の方を向いて、鳴らない口笛を吹いた。
「まったく……、私を何歳だと思ってるのかしら」
「永遠の十七歳ですよね?」
「……。これは聞いた話だけど、魔族の国ができたのが千年以上前で、その頃はノンビリしたものだったらしいわ。でも、今から八百年ほど前に人族が侵攻してきたのよ」
「それ、この前クリステインに聞きましたよ」
「そのときの魔王さまは国民をこの城に
「よくある展開ですね」
「ただ、さっき魔王さまが指摘したように、どう考えたって欠陥城よね。森から入り放題だもの」
義行も、自分が攻め込む側なら森から侵入して確実に後方を抑え込むだろうと考える。
「でもね、妖精たちも居心地のよかったこの国を奪われるのは問題だったみたい。そこで、当時の魔王さまと妖精族の長が同盟を結んで、妖精たちが森からの侵入者を惑わし、攪乱したそうよ。そんなことをやりつつ、最終的には人族の食糧が尽きて撤退。で、その頃の話が今も語り継がれて、『魔王城の森に侵入しようものなら生きて帰れない』と」
「そんなことが……」
「で、今もその盟約は生きてて、侵入者があればこの三人が脅かしまくるってわけよ」
ヴェゼとアニー、そしてスプリーはニヤニヤしている。
義行は、以前森の反対側を見に行ったときのヴェゼとの禅問答も解決できてホッとした。
「でも、俺は魔王だから問題ないとして、ノノたちは?」
「別に誰彼構わず脅かしてないわよ。おいしいおや……、じゃない、魔王さまの関係者とわかれば問題なわけだし」
「今、『おいしいおやつ』って言いそうになりませんでした?」
妖精たちが一斉に目を逸らした。
「まあ、おやつくらいならいくらでも作りますよ。でも、そんなんじゃ割に合わんでしょう?」
「そうでもないわよ。侵入者なんて年に数人だもの」
「だけど、今後そこに道を通せば、
「興味本位で侵入する者は出るでしょうね」
そうなると妖精たちに迷惑が掛かる。なので、「今回はあきらめます」と言おうとしたときだ。
「まあ、使用し始めてしばらくしたころ、『森に侵入した者が行方不明だ』なんて噂でも流せばいいんじゃないの? それに、侵入してくれた方が楽し……」
今度はシトラさんがサッと目を逸らして、口笛を吹き始めた。
「じょ、冗談よ、冗談。すこーし、すこーしだけ遊ばせてもらうだけよ」
「程々にしてくださいね」
妖精側が気にしないなら、義行もこれ以上気にする必要もないだろうと思った。
「そうなると、問題は子供かなー。そういえばヴェゼ、子供が迷い込むことってなかったのか?」
「子供は 意外とするどい。なにか 感じるみたい」
「なるほどねー。中途半端でバカな大人が、度胸試し的にやってくるって感じか」
「そうね」
「それなら、むしろ楽しませてやるか」
ポテの実食のとき、メイド三人娘がギャンブル的に楽しんでたように、妖精だって楽しみがほしいだろう。それに、勝手に他人の管理する森に侵入してるんだから問題ないと思う事とにした。
「で、エリルさん。北東の村の出入り口ですけど、南東に張り出してる山と北に続く山の谷間部分にしようと思うんですけど?」
「あそこなら、間違って北側の山に迷い込んでも村が見えるから安全でしょうね」
「あとシトラさん、森の反対側の草原と道路が近くなりますけど問題ないですか?」
「そこは、ちょっと細工をさせてもらうわ。もちろん、害のないね」
その後もいろいろ相談した結果、近道を通すことが了承された。
そこまで話ができたので、皆に紅茶とポテトチップスを振る舞い、エリルさんには蜂蜜バターパンを詰めたバスケットを渡して相談会はお開きとなった。
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