第47話 その2 東の村へ 其の二

 この魔族国へ来て四年目、義行は初の野宿を敢行した。心配した夜盗や野生動物に襲われることもなく、無事に朝を迎えることができた。


 簡単な食事をとり、義行たちは北東の村へ向かった。


「魔王さま、あそこに見えるのが北東の村です」

「ここからさらに東に集落はないの?」

「全くないというわけではありません。様々な理由から街を離れ、自給自足で生活している者たちがいると聞いています。集落という形態ではここが一番東にあります」

「まあ、人それぞれだからね。そういった生活をせざるを得ない人もいるだろうし、大変だろうな」

「食糧さえあれば生きていけますから、どうなんでしょう?」


 クリステインも意外とドライな気がした。

 開拓者との新契約の条件を話したとき、子供のころから『せきは自分が負う』ということを教え込まれると言ってもいたことから、魔族にとってはそれが普通のことだと思うことした義行だった。


 しならくすると村の入り口が見えてきた。そこには数十軒の家屋が見える。土地は豊富にあるためか、一軒あたりが保有する畑はかなり広そうだ。


「ここも基本は農作物の自給自足での生活か」

「そうですね。ただ、こちらは南東の村のように岩塩等が採れることもありません」


 そんな話をしながら村の中心に向けて馬車を走らせていると、義行の病気が発症した。


「おいクリステイン、あそこ!」


 前日に続き馬車を乗り捨て、義行は畑に突進していく。


「ちょっと魔王さま……」


 クリステインが声を上げたときには、義行はもう畑の中にしゃがみこんでいた。


「ありゃー、カボチャちゃんじゃないのー。おー、待っててくれたんでちゅねー」

 義行はカボチャをナデナデする。

「ちょっと魔王さま、少しは自重じちょうしてください」

 クリステインが腰に手をあて、呆れ顔で義行を見ている。

「そんなこと言ったって、食糧が転がってるのに見過ごすわけにはいかんだろ」

「転がってません! 畑なんですから誰かが栽培しています」


 義行は一度立ち上がり、周りの畑を見てみる。他の畑は見慣れた野菜が栽培されている。このカボチャ畑もそれほど広いものではない。


「これ、十分売り物にできるぞ」

「凄く固そうですけど?」

 クリステインは成長途中のカボチャを叩く。

「切るときにはちょっと力がいるが、味は抜群だぞ」


 そんな話をしながら、義行は近くの家のドアを叩く。


「すみません、村長さんのお宅はどちらでしょう?」

「それならあの一番奥、山裾のおっきい家が村長の家だ」

「ありがとうございます。ちなみに、あそこの畑のカボチャはどなたが育ててますか?」

「カボチャ?」

「緑色のこのくらいの大きさの実ですけど」

「ああ、ドテかい。あそこは村長の畑だ。食いたいのか? 俺たちもほぼ食わねえがな」

 

 家の主人はそう言って豪快に笑った。

 義行はお礼を言って、村長の家に向かう。もう少しで村長の家というところで、山道から一人の男が出てきた。その後ろには、ピンク色の動物がちらちらと見える。


「うおー、ブタやー!」


 一目散にブタに駆け寄る義行。一歩引くブタ男。違った、男とブタ。


「すみません、このブタはあなたが飼育されてるんですか?」

「えっ、いや、私というか、我が家で飼育している『ヤーロウ』ですが」

「突然で申し訳ありませんが、ご主人さんを紹介いただけませんか?」

「紹介もなにも、うちの父ですからいくらでも紹介はしますが……」


 そう言うと、その男は村長の家と教えてもらった建物に入っていった。


「おーい、親父。ヤーロウのことを聞きたがってるお客が来てるぞー」

「また、珍しいお人もいるもんだな」


 ブタと一緒に山道から出てきた男によく似た、七十代の男性が現れた。


「初めまして、私は……、私は誰?」


 そんなとき、横からクリステインが村長に耳打ちする。ここでもみるみる顔色の変わっていく様を見ることになった義行だった。


「魔王さま、こんな辺鄙な場所へ何用で?」

「南東の村で岩塩の生産調整を始めて三年程経ちましたが、どんな状況かと思って。そのついでというのは変ですけど、食糧事情の調査で寄ったんです。で、ヤーロウですけど、街で販売しないんですか?」

「あー、あれですか。売るにしても、街まで持っていくのに五時間近くかかかりますから、厳しいですね。なにかあれば自己責任とはいえ、食品の場合は大問題になりますから……」


 ここでも海産物同様に、時間の問題が立ちはだかっているようだ。しかし、それだけ食の安全に気を付けてるという面では評価できる国だと義行は感心した。


「村で消費するくらいですか?」

「ええ。他には、南西の村の塩と交換です」

「そうですか。これを大量飼育して街で販売してもらえると有難いんですけど……」


 こんなおいしい状況を義行は諦めきれない。


「申し訳ないです。リスクが大きすぎます。それに、ヤーロウの飼育に掛かるエサのことまで考えると、大量飼育は難しいですね」

「そういえば、エサはどうされてるんですか?」

「基本は放し飼いで、山で好きなものを食わせてます。山の恵みが少ないときはドテなんかを与えることもありますね」


 ブタの存在がでかすぎて、ドテのことが頭からスッポリと抜け落ちていた義行だった。


「そうだ、ドテ。あれも村長さんが育ててるって聞きましたが?」

「ええ、ヤーロウの非常用のエサとして育ててます」

「皆さんは食べないんですか?」

「いやー、昔ならいざ知らず、今はそれなりに食っていけてますので非常食という感じです」

「非常食? あのドテ、街で売れますよ!」

 それを聞いた村長は目を丸くする。

「あんな固いものを食うんですか? それに、あれが売れるって……」

「ええ、ちょっと台所を貸してもらえますか?」

「どうぞ」


 義行はクリステインに例のものを持ってくるように頼み、義行は畑から一番大きいドテを一つ収穫し下準備を始めた。


「魔王さま、皮も堅いし切るのも大変ですよ?」

「大丈夫です、これ、うまいんですよ」

 義行は、ヘタの部分を避けて包丁を入れ、グイっと包丁全体で切っていく。

「私の爺様は食べたことがあったようですけど、うまいとは言うてなかったような……」


 四等分したドテをさらに小口に切りして、丁寧に面取りまでした。同時進行で出汁をとり、義行はドテを煮始めた。ヤーロウは無理でも、ドテだけでもなんとかしたかったのだ。


「どうぞ、食べてみてください」


 ちょっと煮込む時間が短いかなと思ったが、時間も時間なので一切れ村長に渡した。


「おおっ! 柔らかくてうまい。それに、この味付けはなんですか! ドテにこんな食べ方があったなんて……」

「ちなみに、こっちは薄切りにして、焼いただけのものですが、ホクホクして美味しいと思います」

「うん、これも良い。切るのも面倒、皮が固いということばかり聞いていて、食べるなんて思いもしなかったが、これなら全く問題ない」

「重要なのは下準備です。軽く皮を削ぎ落としたり、このように面取りをしてやったり、煮る時に皮目を下にして煮てやるとおいしく味わえますよ」

「はぁー、たったそれだけで」

「いきなり大量生産は大変でしょう。なので、種を分けていただければ城で栽培マニュアルを作って、他の農家さんに栽培してもらいますが?」

「これなら検討する価値が十分にあります。運搬中に悪くなることも無いので街まで持っていけます。種は保存しているものがありますのでお分けしますよ」


 この流れに乗じてブタもいけるかもと思い、義行は、「ヤーロウも特産にできるとおもうんですけどねー」と再度持ち掛けてみた。


「いやー、そうなればありがたいですけど……、だが、肉の販売は……」


 明らかに反応が変わってきていることを義行は感じた。村長が一番気にしているのは食中毒だ。要は、運搬時間の短縮が出来れば乗ってくると義行は踏んだ。


「もし、ここから街まで一、二時間で行けるとなったらどうです?」

「いやいや魔王さま、それは無茶でしょう。そんなスピードで荷馬車は曳けませんよ」

「いえ、近道を通せないかと思っています」

「近道ですか?」

「そうです。この山が南東に張り出しているから、迂回して街へ行くことになります。それなら、山を迂回しない近道ができれば相当な時間短縮になるはずです」

「山にトンネルでも掘られますか?」

「いえ、そんな時間のかかることはやりません。でも、どうでしょう。そうなれば十分勝機はあると思いませんか?」

「近道ができれば、確かに時間の問題はクリアできるでしょう。でもエサの問題はどう解決されますか?」

「今、何頭飼育されてますか?」

「雄雌、大人と子供合わせて十四頭です」

「彼らのエサは?」

「山で適当に食わせてます」

「ヤーロウは雑食性です。我々が食べるものは意外と食べます。もう少しすれば、ポテが市場にでまわるでしょうから、エサとして使えます。ポテ以外にも、小麦や大麦もエサとして使えるでしょう。肉をいくらで販売するかにもよりますが、十分元が取れるはずです。近道は通せるように調整します。なので検討していただけませんか?」


 義行は畳みかけた。


「運搬時間もエサの問題も解決できるのであれば、検討したいと思います。ただ、そのポテは誰でも栽培できるものですか?」

「ポテは開拓地で栽培が始まっています。栽培マニュアルもありますので、それを提供することも可能です。ただ、急いでヤーロウの大量飼育を始める必要は無いと思います。まずは圃場の拡張と飼育方法を共有が先ですね」

「ポテに関しては種を頂けますか?」

「ええ、城から融通しましょう。その後は、そのポテ自身が種になりますので、一度生産できれば問題はないでしょう」

「我々は、いつまでに決断すればいいですか?」


 キターーーー! 義行は心の中でガッツポーズをした。あとは、実際に近道を見せることができれば落ちると義行は確信した。


「そうですね。まず、我々で近道が通せるのか検討して、実際に整備するとなると半年は必要になるでしょう。ですので、じっくりと村の方と相談して決定していただければと思います」

「ドテの生産だけというのもありですか?」

「それでも構いません。もしそうする場合は、我々にヤーロウを二、三頭分けていただければ嬉しいです。城で何とかしてみたいと思います。近道が完成するまでに何かありましたら、遠慮なく城の農畜振興部へお越しください。対応いたします」


 義行はヤーロウ肉を数キロ、それとドテを十個ほど購入して村を後にした。

 帰りも山を迂回することになるので、義行とクリステインが屋敷に到着したのは夕方だった。


「魔王さま、お帰りっす」

「マリー、お土産だ。台所を使うぞ」


 そう言って義行は、夕食の準備に取り掛かった。


「こっちの二つは初めて見たっすけど、これはなんの肉すっか?」

「ヤーロウの肉だ。これで肉じゃがを作ろうと思ってね」

「何か手伝うっすか?」

「じゃあ、出汁を取った後、ポテ、玉ねぎ、人参をざく切りにして、米を炊いてくれないか」

「了解っす」


 作業を分担し、チャチャっと夕食を仕上げていく。せっかくなので、ドテの煮物も作った。

 出来上がった料理を持って食堂に向かうと、何故か妖精達がお澄まし顔で座っていた。


「……、この屋敷の情報セキュリティーはどうなってるんだ?」

「フフッ、魔王さま。我々の情報収集能力を侮ってもらっては困ります。壁に耳ありどころではありませんので、よろしくぅ」

「まあ、別に構いませんけど。この後のことの賄賂と思えば安いもんだし」

「あら、我々は賄賂で釣られるほど安くはありませんわよ」

「ハチミツパンで釣られた方もいらっしゃいましたが?」

「あれは、あいつが甘いのよ。って、うまいでしょ? ハチミツが甘いのと、考えが甘いというのをかけて見ました」

「うーん、座布団はあげられないっす」

「あー、マリーちゃんのいけず。で、今日の夕食は何かしら?」

「肉じゃがとドテの煮物っすよ」


 もちろんそれだけでは無く、米と干物を焼いたものも出して夕食となった。


「あら、この肉じゃがおいしいわね。前のイノシシ肉とはちょっと違うわ」

「ドテの煮物も、甘い中に醤油の味がしみて最高っす」

「魔王さま、このドテは種がありますの?」

「ああ、種を貰ってきてる。さっき切ったドテからも取ってるぞ。だから、来年になったら植えてみよう」

「でも、この醤油って言うのは万能っすね。出汁との相性が抜群っす」

「大豆が売られるようになったら、大量生産を始めようと思うから、ノノ、シルム頼むぞ」

「でも、魔王さまって、ほんと女子力高いわよね」

「まあ、そのへんはね……」


 魔法使いに近づける以上のあいだ独身だったんだ、侮るんじゃねーぜと思う義行だった。


 割と短期間で成長するブタが見つかったことは義行にとっても、ここ魔族国にとっても大きな収穫となった出張になった。


「でも、ヤーロウか……。名付けた人は、罵られる趣味でもあったのだろうか? この豚野郎」

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