第47話 その1 東の村へ 其の一 

 以前、サイクリウスと食堂でミーティングをしている時、なんで朝っぱらからここでと思ったことがあった。だが、仕事が始まると忙しく動き回るメイド達と情報交換するにはちょうどよい時間であることに義行は気づいた。ノノにタマネギの売れ行きを聞いてみると、レシピを付けたのがは大成功だったようで、午前中には完売していると言われた。

 その話を聞いて安心した義行は、目玉焼きに塩を振ろうと小瓶に手をかけたとき、ふと思い出した。


「クリステイン、前に塩の流通が危うくなったじゃん。東の村って言ってたけど、どの辺なの?」

「ここから馬で約二時間半、空荷馬車で約四時間といったところでしょうか。厳密には南東に行ったところに岩塩が採れる村があります。さらに、その村から北東に戻ったところにも村があり、そのあたり一帯を纏めて東の村と呼んでいます」


 義行は位置関係を思い浮かべてみるが、屋敷から東側に行ったことがないことに気付いた。


「売り上げは大きく減ってないと聞いてるけど、生活は苦しいんじゃないの?」

「生産調整の一環ですし、昔ながらの岩塩の味がいいという者も一定数いて、急激な影響は出てないようですよ」

「そうか、でも一度その東の村の状況も見ておきたいな」

「馬で行けば日帰りも可能ですが、魔王さまのことですから寄り道が多くなるでしょう。それでも、一泊二日で充分視察は可能かと」


 そうと決まれば義行は午前中にサイクリウスと相談し、明日から一泊二日で東の村へ調査に向かうことにした。

 

 翌朝八時には玄関前に荷馬車が横付けされ、食糧や毛布が積み込まれていく。


「じゃあ行ってくる。明日の夕方には戻るから、それまでは皆も適当に手を抜いてくれ」


 荷馬車がゆっくり動き始めた。ゆっくり動いているのには理由がある。今日は義行が御者台に座っているのだ。

 初めて使用する東通用門から出て、左に小山を見ながら、南東に進路をとる。


 そのまま一時間ほど進み、南に進路を変えて道なりに進むと、草原地帯に出た。


「この辺りまで来ると家もまばらだな」

「ちょっと曰く付きですから……」

「出るのか?」

 義行自身みえるわけではないが、そういった話は嫌いではなかった。

「出るというか、昔の因縁といいますか」


 そんな話をしながら進んでいると、二股にやって来た。義行がそのまま真っ直ぐ行こうとしたときだ。


「魔王さま、そちらはダメです。東の村へは左の道です」

「こっちの道は?」

「人間の国に繋がっております」


 意外な情報がもたらされた。魔王と入れ替わってこっち、どこかに人間国があるだろうとは思っていたが、まさか道で繋がっているとは思ってもみなかった義行だった。


「どのくらいかかるんだ?」

「ここから関所まで馬で一時間ほどでしょうか」

 以外に近いことに義行は驚いた。

「でも、人間って見ないよな?」

「あれ以来、人間はこの地に足を踏み入れてませんから」

「あれ?」

「今から八百年ほど前です。人族と魔族で大きな戦争があったそうです。そのころ、この辺り一帯でも両軍の兵士が死闘を繰り広げたと言われています」

 さっきの『曰く付き』というのは、そういうことのようだ。

「でも、こうして魔族の国が残ってるということは、勝利したんだろ?」

「勝利というか、人間側がなぜか撤退したようです」


 このとき、義行の頭の中には『貿易』の二文字が浮かんでいた。だが、そんな話を聞いた後にすることではないと思い左の道に馬を向けた。


 二股から三十分ほど進むと、岩塩の取れる村にたどり着いた。


「岩塩が採れるから町の規模なのかと思っていたが、本当に村だな」

「昔はもう少し人も居たようですよ」

「だから、採掘量が減ってもなんとかなってるのか」

「そうです」


 そんな話をしながら村の中を歩いてみるが、確かに岩塩の採掘減の影響はそれほど見られなかった。

 村の外れまでやってきた。そこには畑が広がっている。そのなかの一つの畑を見たとたん、義行はダッシュで突進していった。


「ちょっと、魔王さま!」

「あれ、ダイコンだ!」


 既に義行はある畑の一角に無断で入り込み、しげしげと眺めている。そこにあったのはダイコンのさやだった。


 大根の鞘を眺めつつ、今後の食糧増産計画にどう組み込んで行くか考えていたときだ。


「あのー、すみません。どちら様でしょう?」

 背後から声がした。

「すみません。勝手に入ってしまって。えっと……」


 そこへクリステインがやってきて、初老の女性に耳打ちをしている。すると、顔色がみるみる変わっていくのがわかった。


「気にしないでください。別に、咎めるつもりもありません。むしろ、このダイコンについて教えてください」

「ダイコン? アーシのことかい」

「はい、市場で見たことないですけど、販売しないんですか?」

「自分たちが食べる分だけを育ててるもんだから、街で見ることはないだろうて」

「種はあるんですか?」

「見てもらってるとおり、何本か残して毎年種を取ってるよ」

「種をわけてもらえませんか? お礼はします」

「種でいいなら問題ないさね」


 義行はその女性の家へ向かった。

 その家は村の中心にあり、そこそこ大きな家だった。話を聞くと、ご主人がこの村の取り纏めをしているとのことだった。


 義行は玄関先で種を受け取り、お礼について話を始めた。


「今回のお礼は情報です。このアーシ、街で絶対売れます。もう少し栽培を増やして市場で販売してはどうでしょう」

「魔王さま、その根拠は? 岩塩の生産調整をしてますので、それに代わるものが欲しいのですが、確証がなければ我々も動けません」

 横で話を聞いていたご主人が口をはさんできた。

「そうですね、アーシがあれば証明できるんですけど……」

「切って干したアーシなら保存食として作ってますけど?」


 義行はそれを聞いて、荷馬車から荒節、昆布と醤油を持って戻り、台所を借りて切り干しアーシの煮物を作り上げた。


「どうぞ、食べてみてください」


 恐る恐る口に運ぶ二人であったが、口に入れたとたん目を見開いた。


「このうまさはなんだ。いつものアーシじゃねえぞ……」

「アーシに染み込んだスープもいいですね」


 二人とも大絶賛だ。


「これは、乾燥させたカツウオとミャーコから取った出汁に、醤油を加えて作っています。いい味が染み込んでるでしょ?」

「魚のスープということですか?」

「基本となる物がそうですね。今回は切って干したアーシを使いましたが、干す前の輪切りにしたアーシをこのスープで煮込んでもおいしいと思いますよ」

「これは、村の者にも話をしてみます」

「それでしたら、この調味料は置いていきますので、村の方に食べてもらった上で判断してください」


 義行は大事にアーシのタネを懐にしまい、北東にある村へ向かった。

 こちらの村は、魔王城の森の東側の奥に位置する。つまり、城の東側の張り出した小山のせいで、ぐるりと迂回することになる。直線距離にしたら、街の中心まで五、六キロしかない。


 村と、さらに東に向かう二又まで来たところで日も落ちてきたので、大木の下で野宿をすることにした。


「もしかすると、明日もなにかいいものが手に入るかな。でも、アーシねー。『そんなに太かねーよ』って突っ込み入りそうだな」

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