第46話 兼業農家の誕生、そしてタマネギの販売

 稲作の募集に遅れて応募してきたエリーさんとブレットさんは、あれから毎日振興部に顔を出して栽培記録を読み漁っている。たまに、イネ以外の記録を読んでいたので覗いてみると、イチゴやリンゴの栽培記録だった。情報の出どころはマリーだろう。しかし、パン屋の商品を考えると悪くない選択だと思う義行だった。


 通行許可証を発行してから一ヶ月毎日やって来ていた二人は今日、正式に契約を結ぶことになった。


「田んぼ八枚と住居兼パン屋の居住区画でいいですか?」

「よろしくお願いします」

「三月下旬から苗づくりが始まります。それまでどうしますか?」

「居住地の整備は終わっていると聞いてます。なので、住居兼パン屋の建築を始めても構いませんか?」

「ええ。伝統的な石造り、またはあの辺りで見られる木造、どちらにするかクリステインに相談するといいと思います」


 契約も無事終わり、二人はクリステインのところに向かった。

 一方義行は、振興部で今年の作付け予定表を見ながら考える。


「できればあれを作りたいな」

「あら魔王さま、森に入りますの?」

「残念ながら時期じゃないんだよ。だから、まずはポテの播種とイネの育苗だな」


 そろそろ三月も中旬である。ポテはノノたちにお任せすることにして、義行はイネの栽培記録を読み返し要点を纏めていった。


 それからしばらくの間は、デスクワークでバタバタすることになった。

 そして、そろそろ育苗に取り掛かろうとしたとき、シルムがやって来た。


「魔王さま、あの方たちどうにかなりませんか?」

「経験者たちか?」

「はい。以前、魔王さまの仰ってたことがよくわかりました」

 義行は声を出して笑った。

「勉強だ勉強。人は見かけによらないって言うだろ。皮一枚下はこうなんだよ」

「笑いごとじゃないです」

 シルムはぷくっと頬を膨らませた。

「それで、今度はなんだって?」

「ポテを植えたいから種芋をよこせだそうです」

「それで、どう回答したんだ?」

「『昨年末にポテは収穫しました。それが次の種芋になると言ったはずです』と」

「すると、『なに言ってんだ、俺たちはそんな話は聞いていない。魔王組の者だけに言ったんだろう』って返されたんだろう?」


 シルムは、驚きの表情をみせる。ニュアンスは違うものの、似たようなことを言われていたのだ。


「ああいう奴らは、『自分は悪くない』、『教えてもらってない』、『そんなこと言われた記憶がない』とか言って、他人のせいにするのが常套手段なんだ。それで、どう切り返したんだ?」

「『そのことはマニュアルの四ページ、下から五行目にも書いてあります』と」

「なるほど……。そうしたら、『マニュアルはもらったが、それで理解しろとは言われてない』とでも言われたか?」

「……、魔王さま、見てました?」

「ふふっ。俺も屁理屈こねるタイプだから、奴等のやり口がわかるんだよ」


 義行は、涼しい顔でシルムに答えた。


「で、とどめは刺したか?」

「『貴方がたは、再再契約で完全に自由に作業を行うとなっています。ですので、種芋がほしい場合は、代金をお支払いください。もしくは自由なんですから、他の農家さんと自由に交渉して種芋を集めてください』と」

「それでいい。自由にやると言って契約破棄したのは彼らだ。だからといって、なんでもかんでも自由にできるわけではないことを叩き込んでやればいいさ。それでも文句言ってくるようなら、『魔王に直接相談してください』って言っとけ」

「それが一番手っ取り早いですね」

 シルムはポンっと手を打つ。

「いやいや、あくまでも最終手段だぞ、最終手段。で、開拓地のポテは?」

「はい、種芋を残していた方々は全員植え終わりました」

「まあ、あまり気にするな。彼らも、あわよくばを狙って言ってきてるだけだ。きっちり回答すれば、それ以上の攻撃はこないはずだ」


 しかしこの話を聞いた義行は、次の募集は相当準備してかからないと舐められそうだと思った。

 そんなことを考えていると変な感じがしてそっちを見ると、そこには般若のノノがいた。


「ノノ。気持ちはわかるが、仕返しはするなよ」

「じゃあ、マリア母さんから」

「もっとダメー!」


 そんなことがありつつ、サクラも開花した四月初め、ブレットさんを交えイネの育苗に取り掛かった。栽培記録を隅から隅まで読んでいるため、説明は非常に楽だった。なので、どうしても経験しないとわからない部分を中心に指導して、育苗箱への播種までを終わらせた。


「次の田起こしまでは育苗が中心ですね」


 稲作も今年で三年目だ。余程のことがない限り大丈夫だろう。


 そこから田起こしまでの間は、ウシやニワトリの世話、堆肥づくりに精を出す義行だった。

 そんな中、城では再び例のブームが巻き起こっていた。


「魔王さま~。苺クリームパンは作らないのかしら~」


 この人、山の管理をほったらかしにして大丈夫なのかと義行は心配になる。


「いえ、作らないわけじゃないですけど、まだ時期的に早いです。旬は五月ですよ?」

「え~、でも、赤いのがありました~」

「そりゃ、勘違いして熟すイチゴもありますけど……。それに、今一個だけ作って、五月まで我慢できますか?」

「少しずつ食べるから保ちます~」

「いやいや、腐るでしょ?」

「ふふっ。私たちには特殊な腐らない保存方法があるのよ~。妖精だけのね~」


 アプリさんはさらっと言ってるが、義行は喉から手が出るほど欲しい機能だ。


「それなら、明日にでも作っておきますよ。でも、熟してるは数個ですから、作れても二個です。今日はヴェゼのところにいるんでしょ?」

「ううん、明日までシトラのところ~。ちょっと聞きたいことがあるのよ~」

「じゃあ、帰る前に寄ってください」


 義行は明日の予定を微調整したのち、ノノと明後日の作業の相談してその日を終えた。


 そして翌日の昼食後、ノンビリお茶を飲んでるとシトラさんとアプリさんが揃って現れた。シトラさんから、「私のもあるわよね?」と聞かれたので、「ないですよ?」と義行は返した。


「そう、アプリの方がいいのね! もう、私のことなんてどうでもいいんだ、遊びだったのね!」

「フッ、男とはそういう生き物なのさ。悪いな、諦めてくれ」

「キーッ、悔しい。呪ってやる!」


 そう言って、シトラさんはハンカチの端を口にくわえ悔しがるそぶりを見せる。


「って、いつまでやってるの~」


 そこに、ノンビリとしたツッコミが入った。


「ちょっとアプリ、あなたも少しはノってきなさいよ。お約束じゃないの……」

「アプリさん、済みません。シトラさんに会うと、なぜかこうしたくなっちゃうんです」

「それ病気です~」


 コントを終えて落ち着いた三人はノンビリお茶にした。


「先に渡しておきますね。苺クリームパンです」

「ありがとう~。で、そのお礼じゃないけど、イチゴを収穫した後は土をしっかり作ってね~」

「土ですか?」

「なんでかは、シトラが言うわ~」

「って、あんた私に丸投げ……。まあいいわ。イチゴの自生地をを調べてみたんだけど、土壌中の菌が影響してるんじゃないかと思って」

「菌ですか?」

「ええ、変な菌が少ないのよ。変わった子もいたけどね。でも、別の場所の株は上手く生育していないのよ。そう考えると、森の土が影響してるのかも。だから、できる限り自生していた環境を作ってみて」


 これはいい情報が手に入った。連作障害のこともあり、イチゴ専業は難しいかと思っていたが、可能性が見えてきたのだ。

 

 その後、その情報を基にノノと実験計画を立てていた義行の下にブレットさんから招待状が届いた。


「魔王さま、狭い家ですがどうぞ」

「木造にしたんですね」

「ええ、クリステインさんに相談したら、いろいろ優遇してもらえました」

「パン屋の方は?」

「それはこの通路から行けるようになっています。焼き窯もあるんで、棟梁も設計と排熱問題に苦労したみたいです」


 通路の先のドアを開けると作業場になっていて、本格的なパン焼き窯が見える。もう一つのドアから店の方に出られるようだ。


 店内も覗いてみると、棚には既にいくつかパンが並べられていた。


「もう営業を始めたんですか?」

「いえ、正式な営業はまだです。今は窯の状態を確認するために焼いてます。店に出してるのは、近所の方用のものです」

「といっても、お客さんの数は……」

「それもあって、時間を見てエリーが市場で販売もしてますよ」


 しかし、さすが専門店だけある。屋敷にある窯より大きな専用の焼き窯だ。


「この窯ですけど、パン生地の上に具材を乗せて焼いたり、生地の中に具材を入れてから焼いたりできますか?」

「……、できると思いますよ。どんなものになるか想像がつきませんけど」

「いや、できるのかなーっと思っただけです」

「ただ、パン屋はあくまでも副業です。本格的にやるかどうかは一年やってみてからですね」


 技術も立派な窯もあるのに使わないのは勿体ない。総菜パンやケーキ、さらにはお茶も出して田んぼの見える喫茶店とするのもありだと義行は思った。


 そんなことを考える魔王さまをブレッドさんは不思議そうな目で見ていた。

 その後、食事に誘われたがお暇することにした。


 西通用門へ向かいながら、義行は開拓地の状況を確認する。自由組の畑では麦が茂っている。


「おいおい、コムギを植えてるのに種芋をせびってきたのか? もう嫌がらせだな」


 立ち寄ったついでに、共同の堆肥置き場も覗いてみた。

 冬に土づくりで使ったからか、腐葉土が少ない。


「酪農を早めに広めて、牛糞堆肥を入手し易くするか? いや、シトラさんの『自生地に習え』じゃないけど、自生地には牛糞堆肥や鶏糞は入ってないよな……」


 開拓地にある程度植樹はしていっているが、まだ材料となる落ち葉をつくる樹が少ない。早急さっきゅうに対処を取る必要性を義行は感じた。


 四月は苗の管理を中心に、合間に書類チェックと忙しい日々を過ごした。五月に入り、田起こしから代かきと順調にこなしていった。

 今年もカスミの子供たちは元気よく田んぼに突っ込み、シルムはすきを持って大暴れだった。


「ブレットさん、来週は恐怖の田植えです。覚悟しておいてくださいね」


 義行はブレッドさんを脅しまくる。

 しかし、城の田植えで腰をいわせたのは義行だけで、ブレットさんの田んぼのヘルプには行けなかった。


 腰痛から解放されたその日、ブレットさんをからかうために義行はパン屋に向かった。


「あれ、普通にパン焼いてる。腰痛は?」

「なんです、それ?」


 例年どおりにネタをこなし、あっという間にタマネギの収穫時期に入った。


「皆さん、タマネギの収穫です。マニュアルにもあるように、タマネギは茎が枯れたあとも一週間ほど太るので注意してください。そして、天日干しが重要です」


 自由組は、その名のとおり自由に作業を行っている。話を聞いているのは、城との契約のある八名だけだ。


「魔王さま、全部収穫してもえんかのう?」

「というと?」

「来年用の種を取るには幾らか残す必要があるんじゃろ?」

「そうでしたね。マニュアルには、そのまま植えておくと書いてますが、一度収穫して、今年の秋の播種のときに合わせて植え直す方法もあります」

「どちらでもいいということかい?」

「そうですね。どちらが正解というのはないと思います。城の実験圃場では一度収穫して、後日植え直す方法でやってみようと思っています」


 質問もなくなり、皆一斉に収穫を始めた。ざっと見る限り、裏庭の実験圃場と同等の収穫量があるようだ。ちらっと自由組の方を見ると、土の影響なのかポテのときと同様に若干収穫量は少ない。ただ、完全自由契約になっている関係か、文句を言ってくる者はいなかった。


 天日干しも完了した一週間後、市場にタマネギが並べられた。今回は販売初日に立ち会うことができた。


「魔王さま、どんな反応ですかね?」

「今日は、それほど売れないんじゃないかな」

「あんなにおいしいのにですか?」

「うん。今、失敗したなと思ってるんだけど、試食会開いてないなと思って。誰も調理方法を知らないんじゃないかな?」


 そう言うと、「魔王さま、ジャジャ~ン」と効果音付きで、シルムが一枚の紙を出した。


「あっ! レシピじゃないか」

「魔王さま組で、どうしたら買ってもらえるか考えたんです。そうしたら、料理法を教えるのが一番だろうって」

「肉ポテにタマネギスープ、みそ汁の具にオニオンフライ。他にもサラダか」

「ほとんどマリーさんに教えてもらったんですけどね」

「これは助かる。これ、どのくらい作ったんだ?」

「予算の都合で、各家で二十枚です。なので、三日分くらいしかないと思います。でも、主婦なら口頭で伝えてくれると思うので、最初の数十人に伝わればいいかなと」

「だから『自由に広めてください』なのか」


 その後に話を聞くと、新しもの好きの主婦が買い求めているようだ。料理の説明もできるマリアさんの店に一番の人だかりができてたようだが、他の店でもレシピがもらえるのがわかり、行列は分散したようだ。


 意外と皆したたかだなと義行は思った。

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