第45話 募集第二弾(稲作農家募集)

 ポテの収穫も終わり、市場に少しずつ流通し始めた。試食会の効果もあってか、売れ行きは悪くなかった。肉ナシの肉ポテで食すというのが、主婦の間で広まっているようだ。そのため、醤油の販売増を求める声も上がっている。しかし現状では、小瓶に分けたものを少しずつ供給することしかできない。


 ここまで進んでくると、義行はもう我慢できなかった。


「サイクリウス、国民は新しい食材を求めている。開拓地は、道路を挟んで反対側の川の方にも広げたよな。どんな状況だ?」

「ちょっと魔王さま、そう焦らないでくだされ。現在、区画整理と用水路整備は終わっております。ただ、居住地の整備はこれからです」


 サイクリウスは嫌そうな顔で答える。


「なんだよ、この波に乗るべきだろ。区画としては幾つできたんだ?」

「十メートル四方が八面と縦長のものが四面です。川もあり幅が狭かったので、少し特殊な形になってます」

「それは別に構わん。あと、第三弾用に山裾近くまで大規模に押さえておいてくれないないか?」

「かしこまりました。押さえておくだけでよろしいですか?」

「今はそれでいい。整備を急ぐ必要はない」


 第二弾の募集すらしていない状態で第三弾の話かと言われそうだが、なにかしていないと落ち着かない義行なのだ。


 その話が終わると義行は、振興部に戻って第二弾の募集案内を書き始めた。



【……


 『米栽培に興味のある者を募集』

 

 麦に変わる新たな穀物として、コメを栽培する。それに協力できる者を募集する。

 

 条件

 ・農業経験は問わないが、今後もコメ栽培に従事することを了承できる者。

 ・就農後、その年の十月中旬まで収入がないことを受け入れられる者。

 

 その他

 ・個人・グループ、どちらの申し込みでも受け付ける。


 説明会は、五日後の十時から農畜振興部でおこなう。


 農畜振興部

                           

 ……】


 

 書き上げた募集案内をノノにチェックしてもらった。そのとき、ノノの表情が一瞬ゆがむのを義行は見逃さなかった。

 しかし、ノノがなにも言わなかったので五枚ほど複写して、街の掲示板に張り出してもらった。


 そして運命の説明会の日、義行とノノは振興部の部屋で応募者を待った。


「前回が十三人だよな。今回はコメの栽培に限定したから、来ても三、四人かな? それから説明をしていくから、一人残れば御の字だな」


 受付の十時になった。三十分、一時間、そして一時間半が過ぎ、とうとう昼になった。その間、誰一人訪ねてくることは無かった。


 ノノはどう声をかけようか考えながら義行と共に食堂に入り、席に着いた。


「いやー、まさか一人も来んとはなー」


 義行はあっけらかんとしており、ノノは拍子抜けした。


「魔王さま、こうなることを予想されてましたの?」

「まあね。募集案内を確認してもらったとき、ノノ、ちょっと嫌そうな顔しただろ?」

「あら、バレてましたの?」

「一応、周りは見てるつもりだよ。気になったのは、『就農後、十月まで収入がない』の部分だろ?」

「ええ、あれを見れば応募しようなんて気はおきませんわ」


 結果を話していると、マリーが昼食を持ってきてくれた。


「魔王さま、ダメだったすか?」

「応募者ゼロだ。一応、想定内ではあるがな」


 マリーは、「そうっすか、ゼロっすか……」とだけ言って台所に戻って行った。

 しかし、応募がゼロだったからといって立ち止まってはいられない。昼食後、義行はシトラさんとヴェゼに会うために、果樹園に向かった。


「シトラさーん、ヴェゼー」

「どうかした?」


 いつもならなにかやって登場するシトラさんだが、今日はいたってまともな登場だった。


「開拓地のことで相談があって」

「ここに来たってことは、私たちでなんとかなることよね?」

「実は、腐葉土の材料が少ないんです。なので、民家の庭にアオダモ、ある程度の広さがある場所には落葉樹を、農道の脇には低木を植えようかと思ってるんです」

「成長するのに数年はかかるわよ?」


 それは仕方がないと義行も思っている。しかし、できることはやっておきたかったのだ。


「送る?」

「いや、あそこは一般の人たちがいるから、急に樹木が立つと不審がられる。俺たちで運ぶよ」


 義行は一時間ほど森の中を歩き回り、移植可能なアオダモや間伐材に目印を付けて回った。

 その後は翌日の移植準備として別部署の職員も引きずり出し、リヤカーに森の土を乗せ開拓地に運び込んでいった。

 

 翌日は朝から目印をつけたアオダモや間伐する若木を運んで移植していった。

 

 そんな地道な作業が四日ほど続き、久しぶりに振興部の机で書類にサインをしていた夕方だった。


「魔王さま、ちょっと話を聞いてもらいたいっす」

「あれっ……、マリーが振興部にくるなんて珍しいね。別に構わんぞー」


 マリーは一度廊下に出て、二人のお客を連れて戻って来た。

 二人とマリーがソファーに座るとノノが紅茶を出してくれた。


「魔王さま、こっちはエリー。俺っちの姉さんっす。そして、その旦那のブレット兄さんっす」

「今日はどういったご用件で?」

「あの、今更と言われるかもしれませんが、コメ栽培のことをお聞かせくださいませんか?」


 説明するのはやぶさかではないし、義行は興味を持ってくれた人がいただけでも嬉しかった。

 そんなことを思っているとマリーから補足が入った。


「今回、二人は応募しようかどうか悩んでたっす。ただ、農業の経験がないんで他の人に決まるだろうって……」

「諦めて応募しなかったわけか」

「そうっす。でもあの日、応募がゼロだったと聞いてその話をしたっす」

「今更やって来て、話を聞かせてほしいというのはズルいと言われも仕方ありません。でも、賭けてみたいんです」

「賭ける?」


 すると、横に控えていたブレットさんが、バスケットをテーブルの上に置いた。


「この香りは……、パンですか?」

 マリーは、バスケットの中の一つを義行に渡す。

「魔王さま、まずは食べてみてほしいっす」

 義行はちょっとちぎって口に放り込んだ。

「なんか懐かしい味がする。いつも食べてるパンとは違うが、うまいな」

「それ、ブレット兄さんが作った米粉こめこのパンっす」

「米粉?」


 義行は、米粉でもパンが作れることは知っていた。ただ、実際に食べたのはこれが初めてのことだった。


「以前、マリーから『米という穀物があるけど、炊いて食べる以外の使い方がないか』って相談されたんです。聞いた感じが麦みたいだったので、粉にしたらパンに使えないかと思っていたんです」

「魔王さま申し訳ないっす。応募がゼロだったというのを聞いた日、少し持ち出したっす」


 マリーだけではなく、エリーさんとブレッドさんも同じように頭を下げる。


「いや、ちょっと待って。ブレットさんが作ったって?」

「はい、ブレットは我が家のパン職人なんです」

「実家がパン屋なんですか?」

「そうです」


 入れ替わった初日に食べたパンをうまいと思ったのはそれが理由だったようだ。


「このパンを作って試食したとき、新しいお客を開拓できるんじゃないかと思ったんです」

「なるほど、それで応募者がゼロと聞いて……」

「はい、農業経験はありませんけど、米を手に入れるには自分で作ればいいと思いました」


 義行は紅茶で口を湿らせて質問をした。


「お二人がコメ栽培に参加してくださるのなら、私たちは喜んで迎え入れたいと思います。ただ、今のパン屋はどうされるんですか?」

「そちらは問題ありません。パン屋を継ぐのは私の兄ですから」

「父親は半分引退して、今は一番上の兄貴とブレット兄さんがパンを焼いてるっす。なので、ブレット兄さんが抜けても店が潰れることはないっす」

「ただ、募集案内にも書きましたが、最初のコメが収穫できるのは来年の十月以降です。その間無収入ですよ?」


 ノノも一番気にしていた部分だ。

 しかし、応募しようと考えていただけあり、パンを販売して乗り切るという案を出してきた。


「ただ、パン作りと稲作の両立は大変ですよ?」

「エリーもパンは焼けます。私が農作業を中心にやっていけば、うまく回転できるんじゃないかと思っています。一応、働かなくても三年間は食って行けるだけの蓄えもあります。やらせてもらえませんか?」


 当面の生活はできる。あってはならないが、なにかあってもパン屋、もしくは実家という逃げ場がある。養鶏業に続き、ここでも身内が採用されることにはなるが、二人のやる気を義行は尊重したかった。


「一つ条件があります。今すぐ契約する必要はありません。通行証を出しますので、ここで稲作の記録を読んでください。ノノやシルムもいますので質問もどうぞ。本格的に動き始めるのは三月頃なので、一か月、我々がやってきたことを読んで、聞いて判断してください」

「わかりました。よろしくお願いします」


 通行証は正門の門番に渡しておくので、明日以降に受け取るように言って帰宅してもらった。


「魔王さま、無茶言ってゴメンっす」

「気にするな。あのパンは化けるかもしれんぞ」

「あのパンがっすか?」

「ああ、この国がどうかは知らんが、少なからず小麦を口にできない人がいるんだ」

「そういえば、小麦を食べると体が痒くなるって人がいたっす」

 どうやら、この国にもアレルギーというのは存在するらしい。

「そういう人にとって、米のパンはどうだ?」

「食べたかったパンが食べられるっす。新しいお客になってもらえるっす!」

「そうだ。それに、パンが小麦パンだけという必要もない。おいしいものならいくつあっても困らない。食生活が豊かになるしな」

「でも、城の大事な米を……」

「それは構わん。クリステインに聞いてみろ」


 最後、意味深な発言をして義行は食堂に向かった。

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