第44話 ポテの収穫と最終離反
試食会は盛況のうちに終わった。フリッツさんがてんてこ舞いするのは想定外だったが、義行は気分よく農家募集二弾の要項作成に取りかかっていた。どうすれば応募者と我々の負担を減らしつつ食糧増産につなげられるのか、考えれば考えるほどこんがらがってくる。
そんなこんなで頭を悩ましていると、シルムが入ってきた。
「魔王さま、そろそろポテの収穫を始めてもいいと思います」
「もうそんな時期か」
「ええ、葉や茎が枯れてきましたから」
「じゃあ、ノノと天気を見ながら収穫日を決めて連絡しておいて」
この収穫は、開拓地における最初の大規模収穫となる。嬉しいことなのだが、別の意味でよいデータが取れるのではないかと義行は思っている。
そんなことを考えながら募集要項の作成を続けた夕方、ノノからは先に城の畑を収穫し、その翌日に開拓地の収穫を行うと連絡がきた。
そして翌日、全員で朝から城の畑分の収穫を行った。
「今年もいいポテが取れてますわね」
「去年の経験があるからな」
「このあと、この畑はどうしますか?」
「ここって、しばらく使ってたんだっけ?」
「はい。なので一年休ませて土づくりがいいかなと思います」
ポテは昨年とほぼ同量が収穫でき、同時にこの畑をどうするかも決められた。
城の畑が終わった翌日は朝から開拓地に向かい、各農家の収穫作業を見て回った。少ない農家は依頼分の一面、多いところは城と自分達の畑で二面なので、そう時間はかからなかった。
「魔王さま、見て見て。ポテがいっぱい」
マリアさんの所の子供達も総出でポテ堀りに
「いい大きさだな。皆も手伝ったのか?」
「いっぱい作業したよ」
「魔王さま、ウチの所はどうでしょう? マニュアルにあるくらいの量は取れたと思いますが……」
義行は未経験者の畑に積まれたポテを手に取って観察してみる。
「ええ、大きさも申し分ないですね。量も城の畑と大差ありませんね。成功と言っていいでしょう」
「そうですか。初めての農作業で心配でしたが、一安心です」
そうやって各農家の収穫を見ていく中、経験者の数人が突っかかってきた。
「なにが成功だ。うちの畑を見てみろ、そっちの畑より一割は少ないぞ!」
義行は畑の真ん中に詰まれたポテをざっと眺めた。
「確かに少ないですね」
「俺のところは一割五分は少ないぞ。二百キロ近く取れるんじゃなかったのか!」
義行はメモを片手に畑の位置を確認して、そのメモに大まかな収量を記入していった。
「こんなに差が出るなんておかしいじゃないか!」
「いい加減な種芋を渡したんじゃないだろうな!」
「いや、俺たちが自由にやると宣言したから嫌がらせしてるんだろ!」
言いたい放題だ。しかし声高に叫んでいるのは自由契約組の五名だけで、その五名の後ろにいる経験者三名の目は、義行の顔と地面を往復するだけだった。
そして二名の経験者と、未経験者組とマリアさんはそれを遠巻きに見ている。
「そうですね……。一軒一軒説明しましょうか? それとも、まとめて説明しましょうか?」
義行は慌てることもなく淡々と答える。その態度が
「ほう? 説明できるなら説明してみろよ」
売り言葉に買い言葉ではないが、経験者五名も相手が魔王さまということを忘れてしまっている。
そんな中、義行は先ほど収穫量を控えたメモとは別の紙を取り出した。
「まず、一割とか一割五分近く収量が少ない方々は、あぁ、あなた方ですね。土づくりはしっかりされましたか? 私の手元にある情報によると、腐葉土の投入量も少ないようですね。違いますか?」
「いや、それは……」
「種芋についてですが、マニュアルを読んで準備しましたか?」
二人は俯いたまま、答えようとしない。
答えるまで待つのも時間の無駄と思った義行は、その二人以外に向かって指摘を始めた。
「そちらの方々ですが、種芋は頭頂部を中心に分割しましたか?」
「芽が出る位置を考えて分割しましたか?」
「分割後は、乾燥させるか、
「植え付けの際は、切断面を下にして植え付けるように記述していますが、そのようにしましたか?」
「たくさん収穫しようと、種芋を小さく切り分けて
「成長に合わせて、
義行はメモを見ながら一気にまくし立てた。
反論する者は誰一人いない。
実は、種芋を渡してから昨日まで、シトラさんが各農家の行動を逐一報告してくれていたのだ。義行はその報告を聞くたびに飛んでいきたくなった。しかし、シトラさんは、首を横に振るだけだった。そう、失敗して覚えることもあるんだと己に言い聞かせ我慢してきたのだ。
「なにか反論があればお聞きしますよ?」
「……」
全てが事実であるため、「そんことはない」と誰も言えない。ギュッと唇を噛み、小さく震えている。
だが、彼らもなにか言わないと腹の虫がおさまらなかったのだろう。
「し、しかし、城から依頼しておきながら、しっ、指導せずに見ていたんか!」
「申し訳ありません。ここで種芋を渡した日、私はなんと言いましたか?」
義行は静かに五人と、その後ろでうなだれる三人の経験者を見ていく。
「私は、『城の職員がこれまでどおり週三日は常駐しますので、不明な点は遠慮なく相談してください』と言ったはずですが?」
「……」
「ちなみに、後ろの三名の方はマニュアルをどう読みましたか?」
主に文句を言ってきてるのは自由組の五名で、後ろの三名は関係はない。だが、五名に聞いたところでまともな回答は帰ってこないと思った義行は、後ろの三名に話を振った。もちろん、この三名の行動もメモには全て書かれている。
「あ、ああ……。いや、その、適当に読んでやってました」
「シルムからの報告でも、今日までで相談があったのはあちらの方たちのみと聞いています」
義行は、目標どおりの収量を上げた経験者二名と未経験者三名のグループを見る。
自由組五名と経験者三名は、完全に黙ってしまった。
これ以上追及する必要はなだろうと思い、義行は今後の話を始めた。
「今回依頼したポテは、契約どおり自由に販売いただいて構いません。ただし、このポテの一部が来年の春の種芋になりますので、販売する量には注意してください。そして委託分の畑についてですが、来年の春まで土づくりをしてください」
その一言に自由組がついに切れた。
「ちょっと待て、今からならまだギリギリ麦が植えられる。なんで畑を遊ばせるんだ!」
「俺たちは収穫量が少なかったんだ。畑を休ませる余裕なんてねえんだ!」
経験者五名からは叫びに近い反論が返ってくる。
しかし、義行は静かに返した。
「その余裕がない原因を作ったのは私ですか?」
奥歯を噛みしめながら発せられたのは、「い、いや……」の一言だった。
「確かにギリギリですが、コムギを植えられるでしょう。しかし、来年の春ポテの播種の時期には小麦が残っています。そうなると春植えのポテは植えられません。契約書には、『城から指定する作物を育ててもらうことがある』と書かれてるはずですが?」
「そんなこと知るか。それは城の都合だろう!」
「前回変更した契約書で、城との契約分に関する項目が削除されましたか?」
「うっ、じゃ、じゃあ、収穫が少なかった分、城が補填しろ!」
さすがにこの発言には、未経験者組も呆れていた。
「あなた方は好きなようにやって、それでうまくいかなければ城の責任だとおっしゃる。さらには補填しろと?」
「同じように依頼されて作業した俺たちは損しただけじゃないか!」
「では、なぜあちらの方たちと同じように作業されなかったのですか? 未経験者でも予定どおりの収量を上げてますよ。それは、あなた方がマニュアルを読まずに作業し、シルムに相談することもなく作業した結果ではないですか?」
「俺たちが間違ったやり方をしてるのに、黙って見ていてその言い草か!」
「ですから、先ほども言いましたよね。『シルムが週に三日は常駐するから、質問があればしてください』と。さらに言えば、アンケートを取ったときも、我々が関与することを少なくすると言ったとき、あなた方はニヤニヤするだけで否定もしなかった。その後の指導を聞くこともなく、種を受け取ってそそくさと帰りましたよね?」
普通であれば、ここまで静かに反論する魔王さまを見て文句は言えなくなるところだろうが、この経験者五名は別の意味で強者だった。
「せ、せめて、賃借料の減免くらいあってもいいだろう!」
「そうだ、減免措置を要求する!」
それでも義行はひるまない。
「これは天災ですか? 全員等しく収量が落ちてますか? 改めてお聞きします。原因はなんですか?」
「もうええ! 城の委託なんて関係ねぇ。契約も知らん!」
自由組の五名はそう宣言して帰ろうとしたが、義行は待ったをかけ、その場で再再契約を行った。
経験者五名は、その契約書をひったくるように奪い取り家へ戻っていった。義行としても、ここはきっちりさせてもらった。
その様子を見ていた三名の経験者は踏ん切りがつかず、黙り込んだままだ。彼らは自由契約組ではない。彼らに再契約を迫る気のない義行は、残った農家全員に今後の予定を話した。
「そういうことですので、委託分の畑は春まで土づくりをお願いします。それ以外は当然、自由にしていただいて構いません。ただ、春にポテを植えるのであれば、三月初旬からになりますので注意してください。ただ、今回ポテを植えた畑に続けてポテを植えるのはお勧めしません」
「魔王さま、お勧めはありますか?」
「私個人の意見ですが、今回ポテを植えた畑は六月くらいまでしっかり土づくり。その後、シロナやヤベツ、もしくは少しあけて、ニンジンやタマネギはどうでしょう」
未経験者組は始めからこちらの指示どおりに動く予定だったようだ。ただ、なにを植えるかは改めてシルムと相談するということに落ち着いた。
話し合いも終わり、義行は彼らに次なる種を渡していった。
「では、春までの種です」
「魔王さま、春までは土づくりなんじゃ?」
「ええ、これがその土づくりのための種です。クローバーです。これを撒いておいて、春に畑に漉き込みます。これも土づくりの一環で、土の力を復活させるためのものです。畑に食べ物を与えて元気になってもらうと思ってください。特に世話をする必要もありません。冬の間は腐葉土づくりに励みましょう」
マリアさんを残して、他の者も帰っていった。
今回の再再契約で、五軒分の委託畑が減ったのは痛いが、義行も適当にやられて文句を付けられるのはもうたくさんだったのだ。
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