第43話 試食会
試食会の開催を決めた翌日からすぐに準備が始まった。試食会に出す料理は、今後のポテや玉ねぎの宣伝も兼ねて肉ポテにした。
しかし、肉の準備をどうするか悩んでいると、クリステインが伝手を使ってシカ肉を手に入れてくれた。
全ての準備が整い、正門横で試食会が始まった。
義行は威勢よく第一声を発する。
「さあさあ、寄ってらっしゃい見てらっしゃい。決して無駄な時間にさせません。あっ、そこ行くお奇麗な奥様、よかったら見ていってちょうだいな」
魔王さま自らノリノリでやってりゃ皆立ち止まっていく。
その口上に合わせるようにマリーは準備を進める。
「さて、ここに取り出したる一枚の黒い板。単なる黒い板じゃございやせん。これは、最近開発された乾燥ミャーコ。なんとも不思議な食材でござい。そしてこの荒節。えっ? 単なる木の棒じゃないかって。バカ言っちゃいけねえよ。新時代のスープがこれから誕生だー」
義行は不思議感を煽るように材料の説明を始め、それらを持ってマリーが準備してくれていた鍋の前に立つ。
「まずは、水に浸した乾燥ミャーコを火にかける。これ、必ず水に浸した状態から沸騰させてくださいね。ここ大事ですよ」
ひと煮立ちしたのを確認した義行は火を止めて、昆布を取り出した鍋に削った荒節を投入した。
「えっ? さっきの木の棒みたいなのはどこに行ったかって。あれを削ったものがこの削り節だ」
義行は、荒節を投入し、二分ほどでさっと取り出す。
「さあ、たったこれだけ立派な出汁が取れてるよ」
マリーは準備したお皿に出汁を入れ、見物客に配っていく。だが、見物客は誰も手を付けようとはしない。
「さあさあ皆さん、騙されたと思って飲んでください、後悔はさせませんよ」
「飲んだら、『や~い、騙された~』って言われるっすよー」
客からはどっと笑いが起こった。マリーのナイスアシストだ。
特に主婦たちは料理ということで関心があったのだろう、あちらこちらから感想が聞こえ始めた。
「さて、どうでしょう。この味が好きと言う人いるでしょう。魚くさいと思われる方もいるでしょう。でも、出汁はこのままこのまま飲むもんじゃねぇ。マリー準備を頼む」
マリーはポテと玉ねぎを炒め、出汁を加えて煮ていき、砂糖、ワイン、そして醤油で味を調えながら肉ポテを完成させた。
「で、この肉と玉ねぎとポテを数時間置いて、味を染み込ませたものがこれだ。決して尺の都合でこうなったわけじゃありやせん」
そう言って、義行はドンとテーブルの上に鍋を置き、観客の顔を見て回る。
だが、クスッとも笑いは起きなかった。
出来上がった肉ポテは、手伝いに来ていたノノとシルムが少量ずつ取り分けて配っていく。
「あら、これおいしいわね」
「出汁のみだとちょっと魚くさい気がしたけど、こうやって整えると気にならないわね」
「色が茶色いから気味が悪かったけど、いいお味ね」
普段から料理をしている主婦からはなかなかの反応が得られている。
「それより、この野菜はなんのな? 市場では見ないけど」
中には味だけでなく、具材に注目する者も現れた。
「これは、ポテですよ。来月には市場でも販売が始まると思います。あ、それとこの味付けに使った醤油も少量ですが販売します。また、生産をしてくださる方も募集しますので、掲示板を見ていってください」
一歩引き気味で見ていたお客が、一斉に押し寄せてきた。
午後も夕方四時から試食会を開催したが、午前以上の観客が詰めかける事態となり、試食は前の方の人しかできなくなってしまった。ただ、魔王さまの大道芸という物珍しさで見ている者が大半で、試食ができなくて文句をいう者はいなかった。
そんな試食会から二週間ほど経った。振興部のデスクで設計図を複写しているとシルムがやってきた。
「魔王さま、醤油の生産希望者は来ましたか?」
「ゼロだ」
試食会でさんざん募集案内を見てくれと言ったものの、誰の応募もない。
「時間だ。熟成期間がネックなんだよ」
「約一年ですからねー。もういっそのこと、城の事業として独占生産販売しますか?」
そんな話をしていると、振興部の前が騒がしくなった。
「魔王さま、我々にも乾燥ミャーコと荒節の販売許可を」
「魔王さまは特定の商売人を
なんか聞いたことあるセリフが飛び交い始めた。
「ねえ、君たち塩の販売のときも来なかった? 俺、覚えてるよ。それよりさ、醤油と味噌を生産してみない? 今ならライバルいないよ?」
「遠慮します。力仕事してまで金稼ごうとは思ってませんから。俺たち転売ヤーなんで」
この国にもそんな考えがあるのかと義行はちょっと怖さを覚えた。
そして、こんな奴らを相手しても意味ないと思った義行は、いつもの、『サイクリウスの所で話して』とあしらって追い返したてから、クリステインと四番街道に向かった。
「こんちわー 魔王でーす。これ、昨日宣伝してた荒節を簡単に削れる機械の設計図です。自由に改良して販売してくださーい」
義行は四番街道に店を構える道具屋、鍛冶屋一軒一軒を回って設計図を置いて回った。嬉しそうな顔をする店主もいれば、苦々しい顔をする店主となかなか面白かった。
帰り際、フリッツさんの店に寄ってみたが、台の上には布がかけられ誰もいなかった。
「あの、すみません。隣の店ですが、今日は休みですか?」
「あら魔王さま、それが大変だったのよ」
義行はよくフリッツさんの店に顔を出していることもあり、隣の店のおば……、もとい、お姉様とも顔見知りになっている。
「開店するなり、乾燥ミャーコと荒節の争奪戦よ。三十分もしないうちに売り切れちゃったわ。完売後もどんどんお客が現れて、フリッツさんと店員の若い子が平謝り」
「あらー」
「うちは前日にこっそり売ってもらってたんで、高みの見物さね」
なかなかちゃっかりしたお姉様のようだ。
情報収集の一環で「味どうでした?」と義行は聞いてみた。
「フリッツさんが横で商売始めて、干物とかよく食べるようになったんで、うちの者には高評価だったわよ。ただ、作る側から言わせてもらうと、荒節を削るのが面倒でね」
「あー、それなら数日中にいいものが販売されると思いますよ」
そう言って義行とクリステインは屋敷に戻っていった。
そんなことがあった二週間後のことだった。
「今日は外が賑やかだよな。なにかイベントでもやってるのか?」
「魔王さま、ご自分の胸に手を当てて考えてください」
「うーん、Aカップ?」
今回もクスッとも笑いは起きない。なので、知らんぷりして書類のサインを続けていたときだ。
「魔王さま。フリッツ殿からが面会の申し出がでてますが、いかがなさいますか?」
「じゃあ、ここで話を聞くよ」
すると十秒もしないうちにフリッツさんが駆け込んできた。
「魔王さま。以前にも増して、荒節とミャーコを買い求める客が殺到して、このままでは数か月で在庫が底をつきそうです」
「済みません。それ、私のせいかも」
義行は二週間前に荒節削り機の設計図をバラまいたことを説明した。
「フリッツさんに報告しようと思って店に行ったら休業のようだったので、そのまま帰宅したんでした」
「あぁ、朝から主婦が詰めかけた日ですね」
「多分、その削り機が出回り始めて、余計に荒節を購入する人が増えたんだと思います。申し訳ないです。」
「いえ、多くの人に食べてもらえるのは嬉しい限りです。ただ、このままじゃ……」
フリッツさんも原因がわかって合点がいったようだが、困り顔になった。
「在庫はどのくらいですか?」
「これまでどおりの量を販売するなら、一ヶ月分といったところですかね」
「それなら事情を説明して、販売量を半分にしましょう。念のために城から掲示もしますので、文句を言う人は出ないでしょう」
「ありがとうございます。それで乗り切れると思います」
「まあ、それも不要だとは思うんですけどね」
その義行の読みどおり、三日ほどでその騒動も収まった。
そもそも、まだポテやタマネギも出回ってない。乾燥ミャーコと荒節だけではまだ使い道も限られている。そこまで考えての削り節機の公開なのだ。義行にとっては想定の範囲内なのだ。
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