第41話 大激論
ストレスのたまる説明会は終わったが、その後も義行たちは圃場の確認や作付け相談をこなした。そのため、全てが終わり帰宅したのは十八時を過ぎで、疲れた義行は夕食もそこそこに就寝した。
そしてその翌日には昨日のアンケート結果を纏めるため、義行の姿は振興部のデスクにあった。
「えっと、城の委託分は一面で、十三農家分。それに各農家の自主参加分で……」
計算結果を見ながら義行は頬をヒクつかせた。
義行は一度心を落ち着かせ、ノノとシルム、それにサイクリウスを振興部に集合させた。
「魔王さま、緊急の会議ですか?」
「ちょっと、みんなの意見を聞かせてほしいと思ってな」
「魔王さま、私は農業に関しては素人ですぞ。なんの意見も出せないと思いますが……」
「お前には農業指導の観点からではなくて、年長者としての意見を聞きたい」
サイクリウスは、それがなにか役に立つのであればと残ってくれた。
ノノとシルムはこれから話されることがわからず、不安な顔になってきていた。
「今日皆に聞きたいことは二つある。一つは、農家への指導をどこまでやるかだ」
「どこまでって……、まさか指導しないとか?」
「いや、そんな極端なことじゃない。今までの様に手取り足取り指導していくのがいいのかと思ってな」
急になにを言ってるんだ? というノノとシルムの目だ。
「今、ノノとシルムの記録をもとに栽培マニュアルを作ってる。これを読むだけで結構できちゃいそうなんだよ。もちろん、俺は知っているからそう感じるだけかもしれないがな」
「魔王さま、そのマニュアルを見ることはできますかな?」
義行は、ほぼ完成したポテとタマネギの栽培マニュアルをサイクリウスに渡した。
播種から収穫までの作業を時系列で記載し、必要なら図解もしてある。そのため、各マニュアルで十ページほどある。
サイクリウスはその両方に目をとおし、ノノとシルムにそれぞれを渡してから口を開いた。
「確かによくできております。細かい注釈部分は、ノノ君かシルム君が気付いたことかな?」
ノノとシルムもマニュアルに目をとおしている。
「はい、私やノノ姉さまが書き留めたことが、わかり易く書かれています」
「俺が知っているが故に見落としがちなことを拾っている箇所もあってな、初心者には持って来いだと思う」
「なるほど。私は農業経験はありませんが、妻と野菜の栽培方法が記されたものを読んだことがあります」
「なんだ、そういう本ってあるのか……」
ただ、サイクリウス曰く、『種はこの時期に蒔く』、『虫が付いたら殺す』、『収穫はこの時期』程度のものだとの事だった。
「ここまで詳しく書かれていれば、これを読むことで初心者でもある程度のものが作れるでしょうな」
「そうか、二人の記録はそこまでのものだったか。ということは、サイクリウス、お前の意見としては?」
「このマニュアルを渡し、ある程度は各人に考えさせながらやるのはよいのではないでしょうか」
「あの、サイクリウス様。それだと全く農業指導を行わないということになりますわ」
異を唱える者もいる。そのための会議なので義行にとってはありがたい。
「ノノ。もちろん、シルムにはこれまでのように常駐してもらう。これまでの経験から理解できる者は、これを基に作業すればいい。そして未経験者は、自分で考えた上で質問してくるだろう。それにより理解が進む。さらに俺たちは、その質問と回答を蓄積してマニュアルを改良する。こういう循環ができれば最高じゃないか?」
「なるほど、わかりました。私はそれでいいと思いますわ」
「私もです」
「じゃあ指導は必要最低限にして、ある程度は自主性に任せることにする」
まず一つ目の問題はクリアできた。
「次の問題だが、こっちの方が重要だと思ってる。種芋の準備についてだ。これのいい解決案が思い浮かばない」
「なんですの?」
「予定では、八十センチの
「昨年の秋に行った植え方ですわね」
「ただ、昨年の秋は種芋は切らずに植えた。しかし、今回は春植えでしたように、種芋は分割して植えようと思う」
「裏庭もそうですわね」
「そうすると、今回の委託分と、協力分を含めると二十一面の畑に種芋を供給することになる。この種芋をどうやって、誰が準備するかだ」
「準備と言っても、春に収穫した物がありますわ?」
「いや、そういう意味ではなくてな、四千個以上の種芋、これを仮に二分割したとすると八千から九千個の断片が必要になる」
「はっ、八千個ですか?」
「そうだ。委託分の畑の種芋は城が提供することになってる。これを俺たちが
ノノもシルムもその数に驚いてか言葉が出ないようだ。
「先日のアンケートを取った際にも、種芋はこちらで用意すると俺は言った。それを考えると、俺たちで準備する必要がある」
「魔王さま、私は反対です。さっき各人に任せよう言いましたわ。それなら、分割や乾燥処理もやらせるべきです」
つい先ほど、自主性に任せるとしたのだからノノの意見はもっともなことだ。
「しかし、そのやり方が悪くて収穫量が落ちると……」
「それでしたら、魔王さまは全ての種芋を問題ないものに仕上げられますの?」
これを言われると義行も反論のしようがない。
「そうですよ、多い家でも分割する種芋は五百個ほどです。切るだけならそう時間がかかるものでもありませんし、乾燥中もちょっと気に掛ける程度です」
「ただ、城から依頼する以上……」
義行が一番引っ掛かっているのは、種芋は城で準備するという自分の発言と、二回の集会でのやり取りだ。
一分、二分と沈黙が流れる。その沈黙を打ち破るサイクリウスの声が響いた。
「まったく……。魔王さま、契約内容をよく思い出してください。種芋は切断して乾燥・灰付けまでした物を城で準備する、なんて書いてありましたか?」
「いや、そんな細かいことまでは契約書には盛り込んでない」
「でしょ。『城から栽培する作物を指定する場合がある』だけですぞ?」
「それって、屁理屈だって言われないのか? 俺は昨日も、種芋はこちらで準備するといったんだぞ……」
「それが?」
サイクリウスは涼しい顔で、義行を煽るように答える。
「では魔王さまにお聞きします。種芋の定義はなんですか?」
「それは、土に植えて
「では、丸のままの芋も種芋ですよね?」
義行は反論したかった。しかし反論できなかった。
「私はこれまで城で働いてきて、多くの契約を見てきました。このくらいであれば抑え込めます」
「いや、抑え込むのは勘弁してくれ」
「まあ、抑え込むは言い過ぎですが、こちらが負けることはありません」
「じゃあ、種芋の処理を含めて彼らにやってもらうべきだと思うものは?」
義行を除く三人が手を上げる。三対一だ。だが、これでも義行はまだ踏ん切りがつかなった。
「スマン、ちょっと頭を冷やしてくる。三十分後に再開しよう」
義行は裏庭に出た。今日はカスミ親子も来ていないようだ。小川の上に架けた橋の上に座って水の流れを見ていた。
「なにを悩んでいるのかしら?」
スッと横にシトラさんが現れた。
「話は聞いてたわ。ねえ、魔王さまは彼らを自分の思うがままに動かせる駒にしたいの?」
義行は一瞬、なんのことかわからなかった。
「魔王さまが親で、彼らが小さい子供なら一から十まで世話をする必要があると思うわ。でも、彼らは自分たちの意思で応募して、最終的には自分たちでやっていかなければならない」
「……」
「やらせなきゃ理解しないわよ。失敗しなきゃ覚えないわよ。私も若い頃に何度か大失敗してるしね。でも、仲間が助けてくれた。経験に勝るものはないわ」
これを聞いた義行は振興部に戻り、種芋の処理からすべてを彼らにさせることを皆に伝えた。
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