第40話 試験依頼とアンケート
マヨネーズの販売では肝を冷やした。これが、本当にポーセレン商会が開発して販売しているのなら処分を出すだけなのだが、市中の噂を回避するために小細工をしている。一つ対応を誤ると、ポーセレン商会の信用を落とすことになっただろう。
今後は味噌や醤油、さらには牛乳やバター等も販売することになる。一般販売する物には、保管方法も周知する必要性を義行は感じた。
そんなこともあり、マヨネーズの売れ行きが気になっていた義行はポーセレン商会を訪ねた。
「ポーセレンさん、あれからマヨネーズの売れ行きはどうですか?」
「例の件で落ち込むかと思ったんですが、対応が早くてよかったのか、影響はありません。毎日、準備した分が午前中には売り切れる人気です」
「本当に影響は出てないんですね?」
くどいかと思ったが、義行は念押しして聞く。
「はい、本当に魔王さまのお陰です。あそこですぐに対応できてなければ、叩かれまくってたでしょうね」
あの件に関して、義行は自分のファインプレーだとは思っていない。あのとき自分たちで解決しようとせず、真っ先に俺に連絡したクリステインだと義行は思っている。
「ただそれ以降、新たな噂が出回りましたけど……」
「新たな?」
「はい、城がまた特定の商人を
義行は思わず、「またあのバカ息子たちですか」と聞いてしまった。
「いえ、そちらではなく、四番街道の店主たちです」
それを聞いて義行は、あちゃーと思った。
マヨネーズの保管用にと思い、簡易冷蔵庫の作成方法を追記してもらった。しかし、陶器全般を扱うポーセレン商会が、さらに言えば、植木鉢で作れるとなれば疑わるのは当然だ。確かに、ポーセレン商会が独占する必要性は全くない。
「改めて城から設計図をばらまきましょうか?」
「いえ、自由に研究・改造して販売していいとして、原理まで詳しく書いた設計図を四番街道の店主たち全員に配りました。当商会は独占する気も冷蔵庫で儲けようとも思ってないと言って」
逆にケンカを売ってるようにもの思え、義行は心配になった。
「一部の店主たちは早速研究を始めたようですし、よかったんじゃないですかね。もちろん、苦虫を噛み潰した顔の店主もおりましたが」
現状、よく下がって十度といったところだ。義行は、モノづくりの経験のある者に研究・改良してもらった方が国民のためになると思うことにした。
話を終え、義行は確認がてら開拓地までやってきた。契約変更した経験者は既に種を蒔き終わり、未経験者は土づくりと差が出ている。幸いなことに、今のところ致命的な問題は起きていない。これも、シルムがあれこれ指導してくれた結果であった。
そんな状態の畑を見てふと思った義行は、翌日農家全員を集めてある相談をした。
「皆さん、お忙しいところお集まりいただきありがとうございます。今日は相談に来ました。これは強制ではないことを先にお伝えしておきます。この中で、ニンジンの栽培実験に協力いただける方はおられますか?」
相変わらず説明を端折る義行だ。
「あのー、ニンジンと言われても意味がわかんねーだが?」
案の定、ツッコまれた。
「失礼しました。これがニンジンです」
義行は、種を採取した場所から掘り出して保存していたニンジンを皆に見せた。
「栽培するということは食べられるんでしょうけど、いつ頃収穫できるものですか?」
「八月頃に種を蒔けば、十二月頃から収穫できるはずです」
「『栽培』ではなく、『栽培実験』言われる意味は?」
「実は、使う種は一か月ほど前に採取した種です。ただ、この種が発芽するかどうかわかりません」
この一言で、経験者たちがざわつき始めた。
「そんな訳のわからんものに参加しろと言うのか?」
「ですので、強制ではないと」
「悪いが、俺は帰らせてもらうよ」
「魔王さま、私もそんな実験に参加するほど暇じゃありませんので失礼します」
ここで経験者のうち三名が帰っていった。
「しかし、うまく発芽して収穫できればお金になります。ただ、実験で植えた分の畑を占領します。さらに、種を取得するためには必要分の株をそのまま植えておかなければなりません。当然、その間も畑を占領します」
「それはいつまで?」
「種は、来年の六月くらいに採取できます」
流石に約一年もの間畑を使えなくなるということには、経験者も我慢ができなかったようだ。
「ちょっと魔王さま。発芽せにゃ金にならん上に、たとえ上手くいっても、種を取るために来年まで畑の一部を占領するのか?」
「はい、種が取れるのは来年です」
「魔王さまからしたら必要な実験かも知れんが、わしらは作物の出来不出来で、生きるか死ぬかの選択になるんじゃ。もう、帰らせてもらう」
「わしもじゃ」
この時点で経験者の全員が帰ってしまった。
残ったのは未経験者の三名とマリアさんだけだ。
「魔王さま、『実験』ということは、なにもわからんということかいのう?」
「いえ、全くわからないという訳ではありません。問題になりそうなのは発芽の部分です。その後は大丈夫だと思います」
今残っているのは未経験者だけだ。やるべきかやらざるべきか悩んでいるのが見て取れた。
「魔王さま。その種が発芽するのかしないのか、本当にわからんのですか?」
「申し訳ありません、わかりません。なので、いきなり畑一面分を強制して『芽が出ませんでした』では申しわけないので、『少量』で『実験に協力』ということなんです」
「あのー、ポテは確実に収穫できますよね?」
「はい、ポテは一年の成果が出てますので間違いなく」
「それなら、私はポテの栽培と、それまでの土づくりに注力したいと思います」
これで未経験者三人も帰ってしまった。
「まあ、こうなるわな」
義行は集会所の床にへたり込んだ。
「魔王さま、私とノノ姉さまで実験するのではだめなんですか?」
義行も、まず我々がデータを集めるべきだというのはわかっている。
「しかしな、シルム。俺たちが発芽させられるという根拠はないよな?」
シルムやノノが黙ってしまった。こんな聞き方が酷なことは義行もわかっている。
「そうですけど、魔王さまなら……」
「買いかぶり過ぎだよ。今回、実験に協力してもらいたい理由は、俺たちでは発芽させられなくても、農業経験数十年の者なら発芽させられるかもしれない。広くデータを集めたいんだ」
「固定観念に囚われないやり方が、突破口を開くかもということですか?」
「そうだ。多くのデータがあれば比較もできる。それに、せっかくこういう場所ができたんだ、皆で試行錯誤していくのも大事だと思うんだ。俺が持ってる知識は、しょせん文字の寄せ集めだ。実体験の知識や技術じゃないんだよ」
義行は立ち上がり、集会所の出口に向かおうとしたときだった。「私には聞かないのですか?」と言われた。
「えっ……? 失礼しました。マリアさんはどうされますか?」
「もちろん、参加させていただきますわよ」
「……、利益にならないかも知れないし、無報酬ですよ?」
「はい、理解しています」
このとき、言わなくてもいい「なぜそこまで……」が口をついて出た。
「私の性格というか、
マリアさんはあっけらかんとしている。
「それに、どちらに転んだとしても、うちの子たちは一つ新しい知識と経験が手に入ります」
「ありがとうございます。詳細はシルムをとおしてお知らせします」
翌日、朝からノノとシルムを交え栽培計画を考えていった。
「昨日も言ったが、俺がもっとも懸念しているのは、発芽の部分だけだ」
「魔王さま、そこがよくわかりませんわ。裏庭でいろいろ栽培してますが、種を蒔けば発芽してますわ」
正直、うまく説明できるかわからなかったが、義行は話してみることにした。
「種には
「休眠……ですか?」
専門的な言葉を使わずに説明するにはどうすればいいのか。義行は考える。
「そうだな……、朝一番にノノに仕事を頼むとする。しかし、ノノは寝ている。声を掛けても、『あと、ごふーん、うーん』ってなるよな?」
「そうですね。ノノ姉さまは朝に弱いですから」
「ちょっと、シルム!」
「超ザックリ説明すると、これが休眠だ。もっとわかり易く言うと、種も眠るんだ」
この説明が適切かどうかはわからないが、身近な例を使ってみた。
続けて、この休眠を壊す働きを義行は説明する。
「しかし、起きてくれないと仕事は頼めない。叩いたり、つねったりして起こそうとする」
「それでも起きませんけどね」
楽しそうに暴露するシルムの口を、ノノは必死に塞ごうとしている。
「まあ、ノノは例えだが、眠っている種になんらかの刺激を与えることで、種は目覚めて発芽するようになるんだ。これを休眠の打破という。そして、この刺激は一つじゃない」
「種は植えれば芽が出るものと思ってましたわ」
シルムは茶々を入れながらも、今の説明をしっかりメモしていたようだ。ここまで話したついでに、義行は発芽の条件についても説明した。
「仮に種が休眠状態ではなかったとする。そうなると、種が発芽する条件には、水、温度、空気や光が関係する」
「魔王さま、ニンジンの条件はわかりますの?」
「ニンジンの発芽において、水は重要らしい。乾燥によって発芽率は下がると記憶している」
「光はどうですの?」
「俺が覚えているのは、光を好むということだけなんだ」
ここまで聞いたノノは目を
「それなら、こういうのはどうでしょう。水をしっかり与えるグループと乾燥気味のグループで二つ。その中で、地表面すれすれに蒔く。少しだけ掘って蒔く。少し深めに掘って蒔く。の組み合わせで六パターンのデータが取れますわ」
「ふむ、そして一年後に、同じ時に収穫した種を同条件で蒔いて比較するというわけだな?」
「ノノ姉さま凄いです」
「悪くない。一年以上の長丁場になるが、やる価値はありそうだ。ノノ、シルム、それで実験計画を組んでみてくれ」
農家から賛同は得られなかったが、こうしてニンジンの栽培実験はスタートした。
しかし実験を開始して一週間以上経過したが、裏庭の畑も、マリアさんの畑も状況は
「魔王さま、どの条件でも発芽しいないのは、種が休眠しているということですか?」
「その可能性が高いな。種を採ったが六月中旬で、蒔いたのが八月上旬だ」
「では、今回の結果から、ニンジンの種は採ってすぐに蒔いても発芽はしないということですね」
隣と三面向こうの畑で作業していた経験者が、
「そうなると、この実験はここで終了だな。今回使った種は保存しておいて来年もう一度蒔こう」
結局、ニンジンの栽培実験は失敗に終わった。しかし、他の者たちが実験に参加していなくてよかったと義行は思った。
義行は振興部に戻り、翌日のアンケートの準備を行った。ただ、なんとなく気が進まないというか、栽培実験の説明会のトラウマを引きずっている。
そして翌日、義行はいつもより重い足取りで集会所に向かった。
「皆さん、お忙しいところ申し訳ありません。今日は秋からの栽培についてアンケートを取りたいと思います」
開拓地の集会所には、今日も十三名の農家とマリアさんが集まっている。
「まず、秋の委託分に関してです。予定どおり、ポテとタマネギの栽培をお願いします」
「魔王さま。『栽培をお願いします』と言うのはええが、種は提供してもらえるじゃろうな?」
「はい、種はこちらで準備します」
「畑については二面分ということだったが、それについては?」
「変更ありません。ポテを一面、タマネギを一面です。それ以外の畑については、自由にしていただいて構いません」
それならなんの集まりなんだとイライラを隠しきれない経験者たちだ。
「現在、城からの依頼分は畑二面分です。しかし、それ以上に協力してもいいという方はいらっしゃいませんか?」
「あぁ、そういうことですか。それなら、私はもう帰らせてもらいますよ」
「私も自分の作業があるのでこれで」
五名の経験者は帰っていった。残った八名については、いろいろと話し合いをしている。
「魔王さま、私は八面の土地を借りてます。そのうち二面は契約どおりとすると、残り六面分にもポテを植えてもいいということですかな?」
「それはお勧めしません。最終的な判断は皆さんにお任せしますが、二面くらいは別の作物を植えるか、なにも植えないというのがいいと思います」
「えっ……、な、なにも植えない?」
この発言には経験者だけでなく、未経験者もざわついている。
「はい。作物を育てるにあたり、
「ちょっと待ってくれ。連作障害と言われてもなんのことだか……。以前いた所の農家は、毎年同じものを栽培しとったぞ?」
義行は、「絶対そうなるというわけではありませ」と言った後、なぜそうなるのかを説明した。
「いや、後々それが有利になる言われても、その分収入が減るようじゃ……」
「別に、栽培してもいいんですよ。しかしその場合は、前の野菜と別の野菜にするとか工夫が必要です」
「全くなにも植えずに土を作るだけではないんですね?」
「はい。作物を入れ替えながら栽培する。これを
ここまで聞いていた六名は、それぞれ答えを出したようだ。
八面を借りている三名(農業経験者):ポテとタマネギを一面。残り二面は小麦を植える。
六面を借りている三名(農業未経験者):ポテとタマネギを一面。二面は指示通り春からの使用。ポテの収穫後はその時に考える。
各農家とも納得して帰ってくれたと義行は思いたかった。
「えーと、マリアさんはどうされますか?」
「そうですね。ノノとシルムに相談したんですけど、ポテ二面とタマネギを一面、二面は来年の春ポテ用にします」
「ポテの収穫後は?」
「土づくりをします。そして来年の秋からは、二面を必ず休ませる畑にして、植える作物を入れ替えていこうかと思います」
「作付け管理はシルムとノノがよくわかっているので、うまく回してくれるでしょう」
これで種芋の準備とタマネギの育苗が開始できる。
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