第38話 昆布
振興部でフリッツさんへのマニュアルを作成しているときだった。シルムがやって来て、開拓地でトラブルがあったと告げられた。ただ、シルム曰く、自由組とこれまで組の小さなもので、両者納得のうえ解決したとのことだった。
こういった小さなことから綻びが生じることもあるので、義行は差を設けたくなかったのだ。
「それで原因はなんだったんだ?」
「共同堆肥置き場の使用方法です。自由組は、『自由にはやるが、堆肥置き場は使わせろ』と、それに対して既存組は、『自由にやるといったのだから、堆肥や腐葉土も自分たちで準備しろ』と」
「なるほどな。それでどうしたんだ?」
「よくよく聞いてみると、共同のスペースだから自分たちなりの使用方法を考えるという意味だったようです」
「自由組の言ってることも間違ってないな」
「ですので、ノノ姉さまとサイクリウス様に相談して、自由組と既存組で区分けすることにしました」
「後々、一波乱ありそうだな」
こういう場合、往々にして折れた側が損することが多いと義行は感じていた。
「そのうち、自由組とこれまで組で使用できる面積を同じにしろとか言ってきそうだ……」
「ですので、ひとり一区画の同面積で完全に分けました」
これには、そこまで厳密にやるか? と義行は思った。
「サイクリウス様が、組で分けると、『人数が違うのに、面積が同じなのはおかしい!』とそのうち文句が出てくる』と仰いましたので」
「あのおっさんもよくわかってるな」
「そういうものですか?」
「シルムも大人になって、いろんな人たちと絡むようになるとわかるよ。いかに自分勝手な者が多いか」
これを聞いて、次の募集は相当考えて案内を出さにゃならんだろうなと義行は思った。
ただ、解決したならそれでいい。義行は
「フリッツさん、新たな商品開発をお願いしたいんですけど……」
義行は申し訳なさそうに話を持ち掛ける。
「あー……。あの、それはありがたいんですが、塩、干物、荒節で結構な人手を要してまして、手が回るかどうか……」
「いや、収穫は手間ですが、その後は子供でも可能な作業なんですよ」
「子供でもできるんですか?」
フリッツさんが乗ってきた。
「少しだけ包丁を使いますが、重い物を持つとか危険ということもありません。ある程度の年齢であれば可能です。ただ、実際にモノがあるか見てからの判断になりますので、明日、町に伺っても大丈夫ですか?」
「ええ、お待ちしております」
「では、昼前には必ず。できれば、船を
約束を取り付けた義行は振興部へ戻り、マニュアル作りに没頭した。
翌日の八時過ぎに西通用門を出た義行とクリステインは、途中のサトウキビ群生地を確認して港町へ向かった。
途中の寄り道はあったが、予定どおり昼前に港に到着できた。
「魔王さま、船は準備できておりますが、いかがなさいますか?」
「最初にお聞きしますが、昆布ってとれます?」
「昆布というのは?」
「水深十メートル前後に、ゆらゆらと帯みたいに揺れてる草みないなものってないですか?」
「ああ、ミャーコのことですか」
義行はその名前が気にはなったが、存在することも確認できたので義行たちはミャーコの生える海域に向かった。
フリッツさんが箱型メガネを海に入れて海中を確認する。
「魔王さま、このことでしょうか?」
箱型メガネを受け取った義行も覗いてみた。
「これです。これ食べてます?」
「昔は食べてたようですけど、今は……」
「わかりました」
それだけ言って、義行は船を戻してもらった。
「今回お願いしたいのは、乾燥昆布です。
「それだけ?」
「はい、先日お話ししたように、これなら子供でも問題ないかと思います」
「簡単な作業ですので、すぐに作ってみます。二日後の昼に改めて伺います」
話を纏めた義行は、クリステインと荒節の製造工場を見学して帰宅した。
そこから二日たった十一時すぎ、予定どおりフリッツさんが振興部にやって来た。
「魔王さま、マニュアルどおりに作ってみましたが、これでよかったのでしょうか?」
でき上がった乾燥昆布を眺め、香りを嗅いでみた。さすがに、どのような
「試してみないとなんとも言えませんが、恐らく大丈夫でしょう」
「あの、また村の者が口々に、『また固くて食えんぞ』と……」
「これも、このまま食べるものではありません。前の荒節と同じような使い方をします」
義行とフリッツさんは台所に移動してマリーと合流した。
「マリー、この乾燥したミャーコを水を張った鍋に三十分ほど
「了解っす」
その間に義行は食糧保存庫に向かい、ポテ、玉ねぎ、そして昨年の十二月に仕込んだ味噌を持って台所に戻った。
「魔王さま、それ食べるんすか?」
「あと二か月は熟成させたいんだけど、ちょっと味見をしてみようと思ってね。マリー、玉ねぎとポテをスライスしておいて。俺は荒節を削っておく」
下準備をしている間に三十分が経過した。
「マリー、弱火で小さな泡が出るまで沸騰させて」
「了解っす」
「そういえばフリッツさん、荒節はまだ販売してないんですよね?」
「いえ、店先には並べています。ただ、使い方がわからないためか、購入者はいませんね」
「そうですか。この実験がうまくいけば、今年の十月頃から売れ始めるかもしれませんよ」
そんな話をしていると、鍋に小さな気泡が見え始めた。
「じゃあ昆布を取り出して、一度沸騰させて」
「はいっす」
「よし、火は止めて。で、ここに荒節を投入する。少しこのまま置いて、でき上がった出汁を濾してやる」
義行はでき上がった出汁を小皿に注ぎ、フリッツさんとマリーに勧めた。
「おおっ、前の荒節だけのときよりよいスープになってる」
「そうっすね。これに具を入れて味を調えれば、十分夕食にも出せるっす」
「それじゃあ次に、この出汁にスライスしたポテを加えてひと煮たちさせて、ポテに火が通ったら玉ねぎを加える」
この間に、義行は味噌の蓋を開けた。すると、義行には懐かしいあの香りが部屋中に広がった。
「魔王さま、このニオイなんすか……」
マリーとフリッツさんが同時に鼻をつまむ。
「なにって、これが味噌の香りだよ。発酵してるからアルコールとかいろんな香りが混ざってるけど。まあ、騙されたと思って食べてみるといいよ」
義行は、玉ねぎがくたっとしたところで火を落とし味噌を溶き入れた。その時、懐かしいあの日本の香りが
「マリー、飲んでみろ。フリッツさんもどうぞ」
義行は、汁だけ飲んでみた。
「あー、みそ汁だ。ただ、もう少し熟成させた方がいいかな……」
「魔王さま、これはいい。味噌の香りは気になりましたが、こうして出汁と一緒になるとうまさが倍増してます」
「そうっすね。出汁と味噌の組み合わせが最高っす」
「魔王さま、この味噌は売りに出さないのですか?」
「味噌は熟成に一年近くかかりますので、城で作っているものでは量が足りません。ただ、今年の冬から大量生産に入りますので待っていてください。そうすると、荒節と昆布も売れるようになると思います」
そう話している横で、マリーはなにか考えていたようだ。
「魔王さま、干物のときは試食会をしたんすよね? この出汁も同じように試食会をやるべきっす」
「そうしたいのはやまやまなんだがな。販売できる量の味噌がない」
義行は今後のことを考え、フリッツさんに乾燥ミャーコの生産、マリーには出汁を使った料理の研究を頼んだ。
その日の夕食は妖精たちも呼んで、米と干物とみそ汁という日本人なら泣ける三点セットを食卓に並べた。そんな中、シトラさんはみそ汁を褒めちぎってくれた。この人、もしかして日本からの転生者? と思ったくらいだった。
久しぶりの日本食を堪能し、ベッドに横になりながら義行は考える。
「でも、ミャーコね。これまでの流れで行くと、『ぶんこ』とか名前が付きそうだが違ったか……。昆布がミャーコ。ミャーコな昆布。ミャーコ 昆布。ああ、やっぱり!」
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