第37話 なんだかんだ忙しい

 大規模開拓地の区画整備も完了した。今では経験者・未経験者入り乱れて開墾が行われている。ただ、住居ができていない者も多く、くわすきを持って通ってきている状態だ。


 そんななかシルムから連絡があり、義行は開拓地へ向かった。


「魔王さま、こっちです」

「なにかあったのか?」

「いえ、すぐの問題になるようなことではないですけど、この土を見てください」

 義行は、マリアさんの畑の土に触れてみた。

「城の畑に比べると固いな……。まあ、元が草っぱらだったんだから、それは追々おいおいと」

「それはそうなんですけど……」


 シルムはあたりを見渡した。


「そうか。山裾までは距離があるし、一帯に木も生えてない。腐葉土を作る落ち葉が集まらんな」

「そうなんです。先のことを考えておかないと、面倒なことになりますよ」


 義行は、土をしっかり作ることで収穫量を安定させたいと思っている。そのため、これまでノノたちには土作りを念入りに指導してきた。


「他の畑も耕し始めてるが、雑草は刈り取ったのか?」

「刈り取った草は一か所に集めるように子供たちに指示しました」

「よし! まずはそれが使えるな。そうなると、城から材料を持ち込むか」

「でもそうなると、城の畑が……」


 できるなら植樹したいところだが、この時期だと木に負担がかかる。


「魔王さま、ここ以外もそのうち開拓していくんですよね。整備がてら草を刈りますか?」

「取り敢えずそうするか」


 しばらくの間は整備で出る雑草で腐葉土を作り、それを共同管理することにした。


 そんな相談がされている一方で、経験者はそんなことお構いなしに畑作りを進めている。そのため、未経験者と作業進度に差が出てきた。おまけに、数人から「畑の準備はできたから早く栽培させろ」と不満も漏れ始めた。


「ですから、今は土をしっかり作る必要があるんです。ポテを播種する九月まで待ってください」

「それは城の委託分の話だろ? 私はいつもこのくらい耕してやってきたんだ。土づくりだけじゃ金にならん!」


 経験者は経験者なりの意地とプライドがあるようだ。

 いまここでこれ以上話をしても意味がないと思い、義行は改めて条件を持ってくると言って一旦解散にした。

 こういう時は一人で考えてもいい案は浮かばない。義行は振興部のメンバーとサイクリウスに招集をかけた。


「シルム、週五日のうち三日は開拓地で指導しているが、彼らを見ててどう思った?」

「意見を言っている方々は経験がありますから、動きに無駄はないです。ただ、土のことはなおざりです」

「最初のプロジェクトだから、全員が足並みを揃えて成功に結び付けたいんだよな……」

「魔王さま、それは夢物語でございます。やりたい者には自由にさせればいいんです」

 サイクリウスは意外とドライなのか、バッサリと言い放った。

「もし『お手々繋いでランランラン』を望まれるなら、最初から縛るべきです。しかし、それは魔王さまの望むものではないのですよね?」

「最終的には皆で競い合い、さらに農業を発展させてもらいたいと思ってる」

「それが今なのか、一か月先なのか、来年なのか。それだけのことです」


 これが魔族の考え方かと義行は思った。自分が日本人だからなのか、そういう性格だからなのか、どうもきっちり白黒つけるということ抵抗がある。

 三十分後に再集合として、義行は気分転換に裏庭へ出た。カスミ親子が休耕地で遊んでいるのが目に入ったので、しばらくもふもふさせてもらいつつ考えた。


 再び振興部に皆が集合し、そこで義行は今後の方針を表明した。


「俺の最終的な結論は、次の四つの条件を追加する」


【……


 一 個人契約の畑については、自由にやってもらって構わない。

 二 ただし、自由にやって収量が上がらなくても文句は言わない。

 三 これまでどおり指導員を置くので、積極的に活用してほしい。

 四 条件の変更は随時受け付ける。


……】



「魔王さま、それでいいと思いますわ」

「そうですな。経験者も納得できる条件でしょう」

「でも、三と四の条件はやっぱり魔王さまですわね」

「一年目から露頭に迷わすのは忍びないからな」

「でだ、シルム。マリアさんにこのことを説明しておいてもらえるか?」

「それなら問題ないですよ。マリア母さんは魔王さまのやり方に従うとのことです」

「そこまで全幅の信頼を置かれるのも怖いな……」


 翌日この条件を持って話し合いを行った結果、経験者八名のうち五名が追加条件を受け入れた。新条件での契約変更を行った者は、二十年以上の経験のある者だった。


 問題を解決した翌日、住居と工場が完成したので引っ越しをするとガデンバードさんから連絡があった。


「アニー、ガデンバードさんの所のニワトリを三日後に移動させるんだけど、手伝ってもらっていいかい?」

「時間は?」

「それなんだけどな、ちょっと早いんだけどいいかな」


 義行は当日の段取りをアニーと相談し、その後は必要な物を納屋の前に集めていった。


 そして三日後の朝五時というまだ多くの者が眠りについている時間に、義行の姿はガデンバードさんの養鶏場にあった。


「アニー、六十羽ほど送ってくれ。悪いが、ニワトリ達に新しい鶏舎と運動場を教えておいてくれないか?」

「わかった。魔王さま どうする?」

「六時半までには、残り二十羽と一緒にそっちに行く」


 転送後、アニーは開拓地へ飛んでいった。残った義行は、路地の奥に隠しておいた荷車を回収して鶏舎に残ったニワトリをケージに移していく。


「よーし、よし、暴れなくてもいいぞー、すぐ新しい家に連れて行ってやるからなー」


 残っていた二十羽が城の鶏舎から移したニワトリではないが、素直にケージに納まって移動を待っている。

 とはいえ、そこはニワトリだ。多少の鳴き声は上げる。そのため、工房のドアが開き人がこちらに向かってくる。


「えっ、魔王さま。こんな早朝になにを?」

「ガデンバードさん、おはようございます。最後のニワトリたちの移動です」

「こんな早朝に?」

「日が昇って、往来も増えるとリヤカーでの運搬が大変になりますし、ニワトリも興奮するかもしれません。なので、往来の少ない時間帯にあらかた済ませました。この二十羽で終了です」

「そうでしたか、申し訳ありません。日が昇って少しずつ運搬しようと思っていたんです」

「城には大きなリヤカーもありますし、街の雰囲気が悪くなるのも問題ですからね」


 しかし、これは建前だ。本音は、『城の関係者が、まあ魔王本人がだが、一養鶏業者に肩入れしてる』という噂が立つのがウザイからだ。早起きな奴等には見られているだろうが、まさか魔王自らリヤカーを曳いてニワトリを移動させているとは思わないだろうという義行の読みなのだ。


「私はこの子たちを運んだあと城に戻ります。ガデンバードさんはここの鶏舎の整理と必要なものを移動させてください」


 街はずれの養鶏場を出てしばらくするとノノとクリステインが合流し、交代しながら開拓地へ向かった。 


 最後の二十羽のニワトリを新しい運動場に放した義行はアニーに聞いてみた。


「アニー、こいつら妙におとなしいが、なにかしたのか?」

 するとアニーは、ニコッとして「それは秘密。飯のタネ」とかわされた。

「アハハッ、そうか。でもありがとな」

「でも、子供たちがよく面倒みてる。ニワトリたちも 懐いた」

「こりゃ、子供たちを畜産担当として雇った方がいいかな?」

「それ いいと思う」


 早朝の極秘ミッションも終わり、義行たちとアニーは屋敷に戻り朝食を取った。朝から一仕事したので、米と干物、贅沢に卵を付けた朝食にした。


 二時間ほど仮眠を取ったあとは、イチゴの子株とニンジンの種の採取に向かった。

 ノノとシルムが出てくるまでに義行は納屋で、子株を採取するために作ってもらっていた小さな植木鉢を荷車に乗せていく。


「あら、可愛い植木鉢ですわ」

「クリステインの所にお願いして作ってもらったんだ。苗づくりに使おうと思って」

「今回のイチゴ専用ですか?」

「いや、他にも使えると思うよ」


 準備も終わり森を移動していく。食糧増産に繋がりそうなものを探しつつ、イチゴの群生地まで荷車を曳いてきた。


「それじゃあ、子株を採取する準備をしよう」

「あら、この苗を採取して持ち帰るんじゃありませんの?」

「親株、ああ、今ここに生えてるのを親株として、この伸びてる茎に葉が出て根も見えるだろ? これをこのように植木鉢の上にのせて、動かないように固定するんだ。何日かすると根が張ってグラグラしないようになったら切り離して、次の定植まで日陰で保管するんだ」

「どのくらいで根付くんですか?」

「二、三週間かな。で、問題は水やりだな。当番制にして、二日に一回見に来るようにしよう」

「わかりました」

「なるべくしっかりした親株から取ることと、親株に一番近い子株は取らないようにね」


 うまく根付かないものもあると予想して、三人で約八十鉢分の子株を作り上げた。

 その後は、泉の奥にあるニンジンの花を見に行った。


「魔王さま、種ができてます」

「前の黒っぽい種とは違う感じがしますわ」

「ノノ姉さまは、前に来たんですよね?」

「あの時はまだ白い小さな花が付いてるものや、茶色くなりかけのもの、黒くなったものがあったわね」

「魔王様、どのくらい採取しますか?」

「そうだな、ニンジンの種は余り保存がきかないらしい。だから栽培する分だけもらって行って、後はこの辺に群生してもらうように残しておけばいいんじゃないかな」

「それじゃあ、一区画分くらいですかね?」

「それでいいん……、いや、開拓地でも実験的に育ててもらうか?」

「いいですね」

「じゃあ、四面分くらいの種を採取しよう」


 予定を変更して開拓地での実験分も含め、持参した袋に種をこぼさないように取っていった。


「でも、なんだかニンジンの種って、変な形ですよね」

「蜘蛛の子供って感じだよな」

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