第36話 ポテの収穫と実験結果

 開拓地の整備は着々と進み、用水路の掘削が完了したことが報告された。農業用水はそれでよかったが、飲み水はそうはいかない。こっそりスプリーにお願いし、水脈を見たうえで井戸掘り作業が進められている。


 開拓地の整備が順調な一方、魔王城の田んぼでは義行が一人テンパっていた。


「魔王さま。中干し作業は去年もやりましたけど、具体的にはなにがどうなるんですか?」

「ふえっ? あっ、いや……、具体的に?」

「はい。それをやるということは、ちゃんと意味があるんですよね?」

「えーとなー、その、なんていうんだろうな、ものすごーく難しい説明になるんだよ」


 ネットからの情報で、時期毎にやる稲作作業は義行もなんとなくわかっている。ただ、なぜその時期にそれをやり、それがどう作用しているかまでは理解できていない。


「そ、そうだな……、簡単にいうとだな、いい米が採れるということだ!」


 とりあえず、強引に納得させてその場を離れようとした。

 すると、「なんともザックリとした説明ね」と呆れた声でシトラさんが現れた。


「それなら、シトラさんは説明できるんですか?」


 イネのことはわからないだろうと思い、上から目線で質問した。


「そうねー……。微生物の働きで栄養分がどう変化して、それがどのように植物の成長に影響するのかを三日三晩講義しましょうか?」


 その返事にやばいと思った義行は、「あっ! サイクリウスが呼んでるー」と後ずさりを始めた。


「ほんと、いつもながらいい加減なだから……」


 どう考えても専門家っぽいので、義行はシトラさんに説明を代わってもらった。


「難しい部分は端折はしょるけど、イネはぶんけつを繰り返して茎を増やすの。そして、その茎に穂ができるという話は田植えのときにしたわよね。では質問です。一つの株がたくさん分けつしたらどうなるかしら?」

「たくさんみのっていいんじゃないですか?」

「そうね、穂がたくさん出ていっぱい実を付けそうね。でも考えてみて。一個のポテで五人の子供が太れるかしら?」

「いえ、沢山のポテが必要です」

「そう、植物も同じで、実が充実するには栄養が必要。でも田んぼの大きさは決まってる。つまり、穂が多いということは、栄養の奪い合いが起こっちゃうの」

「孤児院では毎日が戦いですね」

「そこで、一時的に水を落としてやることで、分けつを調整するの。それにより、適度な茎の本数で適度な穂となり、しっかり実の詰まったいいお米になるわけね。もちろん、よい米を作るには他にいろんな作業がいるんだけどね。それは実際に何度も栽培して勉強していくことかしら」


 そこまで聞いたシルムがジト目でこちらを見てくる。今日ばかりは『ウホッ』っとしてられなかった。


「おいおい、そんな目で見るなよ。俺だって、農業の全てを知ってるわけじゃないんだぞ」

「ふふっ、冗談です」

「そうですわ、魔王さま。私たちはこの植物の実が食べられるということすら知らなかったんですから」


 単なるお調子ものの妖精さんかと思ったら、どうやら相当のリケジョだった。今後はボロが出ないように気を付けないマズいと思った義行だった。


「では、水を抜く前にもう一つ」


 義行が田んぼに向かって声を掛けると、四つの田んぼに散らばっていたモカ達がやってくる。


「今日から二週間ほど田んぼの水を抜くぞー。川に戻るか、庭の小川かため池に移ってくれー」

「クワッ」


 田んぼから上がったモカたちは、好き好きに移動していった。


「あの子たち、あきらかに魔王さまの言ってること理解してますよね」

「どうなんだろう。初めてここに来たやつらもあんな感じだったしな。じゃあ、取水口を閉めてくれ」


(でも、モカか……。日本と同じでカモって名称なら、見つけたとき、? って言えたのに)


 そんなシトラさんの意外な一面を見た翌日、ポテの畑を観察しているとポーセレンさんとマリアさんから連絡が入った。開拓地へは、水脈探しで一度覗いて以降ご無沙汰の義行だ。


「なにか問題でも発生しましたか?」

「いえ、鶏舎や運動場が完成しましたので、確認をお願いします」

「図面では小さいかなと思ってましたが、こうしてみると広すぎましたかね?」

「問題ないかと。ガデンバードがそのうちウシの飼育もやってみたいと言ってますので、もう少し広くしてもよかったかなと」

 

 せっかく問題のない場所に移動し、これからというときにウシにまで手を出すメリットはないと義行は思った。そんなことを考えているのを感じ取ったのだろうか、理由をガデンバードさんが説明してくれた。


「魔王さま。実はワシの息子、三兄弟の末っ子なんですけど、この仕事を継ぎたいと言っておりましてな。なので、ここでの作業が始まったら一年くらいは通いで修行させようかと思ってます」

「へー、そうなんですね。人が増えるなら、ウシの方も考えておきましょう」


 その後、マヨネーズ工場と住居の建築現場に向かった。


「工場は半分ほど、住居は屋根を残すのみです。一週間後には入居できるでしょう」

「マリアさんの家はどうですか?」

「私たちの方は部屋数が増える分、もう少しかかりそうです」

「しかし、以前のレンガ造りの家に比べると早く建築できてますし、設計が変わっても対処が楽です。これも将来性が大ですな」


 そう、今作られている家は木造なのだ。

 以前、棟梁に木造建築の技術を教えてからはメキメキと腕を上げ、今では家一件建築することは造作もないくらいになっていた。


「木材の価格が若干高くつきますが、重い石やレンガを運び、必要なら整形して積み上げていく時間が不要になる。そのぶん作業日数や人件費等が抑えられ、結果的にはお得です」


 その後、義行は開墾予定地等を見て回った。マリアさんの畑では、子供達の手で開墾が始まっている。どうやら、シルムが少しずつやり方を教えているようだ。そのうち、第三、第四の農業指導員としてスカウトできるかもしれない。


 そんな確認作業を終えて屋敷に戻った義行は、就農予定者宛てに一枚の文書を作成した。



【……


  お知らせ

 

  明日、昼からポテの収穫を行います。実際の収穫作業を経験

  されたい方、収穫量を確認されたい方はお越しください。

                         

                        魔王より

……】



 魔王よりなんて通知を受け取ったら拒否できないんじゃないかと思いながら、十三部作成して配達するようお願いした。


 そして翌日の昼、裏庭には就農予定者が集合していた。


「本日は、三月初旬に植えたポテの収穫を行います。実際の収穫量や、実験の結果も披露しますので参考にしてください。収穫の目安ですが、このように茎が枯れて、黄色くなったときです。茎ごと引き抜くか、その周りを掘り返してみてください」


 掘り返すごとにザクザク出てくるポテに、皆大はしゃぎだ。


「いま収穫したポテは、皆さんが秋に植え付ける種芋になります。植え付けまで城で管理します」

「収穫量は例年どおりですか?」

「昨年の春は栽培をしていませんでした。秋植えで約二百キロの収穫がありましたが、それを多少上回っています」

「毎回、これくらいが期待できると?」

「実はそう簡単でもない、という実験をお見せしたいと思います」


 そう言って、義行は別のポテ畑へ皆を誘導した。


「こちらの畑をご覧ください。畝ごとに木の板が立っているかと思います。種芋を植える際に、一個丸々植えたり、二等分したり、三等分したり、さらには切り口を乾かしたり、灰をつけたりと条件を変えて植え付けています。シルム、ノノ。一株づつ抜いてみてくれ」


 シルムとノノが各畝からポテを収穫し、笊に並べていく。


「一株の収穫量に大きな差は出ていないみたいだな。いや、小さく分割した種芋は若干少ないか。シルム、生育中になにか気づいたことはあるかい?」

「問題は無かったように思います。ただ、なにも処理もしていないグループで、発芽しないものが二つ三つありました」

「魔王さま、実験は失敗ということでしょうか?」

「いや、小さな差は出てるはずだ。もう一つの実験を見てみよう」


 義行は皆を引き連れて、さらに別の畑に移動した。


「この畑はこれまでいろいろな作物を栽培してきていましたが、昨年一年は何も植えずに土づくりをした畑です。シルム、悪いが向こうの畑のポテを持って来てくれないか?」

 

 この間に義行は、休ませていた畑のポテを掘った。


「魔王さま、持ってきました」


 全員がのぞき込んだ。


「休ませた畑は、さっき収穫した畑と大差ありませんね」

「いえ、ずっと使ってきた畑は数がわずかに少なく、小さい気がしますわ」


 とはいえ、明らかな差はみられない。


「これは、まだ始めたばかりの試験です。いまは誤差の範囲かもしれませんが、意図的に畑を休ませたり、土づくりをすることで収穫量に多かれ少なかれ差が出ることがわかったと思います」


 収穫したポテは、数個ずつお土産として持って帰ってもらった。


 その翌日、農畜振興部では実験サンプルを全て収穫して分析作業が行われていた。


「さて、種芋の切り方や断面処理についてだが、どう思う」

「種芋を小さくし過ぎると実りが少ないような気がします。二等分が適当かと思いますわ」

「そうだな。来年以降の種芋の大きさはそれで行こう。断面処理については?」

「それは、昨日お話しましたが、なにもしていないグループで発芽の悪いものがありました。ただ、誤差かもしれません」

「しかし、ちりも積もれば山となるじゃないが、十個植えて一個発芽しないと、百個植えて十個。銀貨一枚程度の損にはなるな」

「畑の広さ次第では損は大きくなりますわ」

「となると、切った断面を乾燥させる処理くらいはやった方がいいな」

「ええ、それくらいは手間ではないですから」

「土に関してはどう思う?」

「そこはヴェゼちゃんが、『弱い』、『強い』と言ってるくらいですから、土づくりはしっかりやるべきですわ」 

「まあ、これもやって損はないしね」 


 午前中に相談を終わらせ、昼食後は全員が食堂に集合した。昨日は、就農希望者が来るということで控えていたが、妖精達も含めてポテパーティーを開催した。


「でも、作るのは俺とマリーかーーーい!」

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