第35話 次なる募集
大規模開発計画がスタートして三か月が経過した。義行自ら開拓地に赴くこともあるが、基本的にはサイクリウスを纏め役にして、土木部や都市開発部からの報告で状況把握している。ただ、ついつい口を出してしまい、裏庭の畑仕事はノノとシルムにお任せになってしまっている。
「魔王さま、この書類にサインをお願いします。そして、こちらをご覧ください」
いつものように報告を聞いていると、サイクリウスが書類を滑らせてきた。それは、養鶏場とマヨネーズ工場の図面だった。
「ポーセレン氏から確認依頼です。建築資材の搬入等は完了しているようです」
「さすが商売人、手回しがいいな。養鶏場も工場もこの大きさで問題ないと思うが、今後の拡張も考えて工場は東側に、ニワトリの放牧場は北側にした方がいいだろうな」
義行は出てきた図面を見ながら、他に思いついたことを書き込んでいった。
「ここから先の予定は?」
「用水路の掘削に入ります。
「そうか。だが、開墾はウチでやらなくてもいいだろう。各農家に任せよう」
「素人ばかりになる可能性もございますが?」
「そこは大丈夫だ。シルムの城への出勤を減らして、開拓地で農業指導をしてもらう予定だ」
「そうですね、そのための振興部でした。それと、マリア氏も土地を借りたいとのことです」
「わかった。どこを割り充てるかは任せる」
予定より早く進んでいるようなので、義行は次の行動に着手した。
【……
募 集
一番街道の先に大規模な農業特区を設け、そこで農業に従事する者を募集す
る。
賃借料に一定の額を上乗せして納めることで、その土地の取得も可能であ
る。
条件
・農業経験は問わない。
・一定の畑で指定した作物を育ててもらうことがある。
備考
説明会当日、実際の栽培作物・作業風景を見せるので、汚れてもよい服装で
きてもらいたい。また、説明会後には個別の相談にも応じる。
興味のあるものは、二週間後の九時に城の正面玄関に集合すること。
農畜振興部
……】
いよいよ、就農希望者を
応募締切りを二週間後とし、検討期間を長めにしたその結果。
「一,二,三、………十三。予想より相当少ないんだけど……」
今回は、前回の養鶏のように未知のものではない。そのため、ある程度の応募があると予想していた義行は肩透かしをくらった気分だ。
そこにクリステンがススっと寄ってきた。
「なにか知ってるの?」
「父の話ですと、未だに養鶏の説明会の逆恨みか、例のボンボンたちが『城の募集はクソだ』と
「なるほどな。しかし逆に考えると、それだけ肝の据わった奴らということか」
会議室で十三人に対し細かな部分を説明し、全体的な質疑応答の時間となった。
「魔王さま、作物指定をすることがあるということですが、具体的には?」
「現在、城の
「私の住居は、一番街道のはずれにあります。土地だけを借りることは可能でしょうか?」
「はい、それも可能です。その場合は、畑の賃借料のみをお支払いいただくことになります」
「本当に栽培委託した作物を城に納める必要はないのですか?」
「ありません。収穫物は自由に販売していただいて構いません。その売上が賃借料の支払いにもなります」
「私は、農業経験がありません。本当に可能でしょうか?」
「週に何日か農業指導員を配置します。それに、ここには経験者もいらっしゃるようですので、その方に相談もできるでしょう」
今回の応募者は、前回の大店の主人やボンボンたちとは違った。この時点で帰った者もいないし、疑問に思うことはどんどん質問してくる。
質疑応答も終わり、義行は応募者と裏庭の畑に向かった。
「ここが『ポテ』の畑です。先ほど言ったように、皆さんに栽培をお願いする最初の作物になるでしょう」
「魔王さま、あのー、ポテは……」
この反応は想定内だ。
義行は、マリーとクリステインに茹でたポテを持ってくるよう指示した。塩だけではなく、マヨネーズの大盤振る舞いだ。
「まずは食べてみてください」
「いえ、あの、食べてくださいと言われましても……」
「では私が最初に」
義行は半分に切られたポテをうまそうに咀嚼して
「大丈夫ですよ。ポテの毒について理解していれば問題ありません。芽が出たところや、緑色に変色した部分を食べなければいいんです。これだけです」
それでもなかなか口に運ばれないポテだが、一人が勇気を振り絞り口にした。
「うまい! これはパンの代わりになりそうじゃ」
その一言により、様子見していた者も口をつけ始め、思い思いの感想を口にしている。
「ここは三十メートル四方の畑ですが、約二百キロ強の収穫が見込めます。連作の問題はありますが、春植えと秋植えが可能です。種はポテ自身ですから、その分を確保して残りは販売できます」
ポテに関しては特に不満はないようだったので、義行は次の食材に進んだ。
「マリー、タマネギもお願い」
マリーは、皿に山盛りのオニオンフライを持って戻ってきて、器用に箸を使って応募者の皿に配っていった。今ではメイドたちも完璧に箸を使いこなしている。
「こちらはタマネギです。今回はフライにしましたが、炒めても、煮ても使える万能選手です」
こちらは特に忌避感はないようだ。
「ほー、これも美味い」
「こちらは年に一回の収穫になり、この広さの畑であれば四百キロ弱の収穫を望めます」
そのような話をしながら、一番の問題になるであろう
「あの、魔王さま。なんだか……」
「はい、ここでは畑に投入する堆肥を作っています。ウシやニワトリの糞を発酵させて、畑に入れて作物の栽培に役立てています。牛糞堆肥はここでしか作れませんが、開拓地には養鶏場もありますので費用さえ支払えば手に入ります。匂いが気になる方は腐葉土もあります」
ノノとシルムが上下を入れ替える作業をしている腐葉土作成エリアに皆を誘導する。
「この二人は、農畜振興部の指導員として
「ここはにおいがありませんが……」
「ここは、先ほど見ていただいたような糞を使った堆肥ではありません。主に、落ち葉等を発酵させた土壌改良材ですね。触ってみてください。どうです、柔らかくいい感じでしょう? ここの畑はこの土壌改良材を入れて土を作り上げています」
「そんなことを。私の畑は土が固く、耕すのも苦労しています。先ほど畑の土を触らせてもらいましたが、そういう手間をかけていたんですね」
「はい、このような土づくりの方法も彼女達が指導してくれます」
栽培予定作物の実食、実際の作業風景を見て大会議室に戻った義行は最後の確認をした。
「ここまで見て難しいと思われた方は辞退いただいて構いません」
養鶏の噂を聞いてもやって来た猛者である。一人として帰る者はいなかった。
「それでは、全員を合格とさせていただきます。ここから、それぞれ皆さんの要望を聞きつつ、契約をしていきたいと思います」
契約書を作っていくなか、十三人目の応募者から「自分の土地を持てたら、結婚できますか?」と聞かれ、思わず「俺も知りたいわ!」と言ってしまったのはご愛敬だ。
最後の一人は変な奴だったが、皆やる気は十分だ。これならすぐに第二弾が必要になるだろうと義行は思った。
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