第34話 いろいろやります

 苺クリームパンをシトラさんに託して一週間が経とうとしていた。ふと、『途中で全部食ってないよな?』とそんなことが頭をよぎった。


「誰がそんな意地汚いことしますか!」


 なにもない空間に声だけ響いた。すると、バスケットを持ったシトラさんがスッと現れた。


「お使い、お疲れ様でした」

「今回だけよ。次回から呼びつけなさい」


 妖精を呼びつけていいのかと思い聞いてみたら、『散々私を呼びつけておいて』と呆れられた。ただこれには、『出会ってからこっち、あなたが勝手に来てません?』と言いたい義行だった。

 ただ、妖精からじかに許可がでたなら遠慮する必要はない。いろいろ助けてもらおうと思う義行だった。


 義行はシトラさんからバスケットを受け取り、紅茶を出した。今日はミルクとハチミツ付きだ。


「でも、苺クリームパンは絶品ね。あいつも喜んでたわよ」

「ただ、五月から六月の僅かな時期にしか作れないんですよね」

「だからこそ価値があるのよ」

「どや顔できる?」

「そうそう」


 そんなくだらない話をしながら午前中は過ぎていった。


 昼食後、義行はマリーを誘って市場に向かった。


「魔王さま、なにか買うっすか?」

「お茶の葉を買いたくてな」


 しかしマリーからは、「そんなもん売ってないっすよ」とあっさり返された。

 その理由は、そもそもお茶を自分で作ろうなんて誰も思わないからだと言われた。考えてみれば当然のことだ。日本にいたときも、スーパーでパック詰めされた茶葉を買うだけだった。こっちに来てからは自分でやるしかなかったため、すっかりその考えが抜け落ちてた義行だった。


「もし紅茶を作るなら、お茶を作ってる工場から直接茶葉を売ってもらうしかないっすね。俺っちはもうやりたくないっすけど」


 そうなると、これ以上市場にいても意味がない。

 屋敷に戻った義行は、振興部に顔を出した。


「シルム、これ紅茶の作り方なんだけど、読んでわからないとろがあったら、俺かマリーに聞いてそれを書き足してほしいんだ。その後、十部ほど複写しておいてくれないか?」

「わかりました」


 義行もあの苦労はしたくない。そこで、業者にレシピをバラまいて作ってもらうことにした。

 ただ、なにかあったときのために自作できるようにはしておきたい。そして、種の保存も必要だ。そこで義行は、挿し穂で増やしておくことにした。

 

 義行とノノは裏庭の茶の木から数十本の穂木ほぎを作っていった。


「これを苗床に挿していくんだ」

「これでお茶の木が増えますの?」

「いや、これはまだ苗木を作る段階で、定植は再来年の三月頃かな」

「でも魔王さま、折った枝を植えて根が出ますの?」

「それは問題ないよ。ただし、根が出るまでの一か月は乾燥厳禁、直射日光もダメ。割と管理が大変だから、毎日確認しておいてね」


 次に義行はサイクリウスの所に向かった。


「前に、サトウキビの群生地まで道を作ってたと思うけど、できたのか?」

「はい、三月末には完成しております」

「そんな前に完成してたのか。任せっきりで悪かったな」

「いえいえ。魔王さまも新しい食材探しで奮闘されてますからな。メイド達から情報があがっておりますぞ」

「あぁー、まあ、ねー……」

「私一人のけ者で寂しいですが……」

「いや、その、まだ試験的なもの多いからな……(ったく、ジジイの僻みは可愛くねーんだよ。まだシトラさんの方が可愛いぞ)」


 ――あらあら、うふふ。


「うおっ! 直接、脳内にアクセスするのは止めてください。心臓に悪いですよ」

「えっ……、魔王さま?」

「い、いや、なんでもない」


 途中変なやり取りがあったが、義行は本来の話を始める。


「それで、もう一つ頼みたいことがあるんだがいいか?」

「なんなりと」

「大規模開拓地で農業してくれる者を募集しようと思う。その募集案を考えておいてくれないか?」

「かしこまりました」


 そんな依頼をした翌日、義行はノノとシルムと引き連れてサトウキビの群生地に向かった。


「今日はなんですの?」

「保存用に植えるサトウキビを持って帰ろうと思ってな。根元近辺の茎を二、三節くらいの長さに切って集めるだけだ」


 そう言って集め始めたのはいいが、だんだん面倒くさくなり根っこごと引き抜いて屋敷に持ち帰った。


「サトウキビの挿し木は簡単だ。カットしたサトウキビを横向きにして埋設する。これだけだ」

「たったこれだけで増えるんですか?」

「他にも、株を分割して植えておく方法もある。シルム、しっかり記録をしてくれ」


 そんなこんなで、二日間ほぼ動き回っていた義行だった。


 翌日以降も書類仕事や細かい打ち合わせが立て続けに入り、デスクワークに飽き飽きしていた義行は昼食後、「森に食糧探しに行くぞ」と宣言した。

 マリーにおやつを作ってもらって、まずは果樹園に向かった。いつの間にか、果樹園という名称が定着してしまった。


「ヴェゼ、アニー、スプリー、居るかい?」

 呼ぶと十秒もしないうちに三人が姿を現した。

「まずはおやつだ」


 三人がバスケットに群がった。


「アニー、今月末くらいに、ガデンバードさんの所のニワトリを別の場所に移すことになると思う。悪いが手伝ってもらえるかい?」

「送る?」

「できるなら」

「わかった」


 これでまた一つ計画を進められる。続けて義行はお願いをする。


「それとヴェゼ、朱色しゅいろのこのくらいの長さの根ができる植物見てないかな? 今の時期は、小さい白い花が集まって、白いボールの形をした花ができてると思うんだけど」

「泉の奥 あったと思う」

「種ができてたら、種だけもらって帰ってもいいかい?」

「問題ない」


 おやつも終わり、義行たちはスプリーと一緒にまず泉へ向かった。泉まで来たとき、ポチャンと水音が聞こえた。


「なあスプリー、この泉には魚も住んでるのか?」

「はい 何種類か住んでますよ」

「魔王さま、まさか食べようなんて思ってませんわよね?」

「いやいや、純粋に調査の一環だ。もし、魚が棲めるようなら養殖できないかなと……」

「やっぱり食べるんじゃないですか」

「いやいや、これもなにかのときのためだよ。それに、外から持ち込んでまで養殖しようとは思ってないしね」

「どういうことですの?」

「同じ淡水に住むからといって、ここにいない魚を放してしまうと今いる魚が食べられてしまう可能性もある。だから、迂闊なことはできないよ」


 少し真面目な話をしながら、義行たちは泉の奥に進む。しばらくすると、ネットの画像で見たニンジンの花に出くわした。


「あら、奇麗な花ですわね」

「ちょっと早かったかな」

「ダメですの? これは種ができてますわ」


 ノノが見ている株には種ができている。ただ、それは暗褐色の種だ。


「余り早くに黒くなっているのは、蒔いても発芽が悪かったりするらしいんだ」


 その種はスルーしようかと思った義行だったが、ふと『本当にそうなのか?』と疑問が湧いてきた。そのことを確認することも重要だと思い、暗褐色になっている種を採取して袋に保存した。


「これは来週、いや再来週にもう一度来たほうがいいな」


 泉まで戻ってきた義行は改めて覗いてみた。


「マスっぽい魚だな。軽く塩を振って焼いたら旨いんだよな」

「もう、魔王さまったら……」


 どうしても最後は食べ物の話になってしまう義行だった。

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