第33話 イチゴ

 春植えポテの植え付けも終わり、二年目の稲作も始まった。今年から田んぼを四枚に増やし、シルムを中心に据えて義行はサポート役に回った。これもすべて、今後の事を考えてのことだ。昨年の経験もあり、問題なく育苗いくびょうまで来ている。ただ、芽出し作業だけは義行がヘルプした。こればかりは、シルム一人で二十時間近く作業させるのは酷だからだ。


 そんなシルムのために、義行はご褒美をと考えていた。


「おーい、ノノ、シルム。森に行くぞー」


 気分は半ばお宝ハンターだ。


「今日はなにを探しに行くんですか?」

「実際に食べて驚く顔が見たいから秘密」


 三人は準備を終わらせ森に入っていった。

 そしてやることは一つ。義行は果樹園でヴェゼを呼び出した。


「魔王さま 今日は ぽてまよのにおい」

「当たりだ」


 義行は、アニーとスプリーのお土産も入ったバスケットをヴェゼに渡した。


「なあヴェゼ。この森の中で、このぐらいの赤い実をつける植物見てない? ツルを伸ばして増えるんだけど……」

「知ってる。でも反対側。遠いよ?」


 義行は考えた。森の反対側。この森が広大なのはわかっていたが、この森を抜けた先になにがあるのか見てみたいと思った。


 義行は了承して、皆で北に向かう道を進んで行った。

 キノコの群生地の横を抜け、さらに北に進んでいく。あちこちに山菜が芽吹いているのが見える。義行はちょこちょこ立ち止まり、地図を印をつけていく。


「魔王さま、これ雑草じゃじゃないんですか?」

「これはゼンマイ。途中にはコゴミも生えてたな」


 森をくまなく探せばさらに多くの食糧が見つかるだろうと思い、計画的に探索をすることを決意した義行だった。


 そんなことを考えながら歩いていると、ヴェゼが立ち止まった。


「目的地は ここ曲がる。まっすぐ行くと 森抜ける」

「ちょっとだけ森の反対側を見てみるか」

「草いっぱいで 広いだけ」


 そう言って歩き始めたヴェゼに付いていくと、十分ほどで森の反対側に出ることができた。そして、義行はその光景に圧倒された。

 そこだけでもう一つ魔族国ができるくらいの盆地が広がっていたのだ。正面の山のいただきには、雪が残るほどの高さだ。左側に目を向けると、山裾と森の間に道らしきものが見えた。ただもう何十年と人が行き来したような気配は見られない。


「なあヴェゼ、あの左の道らしきものを辿たどるとどこに出るんだ?」

「開拓地の山裾 出られる」

「それじゃあ、あの辺りはあまり開拓しない方がいいか?」

「大丈夫 皆 知ってる」


 ここで言う『皆』とは、この国に住む魔族たちのことだろう。だが、なにを知っているのだろうと義行は思った。


「右側は山が迫って来てるけど、こっちからも入れそうだな」

「道はない。だけど入れる。でも入らない」


 こんどは禅問答が始まった。ただ、このヴェゼの言い方だと誰かが入ってくることはないのだろうと思った。


「魔王さま、あそこ見てください」


 シルムが指さす左側の山裾をみると、茶色い物体が動いているのが見えた。


「ウシだな」

「そう。前のウシ あの山から来た」

「なにかあったのかな?」

「わからない。草は いつもと同じだった」

 

 ウシは群れで行動すると義行は聞いたことがあった。順位付けもされ、下位のウシはエサにありつけないらしいから出てきたのかなと想像した。


「泉の水は、あの山の雪が溶けて流れてますの?」

「雪だけじゃないだろうけど、そうだろうね。ありがたや。ありがたや」


 ――あら~、お礼はハチミツパンでいいのよ~。オホホ~


「ん……、なにか言ったか?」

「えっ?」


 なんとなくシトラさん的なものを感じた義行は、近いうちにと思いながら森に戻った。

 途中で右に曲がってしばらく歩くと赤い果実が見え始めた。


「少し早かったかな……」

 赤というより、まだ緑色の実の方が多かった。

「魔王さま、これ食用ですか?」

「もちろん。ヘタを取り除いて食べてみな」


 周りを見て、一番熟れてるものをノノとシルムに渡してやった。


「うわっ! おいしいー」

「これ、なんですの。甘くて、でも酸味がわずかにあって、このバランスが最高ですわ」


 ノノもシルムもとも飛び切りの笑顔を見せる。


「いいだろ? これをスライスして、ほんのり甘くしたクリームと一緒にパンに挟んでもうまいだろうな」

「魔王さま 魔王さま。それ 食べたい!」

「そうか? 黒糖とクリームも悪くないと思うから、今度作ってみるよ。ヴェゼ、悪いけど、少しもらって行くよ」

「実? それとも苗?」

「今日は実だけもらっていくよ。株を分けてもらうのは七月ころかな。もちろん、ここの自生地がなくならないようにするから」

「わかった」


 三人は準備してきた箱に熟したイチゴだけを詰めて屋敷に戻った。

 そしてその日の夜、持ち帰った六箱のうち三箱が一瞬で食べられてしまった。


 その翌日は日曜日だが、いつもの時間に起きた義行はいつものように食堂に向かいドアを開けた。


「あら魔王さま。ずいぶん眠そうね? 昨晩は頑張っちゃったのかしら?」


 おおよそマリーからは発せられないだろう科白せりふが飛んできた。


「どうぞ、出口はあちらです」

「ちょっと、冗談よ」

「もう……、日曜日の朝からどうしたんですか?」

「紅茶が飲みたくなってね。来ちゃった」


 たしか、シトラさん最後に会ったのは三週間前だろう。


「忙しいんですか?」

「ちょっと、別の山に行ってたのよ」

「そんなこともあるんですね」

「情報収集のためにね。意外と持ち場を空けることはあるのよ」


 シトラさんの『別の山』という言葉を聞いて、義行は昨日の謎の声を思い出した。


「そういえば、森の反対側のはるか先に高い山があるじゃないですか」

「あら、森の反対側に行ったの?」

「ええ、イチゴを探しに。その時、『ハチミツパンでいいわよ~』って言われたんですけど……」

「ちょっと、あいつに会ったの!」


 シトラさんが、テーブルを乗り越えてきそうな勢いで聞いてきた。


「い、いえ、泉の水を使わせてもらってるので、山に向かってお礼をしたら頭の中に声が響いて。シトラさんと同じ匂いを感じましたよ?」

「無視しなさい。あなたはなにも聞いてないのよ。あれは邪悪な悪魔よ」


 邪悪だから悪魔なんじゃ? と義行は思った。


「シートーラーさーん、なにか隠してません?」

「えっ? えへへっ……」


 よくよく考えれば、ハチミツパンを知っているのはここの関係者しかいない。どうやっても誤魔化しようがない。


「だってあいつ、いつも上から目線だから、つい自慢したくなっちゃったのよ。相当悔しがってたから、いい気味よ」

「仲悪いんですか?」

「うーん、腐れ縁ってやつかしら」

「じゃあ、今日はイチゴクリームパンを作りますから、届けてください」

「いーやーよ!」

「命令です」


 あの声の主は、あの山を管理する妖精さんらしい。ここは仲良くさせていただくべきだろう。ただ、こちらから出向くには距離があり過ぎるので、シトラさんを有効活用することにした義行だ。


 朝の漫才で結構時間を取られたので、義行は朝食をサッと終わらせてお菓子作りの準備を始めた。


「マリー、残っているイチゴ使っちゃうよ?」


 念のため確認だけはして、義行はイチゴたっぷりのクリームパンとハチミツバターパンを作ってバスケットに詰めた。


「シトラさん」

「はいはい、お使いね。まったく、妖精使いが荒いんだから」

「そうねないでください 。シトラさんの分も入ってますから」

「それならよしとするわ」


 そう言うと、バスケットを受け取ったシトラさんがスッと消えた。

 案外ちょろいなと義行は思った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る