第32話 大規模計画開始

 寒さもやわらぎ始めた二月下旬のことだ。城の裏庭では、ポテを植えるための準備が着々と進められていた。

 

 そんな、ちょっとポカポカ陽気を堪能していると。


「魔王さま、少しよろしいでしょうか?」

「なんだい、クリステイン」

「実は、養鶏のことで相談がありまして」

「執務室に行くかい、それとも振興部で聞こうか?」

「振興部でお願いします」


 部屋に入ると、ノノとサイクリウスが座って待っていた。サイクリウスがいるということは、飼育の問題ではないだろうと推測する義行だった。


「申し訳ございません魔王さま、少々厄介な相談になりそうでして……」


 この国おいて養鶏業自体が初めてで、なにかしらの問題が起こるだろうとは予想していた。しかし、ニワトリを譲渡して結構な月日が経っている。


「内容はそう複雑なものではないんです。ただ、対処を誤ると事が大きくなりそうでして」

「なにがあった?」

「近所から苦情が来るようになりまして……」

「苦情?」

「はい。魔王さまも、譲渡のあった一年前のことは覚えておいでだと思います。当初は三十羽でしたが、今では八十羽近くになりました」


 月に十五羽くらいずつ卵をかえして、頭数を増やしていると義行はクリステイン経由で聞いていた。しかし、頭数の話なら城がなにかするというよりは、ポーセレン商会で対応してもらう話でもある。


「ただ、頭数が増えるにつれ、『鳴き声やにおいが気になる』と近隣から苦情が来るようになりました」


 においの問題については、参入希望者を集めたときにも感じてはいたが、義行はどうも腑に落ちない。


「だが、養鶏場は焼き窯のある工房の一部を使ってるんだろ。街はずれじゃなかったか?」

「そうなんですが、塩や干物、少量とはいえ鶏肉や卵の流通、砂糖の増産等々で、城下への人の流入が増え、居住エリアは外へ外へと拡大しています」

「なるほどな。俺が蒔いた種ということか……」

「いえ、魔王さまのせいではございません。いずれ起こり得ることだったのでしょう」


 食糧の増産と流通ばかりに気を取られ、義行は街の人口増加に気付いていなかった。


「でも、ガデンバードさんなら鶏舎けいしゃの掃除はしっかりやってるだろうし、ニワトリが脱走してるわけでもないんだろう?」

「それは問題ありません。ただ、においは止められませんし、それに早朝からあの声で鳴かれると……」


 これを言われると、ニワトリの方が可哀そうだ。


「頭数が少ないときや、ひよこ生まれたときなんかは楽しそうに見に来ていたようですけど……」

「そんなもんだよ。それで、ガデンバードさんや子供たちへの影響は?」

「直接的な嫌がらせは来ていないようです」

「『直接的な』ねー」

「ええ、直接的なです。それがあからさまじゃない分、ガデンバードも参ってきてるようです」


 ここで話していてもらちが明かない。状況確認も兼ねて、義行たちは養鶏場に向かった。

 途中、街の様子も観察してみたが、確かに人も建物も増え、居住区も賑やかだ。これはこれで昨年の効果が出ている証拠だと義行は思った。


「ガデンバード、ちょっといいですか?」

「お嬢、それに魔王さま。この度はご迷惑をお掛けしまして申し訳ございません」

「いえ、私の方こそお願いするだけで、その後のフォローを怠ってました」

「いえ、これは魔王さまの不手際ではございません。当ポーセレン商会で対応しなければならない話です」


 見覚えのない男性が割り込んできた。


「えーと……?」

「魔王さま、私の父です」

「そうですか、初めまして」


 幸いなことに、院の子供たちは午前の仕事を終え一度帰宅しており、ここには大人しかいない。義行はちょうどいいと思った。


「ポーセレンさん、ニワトリをこちらで引き取ることも可能ですが、どうされますか?」

「私はこの事業に将来性を感じています。できれば、このまま続けたいと思います」

「ガデンバードさん、この土地に未練はありますか?」

「子供たちも独立して、今は妻との二人暮らし。養鶏のためにここへ移り住みましたので、未練はありませんね」

「ポーセレンさん。将来性というのは、卵、肉、その他派生事業の収益ということでよいでしょうか?」

「はい、すばらしいポテンシャルを秘めていると思います。院の運営のためになにかできればというのもございますが」

「わかりました。では、明日の十時に城の農畜振興部にお越しください」


 義行たちはその足で孤児院に向かった。


「マリアさん、突然ですけど、院の運営はこの場所じゃないとダメですか?」

「雨風がしのげる家があれば、こだわりはありませんよ」

「では、子供たちが仕事場に向かえて、生活の質が落ちないのであれば、ある程度の困難は受け入れていただけますか?」

「内容にもよりますけど、魔王さまとポーセレンさんのおかげで格段に院の運営が楽になりましたので」

「では明日の十時、城の農畜振興部にお越しください」


 義行は関係者一同を集めることにして、振興部に戻った。

 そして、最後の難関はサイクリウスの説得だ。


「サイクリウス、先日話した、一番街道の先の土地確保はどうなってる?」

「既に辺り一帯を魔王さま名義で押さえております」

「まだ畑として耕してはないよな?」

「ええ、ザックリとした農道の跡はつけておりますが」

「よし、最高の仕事っぷりだ。それなら、その一部をポーセレンさんとマリアさんに提供する」


 義行は有無も言わせずそう宣言した。サイクリウスから文句の一つでも出るかと思ったが、それすらなかった。


 ただ、浮かない顔のクリステインだ。


「あの魔王さま、我が家もガデンバードも、新たに土地を購入するほどの余裕は……」

「まあ、そう焦るな。まず、ポーセレン商会には養鶏と共にマヨネーズの生産をしてもらう。それを城に納品し、その数に応じて土地代金と相殺していく。サイクリウス、どうだ?」

 

 義行は考えていた案を披露した。ただ、サイクリウスの表情は硬い。


「魔王さま、ポーセレン商会が当初参入を控えた理由を思い出してください」


 一年前のことだ。義行もはっきりと覚えている。


「そうだったな。『出来レース』と疑われたくないから参入は控えたんだったな」

「そうです。開拓地への移住まではよいでしょう。ただ、マヨネーズを生産し、さらに城が買い取るなんて話が流れたらどうなりますか?」

「一発で、『コネか!』となるだろうだろうな」


 未だポーセレン商会のみが養鶏に携わって文句が出ていないのは、利益が少ないこと、そして、今回の件も各商会に漏れ伝わっているからだろうとサイクリウスから教えられた。


「そうなると、あくまでも商会が自発的に動いたことにする必要があるわけだな?」

「そうです。中には、『土地が貸し出される話は聞いてない』と文句をいう奴も出るでしょうが、これは丸め込めます」

「ポーセレン商会がマヨネーズという新商品を開発したので、命運を賭けて事業拡大に出た。その相談があったから、場所を貸しただけだ。お前たちも土地が必要ならいくらでも貸すぞとか言えばいいか」

「はい、こちらは同じように手続するだけです」


 たしかに、書式さえ作っておけば何人来ようが対応できる。


「それなら、いっそ賃貸借契約で土地貸しだけにするか?」

「いえ、賃借料にいくらか上乗せした額を支払うことで、数年後には自分の物にできる契約にした方がよいでしょう。それに、城が賃貸業で利益を出してると言われるのも問題ですからな」

「なるほどな。そうすることで農業や酪農のために移住しようと続く者が出るかもしれんな」


 義行は上手い案だと思った。

 しかし、ここまで話してあることに気付いた。


「ちょっと待て、そんなに簡単に土地売買ってしていいのか?」

「問題ありません。あの辺りの土地は、所有者が居ないのは確認済みです。国の補助事業の一環としてバーンとやっちゃいましょう」

「サイクリウス、お前、やることでかいよな」

「こういうのは、むしろドカーンとやった方がいいんですよ。チマチマ小細工するから逆に疑われるんです」

てしてそういうもんかもな」


 そんなこんなで、義行とサイクリウスで大まかな骨組みを作り上げ、さらに細かい部分を詰めていった。その間、クリステインは一言も発することなく、結果を纏めていく作業をしてくれていた。


 そして翌日の十時になった。ポーセレン氏、ガデンバードさん、そしてマリアさんの三人が振興部のソファーに座っている。


「皆さん、お忙しいところ申し訳ありません。マリアさん、経緯いきさつを説明した方がいいですか?」

「いえ、ガデンバードさんから理由は伺いました」


 それならということで、義行は前置きはなしで本題に入った。


「私からの提案です。ポーセレンさん、ガデンバードさん、マリアさん。新たな土地に移住しませんか?」


 この提案は三人とも予想していなかったのだろう。ポカーンとしている。


「一番街道の先一帯はほぼ手つかずです。その一帯を我々で押さえています。今後の食糧生産の一大拠点にしようと思って準備をしていました。その一部に鶏舎を建てて養鶏を営むんです」

「しかし、我が家の貯えもそうあるわけでは……」


 いち早く復帰したポーセレンさんから、予想どおりの答えが返ってきた。


「ですので、自由に商品を生産・販売いただき、売上の中から毎月の賃借料にプラスでいくらかお支払いいただければ、最終的にその土地は譲渡いたします」

「しかし商品と言っても、肉を売れば鳥は減りますし、卵だけではまだ数が……」

「そこで、マリアさんと子供たちの出番です。ポーセレンさん、マヨネーズの作成方法をお教えします。野菜の消費が多いこの国では需要は高いはずです。それに、今月末には次なる秘策を出す予定もあります」


 この提案には、ポーセレンさんも身を乗り出してきた。


「ただ、ポーセレン商会がこの一年を掛けて研究してきたというていにはしてください」

「そうなれば、子供達に手伝ってもらいますよ」

「マリアさんはどうでしょう。子供たちは養鶏とマヨネーズ工場の手伝い。マリアさん自身も土地を借りて農業が可能です。立派の農業指導員も二人ここにはいますしね」

「私たちに不都合はありませんので、お受けしたいと思います」


 その後、義行は各人の細かな要望を聞き、計画に修正を加えながら纏め上げていった。


「そうなると魔王さま、移動はいつから始めればよいでしょうか?」

「明日から区画割りや農道の整備に入ります。それが終われば、住居や鶏舎、そして工場の建築を始めていただいて構いません。ニワトリの移動は、移動させたい日の三日前にお知らせください。お手伝いします。そして、マリアさんたちの住居ですが……」

「魔王さま。その家づくりですけど、私たちがお金を出すので早くできませんか?」


 ここまで静かに話を聞いていたノノとシルムから声が上がった。


「ノノ、シルム、ありがとう。だけど、貴方たちがそれを負担することはないわよ」

「いえ母さん、なにかのためにこれまで蓄えてきました。今使うときだと思いますわ」


 それを聞いた義行は一つ確認をした。


「マリアさん、今の住居は借家ですか、持ち家ですか?」

「亡くなった主人の持ち物だった家を、私が引き継いでおります」

「ポーセレンさん、あの場所だと誰かに販売すると幾らくらいになりますか?」

「そうですね、若干街はずれですが、孤児院ということで広さもありますし、今の街の拡大を考えると、よい値で買い取ってもらえると思います」

「ということだから、ノノ、シルム。貴方たちが負担する必要はないわ」

「でも、一部は出させてもらいます。そうしないと、私たち帰る場所がなくなっちゃいますわ」

「あら、魔王さまに引き取っていただいたら?」

「ちょっ! 母さん……」


 そんなこんなで大規模なプロジェクトがスタートした。

 もしかして、サイクリウスってものすごいやり手なのかと思った義行だった。

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