第31話 今年の目標?

 義行は魔族国で二度目の新年を迎えた。今年はポテとタマネギの量産を始めたいと思っている。

 一月一日からの三連休も終わり、マリーと恒例の市場探索に来ている。もちろん、大きな変化は見られない。


「もう少しの我慢だな」

「そうっすね。データは揃ってきたんすよね?」

「あぁ、今年は勝負に出ようと思ってる」


 なにかを求めての外出ではない。二人とも気楽に見て回ったていたときだった。


「魔王さま、今年もよろしくお願いします」


 声の方へ振り返ると、フリッツさんだった。義行は「儲かりまっか?」と聞きたかったが、期待した答えは返って来ないと思い、「調子はどうですか?」と無難な聞き方にとどめた。


「今の時期は野菜も少なくなるので、干物がよく売れて助かりますよ」

「二日ほどは持ちますし、たんぱく源として重宝しますもんね」

「今、振興部に向かおうと思っていたんです。よろしければ店の方へ来ていただけませんか?」

「かまいませんよ」


 海辺の町のことや、塩や干物の生産状況を聞きながら義行たちは店まで歩いた。

 店に着くと、フリッツさんは裏に回り籠を持ってきた。


「これなんですが、型もよくて売りもんにできんかと思ってるんです。どうでしょう?」

「あれ、これって……」


 義行は脳内データベースにアクセスを試みた。


「そうだ、ソウダガツオだ」

「『そうだ』で、『そうだがつお』っす。ふふっ」


 マリーは一人ニヤニヤしている。

 義行も別に冗談を言いたかったわけではない。たまたま冗談ぽくなっただけだ。


「残念ですが、この魚は足が早いんですよね」

「いやだなー、魔王さま。魚が走ったら怖いっすよ」

「いや、それはそれで俺も見てみたいよ」


 マリーの顔が更にニヤニヤしている。絶対にカツオが二本足で走ってる姿を想像してるなと義行は思った。それはそれで面白い絵面えづらではある。


「そうじゃなくて、傷みやすいってことだよ。特に、温度管理をしっかりしていないとよくない成分が作られて、下手に食すと体にブツブツが出たり痒くなったり、他にも嘔吐したりするんだ」

「えっ、私たちは普通に食べてますが……」


 フリッツさんの顔は青くなっている。


「あぁ、心配しないでください。新鮮な内は大丈夫です。ただ、そういったことから、この時期とはいえ輸送時間を考えると怖いですね」

「そうですか……。身も大きくて食糧としては申し分ないと思ったんですけど」


 そうなのだ、この国には海があるのに生かせていない。この問題に関しては、義行もなんとかしたいと思っている。

 残念そうにソウダガツオを見つめているフリッツさんを見て、というか、ソウダガツオを見て義行はふと思い出した。


 再び脳内の情報を漁っていく。


「フリッツさん、今すぐ商売にならないですけどやってみますか?」

「なにかいい案があるんですか?」

宗田節そうだぶしを作ってみませんか?」

「そ、そう だ ぶし……?」

「えぇ、手間のかかる作業ですし、いま作っても商売にならないと思います。ただ、今年の秋以降には化ける可能性がありますよ」

「是非、教えてください」


 フリッツさんは、店先にある羽ペンと紙を取って戻ってきた。


「まず、ソウダガツオを高温で茹でます。そのとき、大きなものは腹に切れ込みを入れておくといいでしょう。その後、頭や内臓、中骨といった不要な部分を取り除きます。そして、ここからが肝です。それを小屋の中でいぶしていきます。棚を作り、下から熱と煙で八日ほど燻して乾燥させ、最後に一日ほど天日干しするんです」

「茹でるための大鍋、燻すための小屋……」


 羽ペンが忙しなく動いている。フリッツさんの頭の中には大まかな計画ができ上がりつつあるようだ。


「あと、これに似た魚が春と秋に取れませんか?」

「ええ、カツウオですね」

「それでも同じものが作れます。こっちは荒節あらぶしなんて呼ばれます。なので、その練習も兼ねて作ってみるといいと思います」


 ちょっとしたアイデアを渡し、義行とマリーは帰宅した。

 燻し作業などは実験に次ぐ実験で、簡単に作れるものではないだろう。義行は気長に待つことにした。


 そんなことがあった翌日からは、振興部メンバーは春に向けて準備を進めていった。


「ノノ、シルム。急ぎの仕事がないなら果樹園まで付き合って」

「最近は圃場ほじょうの整備や堆肥づくりが主で、森に入ることはなかったですわね。もちろん、同行いたしますわ」


 十分後に出発することにして、義行は一度台所に向かった。昨日、マリーと黒糖こくとうを使ってカステラもどきを作ったので、それをバスケットに入れて裏庭に戻った。幸せのおすそわけだ。


 勝手知ったるいつもの森を歩き、空き地で皆を呼んだ。


「はい、おみやげ」


 量がないので一切れだけだが、三人に手渡した。


「おいしーい」

 三人の食べっぷりを見てると幸せになる義行だった。

「パンとも少し違う食感でいいだろ? シトラさんには内緒な」

「な~にが内緒ですって~」


 真後ろから念のこもった声が響き渡った。


「し、シトラさん。冗談ですよ、ほら、ちゃんとシトラさんの分もありますよ」


 と言ったものの、実は三人分しか持って来ていなかったので、義行は自分が食べる分をシトラさんに渡し、ヴェゼに「あの人、いつもどこにいるんだ?」と小声で聞いてみた。


「わからない。でも いい匂いすると 来る」


 誘蛾灯ゆうがとうに集まるみたいだなと義行は思った。


「シトラさん、ナシとリンゴを移植しようと思うんですけど、どうでしょう?」

「そうね……。三月までかしらね」


 もともとの所有者が来ているなら、その人に聞くのが一番だ。何本か元気のいい若木を選んでもらい、二月の中旬から下旬を移植することにした。


 その後は、今年の作付け予定を立てたり、ポテの植え付け準備等を進めていた二月の中旬だった。


「魔王さま、フリッツさんが面会希望で来られてますわ」

「すぐ行く」


 自室に一度戻り、着替えて執務室に向かっているとマリーが後ろから追っかけてきた。


「あれ、マリーも呼ばれたの?」

「クリステインが来てほしいって言ってたっす」


 マリーと執務室に入ると、フリッツさんとクリステインがいた。


「魔王さま、急に申し訳ございません」

「いえいえ、フリッツさんがここに来るということは、大概よい知らせですから」

「よい知らせになればいいのですが……」


 干物のときのような自信に満ちたフリッツさんではない。若干の不安を感じながら義行は席に着いた。


「これをご覧ください」


 義行は机に置かれた箱を開けて中を見た。


「宗田節じゃないですか。もうできたんですね」

 義行は手に取ってにおいを嗅いだ。

「なんとかここまではできました」


 フリッツさんの不安そうな顔から、上手くいかなかったかと思っていたが違ったようだ。それならなんだろうと思っていると、フリッツさんの口から出てきたのは、「これ、固くて食べられませんよ?」だった。


「……。済みません、どう使うか伝えてませんでした」


 しかし、口で説明するよりも見て味わってもらったほうが早いと思い、義行は皆を連れて台所へ移動した。


「これは、このまま食べるんじゃないんですよ。この宗田節を薄く削ります。そして、お湯が沸騰したら投入して、一、二分したら布でします。これで出汁だし、えーと、魚のスープが取れます。飲んでみてください」


 フリッツさんが恐る恐る口をつける。


「おおっ、香りもいいし、旨みも強く出ていいですな」

「宗田節や荒節ができてからお話しようと思っていた昆布と、味噌や醤油が合わさればよいスープが作れるはずです。マリー、この出汁と今ある調味料で料理に使うことはできない?」


 出汁という概念があるのかどうかわからない。ただ、マリーも料理人としてのプライドがあるのだろう、色々考えていたが答えは、「申し訳ないっす。すぐには思いつかないっす」だった。


「まあ、初めて飲んだんだ。ゆっくり考えてみてくれ。それでフリッツさん、ここまで作成されたものは私が買い取ります。そして、前にもお話ししましたが、カツウオでも作ってみてください」

「わかりました。また改めてお持ちします」


 こうなってくると、早く醤油がほしい義行だった。

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