第30話 味噌と醤油
サケが
しかし、義行には無駄に知識だけはあった。この知識を活かして、イクラ丼計画を発動させようとしていたときだ。
「魔王さま、少々お時間を頂いてもよろしいですか?」
「どうした?」
「大臣人事に関してです」
ストルピがバックレてからこっち、食糧調査担当の大臣席は空いたままだ。
「大臣不在もどうかと思い、副大臣らに打診してみましたが、よい返事がもらえませんでした」
「やる気がないならクビにしてしまえ」
「さすがにそれを理由にクビにすると、我々が訴えられます」
義行はこの国の全ての法律を理解してはいるわけではない。どうやら、労働法のような法律があるのだろうと思った。
「クビは冗談だが、そんな奴らが副大臣なのか?」
「年功序列で上がっただけですから」
思わず、「そんなクソ制度、止めちまえ」と口をついて出てしまった。
「とはいえ、そうでもしないと責任者がいなくなります」
この国は変なところで日本の影響を受けていると感じる義行だった。
「今、食糧調査担当部には何人の職員がいるんだ?」
「七名居ります。副大臣二名を除くと五名でございますね」
「わかった、今から全員と面談する」
義行も一般職員から大臣を選ぶのは無茶だと言うはことかっているが、食糧調査担当部の職員を一人ずつ呼び出した。
一人目(現部長)
「大臣職に興味はないか?」
「申し訳ございません。年老いた両親の面倒を見ておりまして、そちらを優先させていただければ」
「そうか、それは大変だよな。悪かったな」
二人目(現主査)
「大臣職に興味はないか?」
「そんな……、まだ私に務まるような職ではございません」
「でも、この部署には長いんだろ?」
「いえ、私は二年前に異動して来た新参者ですし」
三人目(現主任)
「大臣職に興味はないか?」
「興味ないっすね~(鼻ホジ~)」
クビ候補として義行は書類にバツを付けた。自分の適性をわかって昇進を拒むならいい。だが、こういう態度の奴は気に食わないのだ。
四人目(係員)
「大臣職に興味は…」
「こ、殺されるー」
「お、おい」
そして五分経っても、十分経っても五人目が来ないので、食担の部屋に行ってみると、部屋には誰もいなかった。
「おい、サイクリウス。どうなってんだよ」
「どうも大臣になると、『二十四時間働けますか』状態にされるという噂が広まっておりまして……」
「あちゃー、ちょっとやり過ぎたか」
ストルピの件が相当インパクトあったようだ。
「今、食糧調査担当部はなにをやってるんだ?」
「これと言って特命もありませんし、いつもと同じですね」
「じゃあ解体。振興部が代わりに受け持つ。今いる職員は、人手がほしい部署にでも放り込んどけ」
「かしこまりました」
そんなくだらないイベントを消化し、振興部で食糧調査担当部の業務を引き取った。
引き取った以上は結果を示さなければならない。そのため、義行は臨時の会議を開いた。
「皆、スマン。食糧調査担当部を解体した。それで、その仕事を振興部で引き継いだ。大変だが頼む」
ノノとシルムが『はあっ?』という顔で見てきた。事前の相談もなく仕事を増やされれば、そうなるのは義行もわかる。
「いや、これまで以上に仕事が増える訳で……」
「食糧の調査と安定供給ですわよね?」
「ノノ姉様、もうやってますね」
「新規作物を見つけてきて広めるですわよね?」
「ノノ姉様、もうやってますね」
「農業の普及ですわよね?」
「ノノ姉様、もうすぐ可能ですね」
最後に、「仕事は増えてませんが?」と見事にシンクロした答えが返ってきた。このとき、「うちの部署ってものすごくいい人材抱えてんじゃね」と義行は思ったのだった。
そんなことがあった翌日の午後、今日も義行はひとり市場をフラフラしていた。城内では、魔王が平日に市場をフラフラしていることに対して批判も出ているらしいが、義行にしてみればこれも仕事の一環なのだ。それに、今日ここに居るのは、昨年から温めていたプロジェクトを開始するためなのだ。
義行は市場で買ってきた大豆三袋を台所に置いて、振興部にダッシュした。
「魔王さま、そんなに慌ててどうされましたの?」
義行は、「味噌と醤油を作る」と宣言して机に齧りついた。
最初にやることは、自分が覚えている限りの味噌と醤油作りの作業工程を書き出す作業だ。
「これは思った以上に時間がかかるな。いや、時間の前に問題になるのは
いつものごとく義行の思考は駄々洩れ状態だ。そして、その駄々洩れの思考は、『工事? 魔王さま、また良からぬことを考えてますわね』、とノノの盛大な勘違いを誘発していた。
「えーい、考えても仕方ない。まずは麹だな」
そう言うと、義行はピャーと振興部から出ていった。行先は自室だ。
米のお供として
それを持って今度は食堂に入る。
「タッパーなんて便利なものはないよな……」
適当な容器に糠と水を加え、布を被せたものをマリーにも見つからない場所にそっと置き、カビの増殖を待つことにした。
実験を始めて四日目、糠の表面には青や黒色のカビも生えてきているが、目標とする色のカビもいる。
さらに二日放置して、義行は色とりどりのカビに覆われた容器を持って振興部に向かった。
「これはコウジカビの特徴を呈してはいるんだがな……」
義行がフワフワの毛が乱立している
「魔王さま、ごきげんよう」
「うわっ! 出た」
「って、なにが出たのかしら?」
そこには、にこやかにシトラさんが立っていた。
「いっ、いや……、いつも神出鬼没ですね」
「え? 裏口から堂々と乗り込もうとしたのよ。でも、この部屋に魔王さまが見えたから」
「堂々と乗り込むなら表玄関にしてください」
この人は仕事してるんだろうかと疑ってしまう義行であった。
「で、なにを見てるの?」
「これですか? 実は、醤油と
「ふーん。ブドウ糖とかアミノ酸がなにかは知らないけど、この左上の子は、いろいろ分解してくれるわよ?」
突然、シトラさんがとんでもないことを言い始めた。
「この子が、魔王さまの求めてる菌かどうかはわからないわよ。でもほら、キノコは菌類よね? 他にも、落ち葉が分解されるのも菌の働き。だから、私たちは菌類についても少しは知ってるのよ。この子は、変な毒を作ることもなさそようよ」
「ありがとうございます、シトラさん。一歩前進です」
義行はそのカビの部分だけを静かに掬い取り、一旦、簡易冷蔵庫にしまった。そして、シトラさんと共に台所に向かいご飯を炊き始めた。
「あらあら、おじいちゃん。さっきお昼は食べたじゃないっすか?」
「マリーさんや、そうじゃったかのぉ……」
と定番のやり取りをしても笑ってくれる人はいない。
義行は、ご飯が炊き上がったら呼んでとマリーにお願いして、振興部でさっき採取したカビのスケッチと特徴を纏めたいった。
一時間ほどしてマリーがやってきたので、簡易冷蔵庫からコウジカビであろう
「魔王さま。その手に持ってるのって、もしかしてカビっすか?」
「まあ、カビと言ったらカビだな。でも、もしかしたら大化けするカビかもしれないぞ」
義行は少し冷めたご飯を大皿に盛り、さっき採種したカビを振りかけた。
「ああっ、貴重なご飯が! そんなことしちゃあ食べられないっすよ……」
「まあまあ、今はこれでいいんだよ」
そう言って義行は布を被せて、台所の暖かそうな場所に置いた。マリーはあからさまに嫌そうな顔をしている。
翌朝のぞいてみると、ご飯は全体的に白っぽい菌糸に覆われていた。変な匂いもしてこない。当たりだったかもしれないと義行は思った。この日はサッとかき混ぜる程度にして、そのまま置いておくことにした。
二日目に改めて状態をみると問題なさそうだったので、ここで義行は味噌と醤油作りを宣言した。
「魔王さま、大豆っすね。茹でるんすか?」
「いや、実際に茹でるのは明日だな。今日は下準備だ」
義行は、準備した大きめの桶の中に大豆と三倍量の水を入れて漬け込んだ。
「マリー、済まないが、ちょっとここに置かせてもらうぞ」
そして義行は、翌日に使う塩、小麦、木桶、蓋、重し、そして醤油用の麹を作るためのお盆といった道具類を揃えていった。
次の日の朝食後、マリー、ノノそしてシルムが台所でスタンバイしている。
「では、味噌と醤油の作成を始めるぞ。最終的にはみんなにも作ってもらうので、よく見ててほしい」
義行は、味噌と醤油に使う大豆を煮ている時間を利用して、醤油と味噌がなんであるかと説明した。この説明で、マリーもなんでカビをご飯に混ぜたか理解してくれた。
三時間ほどして味噌用の大豆を確認してみると、指で十分潰せる柔らかさになっていた。
「まずは味噌だ。大豆が温かいうちに潰して、麹と塩を加えてよく混ぜ合わせる。耳たぶの感触になったら、団子にして木桶の中に空気が入らないように詰めて行くんだ。これに布、その上に蓋をのせて、作る味噌の三割増しくらいの石を乗せて完成。この状態で、半年から一年熟成させるとでき上がりだ」
半年から一年という期間に皆驚いていたが、義行もこれを短縮する方法は知らなかった。
十分ほど休んで醤油の仕込みに移った。
「大豆を茹でるところまでは味噌と同じだな。同時進行で小麦を
味噌のように、すぐに桶に詰め込めばいいというわけではないのだ。
「蒸しあがった大豆を木の箱に広げてやる。急いで適温まで冷ましてやったら、さっき作った小麦を振り掛けてよく混ぜ合わせる。今日はここまで。ここから約三日ほど繁殖させる」
「魔王さま、醤油はまだ準備段階ということですの?」
「第一段階が終わったという感じかな」
ここまでは上手くいっていると思う義行だが、麹菌がうまく繁殖してくれるか不安いっぱいだ。
翌日、義之は大豆をかき混ぜる。
「魔王さま、この作業は?」
「麹菌を繁殖させるのに必要なんだ。麹菌自身が出す熱で死んでしまうことがあるから、こうして温度を下げてやるんだ」
「これ広めたとして、できる人いますかね?」
「醤油というものが必要な調味料を認識されれば、製造業者は出てくると思うけどな」
変な匂いもなかったので、その日はその作業だけにして麹菌の繁殖を待った。
そして二日後の朝、義之は布をめくる。
「魔王さま、色が緑色になってます。それにかき混ぜると、なんだかフワフワ飛んでます」
「どうやらうまくいったみたいだね。これで、ようやく次の段階に移れるよ」
義行は、麹の量から水の量と塩の量を計算して準備する。
「計算方法はまた後で説明するけど、でき上がった麹に塩を混ぜ合わせるんだ。そして、混ぜ合わせた麹を木桶に詰めて塩水を加える。全体に塩水がいきわたるようにかき混ぜたら、布をかぶせてひもで縛っておく」
「魔王さま、次は私が作ってみてもいいですか?」
「じゃあ、ノノとシルムに任せるよ」
でき上がった味噌と醤油の木桶は、食糧保存庫の奥で熟成させることにした。
翌日は、ノノとシルムにコウジカビを生やすところから改めて講義しながら、もう一樽分醤油を仕込んだ。
「これで、来年の今頃には肉じゃがが食べれるかな?」
(注):コウジカビには、人に感染して病気を引き起こすものもあります。自宅で醤油や味噌を作る場合は、専門の業者よりキットや麹を購入を推奨いたします。
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