第28話 欲のない人、強欲な人
ナシとリンゴの木を貰った翌日から、庭の土壌改良と移植計画が話し合われた。
その作業に二日ほど使い、義行は今朝もいつもの服に着替えて食堂に向かう。
「あら魔王さま、おはよう」
聞きなれない声がした。
「えっ、シトラさん? そりゃ、『遊びに来て下さい』とは言いましたけど……」
「あら、あれは社交辞令だったのかしら?」
「いっ、いや、本心からですけど……」
「ならいいじゃない」
まったく、この人というかこの妖精は痛いところを突いてくる。
「まあまあ、ただ遊びに来たわけじゃないわ。ちゃんとお仕事よ」
「なんですか?」
「ナシとリンゴの木の確認」
そう言われると追い返すわけにはいかない。ここはプロに教えを乞うべきだと義行は判断した。
シトラさんを入れて五人で朝食を食べていると、シトラさんが突然消えた。
数秒するとサイクリウスが食堂に入ってきた。
「魔王さま、おはようございます。本日の予定ですが、フリッツ殿が面会を求められております。九時に執務室へおいでください」
「わかった。他には?」
「市中の商売人から、自分たちも塩の販売をしたいので話をと」
「それはフリッツさんに相談してからだな」
「後は……」
「なんだ、まだあるのか?」
サイクリウスがモゴモゴするということは、あまりよい話ではないことだろう。
「はい、食糧調査担当大臣から面会希望がでております」
「食担から? なんだって」
「直接話をしたいとのことです」
「わかった、午前中に全て終わらせるぞ」
シトラさんとナシとリンゴの状態を見てから今後の相談をしようと思っていたが、予定を組み直すことになった。
サイクリウスが食堂を出て行くと、シトラさんが姿を現した。
「魔王さまも仕事してるのね」
「当然じゃないですか! ということなので、今日もお相手は難しそうです」
「別にいいわよ」
朝食を終え、部屋で正装に着替えてから義行は執務室に向かった。
面会前にクリステインも交え打ち合わせをしていると、ドアがノックされた。
「魔王さま、お久しぶりでございます」
「フリッツさん、今日ここに来られたということはもしかして?」
「はい、まずはこちらをご覧ください」
フリッツさんが木箱をテーブルに置いた。中を覗くと、アマダイと他二種類の干物が入っていた。
「フリッツさん、こ、これ。もしかしてアカムツですか?」
「我々はクロノドと呼んでおります。こちらはアージです。比較的漁獲量のあるこの二種類も試してみたところ評判がよかったので、合わせてお持ちしました」
春から夏がアージ、その後にクロノドにアマダイといい選択のように思えた。
「ただ、提案して今更ですが、干物がうけますかね?」
「魔王さま、そちらは問題ございません」
何故かサイクリウスが答える。
「なんでお前がそんなに自信満々なんだ?」
「実は、魔王さまが遠出された日にフリッツ殿が来られて、市場で試食会を開きたいと相談がありました」
「ちょっと待て、食中毒対策は?」
「そこは、『自己責任で』としました」
自己責任というやり方に若干違和感を覚えた義行だったが、すでに終わったことだし、サイクリウスが決めたことなので問題ないと思うことにした。それに、干物なら午後でも悪くなってはいないはずだ。
「それで反応は?」
「上々でした。試食した者たちから、今あるものを売ってくれと詰め寄られました。食中毒の件も、各村で実験しております。魔王さまが仰っていたように、三日は持ちます。ただ安全を考えて、購入日の二日以内には食すように案内する予定です」
フリッツさんも自信満々に答える。どうやら、ある程度の自信を持っての相談だったようだ。
そうなると残るは価格設定だ。
「フリッツさん、販売価格はいくらに?」
「アマダイとクロノドは一尾を銅貨二枚、アージは一尾を銅貨一枚と考えています」
「うーん……。干物づくりや運搬の労力を考えると、もう少し高くても」
「いえ、漁獲量や作業量を考えても十分な金額です。なんと言っても、重くなく量も運べますからね。商品としてはもってこいです。それに、魔王さまからの情報あってのものです。そのお礼も込めて」
この価格設定であれば、家計への影響も小さいのでありがたい。
ただここまでされてしまうと話しにくいのだが、義行は塩の件を切り出した。
「フリッツさん。実は、市中の商売人たちから、塩を売らせてほしいと要望がでています。どうでしょう?」
「ええ、構いませんよ」
「そうですよね。ダメですよ……、えっ?」
義行は一瞬聞き間違えたのかと思った。しかし、あっさりと許可された。
「構いませんよ。塩は必要な食材です。流通が増えるなら喜ぶべきですよ」
「しかしそれでは……」
「でも、街中で塩を作ることは不可能ですよね?」
フリッツさんはニヤリとする。
「そうなると、港町にも人が来てくれます。人が増えれば町の運営も安定します。それに魔王さまも仰ったではありませんか、多くの人に作り方を広めてほしいと」
何度か海辺の町には行っているが、確かに高齢者が多かった。もしかすると日本のように、若者は仕事を求めて街に出ていくのかもしれない。この塩の増産は、若い働き手の確保にはいいのかもしれないと思った。
「それでは、塩の生産と販売に関しては希望者に話をしてみます。サイクリウス、干物に関する細かな手続きは任せる」
サイクリウスとフリッツさんは執務室を出て行った。
なんとかよい方向で落ち着きホッとして麦茶を飲んでいると、控えの間のドアがノックされ、養鶏業者の募集説明会でも見た若造が入ってくるなりまくしたてる。
「魔王さま、是非、我々に塩の販売許可を」
「一店舗が専売するのは問題です。魔王さまは、特定の商売人を贔屓されるのか?」
『贔屓』という最後の一言にかちーんと来た義行は、静かな声で告げた。
「構いませんよ。塩の製法をお教えしましょう。我こそはという方は、午後にでも宰相のところに行ってください。製法の書かれたマル秘文書と契約書を作成してくれるでしょう。ただし、覚悟の上で契約に臨んでくださいね」
わずか三分で面会は終わった。あの塩田作業をホントにやってもらえるなら、こちらは願ったりかなったりだ。
その後、執務室で書類にサインをしていると、ドアがノックされた。今度は、食糧調査担当大臣が偉そうな態度で入ってくるなりまくしたてる。
「魔王さま。塩に干物、なぜに王城独占販売にされないのですか。これほど金になる商品はございませんぞ。それに、牧場にはニワトリやウシという肉を得られる動物もいる。牛乳や卵まで取れるというではないですか。金の生る木ですぞ。全てを城で管理すべきです」
またバカが来たかと思い、義行は一喝して黙らせるかと考えたが、どうせならそんな気もおこらないくらいガッツリ分からせることにした。
「そうだな。わかったよストルピ。俺たち振興部の仕事は農業や畜産を広めることだ。なので、俺たちは広めることだけに専念するよ。なので、君に栽培・飼育からそれらの販売までの全権限を移譲しよう。どうだろう、受けてくれるか?」
ストルピは頬が緩むのをなんとか抑え込んでいるようだ。
「よし、それじゃあ引継ぎだ。まず朝一はニワトリの世話だな。朝五時過ぎには卵集めと鶏舎の清掃。それが終わったら次は牛舎だ。ここも清掃してから乳しぼり。今、三頭ほど搾れるウシがいるから三頭ともよろしく。その後に畑の水やり。そうそう、塩の生産は毎日行われているから、海辺の町まで毎日行ってね。さらにその合間に漁に出て干物づくり。終わったらここに戻ってきて夕方の乳しぼり。ああ、森の果樹園管理に圃場の管理もよろしくな」
義行は自分の業務じゃないものも含め引き継いでいく。どう考えても一日でできる量じゃない。
しかし、義行は気にしない。
「いやー、君は食糧調査担当大臣だもんな。頑張ってくれよ。そうだ、この国はいまだ食糧の種類も流通も少ない。どんどん新しい食材とその調理法も見つけてきてくれ。もちろん俺たちが広めてやるからな。まあ、二十七時間休まず働けばできんことないだろう。ただ、失敗した場合はわかってるだろうな?」
ストルピの喉からゴクリと音がした。いつの間にか、ストルピの背後にはサイクリウスも立っている。
「それではストルピ殿、任命式を行いますので大会議室へ」
有無を言わさぬサイクリウスの声が執務室に響いた。
予定どおり十二時までに全てを終わらせ、義行は食堂に入る。
「魔王さま、お疲れ様っす」
「ったく、なんでこう目先の利益しか見ないバカが多いんだよ」
椅子にドカりと座りながら義行は愚痴る。
「なにがあったか知らないっすけど、お金しか見てない人は意外と多いっすよ。これ、前に聞いたクリームシチューっす。試作なんで肉は入ってないっすけど」
今日の昼食は、野菜だけのクリームシチューとパンだ。
「おっ、ほっこりしていいね」
「ここに肉が入ると、その旨みが出てもっとおいしいと思うっすよ」
「そこはゆっくり増やしていこう。鶏肉は近いうちに可能になるだろうしな」
ノンビリと昼食を済ませ、紅茶で気分を落ち着けてから義行は午後の仕事に向かった。ただ、なんとなくさっきの若造二人とストルピが気になり、サイクリウスの執務室に寄ってみた。
「おや魔王さま、どうかされましたか?」
「いや、さっきの若造二人とストルピはどうなったかなと思ってな」
「彼らでございますか? 若造二人は、塩を作り方を教えてやったら逃げ帰りましたよ。ストルピからは任命式は待ってくれと言われましたが、明日から実際に作業させようと思ってます」
「程々にな」
今回のことはバカを黙らせるためのお芝居だ。義行はサイクリウスの名演技に期待することにした。
状況もわかったので、義行は執務室ではなく果樹園に向かいナシとリンゴを確認し、いくつか実を収穫して屋敷に戻った。
仕事前に味見しようと食堂に入るとシトラさんがいた。
「どうしようもないのが多いわねー」
「シトラさん、見てました?」
「フフッ、まあ、我々はどこにでもいますからね」
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