第27話 ナシとリンゴ

 季節は秋に入ろうとしているが、昨年同様に暑い日が続いている。


 今朝もいつもどおりの時間に食堂に行き、義行は卵をツンツンしながら考えごとをしていた。以前ならば、クリステインのお小言が飛んでいたのだが、こういうときにこそ義行が突飛もないことを考えつくことに気付いたクリステインは、やかましく言わなくなった。


「果物食べたいなー」

「魔王さま、また食べ物のことっすか?」

「甘くて瑞々みずみずしい果物が欲しいなーって思って」

「今ならブドウがあるじゃないっすか」

「うん、ブドウはブドウでおいしいんだけどね……」


 この国でもブドウは作られている。紫色のものは日本の巨峰、黄緑色ものはシャインマスカットに近い味がする。昔、シャインマスカットという名前を聞いた時、『雇用者を大量にクビにるする会社か!』とクスりともされないボケをかましたことを思い出した義行だった。


「口に合わないっすか?」

「いや、っとものがいいなと思って」

「市場でも見たことないっすねー」


 こうなるとヴェゼに聞くのが一番なので、服を着替えノノと二人でいつもの場所に向かった。もちろん、お弁当付きだ。


「皆、居るかい?」


 フッと風が吹いて三人が姿を現した。


「はい、お土産」


 ここに来る時は、これが当り前のようになってきた。

 今日の中身は、ハチミツバターパンと紅茶、それにオムレツだ。


「魔王さま このパン 前より美味しいです」

「バターを作ったんだ」

 義行は、どや顔で説明する。

「この 白いかたまり?」

「そう、牛乳から作るんだよ。よし、こっちも飲んでみな」


 義行は蜂蜜入りのミルクティーをカップに注いでやった。


「あま~い。おいしい!」


 気に入ったのか、妖精達はおかわりまで強請ねだってきた。

 五人で和気藹々と昼食を取ったあと、今日の本題に入った。


「なあヴェゼ。この森に、このくらいの大きさの黄緑色の実と赤色の実をつける木はないかな?」

「この森には ない」


 意味深な発言だった。


「ふむ、ということは、他のところにはあるんだな?」

「そう。川の向こうの山 ある」

「黄緑色の実、それとも赤色の実?」

「どっちも。魔王さま それほしい?」

「実もほしいんだけど、木の方が重要かな」

 

 それを聞いたヴェゼが考え込んだ。この森の中の話なら簡単だろうが、他の山のことだからだろう。


「ヴェゼ、できないなら、できないと言ってくれたらいいよ」

「できないことは ない。でも大変」

「なにが大変なんだい?」

「魔王さま 木は どこに植える?」


 これについては義行も考えていた。なので正直に、「前庭に植えたい」と答えた。


「すぐは 難しい。土が違う。元気なくなる」


 今度はノノと義行が考え込む番になった。

 

 しばらく頭を悩ませていると、ヴェゼが口を開いた。


「持ってくることは できる」

「土の問題はどうするんだ?」

「ここの土 似てる」


 それを聞いた義行の頭の中はフル回転を始めた。


「そうか、その手があったか! あっ、でもその山にも妖精がいるんじゃないか? いきなり行って、話を聞いてもらえるのかな」

「大丈夫。その山 よく知ってる。ヴェゼの家族。アマリアワセタクナイケド……」


 ヴェゼの語尾はゴニョゴニョとして、義行は上手く聞き取れなかった。


「でも 賄賂が大事。確実に もらえる」

「こらこら、妖精さんがそんなゲスな話をしてはいけません。お父さんは許しまへんで」

「前に マリーのごはん 自慢した。悔しがってた」


 お金では無かった。汚れてない世界でよかった。いや、賄賂という言葉があるんだ、真っ黒だろう。


「お弁当持って遊びに行く感じでいいのか?」

「それで大丈夫。そのとき 私も一緒に行く」

「ヴェゼ、まさか弁当が目当てじゃないよな?」


 サッと目を逸らすヴェゼだった。

 ジーっと見ていると、バツが悪そうな顔でこっちを見てきた。


「いやいや、仲介してもらうんだから手数料だよ。気にするな。俺だってタダでもらおうとは思ってない。行くのはいつでもいいのか?」

「行く日 教えて。伝えておく」


 義行はこの先の予定を思い出してみた。本業は魔王だが、あまり魔王らしい仕事はしていない。故に、いつ行っても問題ないだろうと思った。


「じゃあ、明後日の朝八時に出発しよう。荷馬車を使うから、到着は昼前かな」

「わかった」

 

 その後、義行はヴェゼと細かい打ち合わせをして屋敷に戻った。


 その日の夕食時に食糧探索の話をすると、クリステインとマリーも同行すると言い出した。なので、たっぷりのお弁当を準備するようにマリーにお願いした。


 そして二日後の早朝の事だ。八時には出発するので、五時半に起きた義行は着替えて食堂に向かった。既にマリーが弁当の準備をしている姿があった。


「マリー、おはよう。朝早くから悪いな」

「大丈夫っすよ。イネの調査以来のお出かけっすからね。楽しみっす」


 マリーは仕事柄、遠出することがない。こういうちょっとした外出でもよい気晴らしになるようだ。


 六時半を回ったころ、クリステインとノノが食堂に顔を出した。


「魔王さま、おはようございます。玄関前に荷馬車を準備しておりますのでご指示を」

「そう焦ることはない。先に朝食だ」


 皆で朝食を取り、マリーが作った賄賂を最後に積み込んで荷馬車の荷台部分に義行は飛び乗った。


「よし、出発だー、と言いたいところだけど、今回も御者はノノでいいの?」

「ご心配には及びません。今回は私も途中で交代します」


 今回は川向うの山なので、二番街道の先にある橋を渡って道なりに進んで行く。


 出発して一時間経ったころ、ノノに道を聞かれた。すると、フッと風が吹いて荷馬車の御者部分にヴェゼが現れた。


「なあ、ヴェゼ、あの山のどこに行けばいいんだ?」

「もう少し真っすぐ。左に小道 ある」


 十分もしないうちに、人がひとりが通れるくらいの小道が見えてきた。そこを強引に左に曲がり、山に向かい真っすぐ進む。


 小道にそれてから二時間ほどで山への入り口に到着した。


「ここまで三時間ちょっとか。割と近くてよかったよ。どうしよう、馬車はここにおいて行っても大丈夫かな?」

「魔王さま、馬車は私が見ておきます」

「いいのか?」

「はい。ノノ、マリー、魔王さまのお世話を頼みましたよ」


 クリステインが留守番を買って出てくれたので、義行たちは賄賂の入ったバスケット二つを持ってヴェゼの後ろをついて行った。


 二十分ほど歩いて、屋敷の裏の森にあるような広い空間に出た。


「シトラー 魔王さま 来たー」


 その言葉が合図だったかのように義行たちの前を風がとおり過ぎ、目の前に一人の女性が現れた。


「魔王さま、ノノ様、そしてマリー様、初めまして。シトラと申します。本日は遠いところお越しいただき感謝申し上げます」


 その女性から非常に丁寧な挨拶をいただいた。背はヴェゼより三十センチほど高く、顔立ちはヴェゼとよく似ている。いや、ヴェゼが似ているのか?


「魔王さま 母親」


 いろいろ考えているとヴェゼから助け舟が来た。


「あらー、お母様でしたかー」


 義行はそれを聞いて今度は、喋り方は普通だな、歳を取ると喋り方は変わるのか、ヴェゼの母親という割には艶々だなと別なことを考え始めた。


「魔王さま、よからぬことは考えてはいけません。永遠の十七歳でございます」


 知らないうちに顔に出ていたのかもしれない。義行は一度リセットして挨拶を返した。


「ではシトラ様、こちらをお納めください」

「うん……、そちよ、それはもしや?」

「それほどのものではございませんが」


 ニヤリとした義行はバスケットの蓋を少し開け、隙間から中をチラ見せした。


「ふふっ、おぬしも悪のよう」

「いえいえ、シトラ様ほどでは」


『ぶわっははは』と高笑いをする義行とシトラ。


 そんなシトラさんの後頭部を、ヴェゼが思いっきりどついた。一方、ノノとマリーはただただ、ぽかーんとするだけだった。


「ちょっとヴェゼ、冗談じゃないの。魔王さまもノリノリだったし……」

「ヴェゼ、スマン。なんだかこうするのが一番似合うと思ってしまってな」

「そうそう、さすが魔王さま。よくわかってるぅー」

 

 と、バカはこのくらいにして、義行たちは敷物を敷いて弁当を広げた。


「これがマリーちゃんの料理ね!」

「シトラさん。今日はサンドウィッチです。あと、茹でポテを作りたいんですけど、火を起こしても大丈夫ですか?」

「構わないわよ」


 ポテはできるだけホクホクを食べてもらいたかったので、その場で作ることにしたのだ。


「ヴェゼったら、自慢するだけして、サッと帰っちゃうから……」

「シトラの手伝い なかった。でも 私は手伝った。だからお礼 もらっただけ」

「そりゃ、『私、ヴェゼの母親でーす。私にもご飯ちょうだい』なんて行けないじゃない」


 ここまでのやり取りから感じてはいたが、このノリ、義行は嫌いじゃない。


「そうですよ、魔王さま。大事なのはノリです」

「ちょっと、思考を読まないでください!」


 義行はその場で卵サンド、シシ肉サンドを作り上げる。この日のパンは、バターミルク入りの特別製のパンだ。マリーは、塩ポテ、ポテバタ、マヨポテと三種類を仕上げた。


「シトラさん、どうぞ」


 勧めたとたん、シトラさんは右手にサンドウィッチ、左手に塩ポテというスタイルで食べ始めた。


「うーん 本当に最高ね」


 食後は、ハチミツたっぷりミルク入り紅茶を振舞った。甘い飲み物は鉄板のようだ。そんな中、シトラさんが聞いてきた。


「魔王さま。今回、黄緑色の実と赤色い実のなる木が必要ということですが、間違いないですか?」

「はい。可能なら、成木と若木をそれぞれいただければ」

「一時的にヴェゼの管理する森に移植して、時期を見て植え替えると聞いてますが?」

「そうですね。前庭部分の土壌改良をして、来年あたりから徐々に」

「ヴェゼも若いですが、私の子供の中では一番才能がありますから問題ないと思いますが……。取り敢えず、実際に木とその実を確認してみてください」


 そう言われ、義行たちはそこから十五分ほど山の中を移動した。


「魔王さま、これで間違いないでしょうか? 黄緑色の実は収穫可能ですが、赤い実の収穫はもう少し先です」


 そこには、義行が求めていた果物がなっていた。


「うん、ナシとリンゴですね」

「魔王さま、これがナシっすか?」

「この黄緑色の実がナシで、あっちの赤い実がリンゴだ」

「じゃあ、あれはなんすか?」


 マリーが指さす方には茶色い実がなっていた。


「あれもナシだな」

「色が違うっすよ?」

「あれは種類が違うんだ。確か、ナシは別の種類の花粉が受粉されて実がなるはずだ。リンゴもそうだったかな」

「受粉ってなんすか?」

「マリー。それわね、お父さんがお母さんが……」


 タイミングよくシトラさんがノノの口を塞いでくれた。それ以上は放送コードに引っ掛かる。


「魔王さま、お詳しいですね。どちらかでこの果物をご覧になったとか?」

「えっ? あれ、どこだったかなー」


 義行はすっとぼけた。日本でです、なんて口が裂けても言えない。


「シトラさん。十二月から三月頃に移植するのが正解ですよね? 今やるのは……」

「この子たちに負担をかけるでしょうね。でも、移植されたことすら気づかないかも」

 義行が予想していたとおりの回答が返ってきた。

「なので、若木と成木を何本か一緒に送りましょう」


 譲り受ける段取りも整い、フッとヴェゼが消えた。

 しばらくすると目の前のナシとリンゴの木、十数本が一瞬で消えていった。


「ま、魔王さま。木が、木が消えましたわ」

「そうか、ノノは初めてか。シトラさんに屋敷の裏の森に送ってもらったんだよ。多分、向こうでヴェゼがうまく調整してくれているはずだよ」

「もしかして、去年ニワトリが来たのもそうですの?」

「そうだよ、あのときのニワトリはアニーが送ってくれたんだ」


 ふと義行は、俺たちもこれで移動できれば楽なんじゃねと思った。


「さすがに人を転送させるのは無理ですわ」

「だから、思考を読まないでください!」


 そんな馬鹿をしていたらヴェゼが戻ってきた。


「魔王さま 上手くいった。あの子たち 気づいてない」

「シトラさん、ヴェゼ、ありがとう」


 転送も終わり先ほどの広場に戻る途中、シトラさんに「受粉作業はどうされますか?」と聞かれた。


「それはミツバチに頼もうかと思ってます」

「そこまで考えているのですね。それなら安心です」


 もしかしたら時間がかかると思い、山の麓で一泊を考えていたが十四時には全てが終わっていた。これなら今日中に帰れるので、火を起こした箇所に改めて水をかけ、土をかぶせて山の入り口まで戻った。


「クリステイン、紹介するよ。ヴェゼのお母さん。シトラさんだ」

「はじめまして、クリステインと申します。以後お見知りおきを」


 今日のクリステインはニヤニヤもワキワキもしていない。もしかして、歳を見破ったのだろうか。


「ま・お・う・さ・ま?」

「だから、それはやめてください!」


 帰宅の相談をしてる間、ヴェゼとシトラさんもなにか話していた。今日は親子水入らずで過ごすのかと思っていたが、ヴェゼがこちらに歩いてくる。


「あれ、ヴェゼ。今日くらいは親子で過ごすんじゃないのか?」

「いつでも 会える」

「そうか。じゃ、シトラさん。今日はありがとうございました。暇なときには遊びに来てください」

「あら、それじゃあ、おいしい紅茶を飲みに行くわね」


 来た道を戻りながら、振り返って山を見る義行。長い付き合いになりそうだと思った。

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