第25話 干物
ウシが来たことで、牛乳が手に入るようになった。
今日は朝食に、ハチミツパンと牛乳という組み合わせを三人娘は楽しんでいた。しかし、あくまで城限定の食材であり、国民が楽しめるのはまだ先のことだ。
なので義行は、実現可能性の高い案件から片付けていくことにした。
「クリステイン、ちょっと付き合ってもらえる?」
「今日はどちらに?」
「レスターさんの工房と、フリッツさんの店に」
「では九時に玄関前で」
一度自室に戻り、フリッツさんに渡すマニュアルを再確認し、九時少し過ぎたころ新規発注のために四番街道のレスター工房に向かった。
「このくらいならお手の物ですよ。明日の午後には届けます」
「でしたら、四、いや五枚ほどお願いします」
「わかりました。では明日」
今回の発注はそれほど難しいものではない。材料と技術さえあれば義行でもできる。当然、その技術がないので発注なのだ。
店を出て次なる目的を果たすために移動を始めた。
「クリステイン、フリッツさんの店の場所はわかる?」
「こちらです」
市場の割と端の方にフリッツさんと売り子が数人いた。
「フリッツさん、ご無沙汰してます」
「魔王さま、ご無沙汰しております。改めてお礼に上がろうと思っていたのですが、塩の生産と販売が順調すぎてなかなか機会がなくて……」
義行はそんなこと気にしない。彼らのお陰でどれだけ助かっているのかわかっている。
「構いませんよ。これ、塩の収量を上げる方法です。浜の一部を改造したり、作業が増えて大変ですけど、確実に収量が上がります」
「
「これからの時期に合ってると思うので試してみてください。ただ、体調管理だけはしっかりしてくださいね」
以前、収量を増やす方法を教えると言ってほったらかしにしていた案件を先に片付け、義行はフリッツさんに別のお願いをした。
「明日、村を訪ねたいんですけど大丈夫ですか? 漁を見たいんです」
「漁ですか? それは造作もないことですが、明日は潮の関係から早朝に漁に出てしまいますが……」
うっかりしていたと思った義行であったが、逆に都合がよかったとも考えた。
「早朝から漁にでるなら、港に戻ってくるのは何時くらいになりますか?」
「早い者で十時、いや十時半といったところでしょうか」
「それでしたら、明日の十一時はどうでしょう?」
「問題ありません」
用件を済ませた義行は、ぐるっと市場を見て回った。しかし、新しい食材は見つからなかった。
屋敷に戻った義行は振興部に籠り、夕方まで明日のマニュアル作りに励んだ。
翌日、朝食を手早く済ませ、八時には義行とクリステインは港町に向けて出発した。義行は馬の扱いにも慣れ、途中の休憩も二度で港町に着くことができた。
「フリッツさん、申し訳ないです。塩の販売は休みですか?」
「今日は若い奴らに任せました。彼らにはこれも勉強ですから。で、船はもう戻ってきてますが、どうされますか?」
「水揚げされた魚を見せてください」
フリッツさんについて行くと、漁港内に建てられた小屋の外で女性陣が魚の仕分けをしていた。遠めでもそれがなにかわかった義行は、一目散に走り出した。
「アマダイじゃないですか」
「え、アマダイ? あ、魔王さま!」
いきなり話しかけられた女性たちは誰だと訝しがったが、塩の生産のときにいた女性は、魔王さまであることにすぐ気付いた。
「いや、なんでもないです。これからおいしい時期ですよね」
「あら魔王さま、お詳しいですね。一年中取れますが、これからがいい時期ですね」
「これを街で販売してください!」
今日も大事な部分をすっ飛ばして、いきなり販売の話を始める義行である。
おろおろする女性陣に、フリッツさんが割って入る。
「申し訳ございません、魔王さま。市場まで運ぶ間に傷んでしまいます故、それは難しいかと……」
「ああっ、済みません。先走っちゃいました。それを解決する方法も持ってきてます」
その一言に、フリッツさんの目がキラリと光る。
「手間はかかりますけど、間違いなく市場で販売ができます」
今日のためにマニュアルも作ってきた義行だったが、折角なので途中まで実演することにした。
「まず内臓を取って、二枚おろしにします。次に奇麗な水で洗ってください。エラや内臓があった部分や、残った血もこの段階できれいにします」
一緒に作業している女性たちから、「どの程度キレイにすればいいんでしょう?」と質問が上がる。
「この作業は手を抜かないでください。この処理を怠ると、でき上がりが生臭くなります。次に、さっと水分を取って、三十分くらい濃いめの塩水につけます」
「濃い塩水というのは、どのくらいですか?」
「後でマニュアルを配ります。それで確認してください」
魚を浸けている間にマニュアルを配り、ここまでの作業のおさらいをしてから次の作業に移った。
「魚の種類や鮮度で塩の濃さ、浸ける時間は変わりますが、塩水から取り出したら水洗いします。ここは、さっと塩水を落とす程度で十分です。その後、
女性陣はてきぱきと指示どおりに作業をしてくれた。そんな中、「魔王さま、うろこをとってませんが?」と至極もっともな質問が飛び出した。
「魚の種類によっては取った方がいい場合もあるんですけど、この魚の場合はあってもよいかと思います。そこも要研究ですね。さらに言えば、干す時間や日光に当てるかどうかでも味が変わると思います」
皆やる気に溢れていて、別の女性からは、「どんな魚でも作れるのかしら?」と質問が来た。
「やろうと思えば、どんな魚でも干物にできます。ただ、おいしくなる魚とそういならない魚があります。身が柔らかい魚は向いてるようですね」
一通り説明を終え、女性陣が別の作業に移ったのを見て義行はフリッツさんとの相談に移った。
「干物なら数日は
「わかりました。明日、これを食していけるとなれば相談に伺います」
手書きのマニュアルをフリッツさんにも渡し、義行は水揚げされたばかりのアマダイを八尾購入して屋敷に戻った。
食堂に入ると、すぐにマリーに声をかけられた。
「魔王さま、お帰りっす。荷物が届いたっすよ」
マリーが差し出したのは頼んでおいた焼き網だ。
「よし、今晩はアマダイの塩焼きと行くか。マリー、一品夕食に追加するぞ」
そう言って、義行は網が乗っかる植木鉢を取ってきて下準備を始めた。
「まずはアマダイの鱗を落として、隠し包丁をいれる。そして塩を振って二十分くらい待つ」
「今日、海に行ったのはこれを取ってくるためっすか?」
「半分正解で半分不正解だな」
「うおっ、半分すか?」
(マリー、『うお』っていうのはギャグか?)
「数日すればわかるよ。よし、植木鉢に火種を入れて焼き網を乗せる。そしてアマダイを焼く」
「あはっ、いいにおいっす」
さっと四人分焼き上げた義行は、でき立てを持って食堂に向かった。
パンに焼き魚はちょっと合わなかったが、おかずが増えることを最優先にした義行であった。
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