第23話 紅茶
ポーセレン商会に養鶏を指導する中、ガデンバードさんとも話をする機会が増えた。さすがクリステインの紹介だ、ケチのつけようがなかった。若い頃から相当な
ある程度の指導も終わり、義行は新規作物の探索に乗り出す予定だったが、おいしいものを食べたいという欲求が勝ってしまった。
義行は、裏庭で畑を耕しているノノのところへ向かった。
「ノノ、お茶っ葉って手に入るのかな?」
「お茶っ葉ですか? それなら……」
と、おもむろに歩き出したノノの後ろを義行はついて行った。
今、自宅の裏にはかなりの畑が広がっている。
ノノは、執務棟の裏の森の際まで来たところで振り返った。
「この三十本がお茶の木ですわ」
「栽培してたのか?」
「いえ、元々あったもののようです。以前は葉を摘んでいたようですが、かなり前に止めたとか」
量は少ないが、有難いことに自由にできる茶の木があった。
「魔王さま、またなにか企んでますの?」
「まあね。ただ、実際に作ったことはないから、今回は本当に実験だな」
「期待してますわ」
「ちょっと待ってくれ、本当にできないかも知れないんだぞ?」
「いえいえ、魔王さまはこれまで、必ず実現されてきましたわ」
散々プレッシャーを掛けられた義行は、居心地の悪さを感じつつ茶摘みを始めた。そして、ここでもネットで仕入れた薄い知識でやってるので、怪しさ満点だ。ただ、茶の木は僅か三十本しかないので十数分で摘み終わった。量は心許ないが、実験としては十分な量を摘むことができたことに義行は満足した。
「いつごろ飲めそうですの?」
「まずは明日の朝くらいまで日陰で乾燥。そこから、揉んだり発酵させたりまた乾燥させたりで、早くて明後日の朝だな」
収穫した茶葉を一旦台所に置き、義行は裏口の横に棚を作り、その後、乾燥の為に茶葉を広げた笊を置いた。
翌日は昼までは書類確認に集中し、昼食後に裏口に置いていた笊を回収して義行は食堂に戻った。
「マリー、ちょっといいかい?」
「手伝いっすか?」
「これを揉みたいんだよ」
「いやーん、魔王さまのエッチ」
「バカ、変な反応するんじゃない。この茶葉だ」
そういったことに興味がなさそうなマリーから言われるとは思わなかった義行だった。
「パン生地を伸ばすときに使うコロコロはどうっすか? あれなら力加減も調整できるっすよ」
「いいな、ちょっと貸してくれ」
マリーが台所から持ってきた回転式の伸ばし棒を、義行は茶葉の上でコロコロしてみた。
「うん、持ち手の部分に加える力を加減すれば使えるな」
義行は、笊の中の茶葉を板の上にぶちまけ揉み始めた。
しかし、これが意外とキツイ作業だった。
「魔王さま、代わるっすよ」
「頼む。程々の力でな。あと、揉んでると茶葉が一つにまとまってくるから、その都度ほぐしてから揉んでやってな」
「これ、どのくらいやるんすか?」
「一時間くらいかな。辛くなったら言ってくれ。代わるから」
十五分くらいすると、マリーも肩で息をしはじめた。それを見て、早めに機械を開発しなくてはと義行は思った。
「マリー代わるぞ」
「これ、しんどいっすね」
義行もここまで大変な作業になるとは思ってなかった。
「でも、こんな作業が必要なんすか?」
「この作業でお茶の味、香り、コクなんかが決定する重要な工程なんだよ」
「でも、人がやるんじゃ毎回同じ味にはならないんじゃないっすか?」
そう言われれば、確かにそうだ。
「まあな……。でもそこは、一定の力で一定時間モミモミできる方法を見つければいいだけだ」
「魔王さまが『モミモミ』なんて言うと、エロしか想像できないっす」
両手が塞がってなかったら、空手チョップをお見舞いしていた義行だろう。
その後も、揉まれて塊になったらほぐしてを繰り返し、一時間ほどが経過した。
「これで完成すか?」
「いんや、次は確か発酵処理だ」
「まだ揉むんすか?」
「揉みの作業は終わりだ。ここからは感覚の勝負だ。この時期だから温度はいいとして、問題は湿度だな」
義行がここに来て一年経つが、この国は割とカラッとしていると感じている。なので、温度も変化しそうだが、熱した石で蒸気を発生させて湿度を上げることにした。
義行は納屋で簡単な木箱を作り、その中に棚を作って笊を乗せ、箱の隅に水を張った鍋をセットした。そして、その鍋に焼けた石を浸けて蒸気を発生させた。
「魔王さま、これはなにをしてるんすか?」
「これは発酵処理だ。湿度を高くする必要がある」
「湿度?」
「えっとな……、夏は暑いよな?」
「暑いっす」
「でも、外にいて体がベタベタするような暑さじゃないよな?」
「いや、わかんないっす」
そうなのだ。これは義行が日本にいたから夏のジメジメ感がわかるのであって、この国に住んでたマリーには体がベタベタする暑さというものが想像できないのだ。
「簡単にいうと、空気中に水分をたくさん含んだ環境を作ってやるんだ」
「なんか面倒くさいっすね」
『面倒くさい』というたった一言で片付けられた。ただ、うまく説明できないので義行には有難かった。
「これで二、三時間放置だな。箱の中が乾燥してるようなら、さっきみたいに蒸気を出してやって。俺は一旦部屋に戻るから、なにかあったら呼んで」
自室に戻った義行は茶葉を揉みこむ道具、毛髪を使った湿度計の図面を書いて一時間ほど過ごした。その後再びマリーと交代し、時計が十六時半を指したところで発酵を止めた。
「魔王さま、葉っぱが赤くなってるっす。えっ、なんで……。あっ、いい香りもするっすよ」
義行も笊に鼻を近づけてみた。
「適当にやった割にはうまくいったな」
「これででき上がりっすか?」
「次は乾燥処理だな」
「まーだやることがあるんすか?」
「そう焦るな。手間はかかるが、麦茶でもない、以前のお茶とも違うお茶を飲ませてやる」
続く乾燥処理に思いを巡らせる義行に、湿度を上げるために使った石が目に入った。笊の下に焼けた石を置いて、ふいごで風を送って熱い空気を循環させることにした。
石を取り替えたりしながら一時間ほど過ごした。なんとなく、それっぽいものができたところで作業を止めた。
「魔王さま、できましたの?」
食堂にやって来たノノが聞いてきた。時刻は既に十八時を回っていた。
「取り敢えずな。あとは自然に冷めるのを待ってでき上がりだな」
「えー、まだっすかー?」
こっちでは、夕食を運んできたマリーがぶーたれるている。
「まあ、落ち着け。明日の朝食で披露するよ」
そう約束して夕食を取り、義行は部屋に戻りベッドに倒れこんだ。普段飲んでた紅茶を手作りするのが、こんなにも大変だとは思いもしなかった。
しかし、ベッドに倒れ込んだ義行は起き上がり、揉み込みから乾燥までの工程や作業時間、注意点を纏めてから眠りについた。
どんなに疲れていても朝六時前には目が覚める義行。ただし、今日は両腕に疲労感が残っていた。
サッと着替えを済ませて食堂に向かった。朝から三人娘がお澄まし顔で座っている。
「マリー。紅茶を飲みたいのはわかるが、その前に飯にしてくれ」
「ブー、ブー」
「はいそこ、ブーブー言わない。ブタになっちゃうよ」
しばらく待っていると、パン、卵、具入りスープそしてサラダが運ばれてきた。ここ一年で少しは豪華になった。しかし、運ばれてきた飲み物は麦茶だ。
そんな朝食を終え義行は、マリーにポットとカップを用意するよう頼んだ。
「ポットはいつも使ってるポットでいいんすか?」
「ああ、それで構わない」
ここから義行は、足しげく通った本格派メイド喫茶でやっていた作法を思い出し作業をすすめていった。こんなところで、趣味が生きるとは思いもしなかった。
「まずポットとカップに熱湯を入れて温めます」
「茶葉は入れませんの?」
「ここでは茶器を温めるだけだな」
「なぜそんなことをしますの?」
「知らん」
「えっ?」
「これがお作法らしい」
三人の白い眼が突き刺さる。
「いやいや、こうするとお湯を注いだとき、茶葉がポットの中で踊ってくれるらしい。それにより、茶葉の旨みが出るとかでないとか……」
とにかく形が重要と力説する義行だった。
「一度お湯を捨てて、ポットに茶葉を入れます。そして改めてお湯を注ぎ入れ、しばらく蒸らしてやる」
「どのくらい蒸らすんすか?」
「茶葉の大きさ? かなにかよくわからんが、茶葉によって二分から四分と変わるらしい」
「そんないい加減でいいんすか?」
「いいんじゃね」
「……」
詳しく聞かれたところで、義行も答えようがない。
そう考えると、お湯
三分ほど置いてから、義行は温めておいたカップに紅茶を注ぎ入れた。今日ばかりは、魔王とメイドの立場が入れ替わっていた。
「まあ、いい香りですわ」
「奇麗な紅色っすね」
「申し訳ないが、味の保証はできない。率直な感想を聞かせてくれ」
三人娘はそれぞれ、未知との遭遇を果たす。
「まあ、柔らかくて飲みやすい。香りがとても素敵ですわ」
「……。これほどのものがあるとは。麦茶もいいですが、この紅茶もすばらしい。魔王さま、いい仕事です」
「あー……、俺っちは麦茶の方が好みっすね。でも魔王さま、悪くないっす。今までのお茶に比べたら、もう段違いっす」
三者三様の答えが返ってきたが、概ね好評だ。
「マリーは、苦手か?」
「苦手というか、なんだかちょっと飲みにくいっすね」
「それなら、砂糖を入れるか?」
「魔王さま、それはダメっす」
「なんでだ?」
「だって、ようやくサトウキビの砂糖が出回り始めたときじゃないっすか。お茶のためにそんな貴重なものは使えないっす」
「そうか……、それなら」
義行は席を立ち、台所から瓶を持って戻ってきた。
「マリー、カップを出してみ」
マリーのカップにハチミツを垂らしてやる義行である。
「よし、これで飲んでみろ」
「ふわっ! 甘くて飲みやすいっす」
「クリステインとノノはどうする。いれるかい?」
「では、試しに」
確かめるように味わう二人であったが、ストレートの方がいいとのことだった。
※後日
どこで手に入れたのかはわからないが、台所に大量の茶葉が置いてある。
「あー。これを揉むのはしんどいっす。なにかいい道具はないっかねー。チラッ」
「わかったよ。できる限り早くモミモミ機を開発してみるから、今回はマリー、頑張ってくれ」
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