第22話 養鶏業者募集
今年、義行は攻めるつもりだ。
次なる作戦として、外部協力者を求めることにした。一年程度の経験とデータでどうすると言われれるかもしれないが、いつまでも城だけでやっていては意味がないという判断からだった。
その第一弾として、養鶏で協力者を募ることにしたのだが、義行、サイクリウス、そしてノノの三人は、振興部のソファーで頭を抱えていた。
「予想していなかったわけではないんだがなー」
義行は天井を仰ぎながら呟いた。
話は遡ること四日前のこと。振興部で義行、サイクリウス、そしてノノの三人は、募集案内を作成していた。
【……
募 集: 養鶏業に興味のある者、協力を願う。
・ニワトリ三十羽、管理方法を記したマニュアルを提供する。
・ニワトリの飼育により入手できる肉及び卵は、条件付きで販売を許可する。
応募条件
・ニワトリが運動できる一定の広さの敷地を有すること。
・動物の飼育のため、途中で管理を投げ出さないこと。
興味のあるものは、三日後の朝九時に城の農畜振興部にお集まりください。詳細は、その場で説明します。
農畜振興部
……】
掲示板を人が多く集まる場所に建て、野心あふれる者を募集することにした。
説明会までの間は、アニーに相談しながらマニュアルのチェックと、譲渡後の減少分を追加補充する相談をして過ごした。
そして、今朝のことだ。
「魔王さま、どのくらいの人が集まるか楽しみですわね」
「あまり期待するなよ。考える時間が四日しかないんだ、よくて三、四人だと思うぞ。それに、養鶏業はこの国初だ」
「そうですわね。私もニワトリに触れたのはここが最初でしたわ」
そんな話をしながら、義行とノノは振興部の部屋に向かった。
執務棟に続くドアを開いたところで、法務担当部の部屋の前に数人の一般人が見えた。一般人が法務担当部になんの用だと思っていたら、義行の袖が引っ張られた。
「魔王さま、あれ見てください。あの列、振興部の方へ続いていますわ!」
急いで曲がり角まで来ると、農畜振興部の壁沿いに十五人の希望者が並んでいる。部屋に入れない者たちが列を作っていたのだ。
「もっと少ないと思っていたのに」
「あら、少ないよりはいいですわ」
義行は急遽サイクリウスに二階の大会議室を開けるよう頼み、希望者をそちらに誘導した。ノノは嬉しそうにしているが、集まった者たちを一目見て、義行は一抹の不安を感じていた。
その後、数人の希望者がやって来て、結果、二十五名に対して説明が始まった。
「まず、養鶏について。その後、応募条件等についてより詳しく説明します。この時点で難しいと思われた方は、途中退席いただいても構いません」
多少の質疑応答も挟みつつ詳細な説明が終わると、七人が部屋を出て行った。しかし、まだ十八人が残っている。耳をそばだててみると、卵の販売、肉の販売がどうとか、これで一旗揚げるといったものばかりだ。
「それでは、説明ばかりではニワトリがどのような生き物なのかわからないでしょうから、実際に見にいきましょう」
義行とノノは、残った希望者を連れて鶏舎に向かった。
鶏舎に近づくにつれ、鼻をつまむものが現われ始めた。
「正面に見えている建物が鶏舎です」
「あの……魔王さま、広い土地が必要とありましたが、ここまで広大な土地が必要なんでしょうか?」
目の前に広がる丘を見ての質問だ。
「いえ、たまたまここが空いていたので
説明している間にも八人が諦め去って行き、いつの間にか十人ほどになっている。
「実際に鶏舎の中に入ってみましょうか」
ここまでに、ニワトリに追いかけられたり、つつかれたりしてアワアワしている者もいる。だが、鶏舎の中にまでついて来る者もいた。
「今、掃除と敷き藁の交換をしているとこですね」
「あの、魔王さま。この
「そういわれても、動物ですから糞もしますし……」
「えっ、じゃあ我々は今……」
「はい、ニワトリの糞の上に立ってますね」と義行はサラリと答える。
「まあ、厳密にいえば、糞尿があった場所ですかね。今、シルムが掃除をしています。このように、鶏舎の掃除は毎日行うことになります」
ここにきて、希望者は四人に減っていた。
よいところばかり見せても意味がない。義行は敢えて実際の作業風景を見せたのだ。
「あと、卵や肉のことばかり話題に上っていますが、副産物として、糞を使って堆肥を作ることができます。それも収入になります」
そう言って義行は、納屋の横にある堆肥作成場所に案内した。前にシルムに見せたように蓋を開ける。
「このように、糞を発酵させたり、乾燥させたりすることで……」
気持ちよく解説している義行の肩を叩く者がいる。
「魔王さま、もう誰もいませんわ」
これが、今日の午前中の出来事だ。
「魔王さまは、こうなることも予想されてましたの?」
「大会議室に集まった者たちを見てな」
「どういうことですの?」
「サイクリウス。彼らは商会長か、どこかの
「そのとおりです。見知っている者も結構おりましたね」
義行の見立てどおりだった。
「そんな奴等が、事業拡大や一攫千金を狙ってやってきたんだろうが、そう簡単じゃないってことさ。でも、包み隠さず見せておかないと、『言ってたことと違うじゃないか』と言われるからな」
「鶏糞堆肥の発酵場所まで見せるのはどうかと思いますが、間違ってはおりませんな」
「生半可な気持ちで参入されたらこっちが困る」
そんな話していると、クリステインとシルムがお茶を持ってきてくれた。カリカリに焼いた薄パンに、ハチミツをたっぷりかけたお菓子もどきが付けてある。
みんなで一服していると、「魔王さま、ダメだったのですか?」とシルムが聞いてきた。
「掃除と糞でみんな逃げ帰ったよ」
「そんなに強烈ですかね?」
「こればっかりは慣れもあるだろうが、どれだけやる気があっても、ダメな奴はとことんダメだろうな」
それを聞いたシルムが、「院の仕事としてできないですか?」と切り出してきた。
「シルム、その申し出はありがたいんだけど、土地はあるかい? それに、重いものを持ったりはないとはいえ、マリアさんの負担が大きいかもしれないよ」
「それは……」
「それに資金はどうする? 当面は持ち出しになるぞ」
「それは、城から土地を貸してもらって、そこで飼育してお城に納めるとか……」
「そういうやり方も可能だろう」
義行は、今回譲渡する頭数から、ざっと月の売上を計算した。院なら人件費はなしとして、土地の賃借料と餌代、そして日々の雑費での概算だ。
「では、最初に土地と金を借りて運営したとする。それを返済し終えるのにどのくらい掛かるか。仮に一日十五個の卵が取れた場合、一ヶ月で四百五十個だ。シルムなら一個幾らで販売する?」
「最初は数も少ないですし、貴重ですから銅貨一枚くらいで」
「最初はそのくらいだろう。そうすると、一月で金貨四枚半の儲けだ。院が食っていけるだけの額を残して返済に充てる。全額返済するのに何年かかると思う?」
「そ、それは……」
「城が最大限に譲歩し、かつ少しずつ頭数を増やしたとしても、一年近くは月に銀貨五枚ほど持ち出しになる。生活できるだけの利益が出るようになるのは二年先だ。では、早めに頭数を増やしたらどうだ? 鶏舎の拡大、追加の土地で運営費はさらに増える」
義行は、ざっと自分がシミュレートした経費内容を説明した。
シルムもニワトリの面倒を見ているので、飼育や管理方法はわかっている。ただ、損益分岐といった金儲けに関してはまだまだだのようだ。
「うまく軌道に乗れば、数年で全額返済できるだろう。でも、数か月目に病気で全滅して、借金だけ残ることもあり得る。そういったリスクとリターンも加味して、我が家ならいけると考えた者たちが今日集まった」
「……でも、お金の有無、土地の有無を言われたら公平とは言えません」
「公平……か……」
義行も黙るしかなかった。お金があればできる。ない者はなにもできない。
「シルム、そこまでになさい。魔王さまもわかってらっしゃるわ。でも、公平にしたばっかりに、その家族が路頭に迷うことだけはさせられないのよ」
「そ、それは……」
「もちろん、お金持ちだから失敗していいわけでもないわ。今日集まった人たちには経験がある、家の経営も見てきて難しさもわかっている。だから任せられると思うの」
「あのボンボンたちがそこまで理解してるかはわからんがな」
今度はシルムは黙り込んでしまった。院のためになにもできない自分が悔しいのか、商売をするとはどういったことなのかを考えていなかった自分が情けなくなったのか、それはわからない。
「シルム、院の運営にお金が必要なのはわかるわ。でも失敗して、マリア母さんや子供たちを路頭に迷わせられない」
公平ってなんなんだろうな。義行はそう思った。
そんな中、無言を貫いていたクリステインが口を開いた。
「魔王さま。先ほど、重いものを持ったりすることはないとのことでしたが、歳のいった者でも問題はないですか?」
「さすがに杖を突いて歩くとか、腰が曲がった人だと辛いだろうけど、ある程度年齢がいってても、できないことはないと思うよ」
「でしたら、これから休暇をいただきます。明日の昼までには戻りますので」
クリステインが部屋を出ていくのに合わせて、サイクリウスとノノも部屋を出ていった。
「シルム、ごめんな。こんな魔王で」
「ごめんなさい。私も目の前のことしか考えていませんでした。諦めます」
「いや、諦める必要はないぞ。今、お前は誰よりも経験を積める場所にいるんだ。それは大きな財産だ。金は貯めるしかないがな」
「頑張ります」
「あぁ、頑張れ」
その翌日、堆肥作りをしているとクリステインが戻ってきた。クリステインの横には八十代の男性が控えていた。
「魔王さま、今回の養鶏業募集ですが、我が家で受けたいと思います」
「いや待て、クリステインの実家は陶磁器関係が中心だろう?」
「前にも言いましたが、主な取り扱いが陶磁器というだけです。手広くやってますから問題ありません。そのときに貢献したのがこのガデンバードです」
「お嬢様、もう昔の話ですよ。魔王さま、鶏舎を見てもよろしいですかな」
「構いませんよ」
ガデンバードさんが離れている間に義行は、「昨日の話を聞いてたろ?」と確認した。
「はい。実は、我が家も応募しようと思ってました。ですが、城の関係者の商会が受けてしまうと不正を疑われかねません。故に今回は遠慮しました。しかし、今の状況ならその心配はないかと」
「まあ、それはな……」
義行は、この国でも出来レースや裏取引があることを理解した。
「それに、昨日から今日にかけての噂話、ご存じですか?」
「どうした、面白い噂話でもあったのか?」
義行も人並みには噂好きなのだ。
「『城の説明会でクソ踏まされた』とか、『あんな、臭い仕事させようとは、城も頭がおかしいんじゃないか』です」
「……。そういや、説明会のときに文句ばっかりたれてる若造が数人いたな」
「それこそ、長男のくせに家を継げなかったバカ息子たちですよ。この状況なら、我が家が受けても『ポーセレン商会もよくやるな』で済みます」
バカが悪い噂を流してくれているいまこそ、参入を諦めていたクリステインの実家に取っては逆に好都合ということのようだ。
「土地や資金は?」
「土地に関しては、町はずれの焼き窯や粘土の採取場があります。先行する資金についても、まあ、自慢するわけではありませんが問題ありません」
「いや、問題ありませんって……」
「これは私の言葉ではなく、父の言葉だと思ってください」
義行もそれはわかるが、簡単に『はい、そうですか』と頷けるものでもない。
「あと白状しますが、昨日、卵を一つとマヨネーズを少し持ち帰り、父に試食してもらいました。その上での決定です」
「あー、あー、聞こえなーい。クリステイン、なにか言ったか?」
「ふふっ、父の決定です」
クリステインは今日まで養鶏を見てきている。昨日、義行が振興部でリスク・リターンを説明しているときにもいた。
「わかった。それならクリステインに今後の段取りは任せる」
義行は、この国最初の民間養鶏業者が関係者の実家なら指導もしやすいと考えることにした。
「それで、ガデンバードさんだけで大丈夫なのか?」
「現状、うちから手伝いを出すのは難しいでしょうから、院の子供たちを手伝いに雇おうと思います。窯の場所からもそう遠くないですし」
「そこまで考えてくれていたのか。悪いな」
「私も父も、この養鶏業に将来性を感じています。その技術を先行して身に付けられるのは、我が家にとっても有益なことです」
「じゃあ、子供たちの手伝いに関しては、ノノとシルム交えて決めることにするか」
大枠が決まった頃、ガデンバードさんが戻ってきた。
「これはやりがいがありそうですな」
「そうですね。問題が出てくるとしたら、頭数が増えてからです。主に人手と土地の問題ですけど」
「で、どうなりましたかな?」
「ガデンバードさん、よろしくお願いします」
その後、手続きの為にガデンバードさんとクリステインはサイクリウスの下に向かった。
そこへ、ノノがやってきた。
「魔王さま、よかったですね。まずは第一歩ですわ」
「まあ、どうなるかはわからんがな。あ、そうだノノ。ノノたちもこれから大変になるかもよ」
ニヤニヤしながら屋敷に戻る義行であった。
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