第21話 田植えとモカとタマネギの収穫

 田起こしと代かきが終わればやることは一つ、そう、この国初の田植えの日を迎えた。


「あのー、その恰好は……。今日は田植えですよ?」

 まず口をついて出た言葉がこれだった。クリステインとマリーはいつものメイド服姿のままなのだ。

「いえ、そう言われましても、これが私たちの正装ですから……」

 森に入って服を汚し、破いて帰り怒られた義行からしたら腑に落ちない。

「泥の中に入るんですよ。汚れますよ?」

「別に、腰まで泥につかるのではないのですから、それで仕事着を汚すようではメイド失格です」

「さいですか」


 言われてみれば、クリステインもマリーも、調査のときからずっとメイド服のままだったことを義行は思い出した。


「それじゃあ始めるぞ、明日は仕事ができないと思っておくように」

「昨日、そんなことをおっしゃってましたわね」

「田植えを甘く見るなよ。吠え面かかせてやるぜ」


 そんなやり取りを残しつつ、義行は育苗ハウスの布をまくり上げる。青々した苗が顔をのぞかせた。その育苗箱いくびょうばこを皆で田んぼの脇へ運んでいく。


「それじゃあ、育苗箱から苗をゆっくり引き抜いてね」


 びっしりと絡まった根が見える。義行はいい状態だと感じていた。

 何株かずつを紐で括り、田んぼに投げ込んでいった。


「じゃあ、植えていこうか」


 ふと見上げると、妖精たち、そしてカスミ親子があぜをうろうろしている。特に、カスミはうろうろしているというより、田んぼに入りたがって近づく子供たちの首根っこを咥えて外に連れ出している。しかし、子供は二頭だ。一頭を遠ざけても、もう一頭が既に田んぼに近づいてる。


「田植え自体は難しいものじゃない。この根の部分を摘まんで、土の中にぐっと捻じ込むんだ。浅いと苗が浮いてきちゃうから気を付けてね」

 義行は手本として何本か植えて見せた。

「魔王さま、これは一本ずつ植えるのですか?」

「うーん……、決まりはないかな。ただ、今回は一本すつ植えようと思う」

「たくさん植えた方が、たくさん収穫できるんじゃないんですか?」

 

 シルムにそう言われ、義行も一本ずつ植えるのは効率が悪いと感じていたことを思い出した。


「今後観察していくとわかると思うけど、イネは一本の苗から茎が分かれて増えるんだ。これをぶんげつという。場合によっては六十本くらいに増えることもある。まあ、実際はそうはならないし、最終的には二十本くらいに調整するんだよ。これは、数本纏めて植えてもそうだな」

「へー、面白いですね。それなら、一本植えの方が効率がいいですね」

「そこは考え方かな。例えば、一本植えにして苗を虫に食べられたり、流されたら?」

「なるほどです。それなら、数本を纏めて植えた方が保険になりますね」

「今の段階は、これが正解と決める必要はないんじゃないかな。稲作はこれからだ。今後、植えた本数と収穫量、分げつ量と収穫量、株間と分げつ量なんかは調査して、最適なものを見つけていこう」


 最初は皆ぎこちない動きだったが、慣れてくると義行より早く植えていっている。

 そこへ我慢できなかったのか、カスミの子供たちが飛び込んできた。今日もカスミは恐縮しきりである。しかし、そんな子供たちを見てデレデレの人たちがいた。そう、『たち』だ。


 途中、妖精たちが参加したり、休憩も挟みながら昼までに苗を植えることができた。時間もちょうどよかったのでそのまま外で昼食にして、魔族国初の田植えを終えた。


 そして、その翌日の朝のことだ。


「魔王さま、起きてください。もうすぐ七時ですよ」

「ちょっ、まっ、待って。こ、腰が……」

「腰がどうかされましたか」

「いや、こ、腰が、痛たたたっ……」

「魔王さま、いい加減にしてください。みんな食事も済ませて、それぞれ仕事の準備に取り掛かってます」

「い、いや。『いい加減にしてください』って言われても。俺の腰をにして……」


 こんなときでも冗談を忘れない義行だ。

 もしかしたらとは思っていたが、魔王の体がというより、義行の精神力が貧弱ということが露呈したイベントになってしまった。結局、筋肉痛から回復するのに二日も要してしまうのだった。


 腰痛も収まり、自室で個人的な日誌を付けていたとき、ドアが激しくノックされた。


「魔王さま、モカ! モカ!」

 聞き覚えのあるあのフレーズだ。

「はいはい、モカ! モカ!」

「それはもういいっす」


 またやってくれるかと思ったが、マリーはあっさりと引き下がった。これでは面白くないので、義行もそれ以上はツッコまなかった。


「で、どうした? デレデレじゃないな?」

「可愛いっていうより、おいしそう?」

 マリーが腕組みしながら小首をかしげる。

「なんだ、食糧でも飛んできたか?」

「あれ、知ってたっすか?」

「……、マジ?」


 義行の脳はフル回転を始めた。最近アニーと契約したっけ……?


「で、そのモカってのはどこにいる?」

「田んぼで泳いでるっすよ」


 義行はマリーと田んぼに向かった。『飛んで来た』、『田んぼ』、『泳ぐ』という言葉から、もしやとは思ったが、そのもしやだった。


「モカね」


 田んぼの中を、二羽の親鳥と五羽の子供が自由に泳いでいた。


「捕まえなくていいんすか?」

「あー……、捕まえて他に放した方がいいとは思うんだけどな。この辺にいるのか?」

「川を泳いでるのは見たことあるっすよ。たまに市場にも出てるっす」


 なぜだか、ス~っと義行たちのと逆側に移動するモカたちだった。別に、義行も取って食おうとは思っていない。


「取り敢えず、昼過ぎにでもアニーに聞いてみるよ」

「アニーちゃんにもらったんじゃないんすか?」

「今回のモカに関して、俺は『白』だ」

「『モカに関しては』っすか? ということは……」

 なかなか鋭いマリーに、義行はピクッとしてしまった。

「モカに関してだな。うん、俺はなにも悪いことはしてないぞ。多分……」


 念のため予防線は張っておいた。ただ、普段からグレーか黒に近い行動をしている義行だが、今回に関しては全くの白と言い張れる。目の前にかつ丼を置かれてもゲロすることはない。


 一旦自室に戻り個人的な調査ひとつ片付け、昼食後、アニーを呼んだ。


「アニー、ちょっといいかい?」


 いつもの風と共に、隣にアニーが姿を現した。すると、田んぼに散らばっていたモカたちがアニーの方へ向かって来る。


「苗を倒すなよー」


 理解できないとは思いつつ、義行はお願いだけしておいた。


「魔王さま 呼んだ?」

「急に悪いな。あのモカなんだけど、アニーが送ってくれたのか?」

 アニーはモカを見ることなく、「知らない」と言う。

「迷いモカなのかな?」


 やって来たモカの一羽が、アニーに向かってなにか言っている。すかさず通訳を頼んだ。


「『川から 来た』、『エサがある 居心地もいい 働くから しばらく居たい』て言ってる」


 合鴨農法というのを聞いたことがあった義行だ。しかし、このモカが合鴨かどうかはわからない。ただ、本人たちが働くというのならいいかと思い、義行は念のため聞いてみた。


「働いてくれるなら構わんが、秋以降は水もエサもなくなるぞ?」

「クワッ クワワ」

「『大丈夫。秋には 川に戻る』って」

「じゃあ、居ていいぞ」


 代表して喋っていたモカが『クワ~』と嬉しそうに声を上げると、他のモカも嬉し気な声を出しながら田んぼに散っていった。


「なあアニー、あいつら俺の言葉を理解してないか? 俺はあいつらが言ってることはわからんが……」

「それはない と思う。けど……」


 『けど……』のあとはなんだーとツッコミたくなる義行だ。

 そんなことがあり、モカが住むことになった。義行はちょうどいい実験と思うことにした。


 田植え後は、カスミの子供たちが田んぼの周りをウロウロしている。それに対して、モカたちはどこ吹く風という感じで、田んぼを動き回っている。


 そんなことが続いたある日、記録作業を終えたノノとシルムが振興部に戻ってきた。


「魔王さま。タマネギの葉が倒れて一週間近くなりますけどいいんですの?」

「もう一週間になるのか。じゃあ、収穫しちゃおうか」

「そんなノリで決めるものなんですか?」


 今日までノリと運で生きてきた義行にしてみれば、『なんとかなるって』と言うところだろうが、一週間ほど放っておいたのには理由があるのだ。


「いやね、タマネギは葉が倒れて一週間程度は球が大きくなるんだ」

「そうなんですね。てっきりイネに浮気されたのかと思ってましたわ」

「それはないよ、大事な食糧だしね」


 ということで、タマネギの収穫をすることとなり、三人は裏の畑にやって来た。シルムは先ほどの解説をメモしている。


「収穫と言っても、こうやって引っこ抜くだけだ」

「丸々とした球になってますわね」

「ノノ、例の質問はしなくていいの?」

 ちょっと意地悪なことを聞く義行だ。

「栽培記録にも書いてますし、シルムも読んで知ってるので面白くありませんわ」


 ノノは可愛くほっぺたを膨らませる。


「ふふっ、それじゃあ、栽培記録に追記しておいて。収穫日以降の天気が大事だからね」

「天気と言っても、雨の日にわざわざ農作業はやりたくありませんわ。そうもいかないこともありますけど……」


 「ノノも乙女やのー」と義行はからかった。


「まあ、雨の日に農作業をすることもあるとは思うが、タマネギの収穫は、翌日以降も晴れが続くときがいいんだ」

「どうしてですか?」

「タマネギはね、収穫した後に天日干ししてやるとおいしく食べられる期間を延ばせるんだ」

「どのくらい天日干しするんですか?」

「一日か二日でいいと思うよ。これによって、タマネギの旨みが増したりするんだ」

「たったそれだけで……」


 義行もこの情報を聞いたとき、『へーっ』と思った。


「あと、このときに色のおかしいものも除けておく。これは、保存のときに効果を発揮するんだ。傷んだタマネギから、問題ないタマネギに傷みが伝わってしまうんだ」

「なるほど。このタマネギですけど、長期保存できるんですか?」

「どうだろう。これは五月に収穫してるけど、タマネギにも収穫時期の違う物があるんだ。だから、一概に何月まで保存できるとは言えないかな」

「タマネギって、これだけじゃないんですか?」

「この森で見つけたのは、この時期に収穫できるタマネギというだけ。多分だけど、条件が良ければ、十月とか十一月頃まで保存できるんじゃないかな」


 森に自生していた物で、品種改良されてないのは明らかだ。つまりはこれ一種類しかないとは思うが、義行は濁した発言にしておいた。


「そして、保管方法がもっと大事かな。天日干しした後は、湿気の少ない暗いところに吊るしておくのがいい」

「箱に入れて保管した方が重ねられますし、場所も取りませんわ?」

「そうなんだけど、タマネギは重ねて保管しない方がいいんだよ。もし箱で保存するなら、一つの箱にたくさん入れないことかな」


 収穫したタマネギをざっと見てみる。極端に球の小さい物もなく、上手く生育してくれたようだ。


「結構な量が収穫できましたわね」

「目標の四百キロ近いんじゃないか。一人一個ずつ毎日食べてもいいくらいだな」

「これも一般開放されれば、食糧事情は大きく変わりそうですわ」


 義行は掘り起こしたタマネギの中から、大きさや形のよい球を選んで端に避けていく。


「魔王さま、そのタマネギは傷んでませんよ?」

「これは、来年のこの時期に種を取るための親にしようと思う」

「あ! 今年の秋の種はどうするんですか?」

「それは、森から少しわけてもらおう」


 収穫も終わり、義行は少し球の小さい玉ねぎを数個持って台所に向かった。


「マリー、玉ねぎ料理を作るぞー」

「収穫したんすね」

「味を確認するために少し持ってきた」


 義行は、ここでも簡単に作れそうな玉ねぎ料理を思い出していた。


「マリー、まずは玉ねぎの皮剥きだ」


 手際よく皮をむいていく義行の横で、なぜかマリーが唸っている。


「魔王さま、どこまでも皮が剥けるっすよ?」

「あっ、お前は猿か」

「えっ、猿ってなんすか?」

「いや、なんでもない……」


 思わずネットでよく見かけるネタを思い出して口走っていた。しかし、あの「剥き続けて最後に怒る」というのはデマらしいというのを見て、義行はガッカリしたものだった。


「この茶色いうす皮だけ剥けばいいよ。それで、こんな感じに輪切りにする」

「ばぼうざあばあ、なびだがどまんなびすっびょ~」

 マリーにしてみれば初の体験だろう。

「あははは、玉ねぎはこうなるんだよ。我慢しろ。輪切りにできたら、フライにするぞ」


 義行は、フライを揚げてる間に、マリーにゆで卵を作るように指示した。


「マリー、とびっきりのソースを教えるぞ。まず玉ねぎのみじん切り。ビネグーに漬けたきゅうりがあったよね」

「あるっすよ」

「それもみじん切りにして」

「了解っす」

「最後にゆで卵も荒みじんにして、それらをマヨネーズでえる」


 出上がったオニオンフライ、タルタルソース、海の塩、そして岩塩を持って食堂に入ると、妖精たちが勢揃いしていた。


「まったく、どこら聞きつけ来るんだか……」

「魔王さま ひとりじめは ダメ。おいしいもの みんなで」

「わかってますよ。はい、オニオンフライ」


 皆が、キャッキャキャッキャ言いながら頬張っている。


「魔王さま、岩塩の方がちょっとおいしい感じがしませんか?」

「好みの問題もあるだろうけど、俺も岩塩の方が好みかな」

「このタルタルソースもいいですわー」

「ノノ わかる。タルタルおいしい マヨネーズ最高」


 お試しに三玉ほどオニオンフライにしたが、あっという間に食べ尽くされてしまった。しかし、これだけの高評価に満足した義行だった。

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