第20話 田起こしと代かき

 イネの苗が風に揺れている。一時的に気温が下がる日もあったが、うまく育っているようだ。ただ、これが本当に順調なのかは義行にもわからない。

 日本では連休で皆が浮かれている時期だが、この国にそんな制度はない。義行たちは、次の作業に取り掛かることにした。


「それじゃあ、今日は田起こしをしよう」

「魔王さま、田起こしってなんですか?」

「超ざっくり言うと、田んぼを耕すんだ」

「そりゃ、畑でも耕すんですから、田んぼもそうでしょう」


 毎度のことだが、ノノとシルムが不満げに見つめてくる。


「わざわざ田起こしって言うんですから、その効果を聞いてますの」


 最近、ノノもシルムも知識欲が上がったというか、より突っ込んだ質問をしてくるようになってきている。


「まずイネは基本的に水を貯めて栽培するんだ。もちろん、ずっと水を溜めてるわけではないんだけどね。その準備として土を起こして、腐植土等と土をくっつけて団粒化してやるんだ」

「だ だんりゅう……?」


 どう考えても、魔王が知らないようなことをポンポンと連発する。ようやく、『魔王さま詳しいですね』と強引に納得させることに慣れつつある義行だった。


「そう、土と腐った植物がミミズなんかの動物の糞で引っ付いた土の塊、と言えばいいのかな。これにより、保水力が高い土になるはずなんだ」

「すみません、まだよくわかりません。でも、田んぼにはその土が必要ということですね?」

「今はそのくらいの理解でいいと思うよ。ゆっくり勉強していこう」


 義行がこの戦法で行けると確信した瞬間だった。


「どのくらい耕すんですか?」

「深さ二十センチくらい掘り返したいかな。大変だろうけど頑張ってな」

「大変ですか?」

 振り下ろされたくわが、一気に二十センチほど掘り返す。毎度のことだが、このパワーには驚かされる。いや、魔王の体が貧弱すぎるんだと義行は思うのだった。

「でも、なんで二十センチなんですの?」

「雑草もちらほら見えるだろ? こういった雑草の種は、深さ三、四センチくらいにあるんだ。だから、大きく掘り返して上下を入れ替えることで、雑草の発芽を抑えるんだ」

「クローバーはそのままでいいんですか?」

「クローバーはき込んでしまおうと思う。なので、まずこれかな」


 義行は三角の木枠の一辺に鉄の歯が五本つけられた道具を持ってくる。


「これにおもりを乗せて引っ張るんだ。この歯で地表のクローバーを切断しながら、最初に浅く土を起こそうと思う。その後に鍬で掘り返そう」


 浮かないように錘を載せたすきを、シルムが楽しそうに引っ張っている。義行はなにが楽しいのかわからない。

 ざっくりとクローバーの根を切ったあと、土を起こしていく。畑を開墾の時にも思ったが、手作業はキツ過ぎる。しかし、昔の人たちはこれを普通にやっていたと思うと尊敬の念を禁じ得ない義行だ。


 田起こしも終わり数日が経ち、圃場で記録を取っていたシルムが戻ってきた。


「魔王さま、苗がだいぶ育ってきましたけど、どのくらいまで育てるんですか?」

「今、どんな感じになってる?」

「四枚目の葉が出てるころです」


 それを聞いた義行は、シルムと育苗トンネルに向かった。


「育苗を始めて今日で二十三日目か。ちょっと心配な部分もあったけど、しっかりした緑色だし、触った感じ悪くない。来週には田植えをしようか」

「でも、大変でしたね。夜は布をかけたり、昼間は外したり」

「苗をしっかり作ると後の作業が楽って言うからね。手を抜いてはいけないよ。ということで、明日はしろかきをしよう」


 そういって義行は、田んぼへ向かう水路に水を流し始めた。

 午後は手作り鋤を整備したり、その後の田植えに備えて準備を進めた。


 そして、翌日の朝だ。


「魔王さま、代かきってなんですか?」

「以前、イネは水を張って育てるという話はしたよね? で、田植えの前に水を張って、今以上に土を砕いて、その土をかき混ぜて、苗を植えやすいようにする作業だよ。で、その作業に使うのがこれだ」

「前にも使った鋤ですね」

「ただ、今回は走り回らないようにね」

「えー、ダメなんですか?」

「さっきも言ったけど、苗を植えやすくするために土をならす必要があるからね」

「残念ですー」


 義行もこれはわからんでもない。泥遊びは大人でも楽しい。だが、『年齢を考えような』という一言はすんでのところで踏みとどまった。


 今日もシルムが縦横無尽に歩き回り、義行が最後に端から端に向かって鋤を引っ張って均した。

 田んぼからでると、森の入口にカスミ親子が来ているのが見えた。義行がチョイチョイっと合図をすると、カスミ親子がやってきた。


「カスミ、久しぶりだな。元気してたか?」

「グルゥ」

「ノノやシルムが森に入った時、護衛してくれてるんだってな。ありがとうな」

「クゥ~ン」


 カスミと意思疎通できてるのかわからないが、尻尾がパタパタと揺れているので伝わっているのだろう。

 一方、子供たちは田んぼを前にしてウズウズしているのが手に取るようにわかる。


「よし、お前たち。行って来い!」


 その合図と共に子供たちは一斉に田んぼへ突進し、泥だらけになって遊んでいる。カスミはいつにも増して恐縮しきりである。

 横を見ると、ウズウズしてるがいた。さすがに義行も、こちらには許可を出さなかった。


「カスミ、そんなに気にするな。まだなにも植えてない田んぼだ」


 カスミの子供たちがひとしきり遊んだ後は改めて均し、義行は土手からの水漏れ等を確認してから代かきを終えた。


「魔王さま、苗はいつ植えますの?」

「明後日にしようと思う。ヴェゼに苗を見てもらって、問題がなければだけどね」

「一日仕事になりますか?」

「このくらいの広さなら、午前中で終わるかな。ただ、翌日動けなくなるから覚悟しておけよ」


 義行は少しだけ脅しをかけた。

 

 代かきも終わり、子供たちと一緒に小川で泥を落としてから義行たちは屋敷に戻ったのだった。

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