第18話 始動

 義行がこの世界に来て初めての年越しだ。一月一日から三日まで休みとなるのは日本と同じだが、この国には正月行事も、おせち料理もなかった。いつもと同じ休日が過ぎていった。


 城の畑ではシロナの収穫もほぼ終わり、タマネギ、ヤベツ、コムギ、そしてオオムギの管理が中心となり、それほど忙しくもない。

 

 そんな一月の中旬、義行はマリーと市場を歩いていた。


「なあマリー、この時期の市場はこんなものか?」

「そうっすね、シロナ、ホウレンソウ。川魚くらいっすね」

「そうか、よく我慢できるもんだな……」

「冬の時期は仕方ないっす」


 魔族にはこれが普通なのだろう。もし城下の者と入れ替わっていたら耐えられないと義行は思った。


 そんな一月は大きな問題も無く過ぎ、二月も中旬に差し掛かったころ、義行たちは本格的に動き始めた。


「それじゃあ、春植えのポテを準備していこうか」

「魔王さま、植え付けは三月に入ってからでは?」

「ちょっと試したいことがあってね、その準備だ。ノノ、シルム、しっかり記録を取ってくれ」


 義行は、保存庫から麻袋を持ってきた。秋に収穫したものから百グラムくらいの芋を保管していたのだ。


「今回、種芋の試験をしたいと思う」

「あの、魔王さま……。種芋は植えればいいんじゃないんですか?」


 シルムからもっともな質問が飛んできた。


「そうか、シルムは去年の秋はいなかったな。去年の秋は丸のまま植えたんだけど、この春はいろいろやってみようと思うんだ」

「なにをしますの?」

「まず種芋を三週間ほど日光にあてる」

「それだけですの?」

「それだけ。勿論、ひっくり返したり、温度管理はするよ」

「それはなんの意味があるんですか?」


 「意味はない!」と言った瞬間、二人からさげすんだ眼が向けられ、義行は久しぶりに身もだえた。


「うそうそ。日光にあてて発芽を促すんだ。こうしておけば、芽が出てないものは避けられる」

「ということは、芽を出させないために今日まで保存庫にいれてたんですか?」

「それもあるんだけど、ちょっと違うかな。日光にあたると芋が緑色になっちゃうからかな。これがなにを意味しているかは、ノノ、わかるよね?」

「ギャンブルに勝てますわ!」


 シルムがノノを不思議そうに見ていた。ノノの口からギャンブルなんて言葉がでてきたからだろう。


「ふふっ。シルム、『ポテは食すな』と教わっただろう? 日光にあたって緑色に変色したところには、毒の成分ができるんだよ」

「なるほど。それを食すと大変なことになると」

「そういうこと。ギャンブルの話は一旦横に置いておくが、この事前処理をすると、植え付け後の生育がよかったり、太い茎ができるというメリットもある」


 話が横にそれてしまったので義行は軌道修正した。そして、ここからが春植えの実験で一番重要なところになる。


「その後、次の三つを試そうと思う。一つ目は、植える数日前に二等分して、切断面を乾燥させる。二つ目は、植える直前に切断して、切り口に草木を燃やした灰をつける。三つ目は、植える直前に切断してなにも処理しない」

「それにはどんな意味があるんですか?」


 言ってみたものの、義行もどれほどの効果があるのかは知らない。なにせ、自分が試したわけではないのだ。


「乾燥させたり灰を付けるのは、種芋を腐りにくくさせる効果があるらしい。そういうやり方があると読んだことがある」

「『読んだ』?」

「いや……、だれか俺のことを? って……あはは」

「はぁ……?」


 今年からはツッこまれても、なぜか知ってるんだよとごり押していこうと考えていた義行だが、まだどこかにバレたら困ると考える自分がいるのか、ついモゴモゴと言い訳をしてしまう。


「でも、そんな簡単なことで収穫量に差が出るなら面白いだろう?」

「農家にとっては収入は変わるし、国民に渡る量も変わりますわ」

「僅かなものかも知れんがそうだな。で、今日からの作業だけど、種芋をまんべんなく日光浴させてやってくれ」


 種芋を日光浴させている間に畑の準備だ。秋の時の三倍の広さを耕していった。義行が一面の半分を耕す間に、ノノとシルムで二面を耕していた。いつ見ても、魔族の力の源がどこなのか不思議に思う義行だった。


 結局、義行が担当する残り半分もシルムがサクッと耕してしまった。


「畝幅は秋と同じでいいですか?」

「それで構わないよ」


 畝作りまで終わり、催芽さいが処理が終わるまでは堆肥づくりや他の作物の準備だ。やることは多い。


 記録を取りつつ三週間ほどでしっかり芽も出そろい、義行たちは次の作業に入った。


「まず今回の種芋は、頭頂部を上にして二等分しよう。切ったものが五十グラムくらいになるのがいいかな」 

「芋が大きいものは三等分でもいいですか?」

「それでいいよ。そして、今日の種芋は切断面を乾燥させる」

「どのくらい乾燥させますの?」

「日陰の風通しのよいところで、切断面がサラサラになるのが目安かな。なので、植え付けは四日後にしよう」


 その日からノノとシルムは毎日種芋の状態をスケッチしたり、記録を取っている。最終的にはマニュアルにして、一般公開したいと思っているので、気が付いたことはなんでも記録するようと義行は言っていた。


 四日ほど乾燥処理させて、種芋の植え付けに向け、残り二つの処理を始めた。


「魔王さま、これには灰を付けるんでしたよね?」

「はい(灰)」


 今日も二人から白い眼が向けられる。


「ちょ、ちょっと待て。ふざけてないぞ。本当に返事しただけだ。勘違いするな」

「……」


(ふぅ……、危なかったな。文字で書かれたら完全にバレてたな)


「この灰は特別な灰なんですか?」

「いや、落ち葉や雑草を集めて燃やしたものだよ。これを切断面に付けるんだ」


 灰付けも終わり、最後になにもしないグループを作って、義行達は種芋を植えつけていく。


「じゃあ、ノノ、前回は丸のまま植えたので気にしなかったと思うけど、今回は、切断面を下に向けて植えていって」

「これにも意味がありますの?」

「ごめん。これは本当によくわからない。切断面を上にして植えると水が溜まって種芋が腐るとか、逆に、一度下に伸びた芽が上に向くことで強い芽となり、病気に強くなったり大きな芋が取れるなんて言われてたな」

「『言われてた』?」

「あー、その、誰が言ったか知らないが、言われてたとか、言われてないとか、どっちなんだろうなー。あはは……」

「……?」

「まぁ、そんなに神経質に考えなくていいよ。自然が相手の作業だ。収穫までの環境も毎年違う。どれが収穫量に影響したかは断定できないだろう。いろいろ試してみて、これかなというのを見つけていこう」


 十メートル四方の畑が三面である。三人でやればあっという間だった。問題がなければ、六月末には六百キロ程度収穫できるはずだ。

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