第17話 箸と砂糖

 この国に師走なんて言い方があるのかはわからないが、今年もあと一ヶ月となった。あまり気温が下がっていないのか、それとも魔族の体が寒さに強いのかわからないが、寒くて部屋に籠るということはない。


 最近はニワトリの世話と腐葉土・堆肥作りが中心のため、時間の余裕がある。なので義行は、午後から個人的な趣味の作業を始めた。


 数日前から納屋で乾燥させていた木材とトクサを持って食堂に移動する。


「魔王さま、なにか作るっすか?」

「箸を作ろうと思ってな」

「嫌だなー、こんな棒切れじゃ橋なんて作れないっすよ」

 マリーはケラケラと笑っている。

「いや、俺も何千年も費やして、こんな棒切れで橋を作ろうとは思わんぞ。箸だ」

「……?」

「後で見せるよ」


 義行は木材を持ちやすい形状に削り、トクサを使って表面を滑らかにしていく。できるなら、漆なんかで整えたかったが、漆の取り方や作り方までは知らなかったのだ。


 ちょうど一膳できたところで、再びマリーが食堂にやってきた。


「できたんすか?」

「ああ、これが箸だ」

 義行は空中で箸を動かして、ものを摘まむ仕草を見せる。

「ただの木の棒じゃないっすか。なにかの遊び道具っすか?」

「マリー、これで遊ぶとお母ちゃんに怒られるぞ」


 義行は、米を数十粒と皿を二枚持ってくるようマリーに頼んだ。


「これはこう使うんだ」


 義行は皿に乗った米粒をつまみ、右から左、左から右の皿へと器用に移していく。


「簡単に言えば、フォークやナイフの代わりだな」

「魔王さま、凄いっす。俺っちもやってみたいっす」

「結構難しいぞ」


 日本人ですらちゃんと扱えない人もいるくらいだ。

 見ていると案の定、マリーは米粒をあちこちに飛ばしまくっている。


「いきなり米粒はきついだろう。最初は大きくて、摘まみやすいものにした方が……」

「くうーっ、いや、これでやるっす」

「イライラするだけだぞ」

「……」


 米粒運びに集中している間はなにを言ってもダメだと思い、義行は追加の箸を作り始めた。


 数膳作ったところで、作業を終えたノノが食堂に入ってきた。


「あらマリー、なにを遊んでますの?」

「遊んでんじゃないっす! 箸を使う練習っす。ああーっ、話しかけないでほしいっす」

「橋なんて設置して使う物ですわ」


 どうやら、魔族国では定番のボケなのかもしれない。

 マリー一人が米粒運びレースに興じている。しかし、一向に皿に米粒は溜まらない。


 そんな中、休憩に来たシルムがやりたそうな感じだったので、義行はできたばっかりの箸を渡してやった。


「ああっ、ちょっとお米ちゃん、どこに行くんですか……」

「ちょ、シルム。静かにするっす」

「いや、だって……」

(ふふっ、コツがわかれば簡単なんだがな……)


 シルムも米粒を摘まんだかと思うと、ピーンとどこかに飛ばしている。


 そんなことをしていると夕方になり、マリーが夕食の準備に取り掛かったので、義行は白米と焼き魚の夕食をお願いした。


 そして、その夕食の場で義行は、出来立ての箸を使って器用に食事をして見せた。


「魔王さま、その箸というのは楽そうですね」

「つまむ、く、こんな感じに米一粒なんてのもお手の物だ」

「それ、私に教えてもらえませんか?」

 クリステインは昼にいなかったので、箸は初見だ。

「いいぞ。まずは、親指と人差し指の股の間に箸を乗せて挟む。で、逆は薬指の爪の根本辺りに乗せる。次にもう一方の箸を親指と人差し指でつまむ。この時、中指のこの辺りにのせてやる。これで、箸が平行に持てたと思う。そして、ここが重要だ。下の箸は固定。動かすのは摘まんでいる上の箸だけだ。さらに言えば、上の箸の先と、下の箸の先が触れるように動かす。これが箸の使い方だ」


 苦労するかなと義行は思ったが、思いの外クリステインは筋がよく、問題なく食事をこなしていた。


 ただ、この状況を許せないものがいる。先に試していた二人だ。

 夕食後、米粒と皿を持ってきて、再び米粒運びレースが始まった。


「魔王さま、これで持ち方あってるっすか?」

「ああっ、合ってると思うぞ。俺の持ち方も本当に正しいかどうかわからんがな……」

「いや、正しいっす。持ってる姿が奇麗だったっす」

「あっ、どうも」


 褒められて悪い気はしない義行だった。

 マリーとシルムは、さっきのクリステインへの説明を聞いたためか、昼間ほど米粒を飛ばすことなくつまめていた。


 そして、理由はわからんが、翌日から米ではない日も箸が並べられることが多くなった。


 それからしばらくは、トラブルもなく過ぎていった。

 しかしある日、振興部のデスクでせっせと書類にサインをしていると、サイクリウスから呼び出しがかかった。


「魔王さま、今度は砂糖の流通が怪しくなってきております」

「まーた、どこぞの馬鹿が買占めでもしたのか?」

「いえ、今年はバカボーンの収穫量が例年より少なかったようです」


 一瞬、義行は自分の耳がおかしくなったのかと思った。


「すまん、今なんて言った?」

「収穫量が例年より少なかったと」

「いや、その前だ」

「バカボーン……ですか?」


 ここはツッコむべきなんだろうが、ツッコんでも笑ってもらえないこのもどかしさ……。どうしてくれようかと義行は思った。


「そのため、砂糖の精製も少なく、いつもに増して価格が高騰しております」

「それで、その砂糖を精製してる工場は近くにあるのか?」

「近場ですと、三か所工場がございます」

「ちょっと行ってくる」


 義行は、クリステインと製糖工場に向かった。別に行かなくてもよかったのだが、自分の考えに間違いないことを確認したかったのだ。


「魔王さま、こちらです」

 中に入るまでもなく、外から見て材料がわかった

「やっぱり甜菜てんさいか……」

「なんのことでしょう?」

「いや、なんでもない。もうわかったから戻ろう」


 特に話を聞くこともなく、義行たちは屋敷に戻った。


「さすがに魔王さまでも、不作には対抗できませんよね」

「ああ……、俺も天候までは操作できん」

「今年の収穫量がどの程度だったのかわかりませんが、半年持たないのではという噂です」


 塩は摂取しないわけにはいかない。砂糖はどうなんだろう。深く考えたことがなかったので、義行も判断に迷っていた。


「サトウキビでもあればな……」


 義行はぼそりと呟く。そう、代役は既に浮かんでいる。ただ、今回ばかりは裏の森にもないだろうと思っている。


「あの、魔王さま。その『サトウキビ』とはどんなものなのですか?」

「ん? ああ、セセよりは太い茎で節があってな、背丈が二、三メートルくらい。茎を齧ると、ほのかに甘い植物なんだよ」

「……。もしかして、根元が四、五本くらいに分かれて成長しますか?」

「悪い、そこまでは俺もわからん」

 実は、義行もサトウキビ自体を直接見たことないのだ。

「あの、同じ物かわかりませんが、イネを収穫した川下に似たような植物が生えていたような気がします。私も確信はありませんが、以前、あの辺りで、その雉打ちを……」

「大雉か?」

「違います!」


 そんな話をした翌日、マリーとノノを連れて義行は確認に向かった。


「もし、クリステインの記憶が確かなら、砂糖も気にせず使えるようになるかもな」

「安くなるっすか?」

「うまくいけば、小麦と同程度にはできるんじゃないかな」


 イネが自生していた場所からさらに三十分ほど海側に下ったあたりに、もっさりと茂る植物が見えてきた。


 大きな木の下に馬とノノを残し、義行とマリーは近づく。


「間違いない、サトウキビだ」

「魔王さま、これが砂糖になるんすか? なんか木の枝というか……」

 義行は一本切り倒し、二節ふたふしくらいのかじりやすい長さにしてマリーに渡した。

「マリー、皮をいて齧ってみな」

「えー、木の棒っすよ」

「騙されたと思って、ガジッっといってみろ」

「とか言いながら、俺っちが齧ったら、『やーい、騙された』とか言うんすよね?」

「そっ、そんなことはしないよ……」


 一年近く一緒にいると、行動パターンが読まれつつある義行だった。

 マリーは、意を決してサトウキビに齧りついた。そして、二、三噛みして小躍りを始めた。


「甘いっす」

「これがサトウキビだ。これから砂糖が作れる。増やす方法もそれほど難しくなかったはずだ」


 今回は調査だけと思ったが馬車もあるので、十数本ほどサトウキビを収穫して屋敷に戻った。時間も遅かったため、製糖作業は翌日に回した。


 そして翌日の朝食後、義行とマリーは台所にいた。


「それじゃあマリー、皮を剥いてざく切りにするぞ」

「了解っす」


 二人で、収穫してきたサトウキビを切り刻んでいく。


「この細かくなったサトウキビをしぼるんだ。すると汁が出てくるのでボールに貯めておいて、不純物を取り除いたあと煮詰めていく」

 ここまでネットの知識だけでやっていく義行だった。

「ここで注意事項がある。攪拌かくはんしながら冷ましていくと、だんだんと粘りが出てくるんだけど、それが皮膚に付いちゃうと、剥がすのが大変なうえ、火傷する可能性があるから注意な」


 飴のような状態になったところで、型に移して冷ましていった。

 ある程度冷え固まったものを取り出し、砕いて皿に乗せて出してみた。


「魔王さま、これが砂糖ですの?」

「色が茶色です」

「砂糖という言い方より、黒糖が正しいかもな。まあ、舐めてみてくれないか」


 小さな欠片をノノとシルムがぺろりとなめる。


「こ、これは……」

「毒……」


 絶対、俺より前にここに来た日本人がいると確信した義行だった。


「甘いっす」


 少し大きいかけらを口に入れていたマリーが後ろから答えた。

 義行も舐めてみる。


「白砂糖とは違う甘さがいいな」


 翌日以降、サイクリウスがサトウキビの群生地までの道路整備、製糖工場の経営者への依頼等を指示していく。もちろん、『栽培試験が完了するまで取り過ぎないように』ということだけは念押ししておいた義行である。増やせなかったら意味ないのだ。

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