第16話 堆肥とポテの収穫

 ここ数日、義行は再び書類地獄に陥っていた。ただ、振興部があるので、ノノとシルムが自主的に作業してくれている。しかし、それも昨日で終わり、今日は丸一日農作業に充てられる。


 午前中は腐葉土づくりに精をだし、昼食後にニワトリ小屋に向かっているところでシルムに声をかけられた。 


「魔王さま、納屋の横に蓋の付いた大きな箱が三つありますけど、あれ、なんですか?」

「ん……、シルムには教えてなかったっけ?」

「はい」

「見た方が早いかな。付いておいで」


 二人が納屋の横にやってきた。

 シルムが言うように、納屋の横に、縦横高さ一メートルの箱が三つ並んでいる。


「開けてごらん」


 シルムは、目の前にある箱を開けて中を覗く。そこには、黒い土のようなものがあるだけだった。


「これなんですか?」

「ニワトリのクソじゃ」

「えーっ!」

「フフッ、こっちも開けてみるといいよ」

 

 言われるがままに、シルムはその横の箱も開けて中を覗いた。


「こっちは少し白っぽい?」

「ニワトリのクソじゃ」

「えーっ!」

「フフッ、こっちも開けてみるといいよ」

「もう……、どうせなにかのふんなんでしょう?」


「俺のク……」と言ったところで、真後ろからノノに飛び蹴りをくらわされた。


「ちょっとノノ、痛いよ。三つ目の箱にはなにも入ってないって」

 義行はわざとらしく三つ目の箱を開けて見せる。

「可愛い妹に変な発言は止めてもらいたいですわ。見てください、シルムの顔を……」


 シルムはノノの袖をぎゅっと掴みこちらを見ている。

 そして、意を決して質問したきた。


「あ、あの……、魔王さま。魔王様は、糞を集めるのが趣味なんですか?」


 これには義行も噴き出した。


「ご、誤解するな。これは畑に入れる大事な肥料だ」

(俺も、そんなマニアックな趣味はもってないぞ……)


 それでもシルムは納得できないのか、さげすんだ眼で見てくる。


「何度も言うが、これは実験中の大事な材料なんだ。鶏糞けいふん堆肥を作ってる」

「鶏糞……堆肥ですか?」

「簡単に言うと、植物のご飯だな」

「それが、これなんですか?」


 なんかばっちいものでも見るような目でシルムは箱を見る。


「あぁ、肥料の三要素として、窒素・リン酸・カリというのがあるんだ。この鶏糞には、その三要素がバランスよく含まれているんだ」

「でも、それぞれ色が違いましたよ?」

「それは、一方は発酵させて、もう一方は乾燥だけさせてるからだよ」

「魔王さまは、時間を見つけては、こうして堆肥や肥料を作られてるのよ」


 さすがにノノも不憫に思ったのか、助け舟を出してくれた。


「でも、どちらも鶏糞なんですよね? わざわざ二つ作るのは手間じゃないですか?」

「シルム君、いい質問です。その理由は、効果に違いだ」


 義行は、発酵鶏糞の入った箱の蓋を開ける。


「発酵鶏糞は、畑にすぐ撒ける。撒き方も大事なんだけど、すぐに養分として使える。即効性が高いと言えばいいかな」


 義行は続けて乾燥鶏糞の箱の蓋を開ける。


「一方、乾燥鶏糞は土に入れることで発酵が始まるんだ。つまり、効果がでるのに時間が掛かる。その違いを利用して、うまく植物を生育させるんだ」

「へー、そんなことができるんですね」

「まぁ、言うのは簡単で、実際にテストするのは来年からなんだけどな」

「それならその作業、私が担当します。実は、ニワトリにも興味があるんです」

「そうか。じゃあ、お願いするよ」

「どっちの堆肥を作ればいいんですか?」


 さて困った質問だ。正直なところ、義行は農業などしたことがない。十割りがネットからの知識だ。


「乾燥鶏糞は、畑に入れてから発酵するんだけど、そのときにおいが出るらしい。なので、個人的には発酵鶏糞がいいのかなと思う。でも、二つを平均的に作ってくれないか。それで、来年の春から土壌改良した畑、この鶏糞堆肥だけを与えた畑、土壌改良と鶏糞堆肥の畑を比べて、どんな結果になるか見てみよう」

「それ面白そうです」

「でも、参考になるものはないんだ、大変だぞ?」

「私、やってみたいです」


 そんな話をしていると、アニーがやってきた。

 今日は魔王城で栽培してみたポテを収穫するので、妖精たちにも連絡しておいたのだ。まだヴェゼとスプリーが来ていないので、ちょっと相談をした。


「アニー、俺たち以外がニワトリを飼育することは可能か?」

「問題ない。場所があるか ないか」

「餌が取れて運動できる広さ、そして鶏舎だな」


 相談をしていると、肘の当たりが引っ張られる。


「まお まお。まお……」

「シルム、お前はさっきからなに『まお まお』言って……、あぁ……、悪い悪い。この子はアニー。この森の妖精さんで、動物のスペシャリストだ。但し、くれぐれも内密にな」


 義行は当然のことのようにアニーを紹介する。


「ア、アニーさん、は、初めまして。シルムです」

「アニーです。同じ くらい?」

「シルムは十八だ」

「それなら 私が少し上」


 シルムの方が年上かと思ったが、実はアニーの方が年上だったことに義行は驚いた。見た目で判断はできないものだ。


「そ、それと、あの、その、あの仔……」

 シルムが指さす方を見ると、カミイヌ親子が水遊びをしていた。

「来てたのか」

「今日は お仕事なし。遊ばせる日」


 そのときだった。

 「可愛いー!」と、シルムから超ハイテンションな悲鳴とも取れそうな声が発せられた。


「おいおい、シルム。普通、アニーの方に驚くんじゃないか?」

「えっ? いや、ふわふわもふもふですー! カッコかわいいですー!」


 もう一人クリステインの仲間がいたようだ。いや、動物だけに向いているのでまだ健全だ。


「ふふっ、あの仔たち カミイヌ。私が 一番世話してる」

「アニーさん、あの子たち撫でてもいいですか?」

「うん」


 シルムとアニーは、一緒にカミイヌとじゃれ始めた。すると、作業で遅れていたヴェゼとスプリーがやってきた。


「……」


 シルムが無言で義行を見つめる。


「ちょっ、待て待て。この子は、森のスペシャリストのヴェゼ、こっちの子は、水のスペシャリストのスプリーだ」

「し、シルムです。よろしくお願いします」

「よろしくー」

「よろしく お願いします」


 三人が挨拶を交わす。


「あの……、魔王さま。ここはなんなんですか?」

 なんですかと言われて、義行もなんて答えればいいのかわからない。

「なにって魔王の城だぞ、妖精の一人や二人や三人くらいいるって」

「そうよシルム、考えてはだめよ。感じなさい」

「おいノノ、それは違うぞ」


 シルムの妖精たちとの邂逅かいこうも無事に終わり、全員でポテの収穫を開始した。


「じゃあ、始めるぞー」


 皆楽しんでいる。義行も目の前のものを一本抜いてみた。日本でよく見たサイズのジャガイモより少し小ぶりだろうか。ただ、同じ品種でも秋に植えると、若干小さかったり、収量が下がるらしいから悪くないできだろうと判断した。


 そんなこんなで収穫したポテを一か所に集めてみたが、二千個近く収穫できていた。


「一個百グラム前後として、約二百キロ超か。十メートル四方の畑なら十分な収穫量かな」

「魔王さま、来年はどうしますの?」

「春にもまた植えるんだけど、場所と広さをどうするかな……」

「もっと広げましょう。私、頑張ります」

「準備が大変だぞ」

「いいですよ。私やります」


 そんなこんなで、来年の春は、畑を広げて栽培することが決定してしまった。とはいえ、義行はこの区画は休ませようと思っている。これは、先のことまで考えてのことだ。


 その後、義行は取れたてのジャガイモを持って台所に突入した。


「じゃあマリー、このジャガイモを薄くスライスしていくぞ」

「了解っす」

「スライスしたジャガイモは塩水に浸けておく。で、その間に油と水きり用の布を準備」

「こんな感じでいいっすか?」

「そんなもんでいいだろう。水を変えながら、表面のぬめりを取って、布の上で水気を取りぞのいてね。で、ある程度水気がとれたら、油で揚げる」


 義行は揚げたてのポテトチップスに塩を振って食堂に持っていった。


「お待たせ、ポテトチップスだよ」

「魔王さま これ さっきのポテ?」

「そうだよ。この後夕食だから食べ過ぎないようにね」


 そう注意して、義行は追加のポテチを揚げるために台所に戻った。戻ったついでに一つつまみ食いしてみた。


「うまっ。イモの種類が日本と違うのか?」


 サっと残りを揚げて、追加を持って食堂に戻ってみると、クリステインとノノとシルムが茫然としていた。


「どうした……。美味しくなかったのか?」

「いえ、その……」


 お澄まし顔で座る妖精たちを見ると、口の周りがテカテカしていた。今回は、ポテチジャンキーを量産してしまったようだ。


 その晩は、マリーが市場で購入してきた鹿肉とポテを中心に、少し豪華な夕食にした。


 一夜明け、ヴェゼに改めて来てもらって、ノノとシルムを含め畑の相談をした。


「さて、昨日ポテを収穫したこの区画についてだ」

「ポテを植えたいです」


 シルムがそう答えるが、義行は渋い顔だ。


「実はな、植物の中には、同じ場所に植え続けると障害がおこることがあるんだ。これを連作障害といって、まあ、読んで字のごとしだな」

「それなら、別の植物を植えるしかないですね……」

「そうなんだが、思い切ってこの区画は休ませようと思う」

「なにも植えないんですか? もったいないですよ!」


 この国の食糧事情を考えれば、シルムの言うことも理解できる義行だ。


「ヴェゼは、どう思う?」

「私は 森の働きを 調整する役割。栽培はしない。だから答えられない。でも 土の強い弱いは わかる。ここは 弱い」

 この畑をどの程度使っていたのかわからないが、ヴェゼからも弱いと言われた。

「でも魔王さま、休ませれば土の力が戻るんですか?」


 もちろん、これに対して義行は対策を講じる予定だ。


「シルムの言うとおりだな。でもな、ただ遊ばせるわけじゃない。ノノ、わかるかい?」

「腐葉土ですわね」

「そう。あと、ここにクローバーを植えようと思ってる」

「あの白や赤色の花が咲く植物ですか?」

「うん。クローバーにはちょっとした力があってね、最後にそれを漉き込むことで肥料にできるんだよ。そうやって、手を入れてやりながら、土の力を戻してやるんだ。そこで、ヴェゼに協力してもらいたいんだけどいいかな?」

「なにするの?」

「実は、クローバーの種がない。でも、ニワトリの運動場の奥に群生してる」

「転送?」

「そう。クローバーの移植だと根がうまく張らない可能性がある。でも、今の時期ならまだ芽を出した頃だし、ヴェゼならなんとかしてくれると思ったんだ。後は、ランナーで生息範囲も広げるから、数か所に植えておけば、区画一体を覆ってくれるかなと……」

「それなら 簡単」


 そういうことで、この畑ととなりの畑は一年休ませることにした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る