第15話 お米だー

 ここ最近の作業は、圃場の拡張と土壌改良、さらに腐葉土の作成と地味なものになっている。シルムも、簡単な指示を出しておけば自分で考えてやってくれている。


 そんな中、レスター商店から使いがやって来た。


「魔王さま、レスターが最終確認を求めておりますのでお越し願えますか?」

「わかった。三十分後に寄ると伝えておいてくれ」


 発注してから二週間近く経つので、例の物ができたのだろう。

 残りの作業を済ませた義行は、レスター商店に向かった。


「魔王さま、お待ちしておりました。どうぞこちらへ」


 店の奥にある作業場に案内された。義行はこういったところを見るのが大好きなのだ。


「ご依頼の品三点、確認いただければと思います」


 まずは一番問題が起こりにくい、精米機用の深鍋だ。


「問題ないですね。もし、穴が小さかったら大きくすることは可能ですか?」

「大きくする修正は簡単です。逆は手間ですが」


 続いて、こちらも問題は少ないであろう千歯扱せんばこきだ。


「これも問題ないですね。ただ、歯先は安全のために少し丸くしてください」

「かしこまりました」

「あと、最下部の隙間をさらに狭くしたい場合、土台部分を削ることで調整できますか?」

「可能です」


 そして、最後にプロペラだ。


「正直苦労しました」

「申し訳ありません。私が図面をちゃんと描けばよかったんですが、こちらも翼端部は安全のために、丸みをつけてもらっていいですか?」

「はい。作り直しは時間的に無理ですが、丸くするくらいでしたら削るだけですので、半日もあれば十分です」

「では、その二点の修正をお願いします」

「かしこまりました。念のため、納品は三日後でいかがでしょう?」

「問題ありません」


 道具の納品に目途がついた。

 そして、義行はその日、翌日の一大イベントに備え早めにベッドに入った。


 朝、目が覚めるとノノ予想のどおり、空は快晴で絶好の稲刈り日和だ。

 玄関前では、三人娘がのんびりと荷物の積み込みを行っている。ただそこにシルムの姿はない。ヴェゼが参加する可能性があり、妖精に会わせるのは少し早いという意見が多かったからだ。


「じゃあ出発しようか」


 今回は義行とクリステインが荷馬車、ノノとマリーは馬での移動だ。

 西通用門を出てしばらくするとヴェゼが御者台に現れた。その横では、クリステインがハァハァしているのが見える。ただ、アニーほどの爆発力はない。どうやら、クリステインの中では、アニーの方がランキングが上なようだ。

 

 その後ものんびりと移動し、二時間と少しで一番近くのイネの群生地に到着し、河原に下りていった。


「ムギとは違って、下に垂れるんですわね」

「だから出穂後は、穂が水に浸からないように気を付ける必要がある」

「浸かるとどうなりますの?」

「変色したり、カビが生えたりで収穫できなくなる。なので、出穂してからは暴風雨等でイネが倒れないように注意かな」

「それなら、あまり心配はありませんわね」


 どうやら、台風や大雨の心配はしなくても良いようだ。

 しかし、説明ばかりしていたのでは帰宅が遅くなると思い、義行は、「詳しい話は戻ってからね」と言い、イネの刈り取りを始めた。 


「ある程度刈り取ったら、この麻縄で穂の反対側を縛って荷車に乗せていって」


 義行の号令を受け、三人娘も稲刈りを開始した。ただ、刈り取りまだいい。ムギが栽培されているので刈ることは問題なくできる。


「魔王さま。この、麻縄で結ぶのがむずいっすよ……」

「そこな。一回りさせて締める。で、稲をクルクルっと回しながら、麻縄をじる。上まで捩じれたら、最初に締めたの隙間から差し込んで、差し込んだ部分で輪っかをつくる。まあ、稲がバラバラにならなければいいよ」


 一時間ほどで荷台半分ほどのイネが収穫できた。半分を来年の種籾分とすると、半月持つかどうかの収穫量だ。

 義行たちは手早く河原で昼食を取り、少し休憩して屋敷に戻った。


「次は稲架掛はさがけだな」

「これは乾燥処理ですの?」

「うん。籾は割と水分があってね、変質しやすいんだ。なので、こうやって干して水分を減らすんだ」

「どのくらい干しますの?」

「二、三週間くらいかな。乾燥具合を見ながらなんで、きっちり何日というのはないよ」

「雨が降ったらどうしますの?」

「毎日雨が降ると問題だけど、そんなことないだろう? ちょっとの雨なら許容範囲かな」


 ノノは、作業をしながらメモを取っている。

 稲架掛けも終わり、屋敷に戻ろうとしたそのときだった。


「魔王さま、ニワトリがこっちに来るっすよ?」

 稲架の下までやってきたニワトリは、干したイネをツンツンし始めた。

「ヤバい! エサと勘違いしてる。いや、確かに食べられるんだけど、お前たちのエサじゃないんだ」


 餌ではないことをわからせようと義行は話しかけてみるが、もちろん、ニワトリが理解できるわけがない。仕舞いには、『コケッ、コケケケ』とか言い始めた。これには三人娘も、肩を震わせ笑いに耐えていた。


 これ以上は無理だと判断した義行は、最終手段に打って出た。


「おーい、アニー」

 少ししてアニーがスッと現れた。

「アニー、この子たちにエサじゃないって教えてくれないか。俺じゃ無理だ」

「ふふっ わかった」

 アニーがなにか囁くと、ニワトリたちはスッと稲架から離れていった。


 事なきを得て、義行はアニーとヴェゼを連れて食堂に入る。後ろの方で「ハァハァ」と熱い吐息が聞こえてきてはいたが、無視することにした。


「最近、森の動物たちはどうなんだ?」

「この間 ニワトリを 見てきた。だいぶ増えてた。あと 茶色が五頭きた。草食べてる」

「そうか。うちの方も倍とは言わないが、結構な数になってきたんだよな。養鶏業者を育成して、流通拡大を始める時期かな……」


 ますますシルムの養成が急務になってきた。

 ということで、翌日からシルムには養鶏マニュアルを作るようにお願いした。


 イネの収穫から二日ほどして、クリステインが振興部に顔を出した。


「魔王さま、ご依頼の商品ができ上がりました」

「受け取りに行けばいい?」

「いえ、こちらにお持ちいたします」


 振興部で待っていると、クリステインと配送担当の男性がやってきた。


「へー、木製にしたのか。クリステインの実家は陶磁器関係だろ? よく木で作れたな」

「陶磁器が主力商品というだけで、我が家は結構手広くやってますので」

 木工関係もできるなら、義行にとってありがたかった。ニワトリがさらに増えそうなので、鶏舎の増築も検討中なのだ。

「棟梁曰く、木製の方があたりが柔らかく、粒割れもないだろうとのことです」

「因みに修正が必要な場合は?」

「使用後、半年までであれば無償で修理・調整いたします」


 これで、すべての道具が揃った。

 

 その後、雨が降る日もあったが、稲架掛けを始めて二週間が過ぎた。朝からニヤニヤが止まらない義行だ。そう、今日は脱穀だっこくから精米までを試すのだ。


「ノノ、シルム。まずは脱穀だ」

 義行はできたばかりの千歯扱きを準備した。

「これはなんですの?」

「千歯扱きだ。麦を脱穀するときはどうしてるんだ?」

「少量なら、穂を手で擦り合わせて脱穀してましたわ」

 意外と原始的な方法で驚いた。まさか、大量に扱う商店主もそうやってるのかと心配になった。

「米は来年、この田んぼ二面分収穫することになる。それをいちいち手で擦り合わせてやるのは面倒だろう? だから、このようにいくつかの束をこの千歯扱きに乗せて引っ張る」

 イネの束から種子だけがポロポロと取れていく。

「これ凄いですね。麦にも使えますわね」

「魔王さま、私もやってみていいですか?」

「交代しながらやってみな」


 二人が楽しそうに脱穀をしている間に、義行は籾擦もみすりり機を持って来る。


「藁は使い道があるから避けておいてね。そして、来年の苗用に種籾をよけておく」

 義行は目分量で八千粒ほどを紙で作った袋に仕舞った。

「次は籾摺りだ。この周りの殻を取る作業だな。ここに籾を入れて臼で挽く」

「あっ、白い粒が出てきました」

「これが玄米だ」

 出てきてる米に割れたものもないので、調整は不要のようだ。

「もしかして、この籾殻もなにかに使えますの?」

「ノノ、いい勘してるな。土壌改良材とかに使えるぞ」

 ノノとシルムはペンを走らせる。

「魔王さま、これ全部を籾摺りするんですか?」

「いいところに目を付けたな。玄米の状態で保管すれば、保管スペースも少なくて済む。ただ、虫やカビ、乾燥の問題がある。できる限りいい状態を維持したいなら籾の状態かな」


 次の作業のために、義行特製の精米機が登場した。


「これはなにをするものですか?」

「この玄米の状態でも食べることはできる。ただ、その味を好む人と嫌う人がいるんだ。体にいいのは玄米の方だけど、ちょっとクセがあってね。なのでこの部分、胚芽はいがというんだけど、ここと、米を触ってるとちょっとぬるぬるしないか?」

「します」

「米の周りにはぬかというものが付いてるんだ。これをある程度取り除いてやる作業が精米だ」

 シルムは熱心にメモを取っている。

「ただ、さっきも言ったように、栄養があるのは玄米だね。美容にも効果があったような」

 猛烈な勢いでノノがメモを取っている。

(やっぱり女の子やの~)

「まあ、今回は初のお米だ。精米したものを食べてもらおうと思う。その道具がこれだ。この羽が回転して、胚芽や表面の糠を削ってくれればと思って作ったんだ」


 取り敢えず二人分くらいの玄米を入れて、ハンドルを回してみた。すると、鍋の底から糠がこぼれ落ちている。


「成功だな。ある程度白くなったら精米は完了だ。この精米の量、えっと、米をどこまで削るかで味も変わるんだ」

「奥が深い食べ物ですわね」

「魔王さま、この糠も使い道があるとか?」

「勿論だ。堆肥と一緒に発酵させることもできるし、これでご飯のお供、ぬか漬けもつくれる。しかし、今回は別の方法に使いたいと思ってる」

 それに関しては、説明しても今はわからないだろうと思い話さなかった義行だ。

「すごいですね。捨てるところがないです」

「この後、夕食にご飯を出そうと思うんだけど、シルムは大丈夫?」

「それなら、一度院に戻って、マリア母さんに話してきます」

「それなら、部屋もあるから泊まっていけばいい」

「ノノ姉様、一緒の部屋でいい?」

「久しぶりに一緒に寝ましょうか」


 美しきかな姉妹愛。

 その後、義行は二人分ほど追加で精米してから台所に入った。


「へーっ、これが米っすかー。白くて奇麗っすね」

「これを炊き上げたら、腰抜かすぞ」


 義行は、マリーに土鍋を準備するようにお願いした。これは、クリステインの家が陶磁器を扱ってるということで、別注していた土鍋である。

 マリーが夕飯の準備をしている横で、義行もゴソゴソと準備をする。マリーの夕食準備が一区切りついて、米を炊く説明にはいった。


「一人分は七十グラム前後だ。今後は、七十グラムが入る升みたいなものを作っておくと計量が楽だろうな」

 今回は量が量なので、さらにその半分で計算した。

「まずは米をぐ。最初は軽くかき混ぜる感じで、水が白くなったら直ぐ捨てる。次に研ぎを二回くらい。そうしたら、お米を土鍋に移して水の入れる。量は米と一対一かな」

「いつも一対一でいいんすか?」

「いや、米の水分具合で調整するのがベターかな。まあ、一対一にしておけばハズレはないと思うよ。水を入れたら、四十分ほど水を吸わせてやる」


 浸水の間、計量方法や水分調整について説明し、適当なタイミングで竈に土鍋をかまどにセットした。


「ここからは火加減が重要になる。最初は弱火で、だんだん強火にしていく。これ、この状態。蓋の周りから水分があふれようとしてるだろ。でも、絶対蓋を開けちゃだめだよ。で、水分が出なくなったら、火は落として、蒸らすためにしばらくこのまま置いておく」


 蒸らしの工程まで終わり、土鍋の蓋を開けると、ふわっと懐かしい香りが台所に立ち込めた。


「これがご飯だ」

「これ、あの固い米っすよね?」

「凄いだろう」


 土鍋を持って食堂に移動すると、クリステインとノノがお澄ましで着席している。


「はい、お待たせ。ご飯です」


 全員が初めての米に手をつける。


「魔王さま、これはありっす。パンとは違う食感で最高っす」

「これはまた……。魔王さまがご執心なのも理解できました。これは、この国の食事が変わるかもしれません」

「まあ、勝負は来年、そして普及させてからだな」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る