第14話 新人採用と新たな道具

 ポテにタマネギ、シロナにヤベツ。加えて、腐葉土に鶏糞堆肥けいふんたいひと裏庭農園もだんだん充実してきた。それに伴い、ノノの負担も大きくなってきている。今後のことも考え、義行はもう一人くらい農業に従事してくれる人材を引き入れ、城の一部署として活動することを考えていた。

 魔王なのだから、命令一つで強引にいけそうな気はしたが、念のためお伺いを立てることにした。


「サイクリウス、新しい部署を作ろうと思うんだが、どうすりゃいいんだ?」

「設立の理由と大臣を決めてください。あとは、二名以上の職員がいれば可能です」

「そうなの? じゃあ、大臣は俺が兼任。職員の一人は取り敢えずノノね」

「部署名と目的は?」

「農畜振興部だ。新たに見つけた、また今後見つかるであろう作物や動物を研究して、その栽培・飼育技術を広める部署にしようと思う」

「食糧調査担当部と被りそうですね……」


 こう言われるのではないかと義行は予想していたが、これはこれで言われてみると余計にカチンときた。


「ちょっと待て。実績を考えてみろ。ポテ、タマネギ、ニワトリ、それにマヨネーズ。あそことは段違いだ。一緒にするな!」

「かしこまりました。まだ正式な部署ではありませんが、空き部屋もございますので、そこをお使いください」


 意外と簡単に作れて義行は拍子抜けした。


 そして翌日から義行は、ひとり部屋を片付け、余っていた机やソファー等々を搬入して部署らしくしていった。


 それからしばらくして、ある程度の体裁を整え終えた日の食堂でのことだ。


「なぁクリステイン、目的意識の高い人をどう集める?」

「どういうことでしょう?」

「いや、農畜振興部を作ったじゃない。そこで働いてくれる人を探してる」

「そうですね……。通常なら、今いる職員の異動、もしくは募集を出して採用ですが、必ずしも高い目的意識を持った人を獲得できるかは……」


 義行も気にしているのはそこだった。やることは決めてある。しかし、当面は調査・研究が中心になるため、ある程度自分で考えて動ける人がほしい義行だ。


 そんな話をしているとノノから、「それは、経験や年齢等は問われますの?」と遠慮がちに聞かれた。


「そうだな……、城で働いてもらうので、採用試験を受けられる年齢以上という条件はつけるけど、それ以外はその人のやる気で判断したい」

「因みに、労働時間はどうなりますの?」

「まずは非常勤職員として採用して、希望を聞いた上で判断したいかな。今後の本試験の受験を考えているなら、勉強する時間が取れるようにするし、子供の世話が必要なら短時間にもする。できる限り調整はするよ」

「でしたら明日、少々お時間をいただけませんか?」

「構わないよ」


 ノノがわざわざ聞いてきたということは当てがあると思い、義行は公募をかけることを保留にした。

 

 翌日、外出の準備をしていると、サイクリウスに執務室に連行され、緊急の案件を片付ける羽目になった。そのため、昼をだいぶ過ぎたころ、ノノと義行は街はずれにある一軒の民家の前にいた。


「ノノ、ここは?」

「私の家、といいますか、私が育ててもらった場所ですわ。孤児院です」


 一瞬どう答えるべきか、義行は詰まってしまった。気の利いたことを言うべきか、敢えて触れないのが正解か、頭の中がグルグル回っていた。


「気になさらないでください。私の両親は、私が十歳のときに亡くなりました。その後は、この孤児院で生活していました。今も、五人の孤児をマリア母さんが面倒を見ていますわ。その中でも、シルムは十八歳です。教え込めばお役に立てると思います」

「昨日話したように、まずは非常勤職員だよ?」

「それで構いませんわ。子供たちの世話もありますから、時間調整できる勤務形態はありがたいんです」


 ノノがよく見てきた人物なら問題ないだろうと義行は思った。


「わかった。じゃあノノから現状を説明して、シルムがそれで納得するなら、振興部に来るように伝えてくれないか」

「ありがとうございます」


 今日は孤児院に泊まると言われたので、義行はノノとそこで別れた。

 ノノの身の上を知ってしまったからというわけではないが、屋敷に戻るまでの間、義行は不自由な生活をしている者への手当てをどうするのかを考えるのだった。


 翌日、腐葉土づくりに精を出していると、シルムが来たことが知らされた。ノノに、振興部の部屋へ案内するようにお願いして、義行は一応、それなりの服装に着替え部屋に向かった。


「シルム。ノノから話は聞いていると思う。その上で、ここに来てくれたということは、この話を受けてもらえるということかい?」

「はい、よろしくお願いします」

「わかった。それならシルム。最初に君がやることは、俺やノノから農業に関する知識や技術を盗むことだ」

「それは、目で見て盗むということですか、質問とかはダメなんですか?」

「そうだな、朝からノノにピッタリ張り付いてマネをしてもいいし、俺やノノを質問攻めにしてもらっても構わない。ノノが纏めてるデータもあるから、それを読み込むのもありだ。ただ、マネをするだけではなく、『なんでこうしたんだろう?』、『そこはこうしてみたら?』と考えながら勉強してほしい」


 農業や畜産の経験もない、まだ十八歳のシルムに厳しいんじゃないかと言われそうだが、シルムの目はやりますと語っていた。


「あと、この部屋は作業の打ち合わせや、記録を纏めたり、休憩場所として自由に使っていい。ノノはここに住み込みだがシルム、君はどうする?」

「院の子供たちの世話もありますので、しばらくは通いでお願いします」


 しっかりと自分の意見も言える、そして、自分の役割も理解している子だと義行は思った。


「わかった。ノノと二人だけで大変かもしれないが、頑張ってくれ。後で、サイクリウス、ああ、宰相なんだが、契約書類を持ってくると思うから、確認して署名してくれ。正職員ではないのと、年齢と経験から給与は少し低いが、頑張り次第で上げていくからな。次の採用試験を受けることも可能だ」


 こうして新たにシルムが加入することになり、農畜振興部は正式に動き始めた。


 そして数日が過ぎた朝食時のことである。最近、ポテが食卓に載るのは稀だ。食用は追加で採取していたとはいえ、数に限りがあった。故に、朝食はほぼパンとなっている。


「クリステイン、ちょっといい?」

「なんでしょうか」

「鉄製品なんかを扱ってる工房ってどのくらいある?」

「四軒ほどあったかと思います」

「そこに、こんなものを作ってほしいってお願いしたら、作ってもらえるの?」

 義行と魔王が入れ替わって半年以上経っている。クリステインも、ここでまで聞いてピンと来たのだろう。

「そうなりますと、おすすめは二軒ほどに減ってしまいますが、可能かと」

 それを聞いた義行は、後で案内してもらうことにした。

「それと、石臼のようなものを作りたいんだけど……」

「そちらも新規にでしょうか?」

「石臼ほどがっちりした物じゃなく、当たりの柔らかい臼があればなと」

「そういうことでしたら、我が家でお受けしましょう」


 義行は一瞬、『我が家ってなんだ?』と思ったが、話を聞くと、クリステインの実家は陶磁器関係を中心に手広く商売をしているとのことだ。

 なので、朝食後に図面を見せながらクリステインに説明した。


「つまり、もみから殻を取り除いて、玄米にするための道具ですね。但し、粉にはしないと」

「ぶっちゃけ、籾殻を外すだけならすり鉢に入れて、木の棒でこするだけでも良いんだよ。でも、臼の方が楽だしね」

「そうなると、肝はこの隙間ですね。なんとかなるでしょう。いつまでに納品すればよろしいですか?」

「稲刈り、稲架掛はさがけでの乾燥があるから、三週間を目途でお願い」


 クリステインはその後、幾つか質問し、その追加情報を図面に書き込んでいく。

 それも終わり、義行は昨日完成させたもう一つの図面を持って、クリステインと金物屋に向かった。


「レスター殿、クリステインです」

「お嬢、どうされたんで……」

「実は、ちょっと新しく制作してもらいたいものがありまして」

「図面はあるかい?」

「魔王さま、お願いします」

 店主のレスターさんは、目を白黒させる。

「あ、ども。実は、これなんですけど」


 義行は机の上に三枚の図面を広げた。


「まず一つはこれです。こんな感じで、くしのようなものを作ってもらいたいんです。ただ、下の方の隙間は二ミリ以下、上に向かって、広くなるのは構いません」

「なんだか、巨大なのこぎりですね」

「そんなイメージでいいですよ」

「ノコギリじゃないということは、刃を入れる必要もないんですよね?」

「刃は不要です。麦のような粒を茎から外したいだけなんですよ。そして次がこれです」


 次に義行が示した図面には、船のスクリューのようなものが描かれていた。


「また、けったいな形してますね。これは?」

「説明が難しいな。あー……、茎から取り除いた植物の粒から不要な部分だけを取り除くための部品の一部です」

「そうですか。まあ、型がうまくできれば可能でしょう」


 そして、三枚目の図面は、直径十三センチにより近く、高さ二十センチ程の深鍋で足がついており、底に無数の穴が見える。


「これは鍋ですか?」

「先ほど説明した、羽と組み合わせて使います。鍋をベースにしていいと思います。面倒なのは、この、底の部分かな」

「穴をあけるということですね。笊じゃダメなんですかい?」

「米粒が直径二ミリほどで、そこから出る糠、えっと、細かい粉末なんですけど、それだけを下に落としたいんです」

「要は、二ミリ以下の穴ということですね」

「そうですね。この三点お願いします」


 発注が終わると、クリステインも打ち合わせをしてくると言って、実家に戻って行った。

 一人になった義行は市場を回ってみたが、特に新しい食材は見つからなかった。屋敷に戻り、手早く昼食を済ませた義行は作業のために納屋へ向かった。


「最後は、精米機用のプロペラを回すための回転部分だな」


 義行は、丸い穴をあけた板に棒をとおして回してみた。しかし、摩擦が大きく、回転が悪すぎた。それならと、セセの茎部分を半分に切って、節をきれいに削り、火であぶりながらアールをつけたものを四つ製作した。それをアーチ状になるように嵌めこみ、空いた真ん中のスペースに奇麗に削った丸棒を差し込む。


「抵抗は相当減ったな。それに、セセが適度なバネになっていいな。軸受けはこれでいいだろう」


 ただ、軸受けが一か所では回転棒がグラグラするため、同じものをもう一つ作って、ある程度の距離を置いて軸を挟み込むようにした。


「最後にこの棒を回転させるためのハンドル部分を接合してっと」


 ボールベアリングのようなスムーズな回転は得られないが、それなりに棒を回転させることはできた。


「まあ、精米するときだけのものだ。必要ならゆっくり改造だな」


 こうして、夢の白米生活に向けて歩み始めた義行なのだった。

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