第13話 もふもふ

 朝もはよから、けたたましくドアがノックされる。


「魔王さま、もふ! もふ!」

「はいはい、もふ! もふ!」

「違います。魔王さま、もふもふです」

「はいはい。もふもふー」

「ま・お・う・さ・ま」


 このデジャヴはなんだ? それも、今回の声の主はクリステインだ。しかし、入ってきたクリステインのデレデレ顔を見た義行は、なにが起こっているのか想像がついた。


 いつもであれば、寝間着から着替えろと言われる義行だが、今日は寝間着のまま強引に裏口に連れていかれた。


「魔王さま、ご覧ください」


 クリステインは、裏口のドアをほんの少しだけ開ける。

 義行もその隙間から外を覗く。


「いつもの裏庭じゃないか……」

「よく見てください。橋のたもとです」


 言われるがままに、ため池の前にある小さな橋のたもとに目を向けると、コロコロしたもふもふが水浴びをしていた。


「なんだあれ?」

「私も初めてみます」


 二人が小声で話ながら覗いていると、「なんかあったんすか?」といきなり声がした。これには二人が同時に「うおっ!」と声をあげた。

 義行は、自分でもビビりの方だと自覚しているが、今のは本気でビクッとなったようだ。


「マ、マリーか……」

「ちょっとマリー、あなたもご覧なさい」


 クリステインに促され、マリーもドアの隙間から裏庭を見る。


「いつもの裏庭じゃないっすか」

「どこを見てるんですか。ほら、あのため池の前の小川に……」


 クリステインは畑の中や他の場所も探すが、もふもふの姿は消えていた。

 クリステインは、恨めしそうにマリーを見つめた。


「ちょっ、なんなんすか……」

「ふんっ!」


 約一名、ゴキゲン斜めになった。


 そんな騒動があったその日の午前は、裏庭で畑仕事だ。ノノとヤベツとシロナの種蒔きを行った。本当なら、昨日の予定だったが、サイクリウスから食糧調査担当部について相談があるということで、ほぼ一日執務室で仕事していたのだ。


「これで、今年植えるものは終わりかな」

「いえ、まだコムギとオオムギが残ってますわ」

「そうか。でも、その前にイネの収穫だな。ある程度の量が取れればいいんだけど」


 なんだかんだでやることは目白押しなのだ。


 そして、翌日の朝のことである。


「魔王さま、もふ! 大きなもふ!」

「はいはい、もふ! 大きなもふ! はい……、大きなもふ?」


 二人で再び裏口に向かった。昨日と同じくピーピングトムだ。ただ昨日と違い、小川には大きなもふもふもいた。義行は、そのもふもふに見覚えがあった。


「オオカミ……かな?」

「オオカミですか?」

「ああ、俺も動物園でしか見たことないからはっきりとは言えんが、あの姿・形はオオカミだと思う」

「あの、『どうぶつえん』ってなんでしょうか?」

「うひっ! ど、ど、だ。城の資料庫の中に、動物のことを書いた本があったような、なかったような……」


 慌てて取り繕う義行だが、クリステインは三匹に釘付けで、知らない単語が出てきたのでおうむ返しに答えたという感じだった。


 しばらく見ていると、三匹のもふもふは小川で遊んでから森の中に消えていった。

 

 そこから数日はクリステインの朝報告はなくなり、落ち着いたかと思ったときだった。

 

 朝、目が覚めてトイレを済ませて、なんとなく裏口に向かう廊下を覗いたところ、ドアの隙間から外を覗くクリステインを見つけた。

 これ、ドアの向こうが外じゃなかったら、完全に変態行為だと義行は思った。「今日も来てるのか?」と小声で問いかける。


「はい、今日はアニーちゃんも一緒です。グフッ」


 クリステインの『グフッ』に、完全にやばい奴だと思った義行だ。ただ、いつまでもこんなことはしてられないので、そっとドアを開いて外に出た。

 

 すると、三匹のもふもふは森のほうへ駆けていく。それを見て、アニーがこちらに振り返った。


「アニー、おはよう」

「魔王さま おはよう」

「さっきの動物は、オオカミか?」

「あの子たち 。仕事を 手伝ってくれてる。私が一番 面倒見てる」


 神様の使いのイヌなのか、オオカミとイヌのハイブリッドなのか、どっちかわからんネーミングだったが、可愛いからどちらでも構わない義行だった。


「触っちゃダメかな?」

「聞いてみる」


 森の入り口からこちらを窺っていたカミイヌに向かって指笛を吹くアニー。親であろう一匹がこちらに向かって来た。アニーとそのカミイヌが会話していたが、義行には理解できない。


「『いい』って 言ってる」

 義行はその場にしゃがみ、母カミイヌに尋ねる。

「実はな、もう一人子供たちに触れたいって奴がいるんだが、いいかな?」

「クゥ~ン」


 どうやら肯定のようだ。義行は裏口にいたクリステインに待機するように指示して、台所からゆでポテを持ってクリステインと外に出た。その途端、アニーの傍にいた母カミイヌが戦闘態勢に、そしてアニーの目は一点に集まっている。


「アニー、どうかし……」


 振り返ると、顔はゆるゆるで、胸の前で手をワキワキしながらアニーをなのかカミイヌをなのか、それとも両方なのか、ターゲットをロックオンしたクリステインがいた。


「もしもし、治安維持部隊ですか? 変態が出ました。すぐ来てください。そうです、魔王城の裏庭です」


 義行は治安維持部隊に電話で助けを求める振りをする。朝六時過ぎの、職員も出勤していない時間だからできるボケだ。


「変態とは失礼ですね。可愛いは正義です!」

「クリステイン、アニーを見てみろ」

「ま まお 魔王さま そ その人……」

「悪い、うちの変態だ」

 そう言った瞬間、後頭部を激痛が走った。

「あっ、お前、メイドの分際で手ぇ上げたな!」

「変態は余計です」


 クリステインに冷静に返された。


「アニー、クリステインは可愛いものに目がないんだよ。変なことはしない……と思うから許してやってくれ」


 アニーと母カミイヌは警戒態勢を崩してはいないが、足元では子供たちがすりすりしている。


「むほ~、これは愛いやつよ」


 その場にしゃがむと、ひざの上に登ろうとする仔カミイヌ。

 母親に、ゆでポテを見せると頷いたので小さくわけて、クリステインと義行はそれぞれの仔に差し出す。


「ああー」


 クリステインから心の声が駄々洩れだ。ただ、これには義行も同じ気持ちだった。母親にも出してみたら、美味しそうに食べてくれた。


「魔王さま この子たち ここ 気に入った。来てもいい?」

「い、いいわよ! アニーちゃん。毎日きてもいいわよ!」


 義行は、聞かれたのはお前じゃないだろうと思ったし、一方のアニーもドン引き状態だ。


「別に、畑に入らなければ全く問題なしだ。こんなところでよければ、いつでもおいで」


 ※その翌日


 朝トイレに行くと、裏庭から鳴き声とうなり声が聞こえる。

 義行が裏庭に出てみると、母カミイヌが、申し訳なさそうな顔でこちらを見る。その足元には、泥まみれの二匹が。


「あらら、やっちゃいましたか」

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