第11話 調査と水路づくり
実験用の田んぼは、西通用門に続く緩やかな坂の平地部分に二枚作ることにした。
次に、どうやって水を引いてくるかだが、森の中は問題ない。そして、裏庭は畑に使われているくらいなので、水路の一本や二本どうってことはないだろう。なにか言われれば、『魔王の趣味だ』で押しとおそうと義行は思っている。
翌日、昼食後に部屋で図面を書いていると、窓をノックする音が聞こえた。そこにはヴェゼが立っている。
ヴェゼを迎えに裏口から外に出ると、そのヴェゼの袖口をつまんで、一所懸命隠れようとするもう一人女の子がいた。
「スプリーかな?」
アニーの時ほどではないが、警戒はされているようだった。
「スプリー 安心していい。ここおいしいから」
ヴェゼがとんでもない紹介をしてくれている。
「ヴェゼさん、それおかしくありません?」
「間違ってない。絶対 正しい」
確かに、マリーの作る料理はうまい。間違ってはいなと義行も思った。ただ、人に紹介するのに、『ここおいしい』とは……。
「まあ、入って。サンドウィッチくらいなら作るよ」
ヴェゼは我が家の様に入ってくるが、スプリーは今もヴェゼの後ろに隠れながら付いて来ていた。
部屋に案内する途中、台所を覗くとマリーが居たので、義行は卵サンドを注文した。
「あら、おじいちゃん。お昼はさっき食べたでしょ?」
「おおっ、そうじゃったかの~、
そんないつものやり取りをして、部屋でヴェゼとスプリーとで世間話をしていると、マリーが冷えた麦茶とサンドウイッチを持ってきた。
「えーっと、スプリーちゃんすよね。はい、どうぞっす」
スプリーはまだどぎまぎしている。
「マリーの御飯 最高!」
「いやー、ヴェゼちゃん、褒めすぎっすよー」
ぷくーっと小鼻を膨らませるマリーを見ながら義行は、以前から思っていた疑問をぶつけてみた。
「なあヴェゼ。今更だけど、妖精が俺たちと同じもの食べて大丈夫なのか?」
「問題ない。基本のエネルギーは 森からもらう。おいしい物は 別腹」
「さいですか……」
考えることを放棄した義行だった。
そして、ヴェゼとスプリーが食べ終わるのを待って、義行は今日の本題を切り出した。
「それでなスプリー、君にお願いしたいことがあって来てもらったんだ」
「水のことですね」
「泉から田んぼに水を引きたいと思ってる」
「それは 問題ないです」
揉めるかなと思っていたが、あっさりと了承されてしまった。
「でも、泉から南東側に流れていってる水に影響はないのかい?」
「その水は 街の井戸に 繋がっています」
クリステインの予想どおりだった。やはり、スプリーに来てもらってよかったと思う義行だった。
「俺たちが水をもらうことで、その井戸水が少なくなってしまうか……」
「それは 調整できます」
「へー、そんなことができるのかー」
「スプリーの家の能力 すごい」
「どのくらいの水が 必要ですか?」
「今年は二枚だけなんだけど、最終的には、十メートル四方の田んぼを四枚と思ってる。一番必要になるのは、五月から九月くらいまでかな」
「それくらいなら 大丈夫です」
ついでに畑の水まき用にも使えればと思い、ちょっと突っ込んだ話をして、無事契約となった。
それからというもの、義行は早朝から森に入り、夕方に泥だらけで帰ってくるようになった。そのため、『執務室で仕事をしない魔王さま』というのが定着してしまったようだが、知ったことではない。
数日掛けて綿密な調査を行い、問題ないことを確認した義行は、ネコ車を使って納屋の日陰部分に粘土を積んでいった。それが終わると、大小様々な石、粘土、砂利、そして砂を森の入り口近くに運び込んだ。
「魔王さま、手伝いますわよ?」
「ちょっと待ってて。この後の作業をお願いするよ」
そこには、縦一メートル、横二メートルで、深さ四十センチほどの、ひょうたん型の穴が掘られていた。義行は、その各面に粘土を塗りたくった。
そこまでして、ノノを呼んだ。
「この粘土を塗りつけた面を、この板でぺちぺちと叩いて空気を抜いてくれないか」
「ため池を作りますの?」
「こうしておくと、来年の春の作業が楽になるからね。あと、畑の水やりも」
それが終われば、泉からため池までの溝掘りだ。当初の計画では、粘土でU字溝を作り埋め込むつもりでいたが、時間と労力を考えて止めた。幸い、緩やかな勾配があり、溝を掘るだけで流れてくれそうだったからだ。
「まあ、溝はこんなもんだろう」
溝は泉の手前三十センチのところまでしか掘られていないので、もちろん、まだ水は流れてない。続いて、溝に粘土を貼り付け、掘った溝を十センチくらいを埋め戻し、砂利、小石、砂をばらまいていった。
「水が染み込むようなら、U字溝の製作だな」
基本となる工事が終了したその日の夕食時、義行は明日以降の作業を三人娘に相談した。
「ため池から、田んぼの予定地まで庭を横切るように水路を敷こうと思うんだ。なにか不具合があるかい?」
「裏庭に小川をとおすということですわよね?」
「平たく言えばそういうことだな」
「リヤカーやネコ車が使いにくくなりますわ」
「そこは、小川の上に角材と板で橋を作って、移動に問題が起きないようにするよ」
こう言われることは、義行もわかっていた。
「それでしたら問題ありませんわ」
「俺っちもいいっすよ。庭に小川があるっておしゃれっす」
「どんな配置になりますの?」
義行は、これまでに作っていた図面をテーブルの上に広げた。
「ため池から畑の間を通って、ニワトリの運動場前に。そこから柵に沿って水路を作り、実験用の田んぼはここだ」
「いいんじゃないでしょうか」
全員から許可が出たので、翌日に備えて義行はさっさとベッドにもぐりこんだ。
翌日、ため池から田んぼまでの溝を掘り、底は昨日と同じように粘土や砂利で覆っていく。
「ノノ、橋を架ける場所なんだけど、どこにする?」
「納屋と向こう側の畑に行けるようにと、ため池の前にお願いしますわ」
板を渡すだけでもよかったが、なんだかんだで、橋っぽい形に拘って、時間を食ってしまった。
「これで水を流してみよう」
夕食の準備まで暇だったのか、マリーも付いてきた。
「へぇー、森の中にこんな泉があったんすね」
「俺たちって、この森のことをほとんど知らないよな。この部分をつなげば水が流れるようになる。ただ水が不要な時は止められるように、板を嵌め込む場所を作ってから開通と」
マリーと義行は、水の流れに合わせて屋敷へ歩いていく。途中で水が染み込むこともなかった。裏庭のため池に水が少しずつ溜り、ため池の水は、庭に掘られた小川に流れ込んで、田んぼの先まで到達した。その先は、西門に続く坂道になっていて、多少水はたまるが地面に吸い込まれている。
「今は単純な小川だが、大きな石を置いたり、土手の部分に花を植えたりして、より自然の小川の様にするのも面白いかもな」
「あら、それなら私が飾りつけしてもいいですか?」
「ああ、庭に出ると小川があって、落ち着ける感じで仕上げてくれないか」
これで二、三日様子を見てみることにして、作業を終えた義行だった。
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