第10話 水稲
義行が魔王と入れ替わってもう少しで半年になる。今のところ、追い出される気配はない。
さらに、少しずつだが食糧問題が解決に向かっている、と義行は手ごたえを感じていた。
「サイクリウス、あれから塩の問題はどうなった?」
「フリッツ殿が販売を始め、今、騒動は完全に沈静化しております」
「そうか」
塩は生きていくうえで欠かせないものであり、早めに手を打てたことに義行は胸を撫でおろした。
「だが、海塩が販売されて、東の村から苦情が出てるんじゃないのか?」
「価格をほぼ同等にしましたので、今のところはなにもおきておりません」
問題がないのならと、販売手続きをサイクリウスに丸投げしたように、この後のことは食糧調査担当部に任せることにして、義行は次なる改革に手を出すことにした。
義行自身、パン嫌いではないが、日本人にはあれが必要だ。
「クリステイン、馬を用意しておいてくれないか?」
「どちらに向かわれますか?」
「塩づくりで海に行く途中、休憩した場所があったろう? ほら、俺が
「えっ……、魔王さま、雉打ったんすか? 俺っちにも食べさせてほしかったっす」
さすが料理担当だ。キジに反応してきた。
「悪い悪い。小さい雉だったからな。大きい雉だったら
義行は楽しそうに答える。
「魔王さま、変な言い方はお止めください。マリーが誤解します」
やはりクリステインは、雉打ちの意味を知っているようだ。
(マリーさんや、この雉は食べたら大変なことになるぞ、特に大雉はな……)
「その雉打ちした場所に調査に行ってくる。時間を節約するため誰か一緒に来てほしい」
「あら、なにかの調査ですの?」
「次なる食糧改善、いや改革、違うな……、革命と言っても過言ではないだろうな」
「フフッ、大きく来ましたわね」
そんな話をした後、食堂でお茶を飲んでいたが、三人が慌ただしく動き回っているので見に行くと、玄関前には荷馬車が準備されていた。そこでは、指示をするクリステイン、キャッキャ言いながら荷物を積んでいくノノとマリーがいた。
「三人とも行くの?」
「遠出するのは久しぶりっすね。楽しみっす」
約一名、趣旨のわかっていない者が紛れ込んでいるようだ。
「私たちは魔王さま付のメイドですから、城を空けても問題ありません。というより、魔王さまのお世話のために同行しますわ」
言ってることは
「魔王さま、ノノは馬の扱いも上手く、御者もできます。重宝しますよ」
そういうことならと思い、一旦部屋に戻り、準備をを整えて義行は荷台部分に乗り込んだ。
荷馬車は、西通用門を出て海に方角へ進んでいく。義行が日本人だからなのか、荷馬車に乗せられると、例の歌が脳内リピートされてしまうようだ。
その後もゆっくりと時間は流れ、到着に思いのほか時間が掛かった。そのため、昼食休憩は短くしてすぐに調査を始めた。
「やっぱりな」
義行は、雉打ちした場所から少し下流に立っている。
「魔王さま、この植物はなんですの? ムギ……ではなさそうですけど?」
「イネだ」
義行自身は米作りをしたことはない。ただ、ネットの情報を思い出し、
「詳しい説明は後でするから、これと同じ植物が生えている場所を探して」
それぞれが散らばるとすぐに声が上がり、義行はその位置をメモしていく。今立っている場所を中心にして、広範囲に自生しているようだ。
「対岸のあれもそうですかね?」
「対岸にも生えてるのか……」
川向うだと、二番街道の先にある橋を渡ってから
見た感じ、こちら側だけでも十分な量は確保できそうなので、川向うの調査は諦めることにした。
「魔王さま、そろそろ教えてください。これ食べられますの?」
「ゴメンゴメン。これ、今は空っぽの穂だけど、十月くらいには固い実が結実するんだ」
「それを食しますの?」
「粉にして使う方法もあるけど、俺は釜で炊いた飯が一番うまいと思う。パンと同じように、主食になるものだ。この様子だと、収穫は一か月以上先だな」
とはいえ、このまま放っておいてもいいものか悩ましい。
「クリステイン、この植物の存在を知ってる人はどれくらいいると思う?」
「この辺りに住んでいた者達なら存在は知っているでしょうが、百年近く前に他へ移り住んでいますし、この状況を見るに、誰も見向きもしていないかと」
「百年近く前って、なにかあったのか?」
「今も問題ではあるんですが、この川の形状のせいなんです」
上流に目を向けると、川は大きく蛇行して、グッと
「氾濫か?」
「はい、このあたり一帯は、過去に何度か水没する被害が出ています」
この辺りが湿地帯になっていることに義行も納得がいった。
「それなら、このままにしておくか」
「もしこの存在を知っている人がいるなら、こんなに残ってないと思います」
そうなると鳥獣被害だけだが、最悪、来年用の種もみだけ採取できればと思い直した。
帰宅後は、雑多な処理はメイドたちに任せて、義行はヴェゼに会いに行った。
「ヴェゼー、居るかい?」
少しして、いつもの風と共にヴェゼが現れた。
「魔王さま 呼んだ?」
「忙しいところ悪いな、この森に水源はないかな?」
「ある」
そういって、ヴェゼは、いつもの空き地から、東に向かって歩き始めた。
「そういえば、こっち側へ行くのは初めてだな」
十分ほど歩くと、かすかに水の音が聞こえてきたと思ったら泉がある場所に出た。
「へー、こんなきれいな水が湧いてくる場所があったのか」
「北の高い山から ここに 出てくる」
「どこに向かってるんだろう?」
「あそこに 流れてる」
ヴェゼが指さす方を見てみると、南東に向かって細い小川が続いているのが見えた。ただ、この方向なら執務棟の東側に出るはずだが、義行は小川など見たことがない。
「この泉はヴェゼが管理してるのかい?」
「ここは スプリーがいる」
三人目の妖精だ。意外と身近にたくさんの妖精がいることに驚かされる義行だった。
「友達か?」
「うん。森の中で いっしょ」
「それじゃ、今度話がしたいと伝えてくれないか?」
「いつでも いい?」
「ああ、屋敷においで」
そう言ってヴェゼと別れた義行は、帰る道すがら、水路をどう引くかを考えながら歩いた。直線距離ならそう遠くもない。
屋敷に戻った義行はさっそくクリステインに小川について聞いてみた。
「小川ですか? その近辺にはないですね」
「それなら、途中で地面に吸い込まれてるのかな……」
その言葉に、クリステインが気付いたようだ。
「それでしたら、東門の近くに井戸があったと思います」
「井戸か。市民の飲料にもなってるんだな」
そうなると、自分たちが勝手に持っていくことはできない。やはり、スプリーに湧出量を確認するのが無難だと義行は思った。
夕食後、義行は引き続き作成途中の森の地図に泉の位置を記入し、裏庭までの水路や田んぼの候補地を考えてからベッドに潜り込んだ。
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