小話③ ある青年の記憶

「申し訳ありません。助けられなくて」

今年、十八になった青年は、突然の謝罪に首を傾げたが、しばらくして小さく笑った。

「充分だよ」

桐は目を丸くした。青年の笑顔を久しぶりに見た。桐が落ち込んでいるのを察して、わざと気丈に振舞っているようだった。青年は言葉を続ける。

「俺はお前のことを親みたいなもんだと思ってる。そんくらい世話になってるんだ。毎日、美味い飯食わせてくれるし、この家の外のこと、たくさん教えてくれるし・・・。だから、充分だよ。その・・・いつも、ありがとな」

照れくさそうに笑った青年に対し、桐は涙が出そうになるのを我慢していつも通りの穏やかな笑顔を作った。

「こちらこそ。若も、困ったときはいつでも頼ってくださいね」

桐は、青年の手をとった。

「家族ですから」

もう、これ以上逃げない。

いますぐに青年をここから連れ出そう。安全な場所に連れて行こう。幸い、青年を匿ってくれる場所には心当たりがある。

「桐?」

いつまでも手を離さない桐に、青年はきょとんと首を傾げる。

桐は、より強い力で再び青年の手を掴み、そのまま立ち上がった。

「若、逃げましょう」

この時間帯、組員はほとんどが外出しているので、残っている数人に見つからなければ外に出られる。

桐は迷いなく扉を開け、

「どうして、ここに・・・」

その光景を見て、啞然とした。

目の前に、組員が三人、こちらに拳銃を向けていた。その後ろには、組長の姿が見えた。

組長は、おもむろに口を開く。

「残念だ。まさか本当に奴に情が移ってしまったのか。・・・やれ」

「ま、待って・・・」

組員の一人が拳銃の引き金をひき、桐の声は、そこで途切れた。

発砲音と同時に、桐の心臓が貫かれた。

青年は一瞬の迷いもなく、桐が常時している拳銃を手に取り、組員の一人に狙いを定める。

組員も同じように引き金に手をかける。

「動くな」

唸るような声を発したのは、青年だ。

恐れも迷いもない、純粋な怒り。

それが、青年の全身に込められていた。

今日も誰かから暴力を受けていたのであろう、満身創痍の青年ただ一人に、その場にいる屈強な男たちが全員、猛獣でも見たかのように怯えた表情をした。

青年はその隙を見逃さず、組員の一人を撃つ。

「は、はは・・・」

桐は思わず笑ってしまった。笑わずにはいられなかった。

守ってあげられなかった、なんて後悔は、少しも感じなかった。いま目の前にいる青年は、守られるような人間ではない。

(こいつのほうが、俺よりよっぽど勇敢で、優しいじゃないか)

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